その日の昼餉は、午前中の訓練を終えた玄弥も加わり、皆で鍋をつついていた。
汐は残りの干物を回収するために席を外しており、休憩所に残っているのは僅かしかいなかった。
「悲鳴嶼さんも、何だかんだでいい人だからな」
お椀を啜りながら、玄弥は穏やかな声色でそう言った。
「才能無いから俺の事継子にしないって言ってたけど、俺が鬼喰いしてるの察して弟子にしてくれたし、体の状態を診てもらえって胡蝶さん紹介してくれて」
「あー、そうだったのか!」
炭治郎は、玄弥が悲鳴嶼と共にいる訳を聞いて頷いた。
「胡蝶さんには、めちゃくちゃ嫌な顔されたよ。会う度説教でさ」
その事を思い出したのか、玄弥は少し顔を青くした。
「お前も割りと頭固そうだから色々言われると思ってた」
玄弥はそう言って炭治郎に視線を動かした。
「でも結局、ごちゃごちゃ言わなかったな」
「いやぁ、呼吸使えなかったら俺も、同じようになってたかもしれないし」
炭治郎は首を横に振りながらそう言った。
「でも、体は大丈夫か?しのぶさんも、きっと玄弥の体を心配しての事だから」
「そうかねぇ」
「そうだよ!」
炭治郎はそういうと、にっこりと笑った。
「これ食べたら俺と汐は義勇さんとこ行くけど、玄弥も来るのか?」
「いやいや行けねぇよ。岩を一町も動かせてないし」
「俺はあと少しだぜ!!」
二人の会話を斬り裂く様に、伊之助の声が響いた。
「呼吸使えねぇからな、俺」
玄弥がそう言うと、伊之助は口を開けながら勝ち誇ったように笑った。
「ハハハハ。お前呼吸使えねぇのか、雑魚が!!」
そう言った瞬間、玄弥は奇声をあげて伊之助に飛び掛かった。
伊之助も負けじと玄弥の髪を掴み、取っ組み合いのけんかに発展した。
「こらこらこら、二人とも止めろ!!」
炭治郎は立ち上がり、慌てて二人の仲裁を試みた。
「そんなに騒いだりしたら、汐が・・・!!」
炭治郎はそこまで言いかけて口を閉じた。二人の背後から、冷たい怒りの匂いが漂ってきたからだ。
「あ・・・」
炭治郎が声を上げる間もなく、休憩所中に重く鈍い音が二回響き渡った。
「・・・で?あんた達は何をうるさく騒いでいたの?」
静かになった休憩所で、汐は残りの干物を炭治郎に分けながら言った。
汐の足元には、拳大のこぶを後頭部につけた玄弥と伊之助が、床に顔面をめり込ませて倒れていた。
「ああ、えっと」
炭治郎はしどろもどろになりながらも、先ほどの会話を汐に伝えた。
「成程ねぇ。正式な継子じゃなくて弟子って聞いてたから違和感はあったけど、そういう事だったのね」
汐は渡された食事に舌鼓を打ちながら言った。
「でもなんだかんだ言って、悲鳴嶼さんは玄弥が可愛くてしょうがないのよ。そうでなきゃ、こっそり様子を見に来たりはしないだろうし」
「そうだな」
「それに、玄弥の事を心配してるのは悲鳴嶼さんだけじゃないわよ」
汐はそう言って、頭を抑えながら立ち上がる玄弥を見た。
「あいつも、ね」
汐の言葉に、玄弥は驚いた顔をした。
「あいつって、風柱の・・・、不死川さんの?」
「うん。あいつとやりあった時に少しね」
「そうかぁ。やっぱりそうだったんだ」
炭治郎は柔らかく笑うと、小さくうめいている伊之助のこぶの手当てをしながら言った。
「玄弥と一緒に義勇さんの所に行けるなら道すがら話そうと思ってたんだけど・・・」
炭治郎は玄弥を見つめながら、そっと口を開いた。
「あの人はさ・・・」
* * * * *
