誠に申し訳ございませんでした。
汐が無一郎邸を出てから数時間後。宇髄から許可をもらった炭治郎がやってきた。
「いらっしゃい、炭治郎!来てくれたんだね!!」
炭治郎の顔を見るなり、無一郎は満面の笑みで出迎えた。
「こんにちは、時透君。今日からよろしくね!」
それに対し、炭治郎も朗らかな笑顔で答えた。
無一郎に案内されて荷物を置きに行くと、炭治郎は微かに汐の匂いを感じた。
「あれ?汐の匂いがする・・・」
炭治郎が何気なくそう言うと、無一郎は足を止めていった。
「汐はもう次の柱の所に行っちゃったよ。ほんの数時間くらい前だった」
「え?そうなの?そっか・・・」
炭治郎はがっくりと肩を落とした。
「そんなに汐と会えなかったことが残念?」
「え、う、うん。汐とは長い付き合いだし、色々助けられたし、その、何だかいないと落ち着かなくて・・・」
そう言ってふわりと笑う炭治郎を見て、無一郎は不思議な気分になった。
「ふーん・・・。そうなんだ」
無一郎はその気持ちが何なのかは分からなかったが、少なくとも炭治郎と稽古ができるということに嬉しさを感じていた。
* * * * *
無一郎邸を後にした汐は、次の柱の屋敷へ向かっていた。
(確か次の柱は、みっちゃんだったわね)
蜜璃とは見舞い以来顔を合わせていなかったため、久しぶりに会う師匠に汐の心は踊った。
宇髄や無一郎はともかく、一番親密な付き合いをしている柱だからだ。
(でも、いくら自分の継子でも、柱稽古では贔屓なんてしないで対等に扱うんだろうな)
それはそれで少し寂しいと思ったが、蜜璃はあれでも鬼殺隊最高位の柱。私情と世情を切り替えるだろう。
だが汐のその考えは、屋敷についたとたんに木っ端みじんに吹き飛んだ。
「しおちゃああああん!!会いたかったわーーー!!」
汐が門をくぐるなり、緑と桃色の塊が転がるようにして突進してきた。
汐が避ける間もなく、蜜璃は汐を思いきり抱き締めた。
「怪我はもう平気!?稽古はきつくなかった!?お腹は空いていない!?喉は乾いていない!?」
蜜璃は汐を抱きしめたまま、機関銃のような速さでまくし立てた。
「と、とりあえずみっちゃん・・・。腕を緩めてくれない?あんたの凶悪な物で窒息死しそうなんだけど・・・」
汐がうめき声をあげると、蜜璃は慌てて汐を離した。
「や、やだ!ごめんなさい!私ったら、しおちゃんが復帰したって聞いてうれしくてうれしくて・・・」
「快気祝いをしてくれるのはうれしいけれど、あんた一応柱なんだから、私情を挟むのはどうかとおもうわ」
汐が呆れながら言うと、蜜璃は頬を赤くしながら言葉を詰まらせた。
「でもまあ、みっちゃんが元気そうでよかった。今日から多分、しばらくお世話になるからよろしくね」
汐がそう言うと、落ち込んでいた蜜璃の顔が瞬時に明るくなった。
荷物を置いて訓練場へ行けば、既に何人かの隊士が稽古を受ける為に来ていた。
しかし、彼等の身に纏うものを見て汐は顔を引き攣らせた。
それは、汐が稽古の時に来ている【レオタード】という西洋式の運動着だった。
(あれって体の形がはっきり見えるから、着るとき恥ずかしいんだけど・・・。男でも着られるものなのねずかあれって)
汐はこの時点ですでに疲労感を感じていたが、それを振り払うようにして自分も着替えた。
着替えた汐が稽古場へ入ると、一斉に視線を感じた。おそらく汐を男だと思っていた者たちが、体つきを見て驚いたからだろう。
同じことの繰り返しに、流石の汐も慣れきっていた。
「はーい!注目!!」
汐の後から入って来た蜜璃は、手を叩いてそう言った。すると、視線は汐から蜜璃に移り、雰囲気が一変した。
(うわっ、男共の"目"から邪な感情を感じるわ。流石助平男量産体質・・・)
顔をしかめる汐に気づかないのか、蜜璃はそのまま続けた。
「みんなにはここで身体を柔らかくする訓練をしてもらいます。一見地味に見えるかもしれないけれど、柔軟はとっても重要なの。怪我の防止は勿論、動きも滑らかなものになるから。だから、一緒にがんばりましょうね」
蜜璃が笑顔でそう言うと、周りの隊士達から一斉に歓声が上がった。
(皆善逸と同じ顔をしてるわ。男って本当に、単純なんだから)
汐がそんなことを思っていると、ふと脳裏に炭治郎の顔が浮かんだ。
(ま、まさか。炭治郎がここに来たらこんな風になるんじゃ・・・。ううん、それはないわね。あいつ、腹が立つほど鈍感だから)
