ウタカタノ花   作:薬來ままど

169 / 171
三十三章:不滅


その後、入浴を終えた汐は炭治郎と朝食を終えた後、散らかった部屋を二人で片づけた。

 

「忘れ物はないか?」

「うん、大丈夫」

 

二人は義勇の屋敷に向かうため、身支度を整え玄関を出た。

 

「じゃあ行こうか」

 

炭治郎はそう言って、汐に右手を差し出した。

 

「え?」

 

汐は驚いて炭治郎を見つめ、炭治郎は汐の顔をしばらく見つめた後、慌てて手を引っ込めた。

 

「ご、ごめん!俺、いつもの癖で・・・」

 

炭治郎は頬を赤く染めながら、顔を背けた。

 

「別に汐を子ども扱いしているんじゃなくて、あの、その・・・」

 

炭治郎は言葉が見つからず、しどろもどろになってしまう始末だ。

 

すると、汐は炭治郎の指に自分の指をからませた。

 

「!?」

 

炭治郎は驚いて汐の方を向いた。汐は顔を真っ赤にして、炭治郎から顔を逸らしていた。

 

「いいわよ」

「へっ!?」

「あんたと手をつなぐこと、嫌じゃないって言ってんの。それに、あたし嘘つきだから、しっかり捕まえていないと何処かへ行っちゃうかもしれないわよ?」

 

汐はそう言って炭治郎の目を見つめた。

 

「汐・・・」

 

炭治郎は一瞬言葉に詰まったが、汐としっかり向き合うとはっきりした声で言った。

 

「お前、まだどこか具合が悪いんじゃないか?しのぶさんに一旦見てもらった方がいいんじゃ・・・、いだだだだだだ!!!

 

だが炭治郎の言葉は、突如走った痛みによって悲鳴へと変わった。

 

汐が炭治郎の右手を、思い切り握りしめていたからだ。

 

炭治郎は悲鳴を上げながら汐の顔を見て、ひゅっと喉を鳴らした。汐は目を血走らせながら、「ぶちのめすわよ?」と言わんばかりの表情で炭治郎を睨みつけていた。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

炭治郎はミシミシと骨が軋む音を聞きながら、自分の軽率な発言を心から悔やむのだった。

 

 

*   *   *   *   *

 

 

「あ!」

 

義勇の屋敷へ向かう道すがら、炭治郎は何かを思い出したように叫んだ。

 

「どうしたの?」

「俺、義勇さんに何の説明もしないで来ちゃったんだ!どうしよう・・・」

 

そう言って顔を青くする炭治郎に、汐もつられて困惑した顔をした。

その時だった。

 

「ソレナラゴ心配ナク~」

 

不意に声が聞こえて振り返ると、歩く二人に会わせてソラノタユウが飛んできた。

 

「冨岡義勇様ニハ、私カラ詳細ヲ伝エテ置キマシタノデ、ゴ安心クダサイ~」

「え、そうなのか?ありがとう」

 

炭治郎が礼を言うと、ソラノタユウは嬉しそうに鳴いた。

 

「あたしからも礼を言うわね。ありがとう、タユウ。それから、あんたにも心配かけちゃったわね」

「イエイエ~。私ハ当然ノ事ヲシタマデデス~。デスガ、悪イト思ウナラ、炭治郎サンヲ心配サセテハイケマセンヨ~」

「分かったわよ・・・」

 

汐が答えると、ソラノタユウは満足したのか空高く舞い上がった。

 

「話しは変わるけど、禰豆子はどうしてるのかしら?確かどこかに預けてあるのよね?」

「ああ。無惨に見つからないようにって、俺達も知らない場所にね」

 

そういう炭治郎の"目"は寂しげで、禰豆子を心から心配していることは火を見るよりも明らかだった。

 

「大丈夫よ、炭治郎。お館様一行を信じましょ?それに、あたし達が強くなって、禰豆子が見つかる前に無惨の野郎をぶっ潰せばいいのよ」

 

汐は両こぶしを握って力強く言った。あまりにも短絡的な思考に炭治郎は困惑するが、汐らしい言葉に安堵した。

 

少し歩いていくと、あたりは一面の竹林へと風景が変わっていった。普通の嗅覚である汐にもわかる程、竹の香りがあたりに漂う。

 

「そろそろ義勇さんの屋敷につくはずだ。ほら、あの【千年竹林】て書いてある岩があるから・・・」

 

炭治郎が言い終わる前に、近くで大きな音が聞こえた。

 

二人は顔を見合わせると、慌てて音がする場所へと走り出した。

 

そこで見たものに、二人は目を見開いて口を開けた。

 

義勇ともう一人、不死川実弥が剣を交えていた。

 

「な、なんであいつがここに?」

 

呆然とする汐の目の前で、実弥は木刀を構え大きく息を吸った。

 

――風の呼吸・壱ノ型――

――塵旋風・削ぎ

 

実弥はらせん状の風を纏いながら、凄まじい速度で義勇に斬りかかった。その一撃を辛うじて躱すも、義勇の木刀に亀裂が走った。

 

その速度に汐と炭治郎は驚くものの、二人の動きを目で追うことができていた。

 

「オラオラオラァ、どうしたァ!!」

 

実弥は大声を上げながら、義勇に猛攻撃を叩き込んだ。

 

「テメェは俺たちとは違うんじゃねえのかよォ!!」

 

(あっ・・・、それはそういう意味じゃ・・・)

 

その言葉を聞いた炭治郎は、悲しそうな表情を浮かべた。

 

しかし義勇はその言葉に答えることなく、静かに構えた。

 

――水の呼吸・肆ノ型――

――打ち潮

 

