壱
「ギイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
善逸の断末魔が聞こえた後、あたりは水を打ったように静かになった。
「お、おい。何も聞こえなくなったぞ・・・?」
後藤は青ざめた顔で炭治郎を見ると、炭治郎も顔を真っ青にしながら俯いていた。
「お前の彼女、怖すぎじゃねえか?」
「ふ、普段はとても優しいんですよ!」
炭治郎は慌てて後藤に向き合いながら答えた。
「確かに怒ると怖ろしいことをしたり言ったりしますけれど、相手の事をきちんと見ていますし、それに笑うと可愛いし、お化粧をすると物凄く綺麗だし――、とにかく!汐は本当は凄くいい子なんです!!」
(惚気かよ・・・)
顔を真っ赤にしながら捲し立てる炭治郎に、後藤はため息を一つついた。
ふと視線を移せば、炭治郎のベッドの傍の水差しが空になっていることに気づいた。
「その水差し、もうねえんだろ?俺いって水貰ってくるわ」
「え?そんな、いいですよ。俺が自分でやりますから」
「いいって、いいって。怪我人は寝てろ。んじゃ、行ってくるわ」
後藤は水差しを手に取ると、ごねる炭治郎をしり目に病室を後にした。
(えっと、確か台所は・・・)
後藤が辺りを見回しながら歩いていると、前方から何かがこちらに向かってくるのが見えた。
目を凝らしてみてみると、それは頭に山のようなたんこぶを乗せ、顔をへこませた善逸が、泣きながら三人娘に引きずられていく姿だった。
善逸がとりあえず生きていることに安堵しつつ、後藤が振り返ったその時だった。
「あら、後藤さんじゃない。こんなところで何してるの?」
すぐ傍から汐の声がして、後藤は小さく悲鳴を上げた。
「何よ。人の事化け物みたいに・・・」
汐はそう言って不満げに頬を膨らませた。
だが、後藤がぎょっとしたのは、汐の顔と服にいくつもついている赤い斑点だった。
「いやいやいや!!お前の顔!服!!ついてちゃヤバいもんがついてんだろ!?」
後藤が指をさしながら叫ぶと、汐は首を傾げた後自分の服を引っ張った。
「あら本当。あの時、善逸の鼻血が飛び散ったのね」
「善逸の鼻血!?」
「最初に平手打ちしたら、思いのほか威力が出ちゃったの。でもこれじゃあ炭治郎の前には出られないわね。着替えてくるわ」
汐はそう言って踵を返し、後藤は呆然とその背中を見ながら呟いた。
「竈門・・・。お前の彼女、やっぱ怖えわ」
その小さな声は、誰の耳にも届かず静かに消えていった。
* * * * *
「前回の戦いで、僕は毒を喰らい動けなくなりました」
皆の視線が集まる中、無一郎は静かに口を開いた。
「僕を助けてくれた一般隊士の少女が鬼に捕らわれ、それを助けようとした少年が殺されかけた時、僕は以前の記憶が戻りました。そして、その際に思い出した強すぎる怒りで、感情の収拾がつかなくなりました」
あの時の燃えるような感覚を、無一郎は思い出しながら言った。
「その時の心拍数は、二百を越えていたと思います」
落ち着き払った無一郎の声に、蜜璃は呆然としていた。
「更に体は燃えるように熱く、体温の数字は三十九度以上になっていたはずです」
「!?」
その言葉に、しのぶは驚きのあまり目を見開いた。
医学に精通している人間ならわかる、普通の人間なら、立っているのもやっとのはずの体温だ。
「そんな状態で動けますか?命にも関わりますよ」
「そうですね。だからそこが、篩に掛けられる所だと思う。そこで死ぬか、死なないか。恐らく、痣が出るものと出ない者の分かれ道です」
無一郎は頷くと、再びあまねに視線を移しながら言った。
「心拍数を二百以上に・・・。体温の方は、何故三十九度なのですか?」
「はい。胡蝶さんの所で治療を受けていた際に、僕は熱を出していたんですが、体温計なるもので計ってもらった温度、三十九度が、痣の出ていたとされる間の体の熱さと同じでした」
そんな無一郎を見て、蜜璃は(そうなんだ・・・)と、どこか他人事のように聞いていた。
「チッ、そんな簡単なことでいいのかよォ」
小さく舌打ちをしながらそういう実弥に、義勇の小さな呟きが刺さる。
「これを簡単と言ってしまえる簡単な頭で羨ましい」
