ウタカタノ花   作:薬來ままど

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多忙と体調不良が続いたため、遅くなり申し訳ございません。
今年もよろしくお願いします。




時は戻り、産屋敷邸では。

 

「ウタカタノ、花」

 

ワダツミの子から告げられた言葉を、あまねは繰り返した。

 

「ウタカタノ花は寄生した人間を変異させる、ある種の災厄です。寄生した人間の細胞を変異させ、花自身が生きるための苗床にする。ワダツミの子と言うのは、ウタカタノ花に寄生された人間の成れの果てです」

 

蜜璃は勿論、ワダツミの子の調査をしていた宇髄も、この事は知らなかったのか青ざめていた。

 

「ワダツミの子は、鬼と同様元は人間だったということですか?」

 

あまねの言葉に、ワダツミの子は頷いた。

 

「鬼とは異なり、ウタカタノ花には人の細胞を瞬時に変異させる力はない。宿主の体内で根を張り、長い時をかけて細胞を変異させていきます。鬼を探知することができる者たちが、ワダツミの子を人間と誤認するのはそのためだ」

 

ごくりと、誰かが唾をのむ音が聞こえた。

 

「他にもワダツミの子が人と異なる点が三つある。だが、この特性が現れたのは、ウタカタノ花が鬼を脅威として認知してからの話になる」

 

ワダツミの子は言葉を切ると、深呼吸をしてから語りだした。

 

「一つ目は生殖能力、つまり子を成す能力が非常に低いということ。これは出産が肉体に大きな負担がかかる為ですが、この特性は初代ワダツミの子には備わっていない。その時はまだ、鬼の存在を認知していなかったからです」

「確かに。それでは大海原家の存在が矛盾してしまいますからね」

「二つ目は【還り咲き】と言う自己防衛能力。これは宿主の肉体が致命的な損傷を受けた場合、花の生命維持能力と宿主の記憶と寿命を代償に、一度だけ蘇生させることができるものです」

 

はっと、息をのむ音が広い部屋に木霊する。

 

「つまり、これが発動したワダツミの子は記憶を失い、その影響で身体の成長が止まる、もしくは退化する。これは大海原玄海はおろか、誰一人として知られていない事実です」

 

そして三つめは、とワダツミの子はつづけた。

 

「肉体が活動限界――即ち死を迎えた時。ワダツミの子の身体は虹色の泡となり骨も残らず消滅します」

「!!」

 

蜜璃は真っ青な顔でワダツミの子を見た。宇髄はもう言葉を発することすらできなくなっていた。

 

「今までワダツミの子の痕跡がなかったのは、そういう事だったのですね」

「痕跡を残さないだけではありません。ウタカタノ花は泡となった残骸に、自らの一部を宿して飛び散り、そして降り立った場所で休眠状態に入る。それから再び目を覚まし、新たな宿主を探すのです。この悍ましい営みを、千年以上続けてきた」

 

だが、と、ワダツミの子は更につづけた。

 

「いくら宿主を変えても、鬼がいる限り自身の生存は危うい。そこで鬼の存在を脅威と認知した後は、人を焚きつけ鬼を弱らせるウタカタを生み出し、鬼狩りと共に行動するようになりました。しかしそれでも、鬼を駆逐することは、今現在も成し遂げられていない」

 

その言葉に、宇髄と蜜璃はぐうの音も出なかった。

居心地の悪い沈黙が辺りを包んだ。その時だった。

 

「なあおい、ちょっと待てよ」

 

宇髄の声が、沈黙を破った。

 

「お前はさっき『これを千年以上続けてきた』と言ったが、何でそんなことがわかるんだ?人とは異なるとはいえ、ワダツミの子は鬼じゃあねえから不死ってわけでもないだろう。現にさっき、ワダツミの子の死に方を俺達に教えたばかりだろうが」

 

宇髄の指摘はもっともだった。今はワダツミのことは言え、汐の身体は齢十六ほど。それほど永い間肉体を保つことは不可能だ。

 

「それは、ウタカタノ花が今までのワダツミの子の記憶を保持しているからだろう」

 

ワダツミの子は淡々と答えた。

 

「全てではないが、ある程度の事は記憶している。だが、それをいつでも思い出せるかと言ったらそうではない。現に今も、この事を汐はずっと思い出せずにいたからな。それより、話を戻すがいいか?」

 

その言葉に宇髄は何か言いたげな顔をしたが、口を閉じた。

 

