時間は少しさかのぼり。
汐と炭治郎がもらった輝哉からの手紙には、二人の怪我の具合を心配する言葉から始まり、自分が病が進行して動けなくなってしまっていることがつづられていた。
その為、大切な時期に皆一丸となって頑張りたいと思うから、一人で後ろを向いてしまう義勇に話をしてほしいということだった。
汐はしのぶに炭治郎の外出許可を何とかもらい、二人は鴉に案内されながら義勇の屋敷を目指していた。
「大丈夫?少しでも辛くなったら言って」
「ありがとう汐。今のところは大丈夫だよ」
炭治郎は汐の優しさに顔をほころばせつつも、義勇の事を思うと胸が痛んだ。
「冨岡さんの噂をしていたら、まさかこんなことになるなんてね」
汐は輝哉の手紙を眺めながら、そう呟いた。
「でもお館様は、どうしてあたしにも手紙をよこしたのかしら?弟弟子の炭治郎はともかく」
「汐だって、呼吸は違うけれど鱗滝さんから学んだ妹弟子じゃないか。それに、汐も俺と同じ、冨岡さんに命を救われただろう?だから無関係じゃない」
炭治郎がそう言うと、汐は小さく息をついた。
汐の村が鬼の襲撃を受けた時、命を助けてくれた恩人。鬼となってしまった妹を殺さず、炭治郎の可能性を見出してくれた人、冨岡義勇。
彼がいなければ、汐も炭治郎も、この道に進んではいなかっただろう。
いや、この世にいなかったかもしれない。
「そういえば、あたしちゃんと冨岡さんにお礼を言っていないわ。みっちゃんと挨拶に行った時も留守だったし、手紙を送ってもちっとも返事をくれないし、何考えてるのかさっぱり分からない人なのよね、冨岡さんって。あたし、正直ああいう人って苦手」
「おいおい、それは流石に言いすぎだ。とにかく、冨岡さんに会ってきちんと話そう。その時に、きちんとお礼を言うんだぞ」
「・・・わかってるわよ」
炭治郎に諭された汐は、唇を尖らせた。
「あ、そう言えば思い出したんだけど。冨岡さんの羽織って、中々風変りよね?」
「ああ。羽織の柄が半分違うんだよな。伊之助が半々羽織っていうくらいだから」
「あたしの気のせいかもしれないんだけど、あの羽織の柄、何か見覚えあるような気がするのよねぇ・・・」
汐はぼんやりとした記憶をたどりながら、そう言った。
しかし頭の隅まで出かかっているのに思い出せない。そんなもどかしさを感じていた。
「そうなのか。実は俺もなんだよ。でも、どこで見たのか思い出せないんだ」
「何だ、そうだったの。不思議なこともあるものね」
そんな会話をしていると、大きな屋敷が段々と見えてきた。
「ここが冨岡さんの屋敷・・・」
初めて見る義勇の屋敷に、炭治郎は大きく目を見開いた。
「随分静かね。また留守かしら」
「いや、微かだけれど冨岡さんの匂いがするし、今は鬼が出ないから柱としての仕事はないはずだ」
炭治郎はそう言い切ると、閉ざされた扉に向かって声を張り上げた。
「ごめんくださーい!冨岡さーん!!」
炭治郎が呼んでみるものの返事はなく、聞こえるのは鳥の鳴く声だけだった。
しかし炭治郎はめげずに、もう一度声を張り上げた。
「こんにちは、すみませーん。義勇さーん、俺ですー。竈門炭治郎ですー」
だが、返ってくるのは静寂だけ。困ったように眉を寄せる炭治郎を見て、汐は我慢が出来なくなった。
「ああもう、じれったい。炭治郎、ちょっとどいて」
汐は炭治郎を押しのけると、大きく息を吸い拳を振り上げた。
「ちょっと冨岡さん!!いるのはわかってんのよ!!居留守なんか使ってないで、さっさと出てきなさいよ!!」
汐は声の限り怒鳴りながら、凄まじい音量で扉を叩きだした。
