ウタカタノ花   作:薬來ままど

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それからさらに三日後の夜。

 

汐は今日も岩を押す訓練に明け暮れた。だが、いくら力を込めても、岩はうんともすんとも言わなかった。

汐だけじゃなく、炭治郎や善逸、伊之助も含めて、誰も岩を動かせていない。

 

今までやってきた事を全てつぎ込んでも全く結果が出ないことに、汐は焦りを感じていた。

 

(何で動かないのかしら・・・。全集中の呼吸はちゃんと四六時中続けているし、筋力ももう十分ついたはずだけど・・・)

 

汐は流れ出る汗を拭きながら星空を見上げた。もやもやした気持ちとは裏腹に、空は憎らしい程澄み切っていた。

 

(そう言えば・・・)

 

汐はふと、炭治郎の事を思い出した。

 

(三日前から炭治郎がなんだか変なのよね・・・。あたしと目を合わせようともしないし、話しかけても逃げるし・・・)

 

汐は何故炭治郎が自分を避けだしたのか、理由が全く思い当たらなかった。

 

(もしかしてあたし、炭治郎に嫌われた・・・?)

 

そう思った瞬間、汐の中のもやもやした気分が急に不安へと変わった。

炭治郎に嫌われるようなことをした覚えはないが、無意識のうちに傷つけていた可能性もある。

 

(嫌だ・・・!)

 

汐は体中に広がっていく不安に身体が震えた。今の汐にとって炭治郎に嫌われるということは、何よりも恐ろしいことになっていた。

 

(駄目だ。こんな状態じゃ訓練なんてやってられない。少し気持ちを切り替えよう)

 

よく見れば汐の晒は汗と土で汚れており、微かに異臭を放っていた。

 

(げっ・・・、あたしこんな汚くなるまで訓練してたんだ・・・。とりあえず着替えよう)

 

汐は近くの川に手ぬぐいを浸し、晒を脱いで身体を拭くと、そのまま晒を洗った。

洗濯板がないので完全に汚れは落ちないが、汚れたまま置いておくよりはマシだろう。

 

汐は洗った晒を木に干すと、新しい晒を取り出し胸元に巻き付けた。

 

(あれ?なんだか前より晒がきつい気がする・・・。もしかして、ちょっと大きくなった?)

 

だとしたら少しうれしい。と、汐が顔をほころばせていると、不意に背後から気配を感じた。

 

「!?」

 

汐はすぐさま反応し、川べりの石を掴み気配がする方向に腕を振り上げた。

 

「曲者ォォォオオオオ!!!」

 

汐の声と共に石はすさまじい速さで飛んでいき、茂みの中に吸い込まれていった。

それと同時に、鋭い悲鳴が上がった。

 

「うわっ!!」

 

その声に汐は聞き覚えがあり、驚いた表情になった。

だが、汐が驚く暇もなく茂みの中から怒鳴り声と共に何かが飛び出してきた。

 

「何すんだ!あぶねえだろうが!!」

 

そこにいたのは、頭から湯気を吹き出しながらこちらを睨みつけている玄弥だった。

 

「あら玄弥だったの?ごめんなさい。不審者だと思って」

「だからっていきなり石を投げる奴がいるか!当たったら確実に死んでるぞ!」

 

玄弥は怒りで顔を真っ赤にしながら汐に近づいてきた。が、途中で石のように固まった。

 

「玄弥?」

 

急に動かなくなった玄弥を見て汐が怪訝そうな顔をしていると、突然そのまま全身を真っ赤にして仰向けに倒れた。

 

「えっ!?ちょっと、玄弥!?玄弥ってば!!」

 

汐はいきなり倒れた玄弥に慌てつつも、急いで介抱するのだった。

 

 

*   *   *   *   *

 

「まったく、びっくりさせないでよね」

 

数分後、気が付いた玄弥に向かって汐は呆れたようにそう言った。

玄弥もまだ微かに赤い顔のまま、小さな声で謝った。

 

「っていうか、お前が俺に石を投げつけたせいじゃねーか!」

「あ、そうだったわね。そっちはごめんね。苛々しててつい・・・」

 

汐はそう言って困ったように笑った。

 

「そういえばあんた、ここのところしばらく見かけなかったけど、どうしてたの?」

「あー・・・、謹慎、してたんだよ」

 

玄弥はバツの悪そうな顔をしながらそう答えた。

 

「悲鳴嶼さんに叱られてさ。本当は俺、兄貴と接触するなって言われてたんだ」

「そうだったの」

「それと、お前の事も聞いた。兄貴と、殴り合ったって・・・」

「ええ。あたしもその件で悲鳴嶼さんに説教をくらったのよ」

 

あははと力なく笑う汐に、玄弥は呆れたように溜息をついた。

 

「でもあんたが元気そうでよかったわ。あんたと連絡が取れなくなったって、炭治郎も心配してたし・・・」

 

汐はそう言った途端、思わず口をつぐんだ。

 

「ん?どうした?」

 

