ウタカタノ花   作:薬來ままど

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炭治郎は、伊黒の常軌を逸脱した訓練に心を抉られながらも、何とか一日目を終えた。

 

夜になり、入浴を終えた炭治郎が部屋へ戻ると、嗅ぎ覚えのある匂いが鼻を掠めた。

 

(この匂い・・・、この果実のような匂いは・・・?)

 

炭治郎が反視線を向けると、一人の隊士が友人と談笑している姿があった。

その隊士から、汐や鉄火場と似た匂いを感じたのだ。

 

炭治郎は話に花を咲かせている彼に近寄ると、そっと声を掛けた。

 

「あの、お話し中すみません。ちょっとよろしいでしょうか?」

 

炭治郎が礼儀正しく声を掛けると、隊士は怪訝そうな顔で振り返った。

 

「ん?なんだ?俺になんか用か?」

「用と言いますか、あなたからする匂いが気になって・・・?」

「は?匂い?」

 

ますます怪訝そうな顔をする隊士に、炭治郎は自分が鼻が利くことを伝えた。

 

「へぇ~、お前は匂いで人の気持ちがわかるのか。面白い奴だな」

 

それに答えたのは、匂いの主ではなく彼の友人の隊士だった。

 

「俺は今までいろいろな感情の匂いを嗅いできたんですが、その人の匂いが今まで嗅いだことがない匂いなんです。まるで果実のような、甘酸っぱいような・・・」

 

炭治郎がそう言うと、隊士の友人はゲラゲラと突然笑い出した。

 

「だったらあれじゃねえか?ほら、お前、あの子の事考えてただろ!?」

 

すると匂いの主は途端に真っ赤になり、あたふたと視線を泳がせた。それと同時に、例の匂いも強くなる。

 

「え?え?」

 

混乱する炭治郎に、友人は笑いながら言った。

 

「こいつ、町の団子屋の看板娘の事が好きなんだよ。今は柱稽古のせいで会いにいけねえが、この訓練が終わったら会いに行こうなんて考えてたんだろうな」

「おい!!余計なことを言うなよ!!」

 

匂いの主はさらに顔を赤くさせながら友人に殴りかかるが、彼はそれをひょいとかわして再び笑った。

 

「お前の言う気持ちに匂いがあるとしたら、今お前が感じてる匂いはきっと【恋】の匂いだぜ」

「えっ・・・!?」

 

友人の言葉に、炭治郎は呆然として見つめた。二人が何かを言っていた気がしたが、炭治郎の耳には入らなくなっていた。

 

夜が更け、炭治郎は布団の中でその言葉を繰り返していた。

 

(恋の匂い・・・。恋ってあれ、だよな。魚じゃなくて、その、相手の事を好きになる、あれの事だよな・・・)

 

その言葉の意味はなんとなく知っていても、その経験がない炭治郎は匂いの正体に気づくことができなかった。

だが、あの隊士に指摘されて初めて知り、動揺していた。

 

(もしもあの人の言っていたことが本当なら、汐は・・・、誰かに恋をしているということになる・・・。後鉄火場さんも・・・)

 

そう考えた後、炭治郎は首を横に振った。

 

(い、いやいやいや!そんなの当り前だろう!汐も鉄火場さんも年頃の女性だ。恋ぐらいするだろう!)

 

炭治郎は布団を頭まで引き上げ、目を閉じた。だが、汐が誰かに恋をしているということを考えると、全く眠れない。

 

(でももし、もしも汐が誰かに恋をしているなら、相手は誰なんだ?鉄火場さんは、多分鋼鐵塚さんだろうけれど、汐は・・・)

 

炭治郎の脳裏に、明るく笑う汐の姿が蘇った。

 

もしも汐に好きな人が本当にいるなら、ぜひとも応援したい。だが、その気持ちとは裏腹に、何故かもやもやとした奇妙な感覚がまとわりついていた。

 

(誰なんだ?汐の好きな人って・・・)

 

その事が気になり、結局炭治郎は一睡もできずに訓練に臨み返り討ちになった。

 

汐の想い人が自分であることなど露知らず・・・。

 

 

*   *   *   *   *

 

不死川邸に入った汐は、荷物を置くと訓練場へ向かう廊下を歩いていた。

ここに来てから肌を刺すような殺気を感じ、微かに鳥肌が立った。

 

(だけどあたしはこんなところでへこたれないわ。やってやるんだから)

 

汐は決意を胸に、訓練場へ向かおうと振り返った時だった。

 

「くぁwせdrftgyふじこlp!!」

 

