ウタカタノ花   作:薬來ままど

153 / 171
二十九章:譲れないもの


汐が蜜璃の屋敷を出た次の日。

 

「こんにちはー!!」

 

屋敷中に響き渡る元気な声を聞いて、蜜璃の表情が輝いた。

 

外に出てみれば、にこやかな笑顔を向ける炭治郎がいた。

 

「炭治郎君久しぶり!!」

 

蜜璃は満面の笑みを浮かべながら、大きく手を振った。

 

「おいでませ、わが家へ!!」

 

炭治郎は蜜璃を見つけると、すぐさま駆け寄り頭を下げた。

 

「ご無沙汰してます!お元気そうでよかった!」

「炭治郎君もね!」

 

炭治郎の誠実さに、蜜璃の胸はいつもの通り高鳴った。

 

「養蜂されてらっしゃるんですね。蜂蜜のいい香りがします」

「あっ、分かっちゃった?そうなのよー!」

 

蜜璃は嬉しそうに語り、炭治郎は蜂蜜の香りの中に微かに残る汐の匂いを感じた。

 

「あ、あの・・・、汐は・・・」

 

炭治郎がそう切り出すと、蜜璃は笑顔を固まらせたかと思うと表情を曇らせた。

 

「ご、ごめんなさい。しおちゃんは昨日伊黒さんの所へ行っちゃったの」

「・・・・」

 

炭治郎は呆然とした表情になり、そんな彼を見た蜜璃は大きく顔を歪ませた。

 

(ど、どうしよう!無理言ってしおちゃんをここで待たせておけばよかったかしら!?で、でも柱の私情でとどめることは本当はいけないことだし、ああでも、炭治郎君の悲しい顔は見たくないし・・・)

 

蜜璃が心の中で葛藤していると、炭治郎は突然自分の両頬を打ち鳴らした。

 

「す、すみません!俺、これから稽古だというのに私情を挟んで・・・。それだけ汐が優秀ってことですよね!流石汐だ・・・!」

 

だが、そう言う炭治郎の目には涙がうっすらと溜まっていた。

 

「俺なら大丈夫です。こんなことじゃあ、汐に笑われてしまう。だから、今日からよろしくお願いします!!」

 

炭治郎の大声に、蜜璃は心臓を撃ち抜かれたような衝撃が走った。

汐が炭治郎を大切に思っているように、炭治郎もまた汐を大切に思っている。それは火を見るよりも明らかだった。

 

だからこそ蜜璃は、汐が炭治郎に想いを伝えないと言ったことを悲しく思った。

 

(ううん。あれはしおちゃんが自分の意思で決めたこと。私ができるのは優しく見守る事だけだわ・・・)

 

蜜璃はぎゅっと目を閉じると、炭治郎ににっこりと笑顔を向けるのだった。

 

そして訓練が始まり、炭治郎は皆と同じレオタードを身に纏い励んだ。

だが、ふと思ったことがあった。

 

(汐もこの服を着て稽古をしたんだよな・・・。この西洋式の服は体にぴったりくっついて動きやすいけれど・・・でも・・・)

 

それは裏を返せば、体の線がはっきり浮き彫りになるということ。

そんな姿を、同じ隊士達とは言えたくさんの人に見られたことを想像すると、炭治郎はもやもやとした奇妙な感覚を感じた。

 

 

*   *   *   *   *

 

次の柱の元へ向かう汐だが、その足は明らかに重くなっていた。

 

(次の柱は蛇男かぁ・・・。できれば顔を合わせたくない奴の一人だけれど)

 

汐はため息をつきながら、伊黒の屋敷を目指す。そんな気持ちに反して、空は晴れ渡っていた。

 

「来たか。大海原汐」

 

屋敷につくなり、伊黒の鋭い視線と冷たい声が汐を出迎えた。

 

「まさか出迎えがあるとはね。どういう風の吹き回し?」

 

汐は不快感を隠すこともなくそう言った。

 