「何だと?」
その言い草にカチンときたのか、実弥は青筋を立てながら義勇を睨みつけた。
しかし当の義勇は「何も」と表情を崩さぬまま答えた。
「では、痣の発現が柱の急務となりますね」
険悪な空気を変えるようなしのぶの声に、柱達は一斉に頷いた。
「御意。何とか致します故、お館様には御安心召されるよう、御伝え下さいませ」
「ありがとうございます」
皆を代表する悲鳴嶼の言葉に、あまねは深々と頭を下げた。
「ただ一つ。痣の訓練につきましては、皆様に御伝えしなければならないことがあります」
「何でしょうか・・・?」
蜜璃が首を傾げながら訪ねると、あまねはいったん言葉を切ると話し出した。
「もう既に痣が発現してしまった方は、選ぶことが出来ません・・・。痣が発現した方は、どなたも例外なく──・・・」
会議は恙なく終わり、あまねが退室した部屋には数珠をかき鳴らす音が響いていた。
「なるほど・・・。しかしそうなると、私は一体どうなるのか・・・、南無三」
悲鳴嶼の静かな声が見散る中、義勇は音もなく立ち上がった。
「あまね殿も退室されたので、失礼する」
そんな彼に、実弥はぎろりと視線を向けながら言った。
「おい待てェ、失礼すんじゃねぇ。それぞれ今後の立ち回りも決めねぇとならねぇだろぅが」
「六人で話し合うといい、俺には関係ない」
しかしそんな実弥に意も解さず、義勇はそう言った。
「関係ないとは、どういう事だ。貴様には柱としての自覚が足りぬ。それとも何か?自分だけ早々に鍛錬を始めるつもりなのか?会議にも参加せず」
伊黒の言葉に、義勇は答えることなく立ち去ろうとした。
「テメェ、待ちやがれェ」
「冨岡さん、理由を説明してください。さすがに言葉が足りませんよ」
義勇のあまりの態度に、実弥は思わず叫び、しのぶも彼を咎めるように言った。
「・・・俺は、お前達とは違う」
「気に喰わねぇぜ・・・・。前にも同じこと言ったなァ冨岡。俺たちを見下してんのかァ?」
実弥は思わず立ち上がると、敵意が籠った言葉と視線を向けた。
「けっ、喧嘩は駄目だよっ!冷静に・・・」
険悪な空気を察した蜜璃が止めようと口を開くが、義勇は実弥の言葉を肯定も否定もせずに退室しようとした。
そんな態度に対に堪忍袋の緒が切れた実弥は、義勇に殴りかかろうとした。
「待ちやがれェ!!」
「キャー、だめだめ」
もはや乱闘は避けられないと、誰もが思ったその時。
悲鳴嶼が両手を叩く音が響いた。
空気全体を震わす音に全員の動きが止まり、伊黒の相棒鏑丸も、目を大きく見開いて固まった。
「座れ・・・、話を進める・・・」
悲鳴嶼は涙を流しながら、静かに口を開いた。
「私に一つ、提案がある・・・」
皆は黙って、悲鳴嶼の言葉に耳を傾けた。
* * * * *
「ほらよ。水、持ってきたぜ」
「何から何まで、ありがとうございます」
後藤から水を受け取った炭治郎は、笑顔で感謝の意を伝えた。
「汐の匂いがしますけれど、大丈夫でしたか?その、いろいろと」
「あ、ああ。とりあえず、黄色い奴は生きてたよ。大海原は着替えて来るって言ってた」
善逸の返り血が付いた服を、とは言えず言葉を濁す後藤に炭治郎は何かを察して口をつぐんだ。
すると、不意に嗅ぎ覚えのある匂いが鼻を掠めた。
(あれ、この匂いは・・・)
「お?誰か来たな。あいつか?」
しかし、病室に入ってきたのは汐ではなかった。その人物の顔を見た瞬間、炭治郎の顔に笑顔が浮かぶ。
「あーー!!鋼鐵塚さん!!」
炭治郎の視線の先に、刀を抱えた鋼鐵塚の姿があった。
炭治郎はあの後、汐達から鋼鐵塚の事は聞いていた。己の身を顧みることなく、刀を研ぎ続けたため重傷を負っていたことを。
その事をずっと心配していた炭治郎は、彼の姿を見て心から安堵した。
「怪我は大丈夫ですか、良かった!!」
だが、炭治郎は笑顔のまま顔を強張らせた。
鋼鐵塚の身体は小刻みに震え、心なしか息も荒い。
とても大丈夫には見えなかった。
「大丈夫じゃない感じですか!?」
炭治郎が尋ねると、鋼鐵塚は黙って持っていた刀を差しだした。
「あっ、刀・・・。ありがとうございます」
炭治郎は礼を言って刀を受け取った。
(あっ、こ、これは・・・!)