「このままでは鬼を駆逐することは不可能だと認識したウタカタノ花は、ある結論にたどり着きました。それは鬼を殺せるワダツミの子を生み出すこと」

「!?」

「本来ワダツミの子には戦闘能力はなく、庇護が必要な存在でした。ですが、それでは鬼の脅威に立ち向かうことは出来ない。だからウタカタノ花は長い年月をかけて、戦闘能力のあるワダツミの子。即ち全集中の呼吸を使える身体を持つワダツミの子を完成させました」

 

それが、全集中の呼吸とウタカタを同時に扱える特異点。

 

――大海原汐。

 

「そんな、そんなのおかしいわ!!」

 

重苦しい空気を斬り裂く様に、蜜璃が声を張り上げた。

 

「だって、だってしおちゃんは自分の意思で鬼殺隊に入ったのよ!大切な人を亡くし、愛する人を守るために、辛く悲しい道を自分自身で選んだのよ!ナントカの花なんて関係ないわ!!」

「甘露寺!あまね様の前だぞ!」

 

大声を上げる蜜璃を宇髄が窘めると、蜜璃は体を震わせながらワダツミの子を睨みつけていた。

その目には涙をいっぱい溜めて。

 

だがワダツミの子は、そんな蜜璃を嘲笑うかのように鼻を鳴らした。

 

「人間が一番力を発揮できる感情は何か、あなた方はご存じか?」

 

ワダツミの子の問いかけに、蜜璃は首を傾げた。

 

「人間は感情で強くも弱くもなる生き物。ウタカタノ花は長い年月を生きそれを学んだ。そして人間の力を最大限に引き出せる感情。それは――」

 

――殺意だ。

 

その言葉に全員の全身に鳥肌が立った。そう言い放ったワダツミの子は、まごうことなく人ならざる者であった。

 

「戦いに身を置くあなた方なら覚えがあるはずだ。怒りや憎悪、殺意などの感情は痛覚を鈍らせ、いつも以上の力を出せる」

「・・・否定はできねえな」

「だが殺意が力になることを学習しても、多くのワダツミの子はこの殺意に耐え切れずに自我が崩壊し、暴走した。だからこそ、殺意に耐え戦闘能力を持った大海原汐は、ワダツミの子の最高傑作と言えるだろう」

 

いや、それだけではない。とワダツミの子は更につづけた。

 

「今現在、大海原汐の体内にはウタカタノ花が深く根付き、細胞を変化させ続けている。そして上弦の鬼との戦いでそれは加速され、血鬼術に大きな耐性が付いている。もはや存在そのものが、鬼を殺す為の兵器と化しているんだ。だからこそ大海原汐は引かれたんだ。殺意と共に、鬼の元へ」

 

蜜璃は怒りに身体を震わせながら睨みつけていたが、反論する言葉が出てこなかった。

あまりにも残酷な真実に、声が出なかった。

 

「今こそが鬼を滅ぼす好機だと、ウタカタノ花も判断し活性化している。だからこそ、あなた方には知ってほしかった。"私"達の秘密を」

「マジ・・・かよ」

 

宇髄の口から零れたの言葉は、それだけだった。

 

「そんな・・・」

 

蜜璃もこれ以上の言葉は出てこなかった。

 

 

 

*   *   *   *   *

 

「それが君達の、ワダツミの子の秘密だっていうのか・・・?」

 

炭治郎は声を震わせながらそう尋ねた。

 

「信じがたい話だろう?だがすべて事実だ。ウタカタノ花はこうして永い時を生きてきた。ワダツミの子の命だけでなく、周りの大勢の人間の心を犠牲にして」

 

悍ましいだろう?と、ワダツミの子は炭治郎に自嘲的な笑みを向けた。

 

「ワダツミの子と言うのは、人にもなれず、鬼とも違う中途半端な出来損ない。そんなものが人の真似事をして今の今までのうのうと生きてきたんだ。これ以上滑稽なことはないだろう・・・!」

 

そう言ってワダツミの子は、汐は笑い出した。だが、その笑い声からにじみ出る悲しみに、炭治郎は気づいていた。

 

汐の、彼女達の悲しみに。

 

「やめてくれ!!」

 

炭治郎は叫んで汐の手を取ると、汐は体を震わせ炭治郎を見た。

 

「聞いてほしいことがあるんだ。汐にも、もう一人の汐にも」

「!?」

 

