壱
時間は遡り。
汐と別れて一人義勇の屋敷に向かっていた炭治郎は、汐は勿論、様子がおかしかった善逸と、預けたままの禰豆子を心配していた。
だが、そんなことを考えていては訓練に支障が出ると思い、顔を叩いてその想いを無理やり払しょくした。
そして屋敷についた炭治郎は、義勇との稽古を始めた。
のだが
(汐が来ない・・・)
どれだけ待っても、義勇の屋敷に汐が現れることはなかった。
あと少し、あと少ししたら来るだろうと思いながら、もう数時間。
来る気配のない待ち人に、炭治郎は不安に思いつつも稽古に集中しようとした。
だが、
「訓練は中止だ」
突然、義勇がそう言って木刀を納めた。
「えっ、ど、どうしてですか?」
炭治郎が尋ね返すと、義勇は呆れた顔でため息をつきながら言った。
「さっきから全く集中できていない」
義勇の指摘に、炭治郎は観念したように木刀を下ろした。
「何があった?」
義勇が尋ねると、炭治郎は俯きながら汐とここに来る約束をしていたことを話した。
「悲鳴嶼さんに用事があるから先に行くようにって言われたんですけれど、いくら待っても来なくて・・・」
「今までも同じようなことはあったのか?」
「・・・・ありました」
炭治郎の言葉に、義勇は「あったのか」と小さく呟いた。
「で、でも!その時は嘘の匂いは全くしませんでしたし、もしかしてここに向かっている途中に何かあったのかもしれない・・・!」
炭治郎の胸の中に、嫌な予感が染みのように広がっていく。
「あのっ、俺、悲鳴嶼さんの所に行ってみます!もしかしたら何か知っているかも――」
炭治郎がそこまで言いかけた瞬間。とつぜん炭治郎の元に黒い何かが突っ込んできた。
炭治郎は慌てて避け、義勇は何事かと木刀を構えた。
黒い塊は炭治郎の傍をすり抜け、壁へと激突した。
「あれ、君は・・・」
激突したものを見て、炭治郎は目を見開いた。そこにいたのは、汐の鎹鴉のソラノタユウ。
「汐の・・・!」
炭治郎は慌てて、目を回している鴉に駆け寄った。
「大丈夫か!?汐はどうしたんだ!?」
炭治郎が声を掛けた瞬間、鴉から焦りの匂いを感じた。
だが、炭治郎が反応するよりも早くソラノタユウがけたたましく鳴いた。
「カァ!カァ!助ケテ!助ケテ!!」
いつもの間延びした鳴き方ではない、切羽詰まった鳴き声に炭治郎の顔は青くなった。
「どうしたんだ!?まさか、汐に何かあったのか!?」
炭治郎が尋ねても、ソラノタユウは慌てたように羽ばたくだけで答えない。だがそれが、汐に何か良くないことが起きていることが伺えた。
「汐はどこにいるんだ!?」
その問いかけに鴉は「屋敷デス!汐ガ危ナイ!」と答えた。
炭治郎はすぐさま立ち上がると、義勇に謝罪しすぐさま屋敷を飛び出した。
「カァ!カァ!!コッチ、コッチデス!!」
ソラノタユウは叫びながら空から誘導し、炭治郎は見失わないように気をつけながらも全力で走った。
胸の中に吹き上がる嫌な予感を振り払うように抑えながら。
どのぐらい走ったか分からなくなるころ、炭治郎の眼前に汐の屋敷が見えてきた。
だが、その前にたどり着いた瞬間。炭治郎の鼻を酷い匂いが突き刺した。
(うっ、なんだ・・・!?)