汐は腹が立つような安心したような、奇妙な感情を感じていた。
「それじゃあ早速始めましょう。準備運動が済んだら身体を解して、その後は音楽に合わせて私と踊ってみましょう」
稽古が始まると同時に、訓練場に悶絶する隊士達の絶叫が響き渡った。
何しろ、蜜璃の怪力による力技による柔軟のため、激痛で悶絶する者が後を絶たないのだ。
そんな中、ただ一人だけ声を上げない者がいた。汐だ。
唯一の経験者だった汐は、既にその訓練に慣れていたためだった。
しかし汐はその時は知らなかった。
汐が来る前にいた善逸は、痛がるどころかこれ以上ない程の幸せな笑顔で柔軟訓練を受け入れていたことを。
「はい。これでみんなの柔軟訓練は終わり。次は音楽に合わせて踊ってみましょう」
蜜璃はそう言って周りを見渡すと、汐と視線がぶつかった。
「じゃあまずはお手本から。しおちゃん、踊ってみて」
「えっ、あたしがやるの!?」
「大丈夫大丈夫。しおちゃんならできるわ!頑張って」
もはや完全に丸め込まれている汐だが、師範の指示を断ることもできずに渋々受け入れた。
隊士達が見つめる中、訓練場に音楽がかかる。汐はいつもの訓練と同じように余計な力は抜いて、旋律に身を任せた。
踊りだす汐に皆の視線はくぎ付けになった。しっかりした体格からは想像もできない程、しなやかで柔らかな動き。
ふわりと舞う度に青い髪が揺れ、飛び散る汗すらキラキラと輝く。
皆は痛みも息をすることも忘れて、汐の踊りに魅入っていた。
「はい。ありがとう、しおちゃん。さあ、皆もやってみましょ!」
皆は音楽に合わせて足を上げたり、リボンを回したりして踊った。しかし誰も、汐のようにしなやかな動きはできない。
男と女では体格や筋肉の付き方に差があるため、汐と同じ動きはどうしてもできない。
そんな彼等を蜜璃は指導するのだが、蜜璃は炭治郎と同様説明が恐ろしく下手なため、あまりいい成果は出なかった。
前半の訓練を終えた汐は、流れ出る汗を拭きとった。
と、同時に腹の虫が盛大に鳴いた。
「お疲れさま、しおちゃん。お腹が空いたでしょ?」
「そうね。もうぺこぺこだわ」
「じゃあそろそろおやつにしましょう。パンケーキを焼いて・・・、あっ、しおちゃんは甘いものが苦手だったわね、ごめんなさい」
蜜璃はそう言って申し訳なさそうな顔をするが、汐は真剣な表情で言った。
「その事なんだけど、みっちゃん。前にあたしに用意してくれた【すみつ】って奴を用意してくれない?」
「えっ!?」
「前に刀鍛冶の里に行った時に、蜂蜜入りのかりんとうが食べられたでしょ?もしかしたら蜂蜜なら食べられるかもしれないって思ったの。それに、せっかくみっちゃんが手塩にかけて作った物だもの。一度ちゃんと食べなきゃって思って」
汐の言葉に、蜜璃の胸が大きく音を立てた。嬉しくて嬉しくて、言葉が出なかった。
「しおちゃん・・・、ありがとう。わかった。あなたの為に、一番おいしい巣蜜を用意するわ!」
蜜璃は高らかに言うと、鼻歌を歌いながら台所へと向かった。
それからしばらくして、汐の前には巣蜜が乗ったパンケーキが運ばれてきた。
汐の味覚に考慮して、パンケーキ自体は甘さ控えめにしてあるという。
黄金色に輝く巣蜜を見て汐はごくりと唾をのんだ。
おいしそうだから、ではない。これからの戦いに備えての事だ。
漂う蜂蜜の香りに、汐はかつての事を思い出していた。
初めてこの屋敷に来たときは、充満する蜂蜜の匂いに当てられて、しばらく厠から出られなかった。
数日掛けてようやく慣れたものの、採蜜期である夏場は吐き気と戦いながら稽古をしていた。
だが、刀鍛冶の里で蜂蜜のおいしさを知った汐は、意を決して巣蜜への戦いに挑んだ。
「さあ、召し上がれ」
満面の笑みで自分を見つめて来る蜜璃の期待に応える為に、汐は決心して巣蜜をフォークですくい、口に入れた。
そして――、
――決壊した。
そのせいで汐は体調を崩し、午後からの訓練は参加できなかった。
* * * * *
(うぅ・・・、油断したわ・・・)
一日経った後、厠を出た汐は青い顔をしながら訓練場へ向かっていた。まだ口の中に蜂蜜の甘さが残っているようで気分が優れない。
(あのかりんとうはたまたま美味しかっただけで、蜂蜜自体が大丈夫になっただけじゃなかったのね・・・。もう絶対に甘いものは口にしないわ)
汐はそう誓いながら、訓練場の中を覗き目を見開いた。
そこには蜜璃以外誰もおらず、閑散とした雰囲気が漂っていた。
