ウタカタノ花   作:薬來ままど

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「―陀仏、―陀仏・・・」

 

何処からか聞こえてきた声が、汐の意識を闇の中から導いていく。

それから顔に当たる冷たいものを感じて、汐ははっと目を覚ました。

 

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

 

そこには大きな人影があり、念仏を唱えながら自分を見下ろしながら水を注ぎこんでいた。

 

(え、あたし死んだの?ここは地獄?)

 

だがよく見てみれば、その人影に見覚えがあった。

 

「あれ、悲鳴嶼さ・・・」

 

汐はそう言うが悲鳴嶼は聞こえてないのか、水を注ぐ手を止めない。

止まらない水は鼻と口の中に絶えず流れ込み、汐はとうとう鼻の痛みと息苦しさを感じて噴き出した。

 

「ブッフォオオオオ!!!」

 

奇声と共に汐の顔面から汚い噴水が吹きあがった。

 

汐はそのまま鼻と口から液体を飛ばし、涙を飛び散らせながらのたうち回った。

 

激しくせき込み、気管に入った水を必死で吐き出す。

 

「だ、大丈夫か?」

 

その声に汐が意識を向けると、目の前に誰かの手が差し出されている。

極限状態の汐は、迷いなくその手を取った。

 

「あ、あり、ありが、と」

 

汐は荒い息をつきながら顔を上げて、そして固まった。

そこにいたのは、炭治郎だったからだ。

 

それを見た汐は瞬時に石のように固まり、鼻から冷たい雫が零れ落ちた。

 

そして、

 

「○✖△□※~~~!!!」

 

汐は声にならない悲鳴を上げると、瞬時に起き上がり炭治郎を思い切り殴り飛ばした。

 

「うぼぁ!!」

 

炭治郎はくぐもった声をあげながら、成す術もなく吹き飛んでいく。

 

「な、なんで・・・」

 

その言葉を最後に、炭治郎は意識を手放した。

 

「もうお嫁に行けなぁあああい!!」

 

汐は頭を振りながら、顔を両手で覆って泣き崩れた。

結局悲鳴嶼が汐を落ち着かせるまで、この騒ぎは続いたのだった。

 

それから数分後。

目を腫らした汐と、顔を腫らして鼻に詰め物をした炭治郎は、お互い少し距離を取りながら悲鳴嶼の前に座っていた。

 

「落ち着いたか?」

 

悲鳴嶼が優しく声を掛けると、汐は小さくうなずきながら返事をした。

 

「ところでなんで悲鳴嶼さんと炭治郎がここにいるの?」

 

汐が尋ねると、悲鳴嶼は炭治郎が数分前に汐同様訓練を終えたことを告げた。

 

「その時に君の事を大層気にしていたので、連れてきたのだ」

「そうだったの・・・」

 

汐は恥ずかしさのあまり、頬を染めながら俯いた。

 

「それに、私は君達に伝えなければならないことがある」

 

悲鳴嶼の言葉に、二人は思わず顔を上げた。

 

「岩の訓練も達成した。それに加えて里での正しき行動。私は、君達を認める・・・」

 

悲鳴嶼の静かな声が響く。

 

「君は刀鍛冶の里で、鬼の妹の命より里の人間の命を優先した・・・」

「あ・・・、それは・・・」

 

悲鳴嶼は炭治郎の方を向いていうと、炭治郎ははっとした表情になった。

 

「そして君は、どんな状況であっても目の前の命を決して見捨てなかった」

「・・・」

 

汐は口を閉じたまま、何も言わない。

 

「恥じることはない、君達は剣士の鑑だ。自分の正しき行動を誇るといい・・・」

 

しかし炭治郎は首を横に振った。

 

「いいえ、違います」

 

はっきりとした声に、悲鳴嶼は驚いたように目を見開いた。

 

「決断したのは禰豆子であって、俺ではありません」

 

炭治郎は悲鳴嶼の目を見据えながら、きっぱりと言い切った。

 

「俺は決断ができず、危うく里の人が死ぬところでした。認められては困ります」

 

炭治郎の言葉に、悲鳴嶼は言葉を失った。

 

「まったくあんたって、呆れるくらい無欲よね」

 

汐はため息をつきながら、困ったように笑った。

 

「でも、あたしが炭治郎と同じ立場だったら、同じように決断できなかったかもしれないわ。現にあの時、あたしは咄嗟に動けなかった」

 

汐は、その事を思い出しながら目を閉じた。

 

「それにあたしは、炭治郎と違って何もしてないわ。ただ命に優先順位をつけたくなかっただけ。理不尽なことで死んでほしくないのよ」

「汐・・・」

 

そんな二人を見て、悲鳴嶼は涙を流しながら思った。

 

(子供というのは純粋無垢で弱く、すぐ嘘をつき、残酷な事を平気でする我欲の塊だ)

 

悲鳴嶼が今まで生きてきて出会った子供というものは、そういうものだと思わざるを得なかった。

 

