ウタカタノ花   作:薬來ままど

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蜜璃の元へ来てから二日後。

午前中の訓練を終えた炭治郎は、青い顔で訓練場の床に倒れ伏していた。

 

(ううっ、股関節が痛い・・・。身体が裂けるかと思った・・・)

 

炭治郎は蜜璃の地獄の柔軟を受け、その想像を絶する激痛にもだえ苦しんだ。

その痛みがまだ残り、動けないでいたのだ。

 

(い、いや。汐達だってこの痛みを経験したはずだ。みんなが耐えることができたのに、俺が泣きごとを言ってどうするんだ)

 

炭治郎は心の中で自分を鼓舞し、残っている痛みに必死で耐えていた。

 

その時だった。

 

「カァ~カァ~。炭治郎サンハドコデスカ~?」

 

窓の外から間延びした鴉の鳴き声が聞こえ、炭治郎は顔を上げた。

そこには、嗅ぎ覚えのある匂いを纏った鎹鴉だった。

 

「き、君は・・・、汐の鎹鴉の・・・」

「そらのたゆうト申シマス~。たゆうデモイイデスヨ~」

 

ソラノタユウは間延びした声でそう言うと、足につけられた手紙を炭治郎に差し出した。

 

「汐カラデス~。訓練、頑張ッテクダサイネェ~」

 

それだけを言うと、ソラノタユウはそのまま悠然と飛び去った。

 

炭治郎はすぐさま手紙を開いて中を見た。

 

(ははっ、字が所々滲んでいる・・・。汐、また墨が乾かないうちに包んだな)

 

炭治郎は微笑みながらも、汐からの手紙を読んだ。

手紙には近況報告と炭治郎への想い、そして伊黒の愚痴が書かれていた。

 

汐らしい手紙の内容に、炭治郎は苦笑いを浮かべつつも心が満たされていくのを感じた。

 

そんな炭治郎を見ていた他の隊士達は、嫉妬と恨みを籠った目を向けていた。

 

それから暫く、蜜璃邸と伊黒邸を往復する鴉の姿が目撃されたという噂が立った。

 

*   *   *   *   *

 

汐が伊黒邸に来てから五日後の事。

 

「うおおおおお!!」

 

汐の雄たけびと、木刀が打ち合う音が訓練場に響く。

障害物の間を縫ってくる攻撃を紙一重で躱しながら、汐も伊黒に向かって木刀を振るった。

 

汐の太刀筋の正確さは、初めて訓練を初めた時とは雲泥の差とも呼べるほどに上達していた。

どんな位置にいても、障害物がないかのように的確に伊黒を狙ってきた。

 

そして

 

「そこだぁっ!!」

 

汐の攻撃が伊黒の攻撃をかいくぐり、その切っ先が届いた。

 

「っ!」

 

伊黒は息をのみ、初めて汐から間合いを取った。だが、その一撃は伊黒の左の部分の羽織を僅かに斬り裂いた。

 

「くそっ、もう少しだったのに!!」

 

汐は悔しさに顔を歪ませ、床を拳で思い切り叩いた。

 

「床に穴をあけるつもりか?」

 

伊黒の嫌味が籠った声が響き、汐が苦々しい顔で睨んだ時だった。

 

「訓練は終了だ、大海原」

「へ?」

「聞こえないのか?訓練は終いだと言ったんだ」

 

伊黒は呆れたように溜息をつくと、木刀を下ろした。

 

「いつまで呆けた顔で座り込んでいるんだ。さっさと来い」

「え?あ、うん」

 

汐は慌てて立ち上がると、伊黒の後を追って訓練場を後にした。

 

伊黒は黙ったままひたすら廊下を歩き、汐はその後ろを必死で着いていく。

全く読めない彼の意図に、ただ困惑するだけだった。

 

すると、どこからか一羽の鎹鴉が伊黒の元へ飛んできた。

その足には手紙がつけられている。

 