昼餉が終わり、伊之助と玄弥はそれぞれの場所へ戻っていった。
炭治郎は汐に義勇の下へ行くかと尋ねたが、汐は悲鳴嶼との用事があるからと断った。
「そうか・・・」
炭治郎は残念そうに眉根を下げたが、汐からは例の甘い匂いはしなかった。
それを感知した時、何故かほっとした気持ちになった。
「そう言えば、さっきは気づかなかったけど、善逸はどうしたの?」
食べ終わった食器を片付けながら、汐は唐突に言った。
「何だか妙に静かだとは思ってたけど、善逸の奴、食べに来なかったわね」
「ああ。ここのところ最近、善逸の様子がおかしいんだよ。あまりしゃべらないし、食事もあまりとらないし、心配だな・・・」
「そうね。あの騒音の塊のあいつが静かだなんて、気持ち悪いわ」
汐の言葉には棘があるものの、善逸を心配しているのは明らかだった。
「俺様子を見てから義勇さんの所に行くよ」
「分かったわ。じゃあ後でね」
炭治郎は一足先に休憩所を出て、汐は片付けを終わらせた後同じくそこを出た。
(善逸、どうしたのかしら)
普段はうっとおしいと思いつつも、汐は善逸の事は決して嫌いではない。
嘗て自分が記憶をなくした時は、思い出すきっかけを作ってくれた人だった。
それに何より、普段騒いでいる人間が静かだと、落ち着かない。気持ち悪かった。
(悲鳴嶼さんのところに行く前に、善逸の様子を見に行こう。炭治郎も見に行っているだろうけど、念のためにね)
汐は善逸がいるであろう場所に静かに足を進めた。すると、岩の傍に静かに立つ善逸の姿が見えた。
だが、その顔の下からは、血の雫が滴っていた。
「ちょっと、あんた!何よその傷・・・」
汐は慌てて善逸の腕を引き、顔を見てぎょっとした。
善逸の"目"が、いつものそれと全く違っていたからだ。
「あんた・・・、その"目"・・・」
汐が声を震わせると、善逸は目を閉じて汐に背を向けた。
「驚かせて、ごめん」
善逸の口から、静かな声が漏れた。そのただならぬ雰囲気に、汐は善逸に何かがあったことを察した。
「何か、あったのね」
汐が尋ねると、善逸は口を閉じたまま何も言わない。だが、その沈黙が肯定を示す何よりの証拠だった。
何があったかを聞こうとして、汐は口を閉じた。先ほどの善逸の"目"が、それを望んでいなかったからだ。
「汐ちゃんは訓練を終えたんだよな」
善逸は振り返らないまま、そう言った。汐が頷くと、善逸は「そうか、おめでとう。頑張って」と静かに言った。
「あ、あの、善逸。あんたに何かあったかは聞かないけど、でもせめて、その頭の止血だけはさせて」
汐は震える手を抑えながらそう言った。
「ありがとう、汐ちゃん。でも、大丈夫だよ。君は君のやるべきことをやるんだ」
善逸は木にかけてあった手ぬぐいで乱暴に血を拭きながら、はっきりした声で言った。
「俺はやるべきこと、やらなくちゃいけないことがはっきりした。これは絶対に、俺がやらなきゃ駄目なんだ」
そう言う善逸の声からは、決意と微かな怒りを感じた。汐は身体を震わせ、唾を飲み込んだ。
「そう。わかったわ。でも、無理だけはしないで。あたしはともかく、炭治郎が心配するから」
汐はそう言って善逸に背を向け、一度振り返るとその場を立ち去った。
「ありがとう、汐ちゃん。君は強くて優しい女の子だね」
善逸は呟くように言うと、岩に手を押し当てた。体中に駆け巡る、決意と怒りを感じながら――。
* * * * *
善逸の事を気にしつつ、汐は悲鳴嶼の屋敷へと向かっていた。