玄弥は汐が黙ってしまった事に違和感を感じ、顔を覗き込みながら尋ねた。

 

「あたし、炭治郎に嫌われたかも」

「は?何でだよ」

「わかんない。三日くらい前から炭治郎があたしと目を合わせなくなって、話しかけようとしても逃げちゃうし・・・」

「炭治郎が?」

 

玄弥はとても信じられなかった。人としっかり向き合う炭治郎が、誰かから逃げ出すなんてありえないと思ったからだ。

 

「何かの間違いじゃねえのか?」

「そうかもしれない。でも・・・」

「だったら直接炭治郎に聞けよ。俺もあいつに言いたいことがあるから、一緒に来るか?」

 

玄弥の言葉に、汐は驚いて顔を上げた。

 

「巻き込んだことを謝りたくてさ。元はと言えば、全部俺の所為だから・・・」

「馬鹿ね、あんたの所為の訳ないでしょ?炭治郎は誰かが困っていれば、自分の事よりもそっちを優先する奴だから、あんまりきにするんじゃないの」

 

汐はそう言ってにっこり笑った。

 

「炭治郎の事、ちゃんと見てるんだな」

「えっ!?」

 

玄弥の指摘に、汐は思わず真っ赤になって驚いた。そんな汐を見た玄弥の胸が、小さく音を立てた。

 

「じゃ、じゃあ。そろそろ俺は炭治郎のところに行くけど、どうする?」

「・・・・」

 

汐は少し渋い顔をしたが、このままもやもやとした気持ちを抱えて訓練に挑むわけにはいかない。

 

それに少しは気分転換にもなるだろうと、汐は玄弥の提案を受け入れることにした。

 

 

 

*   *   *   *   *

 

その頃炭治郎も、一向に動く気配のない岩に苦戦していた。

 

(今日も駄目だった・・・)

 

炭治郎は地面に仰向けになりながら、乱れた息を整えていた。

 

(鬼だって、いつまで大人しくしてるか分からないぞ。早くしないと・・・)

 

炭治郎の心には焦りが生まれ、顔からは嫌な汗が流れ落ちた。

 

(そう言えば、汐はどうしているだろう。俺、あの日から汐の事を避けている・・・)

 

炭治郎は汐の顔を思い浮かべ、悲し気に眉根を寄せた。

 

あの日村田を含めた隊士達から、自分が汐を好きだと指摘されてから汐の顔をまともに見られないようになっていた。

 

(汐の事は嫌いじゃない。それは確かだ。でも、俺は・・・)

 

炭治郎も、もやもやした気持ちを抱えながら目を閉じたその時だった。

 

「炭治郎?」

「えっ?」

 

その場にいないはずの声がして、炭治郎はすぐさま体を起こした。そこには、自分を心配そうに見つめる汐と、その隣には玄弥がいた。

 

(な、何で汐がここに・・・?それに玄弥も・・・)

 

炭治郎の心臓の音は何故かうるさいくらいに鳴り響き、口は乾き汗が吹き出す。

 

「大丈夫?なんだか顔色が悪いわよ?」

「え?い、いや、大丈夫だ。それより二人はどうしてここに?」

「玄弥があんたの事が気になるっていうから、ついでに付いてきたのよ」

 

怪訝そうな顔をする炭治郎に、汐は玄弥が謹慎していたことを伝えた。

 

「そうだったのか。道理で連絡が取れないと思ったよ。でも、玄弥が元気そうでよかった」

「悪かったな。巻き込んじまって・・・」

 

玄弥が申し訳なさそうに謝ると、汐は肘で玄弥を小突いた。

 

「馬鹿、言葉が違うでしょ?」

「あ、そうだった。庇ってくれて、ありがとよ」

 

玄弥がバツの悪そうな顔で言うと、炭治郎は顔を赤らめ手を振った。

 

そんな炭治郎を見ていた玄弥だが、ふと何かに気づいて目を見開いた。

 

「なあ炭治郎。お前の額の痣、濃くなってないか?」

「「えっ?」」

 

玄弥の声に、汐と炭治郎は同時に声を上げた。

 

「あー、よく見たら確かに少し色が濃くなってるかも・・・」

 

汐は炭治郎の痣をまじまじと見ようと近づいた。すると、炭治郎は驚いたのか一歩後ろに下がった。

 

「あ、ごめん」

「い、いや。俺もごめん」

 

二人は気まずそうに謝りあい、それを見ていた玄弥は難しい顔をした。

 

「でもあんた、よく気づいたわね。あたしだって今指摘されて初めて気づいたわよ?」

「そりゃ、毎日顔見てりゃ変化が分からんだろ。二人は鏡持ってねぇのか?」

 

玄弥の問いに、二人は同時にうなずいた。

 

「炭治郎はともかく、汐は持っておいた方がいいぞ。今度貸してやるよ」

「ありがとう」

 

炭治郎は礼を言うと、痣のある部分を指で撫でた。

 