「甘露寺からの文で詳細は聞いている。ずいぶんと楽しそうにしてたみたいだな。だが、俺は甘露寺のように甘くはない」

「あんたね、ひがみもここまでくるとみっともないわよ。全く、みっちゃんが絡むと途端にポンコツになるんだから」

 

汐は吐き気を催すような表情を浮かべると、伊黒のこめかみがぴくぴくと動いた。

 

「減らず口を」

 

伊黒はそれだけを言うと、汐を訓練場へと案内した。

だが、その光景を見て汐は足を止めた。

 

そこには、天井、壁、床いたるところに縛られ、猿轡を噛まされた隊士達が所せましと並べられていた、

 

皆顔は青ざめ、涙を流している。

 

「何コレ。あんたの趣味?」

 

汐が顔を引き攣らせたまま尋ねると、伊黒は小さく鼻を鳴らしていった。

 

「大海原汐。お前にはこの()()()を避けつつ、太刀を振るってもらう」

 

汐はあたりを見回すと、小さくため息をついていった。

 

「あんまり人の趣味にケチをつける気はないけれど、こいつらがいったい何をやらかしたって言うの?」

「そうだな・・・」

 

伊黒は少し考える動作をした後、目を鋭くさせていった。

 

「あえて言うなら、弱い罪、覚えない罪、手間を取らせる罪、イラつかせる罪・・・と言った所だ」

「・・・・」

 

伊黒の答えに汐は言葉を失ったが、

 

「うげぇーッ」

 

途端に塵を見るような目で伊黒を見つめた。

 

「あんたって元々変なところがあると思ってたけれど、流石に理不尽にも程があるんじゃない?」

「黙れ。お前にあれこれ言われる筋合いはない。ここに加わりたくなければ、精々励むことだ」

 

伊黒はぴしゃりと汐の言葉を跳ねのけ、汐は顔を歪ませたまま()()()を見た。

 

皆怯えた"目"をしており、小刻みに震えている。

 

「悪いけど、あたし、障害物は避けるよりもぶっ壊す方が好きなのよ。だってその方が手っ取り早いじゃない?」

 

汐がそう言った瞬間、全員の背筋に冷たいものが走った。

青ざめた顔がさらに真っ青になり、今にも失禁しそうな者もいた。

 

「お前には人の心がないのか?」

「こんなトチ狂った訓練考える奴に言われたくないわ!」

 

呆れる伊黒に対して、汐は思わず大声を上げた。

 

「とにかく、あたしはそう言う質だから。障害物と間違ってあんたをぶっ叩いても、文句は言わないでよね?」

 

汐はそう言って挑発的な目を伊黒に向けた。その目に伊黒は一瞬たじろいだが、鏑丸と共に汐を睨み返した。

 

「いい度胸だ。そこまで大口を叩けるなら、訓練でその成果を見せてみろ」

 

それから二人の、(いろいろな意味で)世にも怖ろしい訓練が始まった。

 

人で作られた障害物の間は、木刀が一本やっと通る程の大きさしかない。

その間をぬって、伊黒の蛇のような太刀が汐を襲う。

 

反撃をしようにも、障害物となり果てた隊士達が必死の形相でこちらを見るため、まともな精神の人間なら思わずためらってしまい動けなくなる。

しかも、訓練前に汐がとんでもない発言をしてしまったため、恨みを籠った目を向けてくるものもいた。

 

しかし、汐は伊黒と何度も手合わせをしているため、彼の太刀筋を知っている。

勿論、伊黒もそれを知っているため、汐の隙を突いた攻撃をしてきた。

 

「いったっ!!」

 

汐の攻撃が届く前に、伊黒の太刀が汐の顎を強打した。

 

「鈍いな。威勢のいいのは口だけか」

「んの野郎っ・・・」

 

蹲る汐を伊黒がネチネチと責め立て、汐は額に青筋を立てながら立ち上がり木刀を振るった。

 

結局その日は、張り付けられた隊士に当てることはなかったが、伊黒に一発も当てることができずに訓練は終了。何とか磔にされることはなかったものの、殴打された部分は腫れあがっていた。