屋敷が近づくにつれ、汐の胸が段々と高鳴っていく。
そして、屋敷についた汐を待っていたのは
「来たか」
羽織をひるがえし、腕を組みながら仁王立ちしている悲鳴嶼だった。
「もういいのか?」
「うん。やるべきことはやった。悔いはないわ」
汐ははっきりとした声でそう言い、悲鳴嶼を見上げた。
「来なさい」
悲鳴嶼はそういうと、屋敷から少し離れた開けた所に汐を案内した。
「さて、準備はいいか?」
悲鳴嶼はそういうと着ていた羽織をそっと脱ぎ、改めて汐に向かい合った。
筋肉隆々の逞しい体つきに、汐は眩暈に似た感覚を感じつつも、悲鳴嶼に向かって足を進めた。
一方その頃。
岩の訓練を再開していた玄弥は、先ほどの炭治郎と汐の言葉を思い出していた。
(兄貴は、本当に俺の事・・・)
二人を信じられないわけでは決してない。だが、玄弥の脳裏には、自分に躊躇いもなく危害を加えようとしてきた姿も浮かぶ。
(俺は一体、どうすればいいんだ・・・)
玄弥は集中ができず、岩から手を放して寄りかかった。
その時だった。
「きゃあああああ!!!」
何処からか甲高い悲鳴が聞こえ、玄弥は飛び上がった。
(この声は、汐!?炭治郎と次の訓練に行ったんじゃなかったのか!?)
玄弥はすぐさま悲鳴が聞こえた方向へと走り出した。
「すご・・い・・・!こんな・・・初めて・・・」
風に乗って汐の声が途切れ途切れに聞こえてきて、玄弥は何故か焦りだした。
そしてひときわ大きな木の陰から覗いた、その瞬間。
「きゃはははははは!!!」
汐の軽快な笑い声と共に、風を切る音か聞こえた。
そこで玄弥が見たものは――
「すごいすごーい!!悲鳴嶼さん力持ち―!!」
汐を左腕にぶら下げたまま、ぐるぐると大きく回る悲鳴嶼がそこにいた。
(えーーーーー!?)
玄弥は口をあんぐりと開けたまま、その光景を凝視していた。
汐は左腕にしがみ付きながら、けらけらと楽しそうに笑っていた。
(な、何だか見ちゃいけねえものを見ちまった気がする・・・)
いろいろと理解は追いつかないが、とにかくここに居てはいけない気がして、玄弥はすぐさま踵を返した。
(でも、でも。あいつ。汐・・・)
玄弥は走りながら、先ほどの汐の顔を思い出していた。
(あいつ、あんな顔もするんだな・・・)
そう考えた瞬間、玄弥の顔が茹蛸の如く真っ赤になった。その一瞬の気のゆるみが、玄弥の足元にあった石への注意を妨げた。
玄弥は石に見事に躓き、顔面から思い切り転んでしまうのだった。
* * * * *
「あー、楽しかった!!ありがとう、悲鳴嶼さん!!」
汐は顔を高揚させながら、満足げにそう言った。
「気に入ってもらえたようで何よりだが、まさか君がこのようなことを頼むとは思わなかった」
悲鳴嶼は、少し困ったように笑いながら言った。
「悲鳴嶼さんを初めて見た時、衝撃が走ったの。この人なら絶対に、あたしでも人間回転木馬できるんじゃないかって」
汐は乱れた息を整えながら、嬉しそうに語った。
「あたしがいた村じゃ、あたしが木馬役をやってて、されることは滅多になかったのよ。おやっさんは夜にしか出てこれないし、頼むとものすごい悪い顔で馬鹿にするから、頼めなかったの」
その事を思い出したのか、汐は頬を膨らませた。
悲鳴嶼には汐の表情は見えないが、ころころと変わる声色であらかた想像はできた。
「だからずーっとあたしは木馬役で我慢してた。でもいつか、いつかおやっさんの病気が治ったら、遊んでもらおうって思ってたのよ。もっとも、病気なんて生易しいものじゃなかったけどね」