刀を見て、炭治郎は目を見開いた。
「煉獄さんの鍔だ!!」
そこには、自分たちの命を救ってくれた、煉獄の鍔がつけられていた。
「小鉄くんを守ってくれて、ありがとうございます・・・」
炭治郎は目に涙を浮かべながら、天国にいる煉獄に心から感謝の言葉を述べた。
「座ってください、大丈夫スか?」
息も絶え絶えな鋼鐵塚を心配して、後藤は自分が据わっていたイスを譲った。
鋼鐵塚は椅子に腰を下ろすと、か細い声で「刃・・・」と言った。
「刃かな!?刀身も見ますね」
炭治郎は慌てて刀を抜くと、その刀身に瞬時に目を奪われた。
そこには、今までの自分の刀とは比べ物にならない程の純粋な"黒"がそこにあった。
「凄い・・・。漆黒の濃さが違う」
「鉄も質が良いし・・・、フゥ、前の持ち主が相当強い剣士だったんだろう・・・、フゥ」
座って少し落ち着いたのか、鋼鐵塚はそう語った。
刀を眺めていた炭治郎は、刀身に刻まれているある文字に目が行った。
「滅の文字・・・」
「これを打った刀鍛冶が、全ての鬼を滅する為に作った刀だ」
すっかり落ち着いた鋼鐵塚は、再び語りだした。
「作者名も何も刻まず、ただこの文字だけを刻んだ。この刀の後から階級制度が始まり、柱だけが悪鬼滅殺の文字を刻むようになったそうだ」
その説明に炭治郎は身体を震わせ、息をのんだ。この話が本当なら、今自分の手にしている刀は、全ての始まりの刀であるということだろう。
「そうなんですね、すごい刀だ・・・」
刀を鞘にしまっていた炭治郎は、ある事に気づいた。
「でも、前の戦いでこれを使った時は、文字が無かったような・・・」
炭治郎が何気なくそう口にした瞬間、鋼鐵塚の動きが止まった。
そして一拍置いた後、彼の全身を怒りの炎が包んだ。
「だからそれは、第一段階までしか研ぎ終えていないのに、お前らが持ってって使ったからだろうが!!錆が落としきれて無かったんだよ、ブチ殺すぞ!!」
「すみません!!」
「今もまだ傷が治りきってなくて、ずっと涙が出てるんだよ!痛くて痛くてたまらないんだよ!!研ぎの途中で邪魔されまくったせいで、最初から研ぎ直しになったんだからな!!」
「すみません」
痛みと仕事を台無しにされた怒りは収まらず、鋼鐵塚は炭治郎の頬を引っ張った。
「でも、怪我の酷さならコイツの方も負けてないっスよ」
二人のやり取りを見かねた後藤が、炭治郎に助け舟を出した。
「身体中の骨折れまくってるし、コイツ」
鋼鐵塚は後藤に顔を向け、動きを止めるがそれは一瞬の事だった。
「ブチ殺すぞ・・・!!」
「話通じねぇな!!」
再び怒りに燃えた鋼鐵塚が、後藤につかみかかろうとしたとき。
軽快な音と、鋼鐵塚のうめき声が上がった。
「まったく、いきなり走り出したかと思えば、怪我人になんて真似をしているんですか」
頭を抑える鋼鐵塚の背後から、呆れを孕んだ声が聞こえた。
炭治郎と後藤が顔を向ければ、右手に木槌を握った鉄火場の姿があった。
「鉄火場さん!!」
「お久しぶりです、炭治郎殿」
炭治郎が嬉しそうに名を呼ぶと、鉄火場は礼儀正しく会釈をした。
「蛍がお騒がせして、申し訳ありません。この人、ちょっと目を離したすきに、どこかへ行ってしまって」
