ウタカタノ花   作:薬來ままど

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七日目の早朝。二人は満身創痍になりながらも、ようやく藤の花が咲き乱れる始まりの場所へたどり着いた。

そこには既に他の参加者たちが集まっていたが、その数に汐と炭治郎は驚いた。

 

(たったの、五人?)

そう。その場にいたのは汐たちを含めて五人しかいなかった。あの夜に炭治郎が命がけで助けた参加者も、その姿がなかった。

落ち込む炭治郎の背中を、汐は叩く。少しでも、彼に悲しい目をさせたくなかったからだ。

 

汐達以外に生き残った参加者は、蝶と戯れる同じく蝶の髪飾りをした少女。(驚くことに、傷も汚れも一切なかった)

不吉な言葉を呟きながら震える、黄色い髪の少年。目つきが鋭く、特徴的な髪形をした少年だった。

 

「おかえりなさいませ」

「おめでとうございます、ご無事で何よりです」

 

最初の夜に選別試験の説明をした二人の少女がどこからか現れた。

正直なところ無事とは言い難いが、今はそのような軽口を叩く余裕などなかった。

 

「で?俺はこれからどうすりゃいい?刀は?」

ただ、特徴的な髪型の少年はそう二人に問いかけた。

 

しかし二人の少女はそれには答えず、読めない表情のまま淡々と話し出した。

 

「まずは隊服を支給させて戴きます。体の寸法を測り、その後は階級を刻ませていただきます」

「階級は十段階ございます。甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸。今現在皆様は、一番下の癸でございます」

 

少女たちが告げた階級に、汐は聞き覚えがあった。確か、暦を表す【十干】と呼ばれるものだったっけ?

 

「刀は?」

先ほどの少年が語気を強めて尋ねる。さっきからうるさいなと汐はわずかに顔をしかめた。

 

「本日中に玉鋼を選んでいただき、刀が出来上がるまで十日から十五日となります」

 

少年は自分の目論見が外れたのか、いらいらとした様子で頭を振る。

 

「更に、今からは【鎹鴉】をつけさせていただきます」

 

銀髪の少女が両手を打ち鳴らすと、空から鴉が舞い降りそれぞれの肩や腕に止まる。

一人だけ、黄色の髪の少年だけはなぜか雀だったが。

 

「鎹鴉は、主に連絡用の鴉でございます」

 

汐の腕に止まった鴉は、間延びした声でゆったりと鳴いた。

 

その時、

 

「ふざけんじゃねえ!!」

突如怒声が響き、鴉の切羽詰まった鳴き声が響く。何事かと思い振り返ると、先ほどの少年が鴉を乱暴に振り払い銀髪の少女に詰め寄る。

そして少女の顔を殴りつけ、髪を乱暴につかんだ。

 

「どうでもいいんだよ!鴉なんて!刀だよ刀!今すぐ刀をよこせ!鬼殺隊の刀、【色変わりの刀】!!」

(ちょっ、アイツ何やってんの!?)

汐が驚いている間に炭治郎がすぐさま駆け寄り、髪をつかんだままの少年の腕を乱暴につかんだ。

 

「この子から手を離せ!放さないなら折る!」

「ああ?なんだテメェは?やってみろよ!」

 

少年は炭治郎に視線を向けると、乱暴に言い放った。

炭治郎は何も言わず、小さく息を吸う。その後、炭治郎がつかんでいた腕からミシリという嫌な音が聞こえた。

 

「ぐっ……!?」

少年は小さくうめいて少女から手を放す。腕を抑えている様子から、炭治郎は本当に腕を折ったようだ。

 

「大丈夫!?」

汐は直ぐに少女に駆け寄り、傷の具合を見る。殴られたときに口を切ったらしく血がこぼれている。汐は残っていた綺麗な布で少女の口元をぬぐった。

少女は呆然と汐を見ていたが、布を当てる手を静かに抑え「御心配には及びません」と、小さく答えた。

 

「お話は済みましたか?」

黒髪の少女が淡々と問いかける。まるで先ほどの出来事などなかったかのような振る舞いに、汐は違和感を覚えた。

 

黒髪の少女は用意してあった台にかけられていた紫の布を取る。そこにはさまざまな大きさ、色、形の石のようなものが並べられている。

 