 

「いったたた・・・。あの蛇男、相変わらず容赦ないわね。ったく、みっちゃんもあんな男の何処がいいのかしら」

 

腫れた部分を冷やしながら、汐は小さく悪態をついた。

 

伊黒との打ち合いは何度かしているが、今回は障害物があるということであり思い通りに刀が振れず、それだけで別の相手と対峙しているようだった。

 

(でも悔しい。あいつに一発当てることもできなかった)

 

汐は口と実力が伴っていないことに悔しさに震え、用意された布団を握りしめた。

腫れた顎は勿論だが、心にもずきずきとした鈍い痛みが現れていた。

 

(あー、だめだめ。いろいろ考えても腹が立つだけだわ。さっさと寝て、明日になったらこの悔しさをあいつの全身に叩き込んでやるんだから!)

 

汐は心の中でそう叫ぶと、布団を頭まで被って目を閉じた。

目と閉じていると、ふと稽古中の伊黒の事を思い出した。

 

性格には、伊黒が自分を見ていた"目"にだ。

 

(あの時は気づかなかったけれど、あいつ、気のせいかあたしを見ている時、心なしか悲しそうな"目"をしていたような・・・)

 

何故今頃になってそんなことを思い出したのか分からず、寝るはずだったのに眠気はどこかへ吹き飛んでしまった。

 

「あーーー!!気になったら余計眠れないじゃない!全部あの蛇男の所為だ―!!」

 

汐は掛けふとんを蹴り飛ばすと、勢いをつけて体を起こした。

 

そのまま部屋を出てみれば、月明かりはあまりなく世闇が屋敷を包んでいる。

所謂肝試しには最適の夜だった。

 

(思ったより暗いわね。善逸がいたら悲鳴を上げて漏らしそう)

 

汐の脳裏に、涙と鼻水を飛ばしながら泣き叫ぶ善逸の姿が浮かんだ。

 

(そう言えば、みんなはどうしているかしら。思えばもう何日もみんなと顔を合わせていないわ)

 

ふと考えてみれば、汐の周りにはいつも炭治郎達がいた。皆個性的で騒がしいところもあるが、いるのが当たり前になっていた。

 

(みんな元気かな。特に炭治郎。ちゃんと訓練についていけているかしら)

 

炭治郎なら大丈夫だろうと思う反面、無茶をしているんじゃないかと思うと気が気ではなかった。

 

(そうだ。蛇男に炭治郎に手紙を出していいか聞いてみよう。稽古には支障は出ないと思うし、それぐらいなら流石に許してくれるわよね・・・)

 

汐は伊黒に人の心がある事を願いながら、暗い空を見上げた。

 

その時だった。

 

どこからか物音が聞こえ、汐はびくりと体を震わせた。

獣でも迷い込んできたのかと思ったが、音は近くの部屋の中から聞こえてきた。

 

(な、なに?何かいるの・・・?)

 

汐の中に恐怖心と好奇心がひしめき合ったが、最終的には好奇心の方が打ち勝った。

 

汐は気配を殺しながら、音のしたほうへそろりそろりと近寄った。

 

(確か、この辺から音がしたのよね・・・)

 

汐は壁に耳をつけると、目を閉じて神経を研ぎ澄ませた。

すると、壁の向こうから微かな物音とうめき声が聞こえてきた。

 

誰かいる!

 

汐は音を立てないようにして、そっと部屋の中を覗き込んだ。

 

部屋の中は暗く、小さなろうそくの光が微かに見える。

その奥では人影が一つ、蠢きながら小さくうめいていた。

 

「っ!!」

 

汐は思わず息をのんだ。人影は苦しそうに呻き、そのそばでは長いものが動いているのが見えた。

 

それが蛇だと認識した瞬間、人影が鋭い声を上げた。

 

「誰だ!?」

「やばっ!!」

 

汐はすぐさま壁から離れると、全速力で駆け出した。背後から何かが追ってくる気配がするが、一心不乱に足を動かした。

 

