ウタカタノ花   作:薬來ままど

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汐の新たな歌が半天狗を拘束する少し前。炭治郎は以前、善逸と技について語り合っていたことを思い出していた。

 

『雷の呼吸って、一番足に意識を集中させるんだよな』

 

善逸は磯部揚げ餅を旨そうに頬張りながら、唐突にそんなことを言った。

 

『自分のさ、体の寸法とか筋肉一つ一つの形ってさ、案外きちんと把握出来てないからさ。『それら全てを認識してこそ、本物の“全集中なり”』って俺の育手のじいちゃんが、よく言ってたなぁ』

 

その言葉を思い出した炭治郎は、筋繊維一本一本、血管の一筋一筋まで空気を巡らせ、力を足だけに溜めた。

溜めて、溜めて、そして一息に爆発させる。空気を切り裂く雷鳴の如く。

 

汐が新たなウタカタを放ち、鬼の動きが止まると同時に、炭治郎は雷神の如く一気に半天狗との距離を詰めた。

 

そして、真っ赤に燃える刀身をその細い頸に押し当てた。ミシミシと音を立てながら、刃が少しずつ食い込んでいく。

 

(行け!!行け!!今度こそ、渾身の力で・・・)

 

炭治郎は力を込めて、そのまま押し切ろうと歯を食いしばった時だった。

半天狗は頸をぐるりと炭治郎の方へ向けると、恨みと憎しみの篭った表情で睨みつけた。

 

「お前はああ、儂がああああ、可哀想だとは思わんのかァァァア!!」

 

突然、半天狗の身体が膨れ上がるように大きくなり、炭治郎の顔を乱暴に掴んだ。

口を塞がれ、呼吸がし辛くなった炭治郎の腕から、力が抜けていく。

 

「弱い者いじめをォ、するなあああ!!」

 

半天狗はそのまま炭治郎の顔を握り潰そうと力を込めた。骨がきしみ、炭治郎の鼻からは血が流れだす。

だが、それを阻止しようと、鬼の力を宿した玄弥が半天狗の手を掴んだ。

 

「テメェの理屈は全部クソなんだよ。ボケ野郎がァアア!!」

 

玄弥は怒りの咆哮を上げながら、更に腕に力を込めた。すると、半天狗は口を開き、超音波を放とうと力を貯め始めた。

 

すると、突然赤い雫が上空から降り注ぎ、半天狗が身体を逸らした時だった。

禰豆子が遠隔で血を発火させ、半天狗を飲み込んだ。

 

そしてその一瞬の隙を突いて、後方から汐が飛び掛かり半天狗の脳天に刀を突き刺した。

 

「それ以上ほざくな、下衆がァァア!!」

 

汐が半天狗の頸をへし折り、玄弥は炭治郎を掴んでいた手を引き千切った。

だが、禰豆子の火は、鬼を喰っている玄弥も燃やしてしまうため、彼の身体にも燃え移った。

 

「玄弥!!」

 

汐が叫んだその時、半天狗の身体はそのまま重力に従って傾いた。

奇妙な浮遊感を感じて汐が振り返ると、そこは切り立った巨大な崖になっていた。

 

(ここは、まさかあの時の・・・!!)

 

刀を突き刺したままの汐は勿論、炭治郎、禰豆子も半天狗と共に崖から落ちていく。

 

そしてやや遅れて、落下の轟音が響き、土煙が立ち上った。

 

「炭治郎、禰豆子、大海原ーーー!!」

 

鬼化が解けた玄弥は、青い顔で三人の名を叫んだ。鬼の禰豆子はともかく、炭治郎と汐はこの高さから落ちてしまったら、ただじゃすまない。

 

やがて土煙が収まると、その中に蠢くものが見えた。半天狗と、禰豆子だった。

 

(炭治郎と大海原は何処だ!?)

 

この位置からは二人の姿が見えない。玄弥は歯がゆい思いで必死に目を凝らした。

 

一方、半天狗と共に崖下に落下した汐は、身体にかかるであろう衝撃に備えて身を固くした。

だが、衝撃はあったものの、思ったほどの強さではなかった。

 

不審に思って目を開ければ、自分の身体は地面から浮いており、顔を上げればそこには苦しそうに顔を歪める禰豆子の姿があった。

 

「禰豆子!?」

 

汐が声を上げると、禰豆子はほっとした様に目を細めた。落下する寸前、禰豆子が落ちてくる汐を受け止めたのだ。

だが、その衝撃で禰豆子の両足は、筋肉と骨が見える程大きく裂けてしまっていた。

 