突然前方から、黄色の塊が奇声を上げながらこちらに向かって飛んできた。

それを見た汐は、反射的に人差し指と中指を塊に向かって突き出した。

 

汐の指は、塊の両目にキレイに突き刺さった。

 

「ギィヤアアああああ!!」

 

黄色の塊は耳をつんざくような声で叫ぶと、両目を抑えてのたうち回った。

 

「目が・・・、目がぁあああああ!!」

 

よく見るとそれは、全身が痣だらけの善逸だった。

 

「ああびっくりした。よく見たら善逸じゃない。何かの物体かと思ったわ」

「酷いよ汐ちゃん!!俺さっきまでボコボコにされてたのに、君にまでこんな仕打ちを受けるなんて!!」

 

両目から涙をとめどなく流しながら、善逸は抗議の声を上げた。

 

「で、あんたはこんなところで何やってんのよ。今は訓練中でしょ?」

「しぃーっ!!大きな声を出さないでよ!そんなの逃げて来たに決まってるじゃないか!!殺される・・・!!」

 

善逸は全身をガタガタ震わせながら、汐に縋りついた。

 

「俺もうこれ以上耐えられないよォ!毎日毎日ボコボコに殴られて吹っ飛ばされて、死んじゃうよぉ!!」

「ええいうるさいわね。そんなのやり返せばいいでしょうが!骨を折るなり、××××するなりできるでしょうに」

「できるかぁ!!あのね、そんな怖ろしい考え方ができるのは君だけだからね!!あんな化け物に啖呵を切ることができるなんて、君と伊之助ぐらいだからね!!」

 

善逸がそう言った瞬間、突き刺すような殺気が汐の全身を穿った。

 

「ほぉ・・・。だったら今選ばせてやろうか?訓練に戻るか、俺に殺されるか」

「ぎゃあああああ!!!」

 

背後から実弥の気配を感じた善逸は、悲鳴を上げてのたうち回った。

実弥はそれを物理的に黙らせると、汐をじろりとにらみつけた。

 

「おい、何をもたもたしてやがる。準備ができたならとっとと来やがれ。グズは嫌いだ」

 

実弥はそう言うと、気絶した善逸を引きずっていってしまった。

汐は不満そうな顔をしながらも、その後ろについていった。

 

「初めに言っておくが、俺は女だからって一切手加減はしねぇ。ましてやテメェは、俺を一発殴ってんだからなァ」

「ちょうどよかったわ。あたし、男女差別がこの世で五番目に嫌いなの。あんたが本気でかかってくるなら、こっちもやりがいがあるしね」

 

汐は満面の笑みを浮かべながら、実弥を睨みつけた。(服の下でこっそり中指を立てていたのは内緒だ)

 

(クソガキ)

(クソ野郎)

 

二人は睨みあいながら、訓練場へ続く廊下を歩いていった。

 

不死川邸での訓練は、善逸が逃げ出したくもなるような地獄だった。

 

ここで行われる訓練は、無限打ち込み稽古。その名の通り、実弥に斬りかかるだけという至極単純なものだ。

 

だが、風柱の称号は伊達じゃなく、斬りかかっていた隊士達は皆竜巻のような彼の剣技に一掃されていた。

 

(まるで塵みたいに人が吹っ飛んでるわ・・・)

 

舞い散る隊士達を遠目で見ながら、汐は心の中で合掌した。

よく目を凝らしてみれば、屍と化した善逸と玄弥の姿まである。

 

すると

 

「オラオラオラァ!!」

 

嵐の中から聞き覚えのある声がして、汐は目を見開いた。

そこには、襲い来る猛攻を必死にさばく、伊之助の姿があった。

 

(伊之助!あいつもここに居たのね!)

 

また見知った顔に会えた汐は、思わず顔をほころばせた。

 

「まだまだ行けるぜ!!」

 

いつの間にか立っているのは伊之助だけで、周りは皆ありとあらゆるものを垂れ流しながら倒れていた。

 

(伊之助、何だか前よりも太刀筋が綺麗になってない?修行の成果ちゃんと出てるんだ)

 

汐の思う通り、伊之助の太刀筋は以前に比べて精錬されたものになっていた。

そして常人より関節の可動域が広い彼の動きが、少しずつ実弥を追い詰めていく。

 

(あたしも負けてらんないわ!!)