炭治郎の言葉に顔を引き攣らせたのは汐か、それともワダツミの子か。だがそんなことはどうでもよかった。

炭治郎は大きく深呼吸をした後、ゆっくりと口を開いた。

 

「正直なところ、今の話をすべて理解することも納得することもできない。でも、聞いてほしい。俺の気持ちを」

 

炭治郎はとった手を握りなおしながら、目をしっかり見据えた。

 

「汐は自分が人間じゃないからって苦しんでいるみたいだけれど、人間とか人間じゃないとか、そう言うのってあんまり関係ないんじゃないかな」

「え・・・?」

 

汐の濁った瞳が、微かに揺らいだ気がした。

 

「禰豆子は今は鬼になってしまっているけれど、鬼殺隊として俺達と一緒に戦い傍にいてくれる。それと、煉獄さんの最後の言葉を覚えているか?上弦の鬼と戦った、その後を」

 

『命を懸けて鬼と戦い人を守る者は、誰がなんと言おうと鬼殺隊の一員だ』

 

「煉獄さんが禰豆子を認めてくれた時の言葉だ」

 

その事は勿論覚えていた。否、忘れることなどできなかった。

汐はそう思いながらも炭治郎の目を見た。

 

「確かに汐は人とは少し違う生まれ方をして、違う生き方をしてきたかもしれない。でも、汐が、大海原汐と言う人が鬼殺隊員として多くの人を救い、守ってきた。これは何があっても絶対に消えない事実なんだ」

 

「・・・!!」

 

汐の目が大きく見開かれ、瞳が大きく揺れた。

炭治郎は更につづけた。

 

「もし、もしもだ。俺が大きな傷を負って人の形をしなくなったら、俺は俺じゃなくなると思うか?」

 

炭治郎の問いに、汐は大きく首を横に振った。

 

「何言ってんの?そんなわけないじゃない。どんな姿になったって、炭治郎は炭治郎でしょ・・・?・・・あ」

 

汐はそう言った後、何かに気づいたように口元を手で押さえた。

 

「そうなんだ。例え人とは少し違う存在でも、汐が汐である事には何も変わりはないんだ。汐は俺達の大切な仲間だ。それだけは何があっても、絶対に変わったりはしないんだ」

 

炭治郎の言葉が汐に届いた瞬間。濁った汐の両目からぽろりと涙がこぼれた。

それは瞬く間にあふれ出し、頬を伝って落ちて行く。

 

「あたしは、ここに居ていいの・・・?皆の、あんたの傍に、いてもいいの?」

「当たり前だろう!!」

 

炭治郎の力強い声に、汐は大きく体を震わせた。

 

「ああっ・・・、うぅうっ・・・・!!」

 

汐はこらえきれずに嗚咽を漏らしながら、炭治郎に縋りついた。

 

激しく上下する汐の背中に、炭治郎は手を当てた。陽だまりのような温かい手が、汐の凍り付いた心を少しずつ解していく。

 

(ああ、そうだったんだ)

 

炭治郎に縋りついて泣きながら、汐はぼんやりと思った。

 

(今も自分に対しての嫌悪感は消えないし、自分の運命が憎くてたまらない。でも、でもそれ以上にあたしは・・・)

 

――この男を、竈門炭治郎という男を、どうしようもなく愛してしまっているんだ・・・

 

(あたしはもう、炭治郎がいないと駄目みたい。この人がいない明日なんて考えられない。考えたくない・・・)

 

確かに感じる炭治郎の熱と鼓動を感じながら、汐の意識は深い闇の底に沈んでいった。

 

「・・・汐?」

 

炭治郎は嗚咽が聞こえなくなった汐の顔を、そっと覗き込んだ。

すると汐は、目を閉じて小さな寝息を立てていた。

 

余程疲れていたのだろう。起きる気配はなさそうだった。

ともかく汐をこのままにしては置けないと踏んだ炭治郎は、汐を起こさないように抱えると、広間をそっと後にした。

 

汐の寝室は、あまりものがなく殺風景なところだった。

ベッドに汐を寝かせ、炭治郎は一息をついた。

 

よく見れば汐の目の下のは隈があり、唇も少し乾いているようだった。

 

(汐・・・)

 

炭治郎は眠る汐を見つめながら目を閉じた。

先程のワダツミの子の話を、未だに信じ切ることは出来ないでいた。

 

(どうして、どうして汐がこんな目に遭わなければいけないんだ・・・。汐が一体何をしたっていうんだ・・!)