あまりの音に周りの鳥は一斉に飛び立ち、道行く人は何事かと足を止めた。
それを見た炭治郎は、慌てて汐を制止させようとした。
「わー、汐やめろ!それじゃあ取り立て屋みたいじゃないか!」
「うるっさいわね。いくら呼んでも出てこない冨岡さんが悪いのよ!あーもう、これじゃあ埒が明かないじゃない!」
汐は苛々と頭を振り、どうしたもんかと考えていた時だった。
「入ってみよう」
「そうね」
炭治郎の言葉に汐は頷くが、ふと一瞬我に返ると思わず声を上げた。
「って、ええっ!?あんた今、なんて言ったの?」
「入ってみようって言ったんだ。行こう、汐」
「いやいやいやいや!!あんたの方がよっぽどとんでもないことしてるわよ!?取り立て屋よりやばいことしてるわよ!?」
汐が顔を崩壊させながら突っ込むが、炭治郎は意も解さず「すみませーん、入りますねー」と言って扉を開けた。
(この純粋さが時々怖くなるわ・・・)
汐は呆れながらも、炭治郎の後を追った。
扉を開ければ、なんとも言えない表情をした義勇と目が合った。
(うわ、相変わらず何を考えているんだかわかんない"目"をしてるわ、この人・・・)
汐は顔をしかめつつも、炭治郎と並んで義勇の前に座った。
座るなり炭治郎は、柱稽古という大規模な訓練が始まったことを話しだした。
正直柱である彼が知らないはずはないと思いつつも、汐は話している炭治郎を黙って見つめていた。
「っていう感じで、みんなで稽古してるんですけど」
「知ってる」
「あ、知ってたんですね、良かった!」
義勇が答えると、炭治郎はすかさず相打ちを打つ。
流れるような会話に汐が舌を巻いていると、炭治郎はにこやかな笑顔でつづけた。
「俺、あと七日で復帰許可が出るから、稽古つけてもらっていいですか?」
「ちょっと、あんた何抜け駆けしてんの。あたしにもつけてよ。冨岡さんの水の呼吸、炭治郎とちょっと感じが違うから興味あったのよね」
炭治郎の話に汐が乗っかると、義勇は微かに眉根を寄せてから口を開いた。
「つけない」
「なんでよ?」
汐がすかさず反応すると、義勇の前に炭治郎が口を開いた。
「義勇さんからじんわり怒っている匂いがするんですけど、何に怒っているんですか?」
炭治郎がそう言うと、義勇は更に眉根を寄せながら答えた。
「炭治郎が、水の呼吸を極めなかったことを怒っている」
「はあ?」
汐は思わず声を上げる。義勇はつづけた。
「炭治郎は水柱にならなければならなかった」
義勇の"目"には、怒りの他に苛立ちが見て取れた。
しかし、義勇の言葉を聞いて汐は口を挟んだ。
「んなこと言ったって、炭治郎の身体は水の呼吸に適してないんだからしょうがないじゃない」
「それは申し訳なかったです」
「って、なんであんたが謝るのよ?あんたはこれっぽっちも悪くないじゃないの」
汐は口を尖らせながらそう言うと、炭治郎は目を伏せながら言った。
「でも、鱗滝さんとも話したんですけど、使ってる呼吸を変えたり、新しい呼吸を派生させるのは珍しいことじゃないそうなので。特に水の呼吸は、技が基礎に沿ったものだから派生した呼吸も多いって・・・」
「そんな事を言ってるんじゃない」
そんな炭治郎の言葉を、義勇はぴしゃりと遮った。
「水柱が不在の今、一刻も早く誰かが水柱にならなければならない」
「「え?」」
汐と炭治郎は、同時に頭の中に疑問符を浮かべた。
「水柱が、不在?」
「わけがわからないわ。水柱は冨岡さんじゃないの」
汐と炭治郎が言う。しかし義勇は淡々と答えた。
「俺は水柱じゃない」
その義勇の"目"からやるせなさを感じた汐は、思わず息をのんだ。
「帰れ」