伊黒は手紙を受け取ると、すぐに開いて内容を一瞥した。

 

「来い」

 

伊黒はそう言うと、汐をある場所へと案内した。

そこは、隊士達が宿泊に使っていたと思われる部屋だった。

 

「大海原。お前には今から、この部屋の掃除をしてもらう」

「はぁっ!?掃除!?あたし合格したんじゃなかったの!?」

 

汐が叫ぶと、伊黒は苛々した様子で口を開いた。

 

「俺は訓練は終了だと言ったが、合格とは言っていない。少し考えれば分るだろう」

「分かるかァァ!!散々人の事嬲っておいて今度は掃除!?あんたこそ人の心がないんじゃないの!?」

 

汐は顔を真っ赤にして捲し立てた。

 

「ぎゃあぎゃあと騒ぐな、うっとおしい。俺が戻るまで掃除が終わらなければ、お前も障害物に加える。異論は聞かん」

 

伊黒はそう言うと、汐に目もくれずに部屋を後にした。

 

「最低!鬼!!人でなし!!ポンコツ柱!!!」

 

汐は、去って行く伊黒の背中にありったけの罵倒の言葉を浴びせた。

 

(何なのよアイツ・・・。あたしに恨みでも・・・、あるわね絶対)

 

汐は大きくため息を吐くと、周りを見渡した。乱れた布団が散乱し、所々に塵やほこりが見える。

普通の人間なら半日程度で終わりそうなものだが、汐は片付けがこの世で最も苦手だった。

 

今いる屋敷も、使用人が派遣されていなければごみ屋敷になっていただろう。

 

(あの野郎。あたしが片付け苦手な事知ってて、わざとこんなことを押し付けたわね!絶対に許さない!いつか絶対にぶっ飛ばしてやるわ!)

 

汐は伊黒への怒りを露にするが、ふとある事を思い出して動きを止めた。

 

(でも、あたしが炭治郎に手紙を送ることは許してくれたのよね・・・。てっきり突っぱねられると思ったのに)

 

その事を踏まえ、実は案外話が分かる人ではないかと思った矢先の仕打ちだった。

 

「ああーー、もう!!とにかくさっさと掃除しよう。まずは布団を片付けて・・・」

 

汐は散らばった布団を仕舞おうとして手を止めた。

 

(そう言えば、前に炭治郎に布団を綺麗に畳む方法を教わったわね)

 

汐は記憶を探りながら、まずは窓を開けると布団を一枚一枚丁寧に畳んでいった。

それを押し入れに押し込む、のではなくしっかりと仕舞、次は畳を箒で掃きだした。

 

ブリキのバケツを借り、ぞうきんを濡らして窓枠を拭き、溜まった埃をはたきで払っていた。

一通りの掃除が終わり、後片付けをしていた時。

 

外の方から足音が聞こえてきた。

 

(嘘ッ!?蛇男が戻って来たの!?まだ片付け終わってないんだけど!!)

 

汐は慌てて埃を払う手を速めるが、足音は無情にも部屋の前で止まり、そして襖が開かれた。

 

「ご、ごめん!!まだ終わってないの!!」

 

汐は慌ててそう言うが、目の前の人物を見て固まった。

 

そこには

 

「汐・・・?」

 

覚えのありすぎる緑色の市松模様の羽織を纏った、見覚えのありすぎる顔がそこにあった。

 

「炭治郎・・・?」

 

汐が思わずその名を呼ぶと、炭治郎の顔はみるみるうちに笑顔になった。

 

「汐っ!!」

 

炭治郎は叫ぶように汐の名を呼ぶと、飛ぶように傍に駆け寄ってきた。

 

「久しぶりだな!あれ?お前少し瘦せたんじゃないか?ちゃんと食べて寝てるか?訓練は辛くないか?」

「ちょっ、待ってって!そんなに一気に聞かれても答えられないわよ!!とにかく落ち着きなさいって」

 