汐の声色が切ないものになり、悲鳴嶼はその悲しみを少しだけ感じた。その悲しみが悲鳴嶼の目から涙となって流れ落ちた。
「あ、あのさ。悲鳴嶼さん」
「なんだ?」
悲鳴嶼が答えると、汐は言葉を切った後口を開いた。
「さっきの話なんだけど。さっきの沙代って子の話。あたしの憶測でしかないから大したことは言えないんだけどさ・・・」
汐は迷ったように視線を動かすと、意を決して言い放つ。
「その子、あんたの事を売ったりしたんじゃないと思うわよ。化け物って言ったのは、あんたの事じゃないと思う」
悲鳴嶼は黙ったまま、汐をじっと見据えていた。
「勿論、あたしはまた聞きだから詳しいことはわかんないし、その沙代って子がどんな子か分からないから何とも言えないけど、少なくともあんたの事を恨んでいるとか、陥れるとか、そう言うのはないと思う」
そうよ!と、汐は思い出したように立ち上がった。
「元凶は藤の花の香炉を消したクソガキじゃない!悲鳴嶼さんはなーんも悪くないし、人間として守るべき人を守るために戦っただけよ。あの人みたいに、煉獄さんみたいに・・・」
汐は目を閉じ、煉獄の姿を思い浮かべた。
「あー、聞けば聞くほど、そのクソガキに腹立つわー!もしも出会えたら、顔の形が変わるまでぶん殴ってやるのに!」
「それはやめなさい。というよりも、女性がそのようなことを言ってはいけない」
苛立ちのあまり暴れそうになる汐を、悲鳴嶼は優しく諫めた。
「あ、そうだ!その沙代って子、まだ元気なのよね?」
「ああ。そう聞いているが・・・」
「だったら、ひと段落着いたら会いに行ってみたら?」
汐の提案に、悲鳴嶼は驚きのあまり息をのんだ。
「もう分別の付く年だろうし、もしかしたらその事を悔いているかもしれない。謝りたいと思ってるかもしれない。悲鳴嶼さんだって、本当は沙代がそんな子じゃないって分かってるんでしょ?」
汐の迷いない声は、霧を晴らす光のように悲鳴嶼の心を斬り裂いていく。
「だが・・・」
「自信がないっていうなら、あたしも一緒についていくわよ。まあ、余計なお世話かもしれないけれどね・・・」
汐の言葉を、悲鳴嶼は黙って聞いていた。まだ齢十六の、自分の半分ほどしか生きていない少女の言葉は、どんな言葉よりも悲鳴嶼の心の霧を晴らしていった。
(大海原汐。この子は、いや、この人は・・・)
悲鳴嶼は目の前の少女から、途轍もない何かを感じた。まるで、肉体と魂の年齢に大きな差があるように。
「君は、一体・・・」
悲鳴嶼がそこまで言いかけた時、汐の足元がぐらりと傾いた。
「あ、あれ?」
汐は素っ頓狂な声を上げながら、ゆっくりと後ろに倒れて行く。
その先には、人の子供ほどの大きさほどの岩があった。
「大海原!」
悲鳴嶼が汐の名を呼んだと同時に、汐の頭に大きな衝撃が走った。
視界が真っ赤に染まり、そして黒く染まっていく。
「汐・・・!!」
誰かが名前を読んだ気がするが、汐はそれを認識することなく闇の中へ落ちて行った。
(炭治郎・・・)
愛しい者の名前を呼びながら・・・。
嗚呼そうだ。思い出した。
私は、生きたかった。生きるための身体が欲しかった。
生きて生きて生き延びて、奴を駆逐するために・・・。
その為の力を、得るために・・・。
幾人の人としての生を奪っても・・・。
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)