「こんにちはーッ!!今日からよろしくお願いします!!」
炭治郎は宇随邸に来るなり、屋敷中に響き渡るような声で高らかに挨拶をした。
「よォよォ!久しいな。お前もまた上弦と戦ったんだってな!あいつといい、五体満足とは運の強ェ奴だ」
そんな炭治郎に、宇髄は嬉しそうに言った。
「ここでなまった身体を存分に叩き起こしな!」
「はい、頑張ります!!」
炭治郎は拳を握りしめながらそう言った。
だが、炭治郎は何かを探すように視線を動かした。
「汐ならいねえぞ。お前が来る少し前に次の柱の所へ行っちまった」
「えっ、そうなんですか?残念だなあ・・・」
炭治郎はがっかりしたように眉根を下げた。
「・・・竈門。お前、汐から絶対に目を離すなよ」
「え?どういうことですか?」
炭治郎が尋ねると、宇髄は真剣な表情で言った。
「ああいう奴ってのは、いったん心が折れちまうと、落ちるところまで落ちちまう。もしもそんなことがあった時に、支えてやる奴が必要なんだ。だから、あいつのことを頼む」
炭治郎は宇髄から、僅かな悲しみの匂いを感じた。何故そのような匂いがするのかは分からないが、炭治郎は頷いた。
「勿論です。何があっても、俺は汐を守ります」
そう言う炭治郎の目は、決意と汐への確かな想いが見て取れた。
それを見た宇髄は、満足げにほほ笑むのだった。
* * * * *
宇髄邸を出た汐が向かっているのは、無一郎のいる時透邸。
「あっ、汐!久しぶり!」
着くなり笑顔で出迎えてくれた無一郎に、汐は表情を固まらせた。
「何だかいろいろあったって噂で聞いたけど、大丈夫?」
「え、ええ。大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
にこやかな笑顔で言う無一郎に、汐はぎこちなく笑いながら答えた。
記憶が戻り、本来の優しい性格を取り戻したのだが、以前の無一郎を知っている汐はその変貌に未だに慣れなかったのだ。
(記憶が戻る前は腹立つ奴って思ってたけど、これはこれでちょっと難しいかも)
汐は稽古をつけられていないのにもかかわらず、何故かどっと疲れるのだった。
汐が稽古場へ行くと、打ち込み台にひたすら稽古をしている隊士達がいた。
皆長い間いるのか、顔に覇気がない。
辺りを見回しても、見知った顔は一人もいなかった。
「荷物を置いたらすぐに来て。詳細を説明するから」
無一郎に言われ、汐はすぐに荷物を指定の場所に置きに行った。
ここでの訓練は体さばきを鍛える高速移動。
まずは素振りをし、その後は打ち込み台を使った打ち込み稽古。
それをこなした後、無一郎との手合わせを行うというものだ。
準備が整った汐は、さっそく素振りから訓練を開始した。
(この感覚、懐かしいわ。鱗滝さんのところでの素振り地獄を思い出す・・・)
あの時汐は、玄海から刀を使った訓練を施されていなかったため、一から鍛えなおされていた。
一日でした素振りの回数は、おそらく一万回は近かったような気がする。
(でも、あの時は炭治郎がいたからどんな辛い修行も耐えてこれた。ううん、今もそう。炭治郎が笑顔になれるなら、あたしはなんだってできるのよ)
汐は素振りをしながらも、炭治郎の事を思い浮かべた。あの一番好きな"目"を思い出しながら。
(そう言えば炭治郎。そろそろ復帰する頃よね。ちゃんとこなせているのかしら・・・)
汐がそんなことを考えていると、油断したせいか汐の手から竹刀がすっぽ抜けてしまった。
「あっ!」
汐が気づいたときには、竹刀は無一郎の足元に転がっていた。
「汐」
無一郎は竹刀を拾うと、汐にそっと差し出しながら言った。
「駄目だよ、ちゃんと集中しないと。注意散漫は怪我の元になるんだから。そう言うのは君が一番わかっているはずなんだけどな」
無一郎の優しい声に、汐は驚くが表情を緩めて言った。
「そうね、集中しないと!ありがとうね」