(しかしやはり、この子供達は違う・・・)

 

悲鳴嶼にとって目の前の二人は、今まで見てきたそれとは異なっていた。

 

すると、炭治郎は視線を地面に向けながら、呟くように言った。

 

「俺は、いつもどんな時も間違いのない道を進みたいと思っていますが、先のことは分かりません。いつだって、誰かが助けてくれて俺は結果、間違わずに済んでるだけです」

 

そう。あの時も本当に危なかった。あの場にいた誰か一人でも欠けていたら、上弦の鬼を退けることは難しかっただろう。

 

「だから、俺の事を簡単に認めないでください」

 

相も変わらず固い頭に、汐の口から笑いが零れた。

 

「分かった?悲鳴嶼さん。炭治郎ってこういう奴なのよ。でも、今の炭治郎の言葉が当てはまるのは、あたしも同じ」

 

汐は少し悲しそうに目を伏せながら言った。

 

「あたしも、誰かを守りたい、誰も死なせたくないって思っているのに、結局は里の・・・、小鉄の家族を助けられなかった」

 

汐の脳裏に浮かぶのは、"作品"にされてしまった里の者達と、泣き叫ぶ小鉄の声。

 

それを思い出しながら、汐は拳を強く握った。

 

「それに、あたしが今こうしてここに居られるのは、多くの人達に助けられたから。結局、守るつもりでいても守られてしまっているのよ。あんた達柱みたいな大層なことはしてないの。だからあたしの事も、簡単に認めないで」

「汐・・・」

 

そう言い切る汐からは、確かな決意の匂いがした。

 

「さっきは水、ありがとうね、悲鳴嶼さん。それと、訓練もありがとう。あたしのやるべきことを再認識できたわ」

「俺も、お水ありがとうございます!訓練も今日までありがとうございました。勉強になりました!」

 

そう言う二人が、頭を同時に下げる気配がした。

悲鳴嶼は少しばかり面食らったが、あふれる涙を拭くこともなく口を開いた。

 

「疑いは晴れた。誰が何と言おうと、私は君達を認める。竈門炭治郎。大海原汐」

 

その言葉に炭治郎は困惑し、汐は頭まで岩でできているんじゃないかと思った。

 

「ええっ、どうしてですか?」

 

混乱する二人に、悲鳴嶼は数珠をかき鳴らしながら語りだした。

 

悲鳴嶼はかつて、寺で身寄りのない子供たちを引き取り育てていた。

皆血縁は無かったものの、仲睦まじく、お互いに助け合い、本当の家族のように暮らしていた。

 

そのようにずっと、暮らしていくつもりだった。これまでも、これからも。

 

「ところがある夜、言いつけを守らず日が暮れても寺に戻らなかった子供が、鬼と遭遇し、自分が助かる為に、寺にいた私と八人の子供達を鬼に喰わせると言ったのだ」

 

「・・・!!」

 

悲鳴嶼の話に炭治郎は息をのみ、汐は怒りに顔を歪ませた。

 

余程の事だったのだろう。悲鳴嶼の顔には血管が浮き出ていた。

 

悲鳴嶼の住んでいた地域では、鬼の脅威の伝承が根強く残っており、夜には必ず、鬼が嫌う藤の花の香炉を焚いていた。

だが、その子供が香炉の火を消し鬼を寺に招き入れてしまった。

 

鬼は襲い掛かり、瞬く間に四人の幼い子の命を奪った。

 

悲鳴嶼は残った四人を何とか守ろうとしたが、そのうちの三人は彼のいう事を聞かなかった。

その頃の悲鳴嶼は今とは異なり、食べるものも少なくやせ細り、気も弱く大声を出したことがなかった。

 

「さらには、目も見えぬ大人は何の役にも立たないという、あの子たちなりの判断だろう」

「えっ!?」

(悲鳴嶼さん、目が・・・!?)

 

二人はそこで初めて、悲鳴嶼が盲目だということを知り、動揺した。

 

悲鳴嶼の言うことを聞いてくれたのは、一番年下の沙代という少女だけだった。

沙代だけが彼の後ろに隠れ、他の三人の子供たちは、悲鳴嶼を当てにせずに逃げ・・・、暗闇の中で喉を掻き切られて殺された。

 

「私は、何としても沙代だけは守らねばと思い戦った」

 

悲鳴嶼の数珠の一つがひびが入り、乾いた音が響く。

 

悲鳴嶼は鬼に飛び掛かり、拳を振り下ろした。生き物を殴る感触は、今でも鮮明に覚えている。

それは想像を絶するほど、おぞましく気色の悪いものだった。地獄のようだった。一生忘れられない程の。

 

「・・・」

 

汐はその話を聞きながら、初めて鬼を斬ったこと。家族だったものを斬ったことを思い出していた。

その手が微かに震えていることに、誰も気づくことなく。

 

「生まれて初めて全身の力を込め振るった拳は、自分でも恐ろしい威力だった。鬼に襲われなければ、自分が強いと言うことを知らなかった。私は、夜が明けるまで鬼の頭を殴り潰し続けた」

