同時刻。
玉壺の放った怪物たちは、手当たり次第に里の者を襲っていた。
詰が刃物のように鋭く動きも早い怪物たちに、里の者達は太刀打ちできず悲鳴を上げる。
その混乱の中を突如、桃と緑色の一陣の風が吹き瞬時怪物たちを両断した。
「遅れてごめんなさい!!」
里の者が顔を向ければ、そこには軽やかに舞う一人の女性の姿があった。
彼女の名は甘露寺蜜璃。鬼殺隊最高位の称号、柱を持つ剣士である。
「みんなすぐ倒しますから!!」
蜜璃はそう言うと、通りを塞ぐ怪物たちの壺を次々と斬り裂きながら飛ぶように駆け抜けていった。
「うおお、柱が来たぞ、凄ェ!」
「強・・・、速っ・・・」
「可愛いから忘れてたけど、強いんだよな柱って」
助けられた彼らは、呆然と蜜璃が去った方角を見つめていた。
その頃、長である鉄珍の屋敷も魔の手は伸びていた。建物は無残に破壊され、怪物の手には里の者と鉄珍が掴まれている。
鉄珍の身体は血に塗れ、面の中からも血が吹き出していた。
(里を常駐で警護していた鬼殺隊員が、あっけなくやられてしまった・・・)
人の何倍もある大きさの怪物の足元には、身体を真っ二つに裂かれた隊士と首をへし折られた隊士が哀れにも横たわっていた。
(里で最も技術を持つ長を死なせるわけにはいかない。だが、この大きすぎる化け物・・・、攻撃がまるで効かん・・・。異常に動きも早い)
鉄珍の付き人らしき男は、薙刀を握り締めながらなんとか立ち上がろうとしていた。
その時だった。
「動かない方がいいですよ」
凛とした声が響き、彼の前に一つの人影が現れた。
「多分貴方は、内臓が傷ついているから」
そこには、鞭のようにしなる刀を構えた蜜璃が立っていた。
「かっ、甘露寺殿・・・!!」
男は蜜璃がもつ奇妙な形の刀に目を奪われたが、怪物の咆哮がその思考を遮った。
怪物は両手に人を掴んだまま、蜜璃に襲い掛かってきた。
――恋の呼吸・壱ノ型――
――初恋のわななき!!
しかし怪物の手が蜜璃に届くよりも早く、その足元を駆け抜けた。
一瞬の間を置き、怪物の体中に亀裂が走った。
「私、いたずらに人を傷つける奴にはキュンとしないの」
その言葉と同時に、怪物の身体はバラバラになり崩れ落ちた。
灰になり消えていくその手から、鉄珍の身体が滑り落ちる。
「鉄珍様!!」
蜜璃はすぐさま駆け寄り、落ちてくる鉄珍をしっかりと受け止めた。
「大丈夫ですか鉄珍様!!しっかり!!」
涙をためながら、蜜璃は必死に鉄珍に呼びかけた。すると、鉄珍は小さくうめき声を上げながら身体を少し起こした。
「鉄珍様、聞こえますか!!」
蜜璃がさらに声を上げると、鉄珍は蜜璃を凝視しながら口を開いた。
「若くて可愛い娘に抱きしめられて、何だかんだで幸せ・・・」
血を吐きながらこの場に全く似つかわしくない言葉を紡ぐ鉄珍に、蜜璃は一瞬面食らったが途端に顔を赤らめた。
「やだもう、鉄珍様ったら」
そんな二人を見て、他の男たちは蜜璃に手を握って欲しい等の言葉を口にし、鉄珍から咎められていた。
だが、この時蜜璃は気が付かなかった。
もしもこの場に汐がいたなら、鬼の襲撃よりも大惨事になっていたということに・・・。
* * * * *
鬼が倒れたと同時に、炭治郎達の木の拘束が僅かに緩んだ。
その隙を突き炭治郎は脱出し、汐の傍に落下するように降り立った。
「炭治郎!!」
汐は炭治郎に駆け寄り思わず目を見開いた。炭治郎の顔にはあちこちに血が付き、左足が無残な姿になっていた。
「汐・・・、よかった、無事で・・・」
「人の心配をしている場合か、馬鹿!!」
自分よりも汐の心配をする炭治郎を、汐は怒鳴りつけた。だが、鼓膜が破れている今の炭治郎に、汐の声が聞こえない。
「それより状況を教えて!禰豆子は!?あのヒトデ爺は何処にいるの!?」
汐は捲し立てるが、炭治郎は声が聞こえず何を言っているのか分からなかった。