「ではあちらから、刀を作る玉鋼を選んでくださいませ。鬼を滅殺し、己の身を守る刀の鋼はご自身で選ぶのです」

 

汐は他の者と同じく台の前に立ち、ずらりと並ぶ玉鋼を見つめた。

正直、どのようにして選べばいいのかわからない。玉鋼自体を彼女は初めて見るし、その基準など全くわからない。

汐の隣にいた先ほどの少年も、困惑したように呟き、炭治郎も目に迷いを浮かべている。

 

ただ、汐は先ほどから妙な感覚を覚えていた。玉鋼のほうから何かが聞こえる。

それは音のようでも声のようでもあり、一番近い言葉を選ぶなら【歌】のようなものが聞こえた。

(もしかして、あたしを呼んでいるの?)そんな感覚さえ、汐は感じた。

 

汐が動くと同時に、炭治郎も動く。二人は並んだまま、おのれが感じた玉鋼に手を伸ばした。

 

*   *   *   *   *

 

 

 

「炭治郎~、生きてる?」

「な、なんとか・・・」

その後、参加者たは隊服を受け取るとそれぞれの帰路に就いた。七日間の生存競争を生き残った二人の疲労はすさまじく、特に炭治郎は支えがなければまともに歩けない状態だった。そんな彼の肩を、汐は担いで必死に前に進む。

 

そんな中、突然炭治郎が口を開いた。

 

「なあ、汐。俺、ちゃんと前に進めてるかな?」

「いきなりどうしたの?」

「鬼を人に戻す方法、ちゃんと聞けなかった。どの鬼もまともに話を聞けなかった。このまま、禰豆子を助ける方法が見つからなかったらどうしよう・・・」

 

珍しく弱音を吐く炭治郎に、汐は小さくため息をついた。

 

「疲れてるといろいろ悪いことばっかり考えるのよ。今はさっさと帰って鱗滝さんに元気な顔を見せる。それからおいしいものを食べてゆっくり寝る。あんたがするべきことはそれ。そのあとゆっくり考えればいいじゃない」

「でも・・・」

「そりゃあ、あんたの気持ちもわかるけど、あんたが駄目になることを禰豆子が望むわけないでしょ。あの子のことを本当に思うなら、まず自分を大事にしないと。まあ、あたしが言えた義理じゃあないけどさ。あたしもさんざん無理して周りに迷惑をかけたしね」

 

そう言って汐は自嘲気味に笑う。炭治郎は呆然と汐の横顔を見つめた。夕日に照らされた彼女の横顔、そして彼女から香る優しい潮の匂い。

思わず涙がこぼれそうになった彼は、それに耐えるように目をつぶった。

 

結局鱗滝の小屋へ戻ってきたのは日が暮れた後だった。ついたとたん、疲労が一気に襲い頭がぼんやりとしてくる。

すると、突然小屋の扉がガタガタと揺れたかと思うと、すさまじい音を立てて扉が吹き飛んだ。

唖然としている二人の前に現れたのは

 

――眠っていたはずの禰豆子だった。

 

「ね・・・ね・・・ず・・・こ?」

炭治郎の口がゆっくりと動き、体が震えだす。固まったまま動かない彼の背中を、汐は思い切り叩いた。

悲鳴を上げて顔をこわばらせる炭治郎に、汐は朗らかに笑って言い放つ。

 

「ほら、何ぼーっとしてんのよ。早くいけバカタレ」

 

炭治郎はそのまま禰豆子のなを呼びながら掛けていく。途中で足がもつれて転んでしまったが、そんな彼に禰豆子は駆け寄りその体を抱きしめた。

 

炭治郎の目から大粒の涙があふれだし、禰豆子をぎゅっと抱き返す。声を上げて泣く彼を見て、汐の目にも涙が浮かんだ。

 

(よかったね、炭治郎。本当に、よかった・・・)

 

なんとなく近寄りがたい雰囲気だったため、汐はその光景を少し離れた場所で見ていた。すると、禰豆子がこちらの気配に気づいたのか汐のほうに顔を向けた。

 

初めて視線がぶつかり、汐の体がわずかに強張った。やはり彼女の目は、人間のもとは異なっていた。

禰豆子の薄桃色の瞳が、汐を静かに映す。まるで探るような視線に汐の体が小さく震えたが、そのまま彼女は笑顔を浮かべた。

 

