そのころ、狭霧山では
『ここにいたのか、真菰』
名前を呼ばれて真菰はゆっくりと振り返る。そこには、宍色の髪に狐の面をかぶった少年、錆兎が静かにたたずんでいた。
真菰はその姿を一瞥すると、再び顔を前に向ける。
そこには真っ二つに割れたまま水を落とし続ける滝があった。あの日、汐が試練で割ったものだ。
『ねえ、錆兎。二人は、汐と炭治郎はアイツに勝てるかな?』
真菰の声は滝の音にかき消されることなく錆兎の耳に届く。錆兎はしばらく黙り込んだ後、小さくつぶやいた。
『わからない。努力はいくらしてもし足りないんだ。それはお前もわかっているだろう』
『うん・・・でも・・・』
真菰は歯切れの悪い言葉を紡ぐ。それは自分もわかっている、けれど納得できていない。そんな様子さえ感じた。
その理由が推測できた錆兎は、そっと彼女の隣に立った。
『信じたいんだろう?あいつを』
『・・・うん』
真菰は小さくうなずいた。そしてもう一度、割れた滝を見つめる。その前で必死に刀を振る汐の姿を思い出して。
『・・・勝って、汐。信じてるから・・・』
真菰の声は、風に乗って空へと流れていった。
(さて、どうしようか)
刀を構えたまま、汐は目の前の敵を見据えた。鬼は早く二人を殺したくてうずうずするように、無数の手を動かしている。
先ほどの炭治郎との戦いを見る限り、あの腕はいくら斬ってもすぐに再生する。それどころか、さらに数を増やされてしまえばこちらが圧倒的に不利になる。
考える間もなく、鬼は二人に向かって腕を伸ばしてきた。二人はすぐさま飛びのき、その攻撃をかわす。
炭治郎は先ほどの攻撃で負傷しており、動きが鈍くなっている。このまま消耗戦に持ち込まれれば彼が危ない。
鬼が巻き上げた土煙に紛れ、汐は炭治郎の腕を引き木の中に身を隠した。土煙が収まれば、当然二人の姿はどこにもない。
「どこだ!?どこにかくれた!?あいつらああああ!!!」
二人の姿を見失った鬼は、奇声を上げながら腕を振り回して周りの木々をなぎ倒す。見つかるまではそう時間はかからないだろう。
その間に、奴の対処法を考えなければ。
「炭治郎」
汐は炭治郎の止血をしながら声をかけた。炭治郎の目が汐を静かに映す。
「アイツの腕は斬ってもすぐに増えるし、手数が増えたらこっちが危ない。だから一気にアイツの頸を斬り落とす必要がある。そこで」
――あたしが、アイツの注意を引き付ける。だから、止めはあんたに任せたい。
「だめだ!それは許さない!そんなことをしたら君が集中的に狙われるんだぞ!それなら俺が・・・」
その言葉を聞いて炭治郎は激しく反対した。
鬼の強さは、炭治郎も身をもって知っていた。だからこそ、賛同するわけにはいかなかった。
しかし汐も引かなかった。何か言いたげな炭治郎の口を、汐は親指と人差し指と中指でつまんで黙らせる。
「あんたは怪我しているでしょうが。自分自身の体のことが分からない程、あんたも馬鹿じゃないでしょ。別にあんたに逃げろって言ってるわけじゃない。隙をついて、アイツの頸に技をぶちかましてほしいのよ」
そういって汐は笑う。しかし彼女から漂う匂いは、不安と恐怖のものだった。それでも必死で抗っている。
「だから、お願い。あたしを信じて、任せて」
そんな匂いを漂わせても、汐の声には迷いはなかった。その声を聞いた瞬間、炭治郎の心に熱いものが沸き上がった。
――この人は本気だ。本気で、奴に勝つつもりだと。
「・・・わかった、君を信じる。だけど、絶対に無茶はするな」
「もちろん。あんたも、しくじったら許さないよ!」
そういって汐は右拳を炭治郎の前に突き出す。炭治郎もまた拳を突き出し、それをそっと合わせた。
* * * * *
「どこだ!?どこへ行ったガキども!!鱗滝!