 

汐は意を決して木刀を構えると、嵐の中に突っ込んでいった。

 

実弥の身体能力は、汐の想像を遥かに超えていた。一見荒々しく見える太刀筋だが、汐が思っているよりもずっと精錬されていたものだった。

しかも、繰り出される剣技の数々は、皆地面を抉るような強力な物ばかりだ。

 

(な、なんて威力なの・・・。他の連中が吹っ飛ぶわけだわ・・・!)

 

まるで暴風のような技に、汐は圧倒される。だが、伊之助はその中を必死に搔い潜りながら剣を振るっていた。

 

(でも、台風で荒れに荒れた海に比べたら、こんなの屁でもない!!)

 

汐は鍛えられた柔軟と反射神経を駆使し、伊之助同様に嵐の中を進んだ。

中々倒れない二人に実弥は少し驚いたものの、太刀を緩めることはなかった。

 

よけきれなかったいくつかの打撃が、汐の全身を穿ち痛みが走った。

 

その時、ひときわ大きな風が巻き起こり、伊之助は抗うことができず吹っ飛ばされた。

残ったのは汐ただ一人。だが、いつその身体が吹き飛ばされるかは時間の問題だった。

 

しかし、汐には秘策があった。それは、刀鍛冶の里で汐が目覚めた【青の路】

 

汐は荒れ狂う風の中、神経を限界まで研ぎ澄ませた。

すると、実弥の中心に向かって伸びる青い光が、一瞬だけ見えた。

 

(見えたッ!そこだぁっ!!)

 

汐は一気に距離を詰めると、実弥が刀を振るよりも早くその刀身を突き出した。

 

「っ!!」

 

木刀の切っ先は実弥の右頬を掠めたが、その一瞬無防備になった汐の腹部に木刀の柄を叩きつけた。

 

「ぐっ・・・!!」

 

腹部に強烈な衝撃を感じ、汐の意識は遠のいていくのだった。

 

 

*   *   *   *   *

「おい、大丈夫か?」

 

上から声が振ってきて、汐は目を開けた。そこには、心配そうな顔で見下ろす玄弥の姿があった。

 

「玄弥・・・?いっ・・・!」

 

身体を起こそうとした瞬間、痺れるような激痛が全身を駆け巡り、汐は小さくうめいた。

 

「あれ?あたし、どうしたの?確かアイツの一撃を喰らって・・・」

「お前、その後気絶してたんだよ。猪もそこで伸びてる」

 

玄弥が指さした方向には、伊之助が大の字になって横たわっていた。

胸が上下していることから、どうやら息はあるようだ。

 

「あたし、アイツにろくな一撃も浴びせられなかったわ」

「いや、女なのにあそこまでやれるなんてすげぇよ。猪が伸びても、お前ひとりで向かって行ってたんだぜ」

 

玄弥はそう言って、濡れた手ぬぐいを汐に手渡した。

 

「使えよ」

「あら、ありがとう。気が利くのね」

 

汐は玄弥から手ぬぐいを受け取ると、痛む顔にそっと当てた。

 

「ふぅ。まさか初日でここまでやられるなんて、不覚だったわ。まあ、アイツの態度からある程度は察していたけど」

 

腫れた顔で笑う汐を、玄弥は複雑な表情で見ていた。

 

「ん?どうしたの玄弥。そんな顔して」

「いや・・・。兄貴、いくら訓練でも女をここまで殴るなんてなかったのに・・・」

 

玄弥はそう言って顔を伏せた。

 

「ああ、それならあたしがあいつを一発殴っちゃったからじゃない?」

「は!?殴った!?なんで!?いつ!?」

「柱合裁判の時に、禰豆子を傷つけたから思わずぶん殴っちゃったの。顰蹙は買ったけれど、後悔はしてないわ!」

 

そう言って得意げに笑う汐を、玄弥は口をパクパクさせながら呆然と見ていた。

 

「う゛~ん・・・」

 

傍で倒れていた伊之助が、うめき声を上げながら体を起こした。

それから周りを見渡し、汐の姿を見つけると近寄ってきた。

 

「お、歌女じゃねえか!」

 

そう言う伊之助の声は、どこか嬉しそうに聞こえた。

 

「久しぶりね、伊之助。あんたも元気そうで何よりだわ」

「当り前だ!俺は肩の関節が外れたくらいでギャースカ騒ぐ奴とは、訳が違うんだからな!!」

「あのね。あたしは関節を自由に外すことができる出鱈目人間とは違うのよ」

 

汐は呆れた顔でため息をついた。

 

「あ、あのよ。お前等そろそろ移動しねえか?夜も更けたし、いつまでもここで喋ってたら・・・」

「そうね。アイツにまたどやされるのは面倒だし、何だかお腹も空いたし行きましょうか」

 