「あ、あんた・・・!鬼だからってなんて無茶を・・・!!ううん、違うわね。助けてくれてありがとう」

 

しかし汐は禰豆子への叱責を飲み込み、助けてもらった礼を言った。

 

「そうだ、あいつ・・・!それと炭治郎は・・・!?」

 

汐は禰豆子に下ろしてもらうと、慌てて辺りを見回した。

炭治郎の姿はない。だが、半天狗は炭治郎の刀を頸に食い込ませたまま、ふらふらと動きだしていた。

 

「こいつっ・・・!!」

 

汐は慌てて追いかけようとするが、突然強烈な眩暈を感じて蹲った。

ウタカタの新技を二度も使い、新たな型も撃った反動で身体が言うことを聞かないのだ。

 

(そんな・・・、こんな時になんで・・・!あと少しで奴を仕留められるのに・・・!!)

 

汐は動かない身体を激しく憎む中、満身創痍の半天狗は覚束ない足取りで動いていた。

 

(まずい、再生が遅くなってきた。"憎珀天(ぞうはくてん)"が力を使いすぎている。人間の血肉を補給せねば・・・)

 

半天狗はあたりを見回すと、少し離れた場所に人間の気配を感じた。

 

「待て」

 

だが、半天狗がそちらへ向かおうとしたとき。鋭い声が響いた。

思わず顔を向ければ、そこには木の枝に身体を預けた炭治郎が、こちらを睨みつけていた。

 

「逃がさないぞ・・・。地獄の果てまで逃げても追いかけて、頸を、斬るからな・・・!!」

 

炭治郎の口から出たのは、怒りと憎しみが籠った声。その気迫に半天狗の背筋に冷たいものが走った。

慌ててあたりをもう一度見渡せば、草むらの影に刀を持った里の者が慌てふためいているのが見えた。

 

(いた。人間(くいもの)だ・・・!!)

 

食料を見つけた半天狗は、力を振り絞って走り出した。

 

(童四人のうち、一人は鬼、もう一人はワダツミの子で厄介じゃ。悉く邪魔される)

 

時間が経ち、段々と戻ってくる足の感覚に感謝しながら、半天狗は走り続けた。

 

(結局あの童の刀は、儂の頸に食い込むだけで斬れはせん。まず先に、あの人間を喰って補給してから・・・)

 

炭治郎は痛む体を叱責しながら、枝から滑り落ちるようにして地面に降り立った。

すぐさま立ち上がり、もう一度先ほどのように地面を蹴ろうと足に力を込めた時だった。

 

頭上から風を切るような音が聞こえ、すぐに大きくなったかと思うと炭治郎の前に何かが落ちてきた。

 

(!?)

 

炭治郎は突然の事に一瞬だけ思考が停止したが、それが一本の刀だということがわかった。

 

「使え!」

 

間髪入れずに聞こえてきた声に振り返ると、いつの間にか崖の上に人影が増えていた。

 

その声を聞いて、炭治郎は思わず笑顔になった。そこには、時透無一郎と鉄穴森、小鉄、鉄火場、鋼鐵塚の姿があった。

 

「炭治郎、それを使え!!」

「返せ!ふざけるな殺すぞ使うな!!」

 

必死で叫ぶ無一郎を、鋼鐵塚が怒りながら首を絞めている。

 

「第一段階までしか研いでないんだ、返せ!!」

「夜明けが近い、逃げられるぞ!!」

 

怒りのあまり暴れ出す鋼鐵塚の拳を受けながら、無一郎は必死で叫んだ。

 

(時透君・・・)

 

炭治郎は投げ渡された刀の柄をしっかりつかむと、大きく息を吸った。

 

(ありがとう!!)

 

炭治郎の口から炎のような呼吸音が漏れた瞬間。

空気を震わすような爆発音が響き渡った。

 

半天狗が振り向いたその時には、もうすでに刃はその頸に届いていた。

 

――円舞一閃

 

善逸の【霹靂一閃】の動きを参考に取り入れた、炭治郎の新たな技が半天狗の頸をついに穿った。

巨大な頸が綺麗に体から離れ、落下していく様を汐も見ていた。

 

(やった、やった・・・!!斬った、斬った!!)

 

汐は身体が動かないことも忘れ、喜びに顔をほころばせた。

だが、汐は見落としていた。ここは大きく開けており、日陰になる場所が殆どない。

 

そして、もうじき夜明けが近いことも。

 

それに気づいたのは、空がうっすら白みだしているのを見た時だった。

 

(まずい、夜が明ける!日が昇ったら、禰豆子が危ない!!)