「すまない、汐。俺はさっきの鬼の攻撃で鼓膜が破れて音が聞こえないんだ」
「何ですって!?あの野郎・・・っ!」
汐は悪態をつこうとするが、歌が切れたのか鬼が動く気配がした。
「まずい、逃げるわよ!!」
汐が炭治郎を抱えて動くのと、木の竜が襲い掛かってくるのはほぼ同時だった。
「化け物め・・・。儂を、儂を跪かせて良いのは、あの御方のみだ!!」
激昂した鬼が雷を落とし、風を起こし、木の竜を次々と放ち、汐に猛攻を叩き込んだ。
その威力は炭治郎達が経験したそれの比ではなかった。
逃げる間、汐は炭治郎から矢継ぎ早に状況を教わっていた。
半天狗の本体は、野ネズミほどの大きさである事。あの鬼の能力によって本体は木の中に隠されていること。木の竜の射程距離はおよそ六十六尺である事。
「だからそれ以上離れれば何とかなる・・・!」
「わかったわ!」
汐は竜から六十六尺以上離れると、炭治郎を離し別方向に走り出した。
(重圧歌も暗示の一つ。ただ、束縛歌と違って同じ相手には一度しか使えない。でも、束縛歌は上弦の鬼には効果が薄い。なら・・・!!)
海の呼吸・伍ノ型――
――水泡包!!
汐は竜に飛び乗ると、型を使って鬼の目を逸らし一気に詰め寄った。狙いは頸を斬るのではない。束縛歌を至近距離で流し、動きを少しでも長く止めるためだ。
(鬼の動きを止めれば、炭治郎が本体を捜す時間を稼げる!)
汐は六十六尺の距離を保ちながら、鬼の元へと向かっていた。
ところが
「愚かな」
鬼の口が動いた瞬間、汐の死角から龍の口が襲い掛かりその大口で汐の身体ごと飲み込んでしまった。
「え・・・」
何が起こったのか分からない炭治郎の口から、声が漏れた。その一瞬をつき、木の龍の口が接ぎ木のように伸び、汐同様炭治郎を飲み込んでしまった。
「うーーー!!」
腕を挟まれたままの禰豆子が、二人の惨状を見て空気を裂くような唸り声をあげた。
玄弥も必死で、胴に絡まった木を外そうと必死にもがく。
木の竜に飲み込まれた汐は、先ほどの重圧とは比べ物にならない程の圧力を身に受けていた。
骨がきしみ、内臓が圧迫され、呼吸をすることもままならない。
汐は技を放とうとするも、指一本動かせず悔し気に歯を食いしばった。
その時だった。
突然身体を締め付けていた木が緩み、月明かりが差し込んでくる。そして耳に飛び込んできたのは――
「しおちゃん!!」
透き通るような、聞き慣れた声。
「みっちゃん!!」
汐はすぐさま木の中から這い出すと、師匠の名を高々と呼んだ。
「捕まって!!」
蜜璃は汐の手を引くと、そのまま飛び上がり炭治郎を飲み込んだ木の竜を斬り裂いた。
「炭治郎!!」
汐は炭治郎の手を掴み、蜜璃は汐の身体を抱えるとそのまま羽のように地面に降り立った。
「大丈夫!?ごめんね、遅れちゃって!!」
蜜璃は木の影に座らせると、「休んでていいよ!」と明るく言った。
「待ってみっちゃん。あたしはまだ戦える・・・!」
汐は首を横に振って蜜璃の傍に寄ろうとするが、蜜璃はそれを制した。
「しおちゃんは炭治郎君の手当てをお願い」
「でも・・・!」
「あなたは自分のするべきことをしっかりすること。私の継子ならわかるでしょう?」
蜜璃に諭され、汐は頷くと炭治郎の傷の手当てを始めた。
それを見届けた蜜璃は、地面を蹴って鬼の元へ向かった。
「あ、みっちゃん気を付けて!!」
「上弦です。上弦の肆で・・・」
汐と炭治郎の言葉も聞かず、蜜璃は鬼の前に降り立つと険しい顔で刀を向けた。
「ちょっと君!!」
蜜璃は頭から湯気を吹き出しながら、鬼を睨みつけて言った。
「私の可愛い継子とお友達をいじめるなんて!オイタが過ぎるわよ!!禰豆子ちゃんと玄弥君を返してもらうからね!!」
啖呵を切る蜜璃を鬼は睨むと、ゆっくりと口を開いた。
「黙れあばずれが。儂に命令して良いのは、この世で御一方のみぞ」
鬼の雷のような声が響いた瞬間、蜜璃は石のように固まるが、
(あばずれ!?)