「いえいえ。鉄火場さんも具合は大丈夫ですか?汐から聞きましたが、怪我をされたと」
「まだ多少痛みますが、支障の出る範囲ではありません。お気遣いいただきありがとうございます」
鉄火場はそう言って、うめき声をあげる鋼鐵塚をしり目に辺りを見回した。
「つかぬことをお聞きしますが、汐殿を知りませんか?先ほどお部屋に行ったのですが、いらっしゃらなかったので」
「あれ?おかしいな。汐は着替えをするって言って部屋に戻ったはずですけど」
「そうですか。入れ違いになってしまったのかもしれませんね。よろしければ、こちらで待たせていただいても?」
鉄火場がそう言うと、炭治郎は「どうぞどうぞ」と言って、近くにあったもう一つの椅子を鉄火場に渡した。
「おい焔・・・。俺は怪我が治ってないんだぞ!それなのに頭を叩くとはどういう了見だ!!」
「あなたがみっともなく騒ぎ立てるからです。場所を弁えなさい、場所を」
怒りの矛先を鉄火場に向ける鋼鐵塚と、それを諫める鉄火場を炭治郎は呆然と眺めていた。
その時だった。
(あれ?この匂い・・・)
鋼鐵塚と言いあっている鉄火場から、いつもの彼女と異なる匂いがした。
それは、汐から時々香る果実のような匂いとよく似ていた。
(どうして鉄火場さんから、汐とよく似た匂いがするんだ・・・?)
炭治郎が新たに芽生えた疑問に首をひねっていると、入口の方から嗅ぎなれた匂いがした。
「あれ?鉄火場さんに鋼鐵塚さん!!二人とも来てたのね!!」
そこには、汚れを綺麗に落とした汐が嬉しそうな顔でこちらを見ていた。
「ああ汐殿。よかった。お部屋にいなかったもので、こちらで待たせていただいたんですよ」
「そうだったの、ごめんね。服と顔が汚れちゃったから着替えてたのよ」
ニコニコと笑う汐を見て、後藤は背中にうすら寒いものを感じた。
「ところで鋼鐵塚さんはともかく、どうして鉄火場さんまで?」
「以前私に預けていただいた、懐剣の研磨が終わったので持ってまいりました」
鉄火場はそう言うと、箱の中から布に包まれたものを汐に差し出した。
布をめくれば、そこにはフジツボや汚れがすっかり取れた懐剣が姿を現した。
「うわぁ・・・」
汐は感嘆の声を漏らし、炭治郎も綺麗になった懐剣に目を奪われた。
余計な装飾はないが、それがかえって懐剣本来の美しさを醸し出していた。
「ねえ、抜いてみてもいい?」
「どうぞ」
汐は恭しく懐剣を受け取ると、ゆっくりと鞘から抜き放った。
美しい銀色の刃が、汐の顔を映し出す。
その時、炭治郎はある事に気づいた。
「あれ?この懐剣、日輪刀と同じ匂いがする・・・!」
「えっ!?」
炭治郎の言葉に汐は目を見開き、反射的に顔を向けた。
「そうなんです」
鉄火場は面越しに汐を見据えると、はっきりした声色で告げた。
「この懐剣は日輪刀と同じ、猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石で出来ていたのです」
突然告げられた事象に、汐は勿論炭治郎も言葉を失うのだった。
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)