汐はそう言って立ち上がるが、足元がふらつき体勢を崩した。

 

「危ねぇっ!」

 

そんな汐の身体を、玄弥は慌てて支えた。

 

「おい、本当に大丈夫か?」

「大丈夫よ。ちょっとふらついただけ。でもありがとう。何から何まで悪いわね」

 

汐は玄弥の手を借りながら立ち上がると、痛む体を引きずって部屋へ向かった。

その後を伊之助が騒ぎながら追い、そんな彼の頭を汐が叩く。

 

玄弥は何故か早鐘のように打ち鳴らされる心臓に困惑しながらも、二人の後を追った。

 

夕餉が終わり、汐は厠で用を足した後鏡を見た。

顔は想像よりもだいぶ腫れており、所々青くなっている。

 

(うげぇーっ、思ったより腫れてるじゃない。あの野郎、本当に容赦ないんだから)

 

鏡に映った自分の顔を見ながら、汐は顔をしかめた。

伊黒との訓練とでさえ、ここまでは腫れなかった。

 

(傷跡が残ったらどうしよう。まあ傷はいくつもあるからいいけど、せめて炭治郎に心配かけないようにはしたいなぁ・・・)

 

汐は目を閉じて、伊黒の元にいるであろう炭治郎の事を思い浮かべた。

炭治郎も、あの恐ろしい訓練を受けてるかと思うと、少なからず同情する。

 

(炭治郎は優しいから、きっと縛り付けられた連中の事を気遣って、剣を思うように振るえなかったりして)

 

炭治郎の性格をよく知っていた汐は、苦々し気に笑みを浮かべた。

 

(さぁて、明日も早いし、傷も痛いしさっさと休もう)

 

汐は苛々とした気分を払しょくするように首を振ると、厠を出て部屋へと向かった。

 

その時だった。

 

「待ってくれよ、兄貴!話を聞いてくれ!!」

 

廊下の向こうから声がして、汐は思わず足を止めた。

 

「この声は、玄弥?」

 

汐は音を立てないようにそっと近づき、そっと覗きこんだ。

 

そこには、玄弥と実弥の姿があった。

 

「話があるんだよ。頼むから聞いてくれ!」

 

玄弥は必死の思い出そう言うが、実弥はそれに答えることなく背を向けた。

 

「兄貴!!」

 

玄弥がもう一度叫ぶと、実弥は顔中に青筋を立てながら振り返った。

 

「話しかけんじゃねぇよ、ぶち殺すぞォ」

 

まるで氷のような声に、玄弥は勿論汐でさえも震えた。

 

立ち尽くす玄弥をよそに、実弥はそのまま去って言った。

 

(何よあれ。あいつ、本当に玄弥の兄貴なの?)

 

汐に兄妹はいないが、炭治郎と禰豆子のような仲睦まじい二人を見てきたため、その温かさはある程度知っていた。

だが、目の前の二人は仲の良さなど微塵も感じなかった。

 

(でも何だろう。アイツの、オコゼ野郎の"目"。うまく言えないけれど、何か違和感があった・・・)

 

汐はさっきの実弥の"目"を思い出しながら、奇妙な違和感が何なのか探ろうとした。

 

「お前、何やってんだ?」

 

そのせいで、戻って来た玄弥に気づくことが遅れてしまった。

 

「あ・・・」

 

汐と玄弥の目が合い、しばしの間奇妙な静寂が二人を包んだ。

 

「ご、ごめん。立ち聞きするつもりはなかったの。ただ、あんたの声が聞こえたから何事かと思って・・・」

「・・・そうか」

 

玄弥は少し疲れたような声でそう言った。

いつもなら怒りながら突っかかってくるはずの彼に、汐は怪訝そうに首を傾げた。

 

「どうしたのよあんた。いつもならガーガー怒って突っかかってくるくせに」

「そんな気分じゃねえんだよ。お前ももう寝ろ。傷に障るぞ」

 

玄弥はそう言って、汐の脇をすり抜けて去ろうとした。

 

(玄弥・・・、あんた・・・)

 

玄弥の"目"が悲しみと後悔で染まっているのを見て、汐は胸が潰れそうなほど痛んだ。

 

そのモヤモヤとした陰鬱な気分を抱えながら、汐は朝を迎えるのだった。




NG

実「俺はグズは嫌いだ。40びょ・・・、5秒で支度しろォ」
汐「うるせぇ、ジ〇リマニア!!」
玄(兄貴・・・、紅の○派じゃなかったのか・・・!?)

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)
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