鬼のあまりな言葉に、蜜璃は思い切り顔を引き攣らせた。
(あばっ・・・あっ・・・。私!?私のこと!?)
蜜璃は身体を震わせながら、さらに顔を大きくゆがませた。
(信じられない!!あの子なんて言葉使うのかしら!?私の弟とそんなに年格好変わらないのに!!あら!?でも、鬼だと実年齢と見た目は違うわよね。それにしたってひどいわ!)
「ちょっと待てコラァ!何適当なこと言ってんだガキ爺!!」
そんな空気を切り裂く様に、汐の鋭い声が響いた。
「みっちゃんはね、尻が軽いんじゃない!!」
「しおちゃん・・・!!」
汐の言葉に蜜璃の顔がパッと明るいものに変わるが、次の汐の言葉を聞いて固まった。
「頭が軽いんだよ!!間違えんな!!」
「あなたの方がとんでもないこと言ってるわよ!!」
鬼よりも無慈悲な汐の暴言に、蜜璃は先ほどとは比べ物にならない程顔を崩してまくし立てた。
「うわああん!酷い、酷い!!しおちゃんの馬鹿ァ!!」
「ご、ごめんって!流石に言いすぎたって、危ない!!」
汐が弁解しようとしたとき、鬼の背後の二つの竜が、蜜璃に向かって口を開けた。
狂鳴雷殺!!
木の竜の音波と雷の攻撃が組み合わさり、嵐のようになって蜜璃を襲う。
「甘露寺さん!!」
炭治郎が思わず叫ぶと、汐は首を小さく横に振って言った。
「大丈夫よ。あんな攻撃、柱のみっちゃんに通じるもんか」
汐の自信に満ちた言葉の意味は、次の瞬間に炭治郎も理解することになった。
――恋の呼吸 参ノ型――
――恋猫しぐれ!!
蜜璃は猫のように縦横無尽に飛び跳ねる様に動き、刀を振り回した。
すると鬼の攻撃自体が、しなる刀によって全て両断された。
「私、怒ってるから!見た目が子供でも許さないわよ」
蜜璃の技を初めて見た炭治郎は、口をあんぐりと開けたまま石のように固まった。
「やれやれ。相変わらずぶっ飛んだ動きするわ、我が師匠は」
炭治郎の手当てをしながら、汐は呆れたような嬉しそうな表情でそう呟いた。
一方鬼も、攻撃自体を斬り裂いた蜜璃に微かな驚きを見せていた。
だが、鬼はそのまま表情を変えずに、木の竜を操り蜜璃をからめとろうとした。
蜜璃はそれを、柔軟を生かしたしなやかな動きで全て避けている。
次に鬼が繰り出したのは、汐が先ほど受けた重圧の攻撃。
そのすべてを素早い動きで躱す蜜璃。隙の無い動きに、炭治郎は目を離すことができなかった。
(す、すごい。あれが汐の師範の・・・、甘露寺さんの戦い方・・・)
鳴り響く太鼓の音の中、木の幹ほどの太さの竜が蜜璃を喰らおうと突っ込んできた。
――恋の呼吸・弐ノ型――
――懊悩巡る恋
蜜璃は逆に竜に突っ込むように加速すると、流れるように刃をしならせ瞬く間に切り刻んだ。
今度は別の竜の口が、光の槍のようなものを飛ばしてきた。
――陸ノ型――
――猫足恋風
しかし蜜璃はその攻撃すらも、舞うようにしてすべて斬りおとした。
(この速さでもついて来るか)
蜜璃の素早さに、鬼の顔にも微かに焦りが見え始めた。
(ならば、術で埋め尽くす)
血鬼術――
――無間業樹
鬼の周りの木から無数の竜の頭が生えるようにして跳び出し、四方八方から蜜璃に襲い掛かった。
(キャー!!広範囲の術!!受けきれるかしら!?)