汐は捲し立てる炭治郎を落ち着かせようと、必死でなだめた。

 

「あ、ごめん。久しぶりにお前に会えたから嬉しくて、つい・・・」

「別にしょぼくれる必要はないわよ。あたしだってあんたに会えて嬉しいんだから」

 

汐がそう言うと、炭治郎は驚いたように顔を上げた。

 

「あっ、べ、別にあんたに会えなくて寂しかったとか、そんなんじゃないんだからねっ!!」

 

汐は顔を真っ赤にしてそっぽを向くが、匂いは嬉しさに満ち溢れていた。

 

「そんなことより、あたしあいつにここの掃除を命令されてるの」

「あいつって、伊黒さんか?」

「そうよ!訓練が終わって合格かと思ったのに、いきなり掃除をしろって言うのよ!相も変わらず訳が分からない男だわ」

 

汐がそう言って顔をしかめていると、

 

「どの口が言うか」

 

背後から声がして、汐と炭治郎は悲鳴を上げて飛び上がった。

いつの間にか、そこには伊黒が腕を組んで立っていた。

 

「あ、伊黒さん・・・」

 

炭治郎が青い顔でそう言うと、伊黒はじろりと炭治郎を睨みつけた。

 

「何油を売っているんだ。さっさと訓練場へ行け、殺すぞ」

「は、はい!!」

 

炭治郎は慌てて返事をすると、荷物を置いて訓練場へと走っていった。

 

それを見届けた伊黒は、今度は汐を睨みつけた。"目"には懐疑が強く出ている。

汐は唾を飲み込みながら、伊黒の次の言葉を待った。

 

だが、伊黒は視線を汐から部屋へと移し、畳や壁、窓を探るように見た。

窓枠に至っては、人差し指を滑らせて埃を見る始末だ。

 

それを見た汐は(姑かっ!)と、心の中で叫んだ。

 

「ふん。及第点という所だな」

 

伊黒はそう言うと、汐の方を向いた。

 

「何を呆けているんだ。さっさと荷物をまとめろ」

「え、それじゃあ・・・」

「次の柱の所へ行け。二度と顔を見せるな」

 

伊黒はぶっきらぼうに言うと、訓練場の方へと歩きだした。

 

「あ、ちょっと待って」

 

汐は伊黒を呼び止めると、振り返らないまま口を開いた。

 

「あんた、あたしを炭治郎と会わせるためにこんな事をさせたんでしょ?」

「何を言っている?ついに頭がおかしくなったか?」

「そう思うならそれでもいいわ。でも、炭治郎の顔を見ることができて安心したのは確かだもの。だから、ありがとう」

 

汐の謝罪の言葉に、伊黒は肩を震わせることはなかった。

 

「でも、これだけは言わせてもらうわ。炭治郎を虐めたり酷い目に合わせたら、ぶっ殺すからね」

 

汐はそう言って、殺意の篭った目を伊黒に向けた。

 

「ふん」

 

伊黒は小さく鼻を鳴らすと、そのまま振り返ることなく去って行った。

 

(あとでみっちゃんに報告しとこ)

 

そんなことを考えながら、汐は荷物をまとめて伊黒邸を後にした。

 

 

*   *   *   *   *

 

伊黒邸を出た汐は、ソラノタユウを頼りに次の柱の所へ向かっていた。

 

(次は・・・、オコゼ野郎のところね)

 

汐の表情は伊黒の時とは少し異なり、歪なものになっていた。

 

伊黒とも仲が良いとは決して言えないが、実弥とは犬猿の仲を遥かにり越したものだった。

炭治郎同様、汐も禰豆子を傷つけたことを未だに許していなかったからだ。

 

いや、きっと一生許すことはないだろう。

 

屋敷へ向かう度に、汐の"目"には少しずつ殺意が宿っていく。

 

やがて屋敷が近くなってきた頃。

 

「ぎゃあああああああああ!!!」

 

耳をつんざくような悲鳴が聞こえ、汐は肩を震わせた。

そして悲鳴から間髪入れずに、何かが打ち合う轟音が響く。

 

汐は嫌な予感を感じながら、そっと不死川邸の中を覗いた。

 

そこには、あちこちに倒れ伏す隊士達の姿があった。

皆うつ伏せに倒れ、ぴくぴくと痙攣している。

 

(ここは死体置き場?)