 

炭治郎は汐のことを思うと悔しくてたまらなかった。汐の運命を狂わせたウタカタノ花を心底恨めしく思った。

 

だが、それでも汐が汐であることは変わらないし、ワダツミの子だろうが何だろうか関係ない。そう思っていた。

 

(汐ともう一人の汐に伝えたこと。あれは紛れもなく俺の本心だ。けど、今思うと一つだけ。俺は無意識に汐に嘘をついていた・・・)

 

炭治郎は目を閉じながら、ゆっくりと顔を上げた。

 

『お前は大海原の事を好きなんだよ!!』

 

悲鳴嶼邸で村田達に指摘された言葉が、炭治郎の脳裏によみがえった。

 

(ああ、そうか。そうだったんだ)

 

炭治郎は目を開けると、眠る汐をもう一度見つめた。

初めて出会った時から、今の今までずっと汐が傍にいた。どんなに辛くても苦しくても、汐が傍にいて支えてくれた。

汐の存在に、ずっと助けられてきていた。

 

(村田さん達に指摘されるずっと前から。俺は――)

 

――大海原汐が、好きなんだ。仲間や家族としてだけじゃなく、一人の女性として、もっともっと特別な意味で。

 

「汐・・・」

 

炭治郎はもう一度汐の名を呼んだ。初めて気づき、出会った特別な女性の名を。

 

(汐が誰を好きでも関係ない。想いを伝えられなくても構わない。それでも俺は、この人が好きだ)

 

炭治郎はもう一度汐の手を取った。傷跡だらけの、思った以上に小さい手を。

 

せめて今だけはゆっくり休んでほしい。そう思っているうちに、いつの間にか炭治郎も深い眠りに落ちて行くのだった。

 

*   *   *   *   *

 

「ここ、は・・・?」

 

うっすらと明るい空間の中で、炭治郎は目を開けた。

鼻を掠める潮の香りと、水の音が耳を通り過ぎていく。

 

(汐の匂い?いや違う。これは、海の匂いか・・・?)

 

炭治郎は何故このような場所に居るのか分からず困惑するが、匂いと音のする方へと足を進めた。

 

少し歩いたところで、炭治郎は足を止めた。目の前に広がる光景に目を奪われたからだ。

 

そこは色とりどりのサンゴ礁や海藻が並び、たくさんの魚が泳ぎまわる不思議な光景だった。

まるで海の底のような景色に、炭治郎は呆然としていた。

 

すると、炭治郎から少し離れた場所に一つの扉がある事に気が付いた。

 

扉は鎖で縛られ、いくつかの鍵が付けられていた。だが、鎖の数にしては鍵の数が足りない気がする。

 

この景色に見合わない外見の扉に、炭治郎が近づこうとしたときだった。

 

『その扉には近寄らない方がいい』

 

静かな声がして振り返ると、そこには一人の小さな人影があった。

 

小さな子供の姿をした、ここの番人だった。

 

「君は・・・」

 

炭治郎はすぐに、番人が只者でないことを見抜いたが、不思議と敵意は感じなかった。

それどころか、どこか懐かしい感じがした。

 

『まさか、君とこうして会うことになるとは。何があるか分からないものだな』

 

番人は布越しに笑うと、炭治郎にそっと近づいた。

 

「ここはどこなんだ?そして君は・・・」

『本当に覚えていないのか?』

 

炭治郎の問いを、番人は更に問で返した。言葉に詰まっていると、番人は炭治郎の隣に立ちその顔を見上げた。

 

『君は本当は気づいているんじゃないか?ここがどこか、私が誰か』

 

番人の言葉に炭治郎は首を傾げ、番人は呆れたように溜息をついた。

 

『なら、これを見れば思い出すか?』

 

そう言って番人は、手の中にある何かを炭治郎に差し出した。

それは、半透明に透き通った花びらのようなものだった。

 

再び炭治郎が首を傾げた、その時。

 

花びらがまばゆい光を放ち、あたりは白一色になった。




補足
ウタカタノ花が瀕死の人間にしか寄生できないのは、本来の生命力に邪魔されないようにするため。
そして、瀕死の方が生存本能が花の力を求める傾向と学習したため。
花は宿主の生命力を上げるが、元々の生命力を増やすわけではないので結局のところ寿命を縮めていることになる。

海の呼吸
本来は大海原家の人間がワダツミの子を殺すために生み出した剣術。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)
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