炭治郎は思わず足を止め、口を手で覆った。
汐の屋敷から、絶望と喪失の匂いが漂ってくる。
いつもの汐なら、絶対にありえない匂いだった。
炭治郎はすぐさま、扉を突き破る様にして突入した。
「汐!何処だ!汐!!」
炭治郎は汐の名を何度も呼び、必死になって捜した。
そして、広間に続く襖を開けた時。
目に飛び込んできた光景に、炭治郎は言葉を失った。
* * * * *
汐は懐剣を喉元に翳し突き立てようとしたが、切っ先は一向に動かない。
数秒の時間が空いた後、汐はそっと懐剣を下ろした。
「馬鹿だなぁ、あたし」
汐は懐剣を握りしめたまま、呟くように言った。
「こんなことしても次のワダツミの子が現れるだけだし、それに死ねるかもわからない。何の意味も無いのに・・・」
汐は乾いた笑い声を上げながら、暗くなっていく窓を見上げた。
今は何時だろう。ここに戻ってからどれくらい経っただろう。
そんなことを考えていた時。遠くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「汐!!」
まるで水の底から響いてくるような声に、汐は僅かに首を傾げた。視界の端に、赤と緑色のものが見えたような気がした。
だがそれは、瞬時に汐の元に駆け寄ると、汐の手から懐剣を奪い遠くに放り投げた。
(あー、ずいぶん遠くまで飛ぶんだなぁ)
汐がぼんやりとそんなことを考えていると、突然肩に強い衝撃が走った。
そして次の瞬間に、部屋中に怒鳴り声が響いた。
「何をやっているんだ!!汐!!」
よく目を凝らしてみれば、ぼやけた視界の中に見覚えのある顔が段々とはっきり映ってくる。
それが焦燥と怒りを"目"に宿した炭治郎だと理解するのに、少しだけ時間がかかった。
「お前っ、一体何を・・・!?」
炭治郎は汐の手を掴んだまま怒鳴りつけた。
広い部屋に、その声がこだまする。
「ねえ、炭治郎・・・」
だが、汐はそれには答えずに、俯いたまま、絞り出すように言った。
「鬼でも人でもない存在って、なんだとおもう?」
「えっ?」
汐から投げかけられた問いに、炭治郎は意味が分からず聞き返した。
その途端。
「あはっ、あははは・・・・」
汐は力なく笑いながら、ゆっくりと顔を上げた。
その瞬間、炭治郎の体中に鳥肌が立った。
汐の目が、一切の光を失っていた。
笑っているときは勿論の事。怒っている時や泣いている時でさえ、汐の目には光があった。
水面に反射する光のように、美しく輝いていた。
だが、今の汐にはそれが全くなく、濁ったガラス玉のような双眸だった。
「何があったんだ!!汐!!」
尋常じゃない様子の汐に、炭治郎は汐の肩を掴んで激しく揺さぶった。
だが、汐の身体は起き上がりこぼしのように、力に従ってグラグラと動くだけだった。
「あたし、あたしね。人間じゃ、なかった」
「・・・え?」
「あたしは、あたし達は、存在しちゃいけなかった。生まれてきちゃいけなかった・・・!!」
うわああああああ!!!!
汐は叫びながら炭治郎を突き飛ばし、よろよろ後ずさった。
「いやだああああああああ!!!」
汐は両手で頭を抱えたまま、声を荒げて激しく狼狽した。
腕を振り、頭を大きく振り乱し、手当たり次第の物を払い落していく。
汐の叫び声と物が落ちる音が、部屋中に響き渡った。
そしてまとわりつく様な、絶望の匂いが炭治郎を包み込んだ。
「やめろ!やめてくれ!!もういいから!!」
炭治郎はその音をかき消すように叫んだ。
何があったのかは分からない。だが、決して弱音を吐かず、誰にも屈しない矜持を持つ汐がここまで心を乱してしまう何かがあったことは確かだ。
「汐!!」
炭治郎が叫ぶと同時に、汐の身体が一瞬だけ強張った。その隙を突く様に、炭治郎は汐の身体を掻き抱いた。
びくりと大きく身体を震わせる汐に構わず、炭治郎は強く強く抱きしめた。
「ごめん、ごめん!!汐・・・!」
炭治郎は歯を食いしばりながら、悔しさに顔を歪ませた。目から涙があふれ、頬を伝って流れ落ちて行く。
「お前が苦しんでいるのに、俺は何も気づかなかった。宇髄さんに目を離すなって言われていたのに、一人にさせてしまった。ごめん、ごめんな・・・!!」
汐を抱きしめながら必死に謝る炭治郎の声は、壊れかかった汐の心に微かに届いた。
(違う、違うの、炭治郎)
汐は、炭治郎の熱を微かに感じながら心の中でつぶやいた。
(あなたが悪いんじゃない。あなたがそんな顔をする必要はないの。でも、そんな顔をさせたのは、あたしのせいね)