蜜璃は顔を青ざめるが、その迷いを打ち消すように大きく息を吸った。
――恋の呼吸・伍ノ型――
――揺らめく恋情・乱れ爪
蜜璃は大きく飛び上がると、関節の柔らかさを最大限に生かしながら広範囲に刀を振るい、その攻撃すらもいなした。
そしてそのまま、鬼の頸に刀を巻きつけるようにすると、その反動を利用して一気に距離を詰めた。
すると鬼は、そのまま蜜璃に向かって口を大きく開けた。
(ん!?何かしようとしてる!?)
それに蜜璃は気づいたが、そのまま頸を斬ってしまおうと腕を振るったその時だった。
「みっちゃん、駄目よ!」
「そいつは本体じゃない!頸を斬っても死なない!!」
汐と炭治郎の鋭い声が飛んだ瞬間、今度ははっきりと蜜璃の顔が青ざめた。
(えっ、やだホントに!?判断、間違えちゃっ・・・)
狂圧鳴波!!
蜜璃が気づいたときにはもう遅く、鬼の音波と重圧の合わせ技が容赦なくその身体を穿った。
「うわああああ!!みっちゃんん!!!」
「甘露寺さん!!」
膝をつき、ぐったりとする蜜璃を見て汐と炭治郎は叫び声をあげた。
木に捕らわれていた禰豆子は腕を引き千切り、玄弥は渾身の力で隙間をこじ開け何とか脱出しようとしていた。
(信じがたし!!)
だが、鬼は目の前の蜜璃を見て顔をしかめた。
(この小娘、今の攻撃を喰らって尚、肉の形を保っているとは!!)
先程の鬼の攻撃は、喰らえば肉体が破壊されるほどの代物。しかし目の前の蜜璃は、服は破れ白目をむいているもののまだ生きていた。
それを見て鬼は気づいた。蜜璃は特殊な肉体を持つ者だと。下手をしたら稀血の人間ほどの力を得ることができるということ。
(しかし、まずは頭蓋と脳味噌を殴り潰しておくとするか)
鬼は蜜璃との間合いを一瞬で詰め、その拳を頭に向けて振り抜こうとした。
その一瞬の間に、蜜璃は昔の事を思い出していた。
* * * * *
蜜璃はかつて、自分の特殊な体質により辛い思いをしながら生きてきた。
そんな自分が初めて認められたのが、産屋敷輝哉が治める鬼殺隊。
そんな蜜璃を鍛えていたのは、かつての炎柱・煉獄杏寿郎だった。
蜜璃は彼の下で炎の呼吸を学んでいたが、うまく使いこなすことができずに悩んでいた。
そしていつしか、自分は鬼殺隊に向いていないのではないかとすら思うようになってしまった。
しかし、そんな蜜璃を、煉獄は決して見限りはしなかった。
『弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務。亡くなった母の教えだ!甘露寺はいずれ、俺をも超える剣士になるだろう!』
それはかつて、自身の悩みを初めて煉獄に相談した時の事だった。
『君の膂力も体の柔らかさもさることながら、奇抜な髪色だって見方を変えれば、鬼の気を引き人を明るくする、立派な才能だ!』
――何より君には、人を愛する心がある!君の育手になれて俺は幸せ者だ!誇りに思う!
(煉獄さん・・・!)
そして次に思い出すのは、煉獄が命を散らした後、汐が雨と涙に塗れながら自分の所へやってきた事。
(しおちゃん・・・。ごめんね・・・。私、死んじゃうかもしれない・・・)
心の中で汐に謝罪の言葉を述べる蜜璃だが、それを斬り裂くような声が響いた。
『心を燃やせ!!』
蜜璃がその声に導かれるように目を開くのと、目の前の鬼が吹き飛ぶのがほぼ同時だった。
「え・・・」
蜜璃は呆然と、目の前の光景を見つめていた。そこには、燃え盛るような炎のような音と、舞い散る火の粉。
そして、その場には決していないはずのその背中。
「れ、煉獄・・・さん?」
思わずつぶやいたその名前だけが、微かな静寂の中に響いた。
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)