激高している鬼は、あたりかまわず腕を振り回し土煙の帯を上げ続ける。そしてひときわ大きく振り回そうとしたその時。
――鬼さんこちら、手の鳴るほうへ
透き通るような声があたりに響き渡る。鬼は思わず手を止め、声が聞こえてきたほうに体を向ける。
そこには、刀を持ちあどけない笑みをこちらに向けている汐の姿があった。この場には似つかわしくない表情に、鬼は怪訝そうに目を細める。
「どうしたの?あたしを殺したいんでしょ?やってみたら?できるものなら」
そう言って汐は挑発的な視線を鬼に向ける。鬼の体がぶるぶると震えだし目もぎょろぎょろとせわしなく動く。
「つべこべ言わずにかかって来いよ。耳まで腐ってんのか下衆野郎」
しびれを切らした汐は、吐き捨てるように言った。その声は地を這うようなものだった。その瞬間、
「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
鬼が咆哮を上げながら、その無数の手を汐に向かって打ち付けてきた。雨の様に降り注ぐ腕が、地面をえぐりその破片を飛ばす。
だが、汐はその動きがすべて見えるかのように、攻撃をすべてかわしていた。左右からの攻撃は身をひるがえし、上からの攻撃は地面をすべるように。
その動きはまるで舞を舞っているようにも見えた。
(くそう、ちょこまかと動きやがって・・・)
なかなか攻撃が当たらない汐に、鬼はいらいらと頭を振った。だが、こいつは一つ思い違いをしていると鬼は考えた。
(俺の腕が地上に出ているものだけだと思っているな。それは大間違いだ)
鬼の別の腕が、地面を進み汐の背後に迫っていた。それを匂いで探知した炭治郎は思わず叫ぶ。
「汐、後ろだ!!」
汐ははっとした表情をしたあと、すぐに振り返り腕をよける。だが、よけきれなかったのかその一本が顔をかすめ面を吹き飛ばす。
面はそのままどこかへと飛んで行ってしまった。そしてこのせいで炭治郎の居場所が鬼にばれてしまった。
(何やってんのよアイツ!これじゃあ隙をつけないじゃない!)
鬼は二人の作戦の意図を知り、にやりと笑った。
(なるほど、二手に分かれて俺の頸を斬ろうとしていたのか。だが残念だったな。まずは怪我をしている小僧からだ!!)
鬼が腕を炭治郎のほうへ伸ばす。炭治郎も迎え撃とうとしているが、刀を構えなおす時間が足りない。
「終わりだ小僧!!」
鬼が高らかに叫ぶ。炭治郎の顔が悔しげにゆがんだ、その時だった。
『どこを見てるの!?こっちだよ!!』
その場にいないはずの別の声が響き、鬼と炭治郎の肩がはねる。今聞こえてきた声に、二人は聞き覚えがあった。それは
(今の声は、まさか、まさか!?)
そんなはずはない、と鬼は目を向けた。今の声は覚えていた。かつて自分に挑み、自分に敗れ喰われたはずの少女の声。
――まごうことなき、真菰の声だった。
そんなはずはなかった。真菰は確かに自分が殺して食った。それは確かだ。それなのに何故、奴の声がする。
だがいくら探しても声の主はどこにもいない。いるのは赤い鉢巻をした、青髪の少女だけ。
――まさか
鬼は目を見開き、汐の顔を凝視する。その顔には、してやったりと言いたげな悪戯じみた笑みが張り付いていた。
汐が真菰の声を模写し、鬼の隙をついたのだ。
鬼の腕が頭上から降ってくるが、汐は大きく息を吸った。
全集中・海の呼吸
肆ノ型
強烈な下段構えの斬撃が、瞬時に腕を吹き飛ばす。その威力に伸ばされた腕が硬直し、彼女に足場を作る。
これに完全に動揺した鬼は、炭治郎の存在を失念した。そして彼もまた、後ろから鬼の背中に飛び乗った。
全集中・海の呼吸――
全集中・水の呼吸――
二つの呼吸音が前後から迫る。すでに鬼の頸は二人の間合いに入っていた。だが鬼は必死に腕に力を籠め頸を守る。
(大丈夫だ。俺の頸は硬い。あの宍色のガキでさえ斬れなかった。首を斬り損ねたところで、二人とも握りつぶしてやる・・・!)