 

汐は何とか身体を動かそうとするが、全身が麻痺したように動かない。

禰豆子は力を使いすぎたせいか、うとうとと眠そうに目をこすっていた。

 

炭治郎もその事に気づいており、禰豆子に安全な場所に隠れるように伝えようとした。

だが、技の反動で声が出ず、出るのはか細い咳だけだ。

 

禰豆子は満身創痍の兄の姿を見て目を見開くと、慌てたように駆け寄ってきた。

 

(違う!!禰豆子、こっちに来なくていい。お前だ、お前なんだ危ないのは。日が差すから・・・)

 

声が出せない炭治郎は、心の中で必死に叫んだ。しかし禰豆子は焦りを浮かべたまま、炭治郎の元に駆け寄った。

 

「禰豆子!!逃げろ・・・!!日陰になるところへ・・・!!」

「ううっ、うう!!」

 

しかし禰豆子は、炭治郎の制止も聞かず、何かを訴えるように声を上げた。

その時、炭治郎の鼻が微かに鬼の匂いを捕らえた。

 

「!?」

 

炭治郎が振り返ると同時に、耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。

 

「うわああああ!!逃げろ、逃げろ!!」

「死んでない。頸を斬られたのに・・・!!」

 

里の者たちが慌てふためき、何かから逃げている。視線を動かせば、そこには頸のない鬼の身体が里の者たちを追いかけていた。

 

「なん・・・!?」

 

それをみた汐は思わず声を上げた。本体の頸は、炭治郎が斬り落としたはずだ。

 

「まさか・・・、あれも本体じゃ・・・ない・・・!?」

 

汐は頭から冷水を浴びせられたような感覚を感じた。

 

(ふざけんな!!ここまで来て・・・!!)

 

汐はふらつく体でなんとか立ち上がり、半天狗の方へ視線を向けた時だった。

 

「ギャッ!!」

 

絹を裂くような悲鳴と、何かが焼ける嫌な音。そして

 

「禰豆子!!」

 

炭治郎の悲鳴に近い声が響き渡った。

振り返れば、そこには陽の光に身体を焼かれる禰豆子と、必死で禰豆子を覆い隠そうとする炭治郎の姿。

 

「炭治郎!!禰豆子!!」

 

汐は一瞬だけ迷いを見せたが、すぐに炭治郎の方へ向き自分の羽織を脱いで投げ渡した。

 

「これを・・・、使って!!」

 

炭治郎が汐の羽織を受け取ったのを見届けると、汐はすぐさま悲鳴の聞こえた方へ走り出した。

 

「縮めろ!!体を小さくするんだ!!」

 

炭治郎は汐の羽織で禰豆子を覆い、己の身体で日陰を作ろうとする。

しかし、禰豆子の身体はみるみるうちに焼けただれて行く。

 

(まだ陽が昇り切ってなくてもこれほど・・・!!)

 

炭治郎は唇をかみしめながら、必死に禰豆子を庇った。

 

背後から悲鳴が再び聞こえ、炭治郎ははっとした。汐は、半天狗の本体の潜んでいる場所を知らない。

鬼の気配を感じることはできても、伊之助程正確にはできない。それに、汐自身も満身創痍で動くのがやっとのはずだ。

 

(汐が危ない・・・!ああでも、禰豆子をこのままにできるはずがない!!)

 

崖の方を向けば、玄弥が必死で降りようとしている姿と、飛び降りようとして小鉄に止められている無一郎の姿が目に入った。

とても間に合うはずがない。

 

炭治郎は鬼も朝日で塵になることを想像したが、その前に汐や里の者がやられる可能性が高い。

 

炭治郎は迷っていた。禰豆子を取るか、汐や里の人達を取るか。

勿論、どちらかを犠牲になどできない。したくはない。だが、迷っていればどちらも失う。

 

その決断を、炭治郎はすることができなかった。

 

すると、そんな兄を見かねたのか。禰豆子の足が動き、炭治郎を思い切り蹴り飛ばした。

 

「・・・っ!」

 

空中に投げ出された炭治郎が見たのは、全身が焼けただれて行く中笑顔を見せる、最愛の妹の姿。

まるで、私の事は気にしないで。みんなを助けて。と言っているかのように。

 

(禰豆子・・・!!)