 

汐が顔をしかめていると、少し前に見知った顔を見つけた。

 

特徴的な髪形をした、背の高いその姿は。

 

「玄弥!!」

 

汐が呼ぶと、玄弥は驚いたように振り返った。

 

「おまっ、わだ・・・」

「汐って呼べって言ったわよね?」

「・・・、汐」

「よし」

 

玄弥の言葉を無理やり訂正させた汐は、満足そうにうなずいた。

 

「ここに居たのね。はぁ~、やっと見知った顔に会えたわ」

 

汐は安堵の溜息をついて玄弥を見上げた。

 

「あ、そう言えばお前は少し遅れて復帰したんだったな」

「そうよ。ここまで来るのに苦労したわ~。いろいろ理不尽な目にも遭ったしね」

 

汐がそう言うと、遠くからとんでもなく汚い高音が響いてきた。

 

「ギャア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

その声に覚えがあった汐と玄弥は、互いを見て顔をしかめた。

 

「この声って・・・」

「ああ、あいつだよ。ここに来てからずっと叫びっぱなしだ」

 

玄弥はげんなりとした表情で汐を見、汐もうんざりしたように肩をすくめた。

 

やがて断末魔が途絶えた後、凄まじい殺気を纏った実弥が姿を現した。その瞬間、玄弥の身体が強張ったのを汐は見逃さなかった。

 

「てめえは・・・」

 

実弥は汐を見るなり、ぴくぴくとこめかみを震わせた。

 

「久しぶり、とでも言えばいいかしら?」

 

汐は、不快感と敵意を隠そうともせずに実弥を睨みつけた。

 

「あたし、あんたが炭治郎と禰豆子を傷つけたこと、まだ許してないわよ。ううん、多分、いや、絶対に許さない」

 

汐が挑発的な視線を向けると、実弥の表情が明らかに変化した。

 

「でもちょうどよかったわ。あんたのスカした面に()()ぶちかませる好機がやってきたってことよねぇ?」

 

汐の言葉に、実弥の"目"にこれ以上ない程の怒りが宿った。

だが、汐もそれに負けない程の殺意を込めた"目"を向けた。

 

そんな二人の背後に玄弥は、龍と虎ではなく、二匹の鬼が見えたような気がした。

 

「いい度胸だァ、クソガキ」

 

実弥はそう言うと、そのまま踵を返して屋敷の中へ戻った。

 

「相変わらず腹が立つ男だわ。あれ、あんたの兄貴って本当?」

「あ、ああ・・・」

 

玄弥はそう言って顔を伏せた。心なしか、"目"に覇気がないように見えた。

 

「玄弥?どうしたの?」

「何でもねえよ。それより兄・・・、風柱の修行を受けに来たんだろ?さっさと準備にしに行けよ」

 

それだけを言って玄弥は、屋敷の中へと戻っていった。

 

(どうしたのかしら、玄弥の奴。"目"にもいつもの元気がなかったわ・・・。それにあいつも、玄弥がいるのにまるっきりいない奴みたいに扱ってたし・・・)

 

汐はその空気に違和感を感じたが、汐は湧き上がってくる言い難い感情を抑え込むようにして屋敷の門をくぐった。

 

体中に刺さるような殺気を感じ、汐は生唾を飲み込んだ。

 

――最後まで足掻け

――心を燃やせ

 

(上等じゃない。やってやるわよ!)

 

大切な人の言葉と大切な人の顔を思い浮かべながら、汐は足を進めるのだった。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)
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