義勇は冷たくそう言うと、そのまま立ち上がった。
「それってあんたが言ってた、他の柱とは違うっていうのと関係あるの?」
義勇は足を止めた。
(そうか。大海原は甘露寺の継子だったか・・・)
だが、義勇は振り返りも答えもせずにその場を去ってしまった。
「炭治郎、どうする?冨岡さん、話してくれそうにないわよ?」
炭治郎は腕を組んで考えていたが、何かを思いついたように目を輝かせた。
「お館様の手紙にはなんて書いてあった?」
「え?そんなの、冨岡さんと根気強く話をしてくれって」
「それだよ!俺達が根負けしたら、義勇さんは前を向いてくれない。だから、根気強く話しかけてみよう!」
炭治郎の"目"に、迷いは一切なかった。誰かの為にこんな"目"をしてくれる炭治郎を、汐は心の底から好きになったのだ。
それを思い出した汐は、力強くうなずいた。
そして。汐と炭治郎は、義勇が心を開いてくれるまで付きまとった。
義勇は初めは困惑したが、どこにいてもついて来る二人に恐怖感を覚え始め、わずか二日で根負けした。
炭治郎だけだったらもう少しかかっただろうが、にこやかな笑顔で話しかけてくる炭治郎とは異なり、目を見開いて無言で迫ってくる汐に精神が持たなかったのだ。
「俺は最終選別を突破していない」
二日後のある日。二人の(特に汐からの)圧に負けた義勇は、そう呟くように言った。
「・・・え?」
「は?」
汐と炭治郎は顔を見合わせると、同時に義勇の方を向いた。
「最終選別って、藤の花の山のことですか?」
「そうだ」
義勇は目を伏せながら答えた。
「あの年に俺は、俺と同じく鬼に身内を殺された少年・・・、錆兔という宍色の髪の少年と共に、選別を受けた」
「!?」
(錆兎ですって!?)
その名前に二人は聞き覚えがあった。否、忘れるはずがなかった。
汐と炭治郎も、同じ名前の少年に出会ったことがあったからだ。
その時、義勇と錆兎は同い年の十三歳で、天涯孤独ですぐに仲良くなった。錆兎は正義感が強く、心根の優しい少年だった。
だが、その年の最終選別で命を落としたのは彼一人だけだった。
最終選別には義勇を含めて数人の参加者がいた。しかし、錆兎が一人でほとんどの鬼を倒してしまったため、彼以外が皆選別に受かった。
義勇は最初に襲い掛かってきた鬼に傷を負わされ、朦朧としていたところを錆兎に救われた。
そして彼は、他の参加者を救うために戦い、そしてあの手鬼に命を奪われたのだった。
「気づいた時には、選別が終わっていた。俺は、確かに七日間生き延びて選別に受かったが、一体の鬼も倒さず助けられただけの人間が、果たして選別に受かったと言えるのだろうか」
――俺は、水柱になっていい人間じゃない
そう言った義勇から後悔と悲しみの匂いがして、炭治郎の胸がきしんだ。
「そもそも、柱たちと対等に肩を並べていい人間ですらない。俺は彼らとは違う。本来なら鬼殺隊に、俺の居場所はない」
炭治郎の目には涙がたまり、零れ落ちそうになった。胸が痛くて痛くてたまらなかった。
「柱に稽古をつけてもらえ。それが一番いい。俺には痣も出ない。・・・錆兔なら、出たかもしれないが」
義勇は言葉を切ると、二人に背を向けた。
「二人共、もう俺に構うな。時間の無駄だ」
義勇はそれだけを言うと、そのまま歩きだした。
炭治郎は何も言葉をかけることができなかった。声が出なかった。
義勇の気持ちが、痛いほどわかるから。
自分よりも生きていて欲しい人が、自分の為にいなくなってしまったらとても辛い。
心が抉られるような辛さだ。
そんな彼を、汐は黙ってみていたが不意に口を開いた。