汐は無一郎から竹刀を受け取ると、再び素振りを開始した。
一心不乱に竹刀を振る姿に、無一郎は目を見開いた。
少し粗削りが目立つが、その太刀筋には迷いがない。
今までたくさんの人の訓練を見てきたが、汐にはなぜか他の者にはない何かを感じた。
* * * * *
その夜。
「あー疲れた」
汐は敷かれた布団に大の字に寝転がりながら呟いた。
今日は一日素振りだけで終わってしまったが、それが決して無意味ではないことは経験上知っていた。
(宇髄さんのところで体力が戻ったとは思ったけれど、腕に結構来てるわね。けど、こんなところでへこたれてらんないわ)
汐はそのまま起き上がると、気合を入れるように両頬を叩いた。
稽古はまだ始まったばかり。明日の朝に備えて、今日はもう寝ようと思った時だった。
「汐、起きてる?」
突然声を掛けられ、汐は小さく悲鳴を上げて飛び上がった。
振り返ってみれば、無一郎が汐の後ろで立っていた。
「あ、ごめん。驚かす気はなかったんだけど・・・」
「び、びっくりしたわ。あんた、全然気配ないんだもの。善逸じゃないけれど、心臓が口からまろび出るところだったわ」
汐の言葉に、無一郎は申し訳なさそうに眉根を下げた。
「それより、こんな時間にどうしたの?柱のあんたがここに居るのはいろいろとまずいんじゃないの?沽券とか・・・」
汐がそう言うと、無一郎は首を横に振りながら答えた。
「今は柱じゃなくて、僕個人として君と話がしたいんだ。駄目、かな?」
無一郎の"目"には、からかいの意思など微塵もない。これはただ事ではないと察した汐は、深くうなずいた。
無一郎に連れられてやってきたのは、中庭が見える縁側。月は雲に隠れてはいるが、風が心地よい。
「ごめんね、休もうとしている時だったのに」
「いいわよ、そんなの。あたしも、そんな"目"をしているあんたを放っておけないからね」
そう言って笑う汐に、無一郎は心づかいを感じた。
「君にはきちんと話していなかったけれど、僕は刀鍛冶の里の時まで記憶をなくしてたんだ。その後遺症で物事を忘れやすくなってて、いろいろな人に迷惑をかけた。特に君や炭治郎には酷いことを沢山言った。本当にごめん」
無一郎は申し訳なさそうに顔を歪ませると、汐の顔を見て言った。
「何だそんなこと。いいわよ別に。気にしてないわ。それよりあたしも、あんたの事情を何も知らないで勝手なことを言ったわね」
今度は汐が謝ると、無一郎は驚いた顔で見つめた。
「実はあたしも覚えがあるのよ。記憶喪失。あたしの場合は一時的だったけれど、それでも自分の中に穴が開いたような感覚は、今でも思い出しただけでぞっとする。だからあんたの気持ち、少しだけど分かるわ」
「君も、記憶を・・・?」
汐の思わぬ過去に、無一郎は口を開けたまま見つめた。
「でもあたしもあんたも、今は記憶も戻ってやるべきことをきちんとわかってる。それでいいんじゃないの?ぐだぐだ悩んでるのなんて時間の無駄よ。だからあんたも、あんまり気にするんじゃないわ」
汐はそう言ってにっこりと笑った。屈託のないその笑顔を見て、無一郎は汐がたくさんの人に好かれている理由がわかった気がした。
そして同時に、汐を死なせてはならないという気持ちが芽生えた。
「ありがとう、汐」
「え?」
「君が僕の戦う理由を思い出させてくれた。大切な人を失う悲しみを、これ以上誰かに味わわせてはいけない。誰かの役に立ちたい。これがまごうことない、僕の本当の気持ちだ」
そう言い放つ無一郎の"目"は、柱としての決意と責任感が見て取れた。それを見た汐は、改めて自分の前の少年が柱であることを再認識した。
「そこまで言われちゃ、あたしもあんたに答えないとね。明日からさらに気合を入れるわ!こちらこそよろしくね、時透くん」
汐がそう言った瞬間。
「は?」