「あれ?ここに居た他の人達は?」
汐が尋ねると、蜜璃は微笑みながら言った。
「みんな次の柱、伊黒さんの所へ行ったわよ。しおちゃんのお手本を見てやる気出してくれたのか、動きがすごくよくなっていたの!だから全員合格にしちゃった」
てへへと笑う蜜璃に、汐は嬉しいような恥ずかしいようなこそばゆさを感じた。
「ところで、身体の調子はどう?まだ気分悪い?」
「ううん、もう大丈夫よ。みっちゃんにはまた迷惑をかけたわね。ごめんね」
「そんなことないわ!しおちゃんが苦手なことを克服しようと頑張っていたんだもの。迷惑だなんて思わないわ!」
蜜璃は両手を握りしめながら力強く言った。
「それよりもみっちゃん。あたしそろそろ訓練始めたいんだけど・・・」
「あ、そうだった。その事でしおちゃんに伝えたいことがあったの」
蜜璃の言葉に、汐は怪訝そうな顔を向けた。
「正直なところ、しおちゃんは訓練を完ぺきにこなしているから、本当はすぐにでも合格を出したいの」
「出したいってことは、なんか理由があるのね」
汐が尋ねると、蜜璃は真面目な表情で頷いた。
「理由というよりも、私があなたときちんと話したいの。言い方は悪いけれど、二人しかいない今が好機だと思って」
蜜璃のただならぬ雰囲気に、汐は思わず身体を震わせた。
「しおちゃんは、炭治郎君に想いを伝えるつもりはあるの?」
「えっ!?」
思ってもみなかった問いかけに、汐は飛び上がる程驚いた。
汐が炭治郎を好きなことは勿論知っている。だが、今まではこのような話をしたことがなかった。
"目"を見てもからかいの意思は微塵もなく、汐を見つめる表情は真剣そのものだ。
「・・・はいかいいえかで言うなら、きっと答えはいいえ、だと思う」
汐は自分の気持ちを口にした。
「あたしは炭治郎が好き。この気持ちは嘘じゃない。炭治郎がいたから、あたしはここまで来られた。あたしにとって、炭治郎は光そのものなの。でも、あたしの想いが炭治郎の負担になるんじゃないかって思うと、怖くて」
「負担?」
「うん。炭治郎は優しい、優しすぎるから、自分よりも誰かの幸せを願う人。でもそうなると、自分の事は二の次になって傷ついてしまう。あたしは、炭治郎があたしのせいで傷つくのは見たくないのよ。だから、この戦いが終わるまで、あたしは想いを伝えない」
汐は迷いのない表情で蜜璃を見た。絶対に揺るがない意思を感じ、蜜璃は言葉を飲み込んだ。
(しおちゃんの言いたいことはわかるわ。自分のせいで大切な人が傷つくなんて、絶対に嫌だもの。でも、でも・・・。本当にそれでいいの・・・?だってこのままじゃ、炭治郎君は・・・)
「それより、みっちゃんこそ想いを伝えなくていいの?」
「え?誰に?」
「またまた、とぼけちゃって。あいつよあいつ。いやらし斬撃してくるあいつよ!」
いやらし斬撃、の言葉である人物を思い出したのか、蜜璃の顔が真っ赤に染まった。
「そ、そんなことっ!!できるわけないわ!伊黒さんに想いを伝えるなんてそんな・・・」
「あれぇ~?あたし伊黒さんなんて一言も言ってないけれど、やっぱりそうなんだぁ~!!」
「あ、ああー!!しおちゃんたら!!からかったわねぇーーー!!」
蜜璃は顔を別の意味で真っ赤にさせて、頭から湯気を吹き出した。
「まあとにかく、しおちゃんの気持ちはわかったわ。だけど、これだけは忘れないで。何があっても、しおちゃんはしおちゃんなのだから、あなたはありのままのあなたでいて」
「みっちゃん・・・、ありがとう」
蜜璃は優しく笑うと、そっと汐を抱きしめた。
「さて!久しぶりに二人だけになったのだし、次の人が来るまで特別な訓練をしましょう!」
「特別な訓練?」
「そう!さっきのお手本の踊りを、三倍の速さで踊ってみるの。それからいくつか振り付けを追加しましょ!」
意気揚々と語る蜜璃に、汐は思わず声を上げた。
「三倍って、みっちゃん。あたし赤くないんだけど!」
「よく意味が分からないけれど、しおちゃんならきっと大丈夫よ!ガンガン行くわよ!」
蜜璃は鼻息荒く言い放ち、汐はそんな師範を見て考えることをやめた。
その訓練をこなした後。汐は次の柱である伊黒の元を尋ねることになる。
だが、汐は気が付かなかった。
彼の元でもひと騒動が起きることになるここと、自分が去ったすぐ後に炭治郎が蜜璃の元を訪れていたことを・・・。
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)