「待ちなさい」
その瞬間、義勇の足が止まった。いや、止まったのではない。止められた。
ウタカタを発動したわけでもない。だが、何故か義勇は動くことができなかった。
「先に無礼を謝っておくわね。ごめんなさい」
汐はそう言って義勇の腕を強く引き、こちらを振り向かせた瞬間。
汐は義勇の右頬に、渾身の平手打ちを叩き込んだ。
「!?」
空気が斬り裂く鋭い音が響き、義勇の身体が僅かに傾く。
ぶたれた頬はみるみる赤く染まっていった。
その光景を見た炭治郎は、目が転び出る程剥きながら飛び上がった。
「馬っっっ鹿じゃないの!!??」
義勇の頬と同じくらいに左手を赤く染めた汐が叫んだ。
「さっきから黙って聞いてりゃ、自分は柱になっていい人間じゃない?鬼殺隊に居場所がない?ふざけるのもいい加減にしてよ!!」
汐はそのまま義勇の胸ぐらをつかんでまくし立てた。
「最終選別の結果に納得いかないのもわかる。自分を守った人間がいなくなる辛さもわかる。でも!!だからと言ってあんたが今までやってきた事がすべて無意味だと思ったら、大間違いよ!!」
義勇は汐の顔を見て目を見開いた。汐の目に、涙がたまっていた。
「あんたが自分をどう思っていようが、柱じゃないって思おうが好きにすればいい。考えるのは自由だから。だけどね。あたしも、炭治郎も禰豆子も、あんたに助けられた。あんたがいたからあたし達は、今こうしてここに存在していられるの!!あたしだけじゃない。今までだって、冨岡さんという人に命を救われた人間が確かにいるの!!」
その言葉を聞いて、義勇の心に今まで出会った人たちの顔が蘇った。
「その想いを、あんたは無下にするの?あんたのことを心配してくれたお館様や、怪我を押してあんたを気にかけてくれている炭治郎の気持ちを、絆を、あんたはぞんざいに扱えるの!?答えろっ!!水柱・冨岡義勇!!!」
「止めろ汐!!やめるんだ!!」
炭治郎は慌てて汐を義勇から引きはがした。
汐は荒い息をつきながら、苦しそうに胸を抑えていた。
そんな汐を見て炭治郎の心に、いろいろなものが駆け巡った。
義勇の話を聞いて、炭治郎の脳裏に浮かんだのは煉獄の姿。自分たちを命がけで守ってくれた、誇り高き武人。
彼がいれば、無惨を倒せたのではないかと思った。彼ではなく、自分が死ねばよかったのではないかと思うこともあった。
けれど、伊之助が言った「信じると言われたなら、それに応えること以外考えるな」という言葉が、炭治郎をつなぎとめた。
そして、禰豆子や善逸、汐。たくさんの大切な人達に支えられ、繋げられて炭治郎は今生きている。
(俺がとやかく言えることじゃないかもしれない。だけど、汐は言った。自分の気持ちを。だから、俺も言わなくちゃ。俺の気持ちを)
炭治郎は汐から離れると、俯く義勇の目を見て言った。
「義勇さん。汐が無礼な真似をしてすみません。ましてや、この大事な時期に怪我をさせてしまい、本当に申し訳なく思います」
炭治郎はそう言って深々と頭を下げた。汐は顔をしかめたまま、義勇から目を逸らすようにそっぽを向いた。
「ですが、俺は彼女の言ったことが間違いだとは思いません」
「えっ?」
炭治郎は凛とした声で言った。義勇は驚いたように顔を上げ、炭治郎の顔を見つめた。
「俺、うまく言えないですけれど、どうしても聞きたいことが一つあったんです。義勇さんは・・・」
――錆兔から託されたものを繋いでいかないんですか?
その瞬間、義勇の耳に乾いた音が聞こえてきた。
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)