――
――
二つの刃が鬼の頸を綺麗に穿つ。その斬撃の名残が、いくつもの水しぶきの様に鬼の前に降り注いだ。
鬼はその光景に覚えがあった。かつて自分を追い詰め捕らえた憎き鬼狩り。その二人の姿が、目の前の二人に綺麗に重なる。
逆巻く風のような音と、地の底から響いてくるような音。
「鱗滝!
そして気が付けば、二つの刃は鬼の頸を穿ち落としてた。
鬼の頸が地面に転がり、体は灰になり崩れていく。鬼は悔し気に目を動かした。目をそらしたかった。最期に見るのが鬼狩りの顔だなんて・・・
だが、鬼が見たのは自分に悲しくも優しい目を向ける炭治郎の姿だった。
炭治郎は崩れつつある鬼の体にそっと近づく。そしてそっと、その手を握り祈るように額に押し付けた。
――神様。どうか、この人が今度生まれてくるときは、鬼になんてなりませんように
汐は何かを言おうと口を開いたが、言葉が出てこなかった。炭治郎の目があまりにも悲しかったからだ。
鬼はそんな彼を見て、大粒の涙を流しながら静かに消えていった。
(炭治郎は、鬼にも【人】って言葉を使うのか。今しがた自分たちを殺そうとし、錆兎や真菰を殺した敵なのに・・・。この人の目に、鬼はどう映っているのだろう)
今にも泣きだしそうな表情の炭治郎の背中に、汐はそっと触れた。そんな顔を、目を、これ以上彼にさせたくはなかった。
「あんたが気に病む必要はない。ここで倒さなかったら、また多くの犠牲者が出てた。あんたは何も悪くない。悪く、ないんだ」
だから、そんな顔をしないでよ。そんな目をしないでよ。汐は祈るような思いで彼の目を見据えた。
「汐・・・」
炭治郎は悲しそうな顔をする汐の手を優しく握った。そして少し悲しみを残した笑顔を彼女に向ける。
そして次に思い浮かべたのは、錆兎と真菰の顔だった。
彼らは皆きちんと還ることができただろうか。鱗滝のところへ。
そして炭治郎も、死んだらきっと鱗滝と禰豆子のところへ還っただろうと思った。
でも、それはできなかった。今の自分のそばには汐がいる。それでは鱗滝の約束は果たせない。
やがて空が白みだし、夜が明けたことを告げた。地獄のような夜が、ようやく終わりを告げたのだ。
その後、汐は炭治郎の頭のけがの手当てをした後、滋養のある木の実や山菜を使って簡単な食事を作った。
この間に二人は少しでも体力を回復させなくてはならない。
生き残らなければならないのだ。なんとしても。
それからというものの。炭治郎は鬼と遭遇しては、鬼を人間に戻す方法を聞き出そうとした。
しかし鬼たちは彼の思いなど露知らず、おのれの本能を満たそうと襲い掛かってくるやつばかりだ。
そんな彼らに刃を振るい続ける炭治郎があまりにも悲しくて、汐の心はずっと痛み続けていた。
こんなにやさしい人が、鬼を屠る剣士になる。それはすべて、彼の妹禰豆子のため。
その理不尽さが、彼女の心を突き刺していった。
そしていよいよ、最後の日の夜が明けようとしていた。
こそこそ噂話
汐の技の波の綾とは、さざ波を織物に見立てた言葉。
勇魚とは鯨の古い呼び方です
アンケートのご協力ありがとうございました。参考にさせていただきました
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)