無一郎は唇を思い切り尖らせ、眉間に深く皺を寄せた。"目"からは決意が失せ、不満と不快感が現れている。
まるで、欲しいものを買ってもらえなかった子供のような顔になっていた。
「何その呼び方。前に言った事もう忘れたの?僕の事は無一郎でいいって言ったよね?」
「えーっ、だって。そこまで柱としての威厳のあるあんたに、呼び捨てはちょっと・・・」
「炭治郎や玄弥は名前で呼んでるくせに、なんで僕だけ扱いが違うの?おかしくない?」
無一郎は更に唇を尖らせ、拗ねた感情を隠そうともせずに捲し立てた。
「わ、分かった、分かったわよ。ごめんね、無一郎」
汐がそう言うと、無一郎の表情は途端に年相応の明るいものに変わった。
それを見た汐は(ちょっとめんどくさいな)と、心の中で小さく悪態をつくのだった。
* * * * *
それから八日後の事。
「うおりゃあああああ!!」
汐は雄たけびを上げながら、目の前の打ち込み台に竹刀を振り下ろす。するとその衝撃に耐え切れず、打ち込み台は轟音を立てて倒れた。
周りの隊士達は、青ざめた顔でその光景を凝視していた。
「あ、打ち込み台が壊れたのか。じゃあ汐はそろそろ、僕との手合わせかな」
無一郎はそう言うと、汐に竹刀を構えるように告げた。
(そう言えば、無一郎と手合わせするのは初めてだわ。上弦の鬼と戦った時に少しだけ見たけれど、動きに一切の無駄がなかった)
汐は唾を飲み込みながら、無一郎に向かって竹刀を構える。
空気が一瞬張り詰めたかと思うと、二人の身体は同時に動いていた。
部屋中には市内のぶつかる音と、二人の足音だけが響き渡る。
やはり無一郎の動きには全く無駄がない。それは彼が身体の使い方を熟知しているからだ。
筋肉の弛緩と緊張を切り替え、滑らかな動きを作り出している。
だが、汐も無駄に時間を費やしてきたわけではない。
初めは防戦一方だった汐だが、無一郎の動きに目が慣れ、やがて体が慣れてきた。
彼と同じように筋肉の動きにメリハリをつけ、体の動きを加速していった。
汐の動きが短時間で変わったのは、無一郎もすぐに気が付いた。初めて手合わせをしたはずなのに、もう自分の動きについてきている。
今まで見てきた隊士の中でも、確実に上位に入る程の上達の速さだった。
「汐、その調子だ。筋肉の弛緩と緊張をもっと滑らかに切り替えるんだ!」
汐は言われたとおりに身体の動きを変えた。すると、先ほどよりも筋肉の動きがわかるようになった。
そして
「やあっ!!」
汐のひときわ大きい声が響き渡ると同時に、無一郎の手から竹刀が弾き飛ばされた。
竹刀はそのまま放物線を描き、吸い込まれるように床に落ちる。
無一郎は呆然とした表情で、右手を見つめた後汐の顔を見て言った。
「君には本当に驚かされてばかりだな」
無一郎は満足そうに微笑むと、落ちた竹刀を拾って言った。
「動きも前よりずっと良くなったし、足腰の連動もきちんとできてるね。うん、合格だよ」
「本当!?じゃあ・・・」
「少し休んだら次の柱の所へ行っていいよ」
そう言って笑う無一郎だが、心なしか少し寂しそうな気がした。
「あ、あの・・・」
そんな中、二人の背後からおずおずと他の隊士達が声を掛けてきた。
「何?」
「あの、そろそろ俺たちも・・・。もう二週間近くいるので・・・」
だが、隊士がそう言った瞬間無一郎の表情が一変した。
「は?何言ってるの?君たちは駄目だよ。素振りが終わったなら、汐みたいに打ち込み台が壊れるまで打ち込み稽古しなよ」
汐とは全く異なる冷たい言葉に、隊士達は真っ青になり俯いた。
(あ、こういうところは変わってないのね。なんか安心したわ)
そんな無一郎を見て、汐は何故か安堵するのだった。
この作品の肝はなんだとおもいますか?
-
オリジナル戦闘
-
炭治郎との仲(物理含む)
-
仲間達との絆(物理含む)
-
(下ネタを含む)寒いギャグ
-
汐のツッコミ(という名の暴言)