結局迷惑をかけっぱなしだなあと、ぼんやり思っていると、突然すっと体の芯が冷たくなった。
そして浮かんだのは、「真実を話さなければならない」という一つの決意。
「相変わらず、君は優しいね」
不意に聞こえた声に、炭治郎は顔を上げた。
声は確かに汐の物だ。だが、炭治郎は大きな違和感を感じた。
汐の匂いが、いつものと違う。果実のような香りでも、優しい潮の香りでもない。
それどころか、人間とも鬼とも異なる匂いが汐からしていた。
「っ!?」
炭治郎は汐を離すと、その顔を見た。目は相変わらず濁り切っているが、雰囲気が汐ではない。
目の前にいるのは、汐ではなかった。
「お前は、誰だ?」
警戒心をあらわにしながら尋ねると、汐の姿をした者は微かに笑みを浮かべながら言った。
「汐であって汐でない。"私"は君達がワダツミの子と呼んでいるものの一人、とでも言っておこう」
ワダツミの子はそういうと、光の無い目で炭治郎を見据えた。
「これから私が話すことは、とても信じがたいものだろう。でも、君が汐の事を案じているのなら、君は知らなければならない」
「知るって、何をだ?」
「全ての真実。ワダツミの子とは何か。何故このような者たちが存在しているのか」
ワダツミの子は大きく深呼吸をすると、徐に語りだした。
* * * * *
むかしむかし、あるところに。
一人の貴族の娘がおりました。
娘は生まれつき体が弱く、二十歳まで生きられないと言われており、医者は皆匙を投げてしまいました。
しかしそれでも娘は笑顔を絶やさず、前を見続けておりました。
そんな中、ある善良な医者が開発したばかりの新薬を、二人の人間に使いました。
一つは娘に。もう一つはとある貴族の男に。
しかし治療の甲斐なく、娘はこの世を去ってしまいました。
娘が荼毘に付されようとしていた時、突如雷が落ち、屋敷は瞬く間に消失してしまったのです。
関係者たちは焼け跡から娘の遺体を探しましたが、遂に見つかることはありませんでした。
それから数十年が経った頃。
とある漁村で、少女が一人波打ち際で行き倒れていました。
しかし村人たちは、その少女を気味悪がって誰も助けようとはしませんでした。
何故なら少女の髪は、海の底のように真っ青だったからです。
皆物の怪のたぐいだと言って、少女には近づきませんでした。しかし、村はずれに住んでいた少年は、少女の青い髪を「ワダツミヒメ様のようだ」と言い、一目で好きになってしまいました。
ワダツミヒメと言うのは、この海を守る女神と言われておりました。
少年は少女を連れ帰り、二人は一緒に暮らし始めました。
少女の声はとても美しく、彼女を煙たがっていた者たちも、その歌声にたちまち魅了されてしまいました。
そして、ワダツミヒメの伝説にあやかり、少女の事を【ワダツミの子】と呼ぶようになりました。
時は流れ二人は夫婦となり、二人の間には子供が生まれました。
ところが、子を産んだ途端に妻の身体は、虹色の泡になって消えてしまいました。
夫は酷く嘆き悲しみましたが、残された我が子と共に生きることを決意し、やがて大きな家へと発展していきました。
それからさらに月日が経ち。
岩だらけの島に、真っ黒な髪をした今にも死にそうな少女が一人打ち上げられておりました。
少女はサメに襲われ、大怪我を負ってしまったのです。
段々と動かなくなっていく身体に恐怖を覚え、それでも生きたいと願った彼女の目の前に、一輪の花が咲いていました。
茎もなければ葉もなく、泡のような花びらをつけた真っ青な、それはそれは不思議な花でした。
少女は花に手を伸ばし、その蜜を一口飲みました。
すると花は消え、少女の身体に異変が起こりました。あれ程の傷がすっかり治ってしまったのです。
しかし、そのせいか。少女の真っ黒な髪は、海の底のように真っ青に染まっていたのです。
それだけではなく、口を開けばガマガエルのような声と呼ばれていた声は、美しく透き通ったものになっていました。
それから何度か、青い髪の少女があちこちで生まれましたが、皆死ぬと泡になって消えてしまいました。
しかし、青い髪の少女に変えた花は、少女の身体を苗床に長い年月を生き永らえてきました。
そしてある時、その花はある者から名をもらうことになりました。
泡のような花びらに、美しい歌声を与える花。
その者は花に、こう名をつけました。
――【ウタカタノ花】と。
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)