 

炭治郎は身をひるがえすと、あふれる涙をこらえながら走り出した。

 

遠くから鬼と汐の匂いが流れてくる。その匂いを辿りながら、炭治郎はひたすら走った。

 

同時刻、汐は悲鳴を頼りに鬼の居場所を探していたが、疲弊しているせいか鬼の気配が感じづらくなっていた。

早く仕留めねばと焦る汐の耳に、切羽詰まった声が聞こえてきた。

 

「汐ーー!!俺が誘導する!!そのまま走れぇぇえ!!」

 

それは、まごうことなき炭治郎の声。汐は一瞬驚いたものの、言う通りに走った。

すると少し先に、里の者に今にも襲い掛かろうとしている半天狗の姿があった。

 

「テメェエエエ!!!潔くあの世へ行きやがれェエエエ!!」

 

汐は叫び声を上げながら、半天狗に向かって刀を振り下ろした。固い音が響き、刃が微かに食い込む。

すると半天狗の腕が大きく動き、汐の右肩を掴んだ。

 

肩が外れる鈍い音と共に激痛が走るが、それに構うことなくさらに刀を強く握った。

 

「汐、心臓だ!!鬼は心臓の中にいる!!」

(心臓!?)

 

先程よりも近づいた炭治郎の声に従い、汐は刀を心臓に向かって振り上げた。

だが、片腕を潰されたせいで力が入らない。半天狗も必死に抵抗し、汐を握り潰そうとしている。

 

「おおおおおおぁあ!!!」

 

汐が獣のような咆哮を上げ、空気がびりびりと音を立てる中。汐の青い刃と共に重ねられたのは、漆黒の刀だった。

 

「命をもって、罪を償え!!」

「地獄で詫び続けろ、屑が!」

 

二本の刀が半天狗の本体に届いた瞬間、半天狗の脳裏には微かな記憶が蘇った。

だが、それを認識する間もなく半天狗の頸は切断され、朝日を浴びて塵と消えた。

 

「・・・・!!」

 

汐は息を切らしながらも、目の前で消えていった鬼を見て僅かに安堵した。だが、先ほどの光景を思い出し、炭治郎に駆け寄った。

 

「炭治郎!!」

 

炭治郎は汐より少し離れた場所で項垂れており、身体が小刻みに震えていた。

 

「炭治郎!炭治郎しっかり!!」

 

汐が炭治郎の身体を揺さぶると、炭治郎は光を失った目で汐を見上げた。

 

「汐・・・」

 

炭治郎は抑揚のない声でそう言うと、唇を大きく震わせた。

 

「禰豆子が・・・、禰豆子が・・・っ」

 

炭治郎の目から大粒の涙があふれ出し、地面を黒く染めていく。

炭治郎が禰豆子を見捨てるはずはない。その事を、汐は誰よりも知っているつもりだった。

 

だからこれは、禰豆子が自分自身で選んだ結末だったということを。

 

「っ!!」

 

汐は膝をつくと、左腕で炭治郎の頭を抱え込むようにして抱きしめた。

 

この行為に意味などないかもしれないが、炭治郎をこの残酷な結末から少しでも遠ざけたいという、汐のささやかな我儘だった。

 

抱きしめられた炭治郎は、汐の胸元に顔をうずめて隊服を握りしめた。

戦いには勝った。だが、炭治郎は禰豆子という最愛の妹を失った。

 

陽の光に焼かれて、禰豆子は骨すら残らない。今まで戦ってきた意味を、この瞬間自分は失ってしまった。

 

その現実を拒絶するかのように、炭治郎は汐に身体を預けて、肩を激しく上下させながらすすり泣いた。

 

(何なのよ、これ。こんなの、こんなの。あんまりよ・・・。惨すぎるわよ・・・!!)

 

汐は悔しさのあまり、唇が切れる程かみしめた。

だが、ふと何かの気配を感じて顔を上げると、そこには。

 

「え・・・」

 

汐の口から、力のない声が飛び出した。目の前に広がる光景に、我が目を疑った。

 

「炭治郎」

 

汐は未だに顔を上げない炭治郎を呼ぶが、炭治郎は聞こえないのか動かない。

 

「炭治郎っ。炭治郎ってば・・・!!」

 

汐の声が大きくなり、ようやく炭治郎も反応を見せた。

恐る恐る顔を上げれば、汐は驚愕を張り付けた表情で後ろを見ている。

 

「炭治郎・・・!あれ、あれ・・・!!見て・・・」

 

汐がかすれた声で後ろを指さし、炭治郎もゆっくりと振り返った。

 

そこにあったのは、否、いたのは。

 

「禰豆子が、禰豆子が・・・」

 

日光を浴びて尚、その姿を保っている禰豆子だった。

 

「太陽を、背にして・・・!!」

 

皆が言葉を失う中、汐の羽織を肩に掛けた禰豆子は、口枷が外れた口をゆっくりと動かす。

 

「お、お・・・おはよう」

 

禰豆子の歯切れのよい声が、汐達の耳に優しく届いた。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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