「初めまして、禰豆子。あたしの名前は汐。大海原汐っていうの。あんたの兄ちゃんの、その・・・友達よ」

禰豆子はそのままゆっくりと汐に近づく。後ろから炭治郎が禰豆子を呼ぶが、禰豆子は構わず汐のそばに寄った。

 

(大丈夫、大丈夫。この子は違う。この子は、禰豆子は、ほかの鬼とは違う。だって、こんなにも・・・)

禰豆子はしばらく汐の顔を見ていたが、やがてその両手を静かに伸ばし

 

――汐の両頬を包むようにそっと触れた。

その手が驚くほど温かくて、そしてその目が兄同様とても美しくて、汐の両目から涙があふれだした。

こんな目をする鬼を、見たことがあっただろうか。こんな優しい子を、こんな目をする子を、自分は殺そうとしたのか。

いろいろな感情がせめぎあい、汐は思わず禰豆子の手を握りしめた。

 

「ごめん、ごめんなさい!あたし、あたしあんたになんてことを・・・!あんたの事、何も知らないくせに酷いことをしようとした!!ごめんなさい!ごめんなさい!!禰豆子!!!」

 

泣き叫ぶ汐の頭を、禰豆子は優しくなでた。まるで小さな子をあやすようなその仕草に、汐の鳴き声がさらに大きくなる。

炭治郎もたまらなくなり二人のそばに駆け寄ると、禰豆子と汐を抱きしめ彼も泣いた。

そして、その様子に気づいた鱗滝も駆け寄り、三人を抱きしめる。

 

「よく、よく生きて戻った!二人とも・・・!!」

 

面越しに彼の目からも涙があふれだす。そのまま四人は抱き合ったまましばらく泣き続けた。

 

その夜更け、鱗滝は寝室の扉をそっと開け、その光景に面越しに笑みを浮かべる。

 

そこには禰豆子を中心に、左側に炭治郎が、右側に汐が川の字の様に並んで眠っている。二人ともそれぞれ禰豆子の手を握っていた。

 

鬼を憎み、その殺意におぼれそうになった汐が、鬼である禰豆子を心から受け入れたことに、鱗滝はうれしさを隠しきれない。それもこれも、炭治郎と禰豆子の存在が大きいだろう。

 

「玄海・・・看ているか?」

 

鱗滝は扉を閉め、窓越しから見える月を見上げた。

 

「今日お前の娘が、鬼殺の剣士になったぞ・・・」

 

鱗滝の脳裏に、あの日のことがよみがえる。昔、彼らが鬼狩りをしていたあの日のことだ。

 

――なあ、左近次。もしも俺たちにガキができたらよォ、ぜひとも会わせてやりてえな。いい刺激にもなるだろう。男女ならなおさらな

――いきなり何を言っているんだお前は

――いいじゃねえか、これぐらい。そしてその成長を俺たちで見届けるんだ。お前と俺の、二人でさ

 

 

 

「言い出した約束を自分から破り先に逝きおって・・・馬鹿者が・・・!」

 

鱗滝の小さな精いっぱいの罵声が、静かな夜に少しだけ響いた。




おまけCS
汐「お、終わった・・・。死ぬかと思ったわ」
炭「本当だな。特にあの大きな鬼。アイツと出会ったときは本当に危なかった」
汐「まったくよ。あんた、いきなり飛び出ていくんだもの。心臓が口からまろび出るところだったわ」
炭「心配させてごめん。でも、あの作戦はすごかったな!まさか真菰の声で隙を作るなんて」
汐「声帯模写はあたしの特技の一つなの。真菰の声は何度も聞いていたから覚えてた。まさかこんな形で役に立つなんてね」
炭「他にはどんな人の声が出せるんだ?」
汐「覚えた声ならほぼ全員出来るよ。例えば『進め!男に生まれたならば!!』」
炭「おお!錆兎だ!」
汐「『炭治郎!判断が遅い!!』」
炭「今度は鱗滝さん!?」
汐「『俺は、禰豆子を人間に戻すためなら何だってできる!』」
炭「えええ!?俺まで!?本当にすごいんだな汐は」
汐「褒めたってなにも出ないわよ。あ、それより今思い出したんだけど、錆兎の奴。あたしを男だと勘違いしたこと謝ってない!今度会ったら絶対に一発殴ってやる!」
炭「まだ根に持ってたのか!?」

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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