だが

 

「いたっ!!」

 

足に鋭い痛みを感じ、汐はそのまま前につんのめった。鼻を強打し、鈍い痛みが走る。

 

しかし、その痛みを感じる前に汐の頭からは地を這うような声が響いた。

 

「ここで何をしている。大海原汐」

 

今までにない程の低く憤りを含んだ声に、汐は体を震わせた。思考は停止し、声が出てこない。

 

「答えろ。ここで何をしている?」

 

汐は観念し、意を決して振り返った。そこには、はっきりと"目"に怒りを宿した伊黒が静かに立っていた。

 

「眠れないから散歩をしていただけよ」

 

汐は微かに声を震わせながらも、嘘偽りなく答えた。

伊黒は探るような目で汐を見たが、汐はしっかりとその顔を見据えた。

 

(あれ?)

 

伊黒の顔を見て汐は違和感を感じた。心なしか、口元の包帯が緩んでいるようだ。

 

「伊黒さん。あんた、その包帯・・・」

「っ!!」

 

汐が言葉を言い終わる前に、伊黒の手が汐の口を塞いだ。

 

「お前は、何を見た?」

 

伊黒は視線を鋭くさせ、汐を睨みつけた。

強くなった怒りに汐は再び身体を震わせるが、勇気を振り絞って伊黒の手を無理やり放した。

 

「何も見てないわ。本当よ。暗くて見えなかったし」

「嘘を吐くな」

「嘘なんかつかないわよ。あたしは隠し事はするけど嘘は下手なの。それはあんたもよく知っていると思ったんだけど」

 

汐は軽口をたたきながら、伊黒の目を見つめた。怒りは収まってはいないものの、その奥に微かに悲しみが見えた。

 

「それより、あんたこそ大丈夫なの?なんだか苦しんでいたように見えたし、具合が悪いなら無理しない方がいいんじゃ・・・」

「黙れ、無駄口を叩くな」

 

伊黒は鋭くそう言うと、汐から離れて立ち上がった。

 

「・・・、今回だけはお前の言葉を信じよう。わかったなら、さっさと立ち去れ」

 

伊黒はそれだけを言うと、そのまま立ち去ろうとした。

だが

 

「あんたは、何をそんなに憐れんでいるの?」

「!?」

 

汐の口から飛び出した言葉に、伊黒の背中が大きく跳ねた。

 

「あの時は気づかなかったけれど、あんたの"目"の奥には悲しみ。ううん、憐みって言った方がいいのかな。それが微かだけど見えてる」

 

汐は先程の恐怖心も忘れて、伊黒の背中に話しかけた。

 

「あんたがあたしの事を嫌っているのはわかるわ。でも、だったら何でそんな感情をあたしに抱くの?」

 

汐の言葉に伊黒は胸元を一瞬だけ握ったが、すぐに手を放し口を開いた。

 

「お前に話すことはない。さっさと部屋に戻れ」

「でも・・・」

「聞こえないのか?」

 

有無を言わせない伊黒の声に、汐はこれ以上何も言うことができず大人しく従わざるを得なかった。

 

「・・・」

 

汐が立ち去った後、伊黒は早鐘のように打ち鳴らされる心臓に驚いていた。

 

(何だ、あの娘は。まるで心の中を見透かされたようだった)

 

蜜璃から汐が目を見て人の感情を読み取ることができるということは聞いていたが、まさか自分が自覚していない感情まで暴かれるとは思わなかった。

 

(大海原汐。いや、ワダツミの子。柱合裁判の時もそうだったが、あいつは本当に、人間なのか・・・?)

 

伊黒は緩んでいた包帯をしっかりと巻きなおすと、深くため息をついた。

そんな彼を労わるように、鏑丸がそっと寄り添った。

 

「大丈夫だ、鏑丸。心配をかけてすまない」

 

伊黒はそう言って、鏑丸の頭を優しくなでた。鏑丸は安心したように目を細めると、そっと伊黒の顔を舐めたのだった。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。