 

悲鳴嶼はその夜に山ほどの物を失い、傷つきながらも命を懸けて沙代を守った。

だが、駆け付けた者たちに沙代が言った言葉は、悲鳴嶼をどん底に突き落とすものだった。

 

『あの人は化け物。みんなあの人が、みんな殺した』

 

「そんな・・・」

 

炭治郎は愕然とした表情で言葉を漏らした。

汐に至っては、歯を食いしばりながら、全身を悔しさのあまりに震わせていた。

 

「恐ろしい目に遭い混乱したのだろう。まだ四の子供だ。無理も無いこと・・・。子供とはそういう生き物だ」

 

だがそれでも、悲鳴嶼は沙代にだけは労わってほしかった。自分の為に戦ってくれてありがとうと言って欲しかった。

 

夜が明け、鬼の屍は塵となり消え、子供たちの亡骸だけが残った。

そして悲鳴嶼は、無実でありながらも殺人の罪で投獄された。

 

処刑を待つ彼を救ったのは、鬼殺隊当主である産屋敷輝哉だった。

 

「それから私は本当に疑り深くなったように思う。君達のことも勿論疑っていた。普段どれ程善良な人間であっても、土壇場で本性が出る」

「それは、否定できないわね。あたしもそういう人間は嫌というほど見てきたもの」

 

汐は目を逸らしながら、吐き捨てるように言った。

 

「しかし君達は逃げず、目を逸らさず、嘘をつかず素直でひたむきだった。簡単な事のようだが、どんな状況でも、そうあれるものは少ない。君達は特別な子供」

「それは・・・」

 

炭治郎が何かを言いかけたが、悲鳴嶼は、再び涙を溢れさせながら、優しげな声で言った。

 

「大勢の人間を心の目で見てきた私が言うのだから、これは絶対だ。未来に不安があるのは誰しも同じ。君達が道を間違えぬよう、これからは私も手助けしよう・・・」

 

悲鳴嶼がかき鳴らす数珠の音が、あたりに響く。

汐は小さく息をつくと、炭治郎に耳打ちをした。

 

「炭治郎、ここは素直に認められましょ?ここであれこれ言ったら、逆に失礼になりそうな気がするわ」

「ううっ・・・、頑張ります。ありがとうございます」

 

炭治郎は涙を溢れさせながら、感謝の言葉を口にした。

 

すると悲鳴嶼はすっと腰を落とすと、その大きな手で二人の頭を優しくなでた。

そこにあったのは、鬼を屠る手ではなく、優しい父親のような温かいものだった。

 

(おやっさん・・・)

 

汐は昔、訓練で成果を上げた時にこうして玄海に撫でてもらったことを思い出した。

そのせいか。汐の目から涙の雫がぽろりと零れ落ちる。

 

炭治郎も目に涙を浮かべながらも、嬉しそうに顔をほころばせた。

 

それを感じた悲鳴嶼は、沙代の温かさと笑い声を思い出していた。

 

「私の訓練は完了した・・・、二人とも、よくやり遂げたな・・・」

 

悲鳴嶼の柔らかな声が、二人の耳に入り心を温めて行く。

と、その時。

 

二人の腹が、大きな音を立てて鳴いた。

 

「「あ・・・」」

 

汐と炭治郎は顔を見合わせると、途端に顔を赤くした。

 

「そ、そう言えば、もうすぐお昼だったわね。夢中だったから忘れてたわ」

「そうだな。戻ろうか」

 

炭治郎はそう言って立ち上がり、汐も一緒に立ち上がった。

 

「俺は昼餉の後義勇さんの所に行くけれど、汐も行くだろう?」

「ええ、勿論。って、ああ、そうだ!!」

 

汐はそう叫ぶと、悲鳴嶼に顔を向けた。

 

「悲鳴嶼さん。あんた最初の約束、覚えてるわよね?」

「約束?」

「ほら!訓練を終えたら"あれ"をしてくれるって言ったじゃない!」

 

汐がそう言うと、悲鳴嶼ははっとしたように目を見開き、そして困惑した表情へと変わった。

 

「ああそうか。"あれ"か」

「そう、"あれ"よ!」

「"あれ"って・・・?」

 

炭治郎は二人の会話の意味が分からず、首を傾げた。

すると、二人は少し頬を染めながら、もじもじと身をよじった。

 

「それは、その・・・。ここじゃ言えないのよ。恥ずかしくて・・・」

「???」

 

炭治郎はますます首を傾げるが、それを遮るように腹の虫が再び鳴いた。

 

「と、とにかく!お昼が終わったら悲鳴嶼さんの所に行って、その後に義勇さんの所に行くわ」

 

汐は顔を赤くしながら、炭治郎を追い越して歩きだした。

炭治郎は訳が分からず頭に疑問符を浮かべ、悲鳴嶼は何とも言えない表情で二つの背中があろう位置を見つめていた。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)
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