「痣ね。みっちゃんから聞いたけど、いつも以上のすごい力が出せるんだって?」

「ああ。いろいろ条件はあるみたいだけどな」

「あたしは多分無理かも。体質的にどうしても出ない人がいるって聞いたし・・・」

 

そういう汐は、心なしか寂しそうに見えた。

 

「あ、そういえば。前にあたしが悲鳴嶼さんに会いに行った時、あんた岩を動かしてたわよね?」

「え?そうなのか?」

 

二人の期待を込めた視線に、玄弥は面食らいながらも答えた。

 

「ああ、動かせるよ。お前ら、"反復動作"はやってんの?」

 

その言葉に、二人はきょとんとしながら首を傾げた。

 

「やってねえのか・・・。悲鳴嶼さんも教えるの上手くねぇからな。よく見て盗まねぇとだめだぞ」

「あ、そうだった」

 

汐はあの時の事を思い出して、苦笑いを浮かべた。

 

「えーっと、反復動作って言うのは、集中を極限まで高めるために、予め決めておいた動作をするんだ。俺の場合は、念仏唱える」

「念仏?あ、そういえば・・・」

「悲鳴嶼さんもやってる!」

「そうそう、南無南無言ってるだろ」

 

そう言って玄弥は朗らかに笑った。

 

玄弥曰く、反復動作というものは全ての感覚を一気に開く技であり、全集中の呼吸とは異なるものだという。

 

「そうか。だから呼吸が使えない玄弥もできるのね」

「ああ。俺と悲鳴嶼さんは、怒りや痛みの記憶を思い出す。それにより、心拍と体温を上昇させているんだ」

 

痛みの記憶と聞いて、二人は微かに顔を歪ませた。

 

色々話しているうちに、もしかしたら炭治郎の痣が出た状態はそれと同じなのではないかと玄弥に指摘された。

だけど、悲鳴嶼さんにも玄弥にも痣はないから、汐達は三人で首を捻った。

 

「まあそれはともかく、なんとなくコツはつかめたわ。やってみましょ、炭治郎」

「ああ!」

 

炭治郎はそう言って汐の方を向き、途端に顔を逸らした。

 

「・・・」

 

汐はそんな炭治郎を見て、悲しそうに顔を歪ませた。

 

「ねえ、炭治郎。あたし、あんたを怒らせるようなことをした?」

「えっ!?なんで?」

「なんでって、あたしの事ずっと避けてるし・・・」

 

汐がそういうと、炭治郎は大きく目を見開いた。

 

「ご、ごめん。汐を悲しませるつもりはないんだ。ただ・・・」

「ただ?」

「まだいろいろと、気持ちの整理がついてないんだ。でも、俺は怒ってないし、汐の事を嫌っていることは絶対にないから」

 

そう言い切る炭治郎の"目"には、嘘偽りなどなかった。

 

「そっか。ごめんね、変なことを聞いて」

「いや、俺も汐に変な誤解をさせてしまって、ごめん」

 

再び謝りあう二人を見て、玄弥は何故か微かな腹立たしさを感じた。

 

「じゃあ早速、と言いたいところだけど、あたしはもう戻るわ。いろいろあって疲れたし、疲れているときに無理をしても意味がないわ」

「そうだな。俺も無理しないで戻るよ。玄弥、ありがとう」

「ありがとね」

 

二人から礼を言われ、玄弥は耳まで顔を真っ赤にするのだった。

 

 

 

*   *   *   *   *

 

その頃別の場所では。

月明かりの下を、目玉に足が生えた奇妙なものが地面を這っていた。

 

その目の部分には大きく"肆"と刻まれていた。

 

"それ"らは目をギョロギョロと動かしながら、少し前を歩く鬼殺隊士の後をつけていた。

 

"それ"らの、見たものは全て、ある場所へと伝えられていた。

 

そこは、どこかにある無限城の一室。

 

琵琶の掻き鳴らされる音と共に混じって、おぞましい心音が響き渡る。

 

「また一人、見つけました」

 

そう言って琵琶をかき鳴らすのは、無限城の管理をしている鳴女という女の鬼。

その前には、無惨が雅な模様の椅子にゆったりと座りながら、地図を広げていた。

 

「これで、六割程の鬼狩り共の居場所を把握。しかしまだ、太陽を克服した娘は見つかりません」

 

鳴女はそう言って顔を上げた。黒く長い髪に包まれていたその顔には、"肆"と刻まれた大きな目玉が一つあった。

彼女が半天狗に代わり、新たな上弦の肆になったのだ。

 

「鳴女、お前は私が思った以上に成長した。素晴らしい」

「光栄で御座います」

 

無惨の言葉に、鳴女は恭しく頭を下げた。

 

「あとはそうだな・・・、このあたり」

「承知いたしました」

 

無惨はそう言って地図を指さすと、鳴女は静かに返事をした。

 

「禰豆子も産屋敷も、もうすぐ見つかる」

 

無惨はそう言って、愉快そうに口角を上げた。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)
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