義勇の流れるような剣戟が実弥に向かうが、彼は軽やかな動きで身体を宙に投げ出しそれを回避した。

 

「遅ェんだよォォ!!」

 

――風の呼吸・伍ノ型――

――木枯らし颪

 

実弥はその体制のまま、身体を回転させて木刀を振り下ろした。

 

――水の呼吸・漆ノ型――

――雫波紋突き

 

義勇は振り向きざまに木刀を突き出し、広範囲の技に対処した。その衝撃で互いの木刀は真っ二つに折れてしまい、決闘を続けることは不可能になった。

 

だが、これで終わりではなかった。

 

「よォし、じゃあ次は素手で殺し合うかァ」

 

実弥は両手の骨を鳴らしながら、血走った目で義勇を睨みつけた。

 

「待った待った、待ったァ!!」

 

実弥から汐にも引けを取らない殺意を感じた炭治郎は、慌てて竹林から飛び出した。

 

「ちょっと待ってくださいよ。殺し合ったらいけませんよ!」

 

炭治郎は二人の間に入り込み、両手を広げて立ちはだかった。

 

「うるせェんだよ、テメェはァ。そもそも接触禁止だろうがァ。先刻から盗み見しやがって、このカスがァ」

 

実弥は歯を剥き出しながら、腹立たし気に炭治郎を睨みつけた。

 

しかし炭治郎は、実弥の殺気にひるむことなく言い放った。

 

「おはぎの取り合いですか?」

「はぁ?」

 

炭治郎の言葉に汐は思わず声を上げ、実弥は更に目を鋭くさせて言った。

 

「ふざけてやがるなァァ・・・」

「えっ?いやいや真面目です!!不死川さん、おはぎ大好きですよね?」

 

炭治郎は慌てながらも、至極真面目な表情で言った。

 

「不死川さんから稽古つけてもらっていた時、すっとほのかに餅米とあんこの匂いしてたし、戻ってくるたび抹茶とおはぎのいい香りがしてたので・・・てっきり・・・」

 

実弥は言葉を発しないまま、視線を下に向けていた。

しかし汐は気づいていた。彼の身体が微かに震え、頬には汗が浮かんでいることに。

 

「不死川は・・・、おはぎが好きなのか・・・」

 

義勇が呟くと、炭治郎は空気が読めないのか早口でまくし立てた。

 

「おいしいですよね!おはぎ。こしあんですか?つぶあんですか?俺もお婆ちゃんのおはぎが大好きで・・・」

 

しかし炭治郎の言葉は、実弥の振り上げられた鉄拳によって中断された。

炭治郎の身体は空高く舞い上がり、放物線を描いて地面に落ちた。

 

「いい加減にしやがれ!クソガキがァ!!」

 

実弥は全身を沸騰しているのかと思うほど真っ赤にさせると、そのまま背を向け立ち去ろうとした。

だが、誰かに袖を掴まれ、思わず足を止めた。

 

「何しやがる・・・!」

 

実弥が振り返ると、汐が袖を千切れんばかりに掴んでいた。

 

「テメェェェ・・・、炭治郎に何してくれてんだぁぁぁ・・・!」

 

汐は恐ろしい形相で実弥を睨み付けながら、地を這うような声を発した。

 

実弥は一瞬だけ身体を震わせたが、すぐに視線を鋭くして言った。

 

「なんでテメェがここに居やがる。接近禁止だろうがァ」

「んなこと今はどうでもいいんだよ。今すぐ炭治郎とついでに義勇さんに謝れ」

 

汐の言葉に、実弥のこめかみに青筋が浮かんだ。

 

「大海原、違うんだ。俺は・・・」

 

義勇が何か言おうと口を開くが、興奮状態の汐の耳には入らない。

 

「あんたがあたしを蝶屋敷まで運んでくれたことは感謝している。でも、それとこれとは話が別よ。さっさとしやがれ、この××××野郎!」

 

汐が放った下品極まりない言葉に、実弥の顔面が大きく引き攣った。

 

「テメェ・・・!!」

 

実弥は全身を震わせると、無理やり汐を振り払って向き合い睨みつけた。

 

汐も負けじと睨み返すと、実弥は大きく息を吸い大声で叫んだ。

 

「女がそんなクソみてェな言葉を使うんじゃねェ!!」

 

その凄まじい音量に汐はたじろぎ、実弥はそのまま背を向けた。

 

「あ、ちょっと待ちなさいよ!謝れこらぁぁ!!」

 

汐は立ち上がって悪態をつくが、実弥は振り返ることなく去って行った。

 

「大海原、炭治郎を介抱したい。手伝ってくれるか?」

 

汐は歯がゆい思いをしながらも、気を失ってしまった炭治郎の元へと駆け寄った。

 

炭治郎は顎を強打されたせいか、目を回して微かに泡も吹いていた。

義勇は自分の羽織を脱いで炭治郎の頭の下に敷き、汐も羽織を脱ぐと身体の上にそっとかけた。

 

「驚かせてしまってすまなかった」

「別に構わないわよ。あたしだってあんたにいろいろと迷惑をかけたし。タユウから詳細は聞いてるんでしょ?」

 

汐が尋ねると、義勇は表情を変えないまま頷いた。

 

「まあそんなわけで、あたしは普通の人間じゃなかった。でも、鬼を倒して大切な人を守りたいって気持ちは嘘じゃない。だからあたしは、鬼殺隊士大海原汐と言う"人間"として最後まで戦うわ」

 

汐は決意に満ちた声でそう言った。その曇りない瞳に、義勇は初めて汐に会った時のことを思い出していた。

 

「ところで、なんであいつがここに居たの?いくら仲が悪くても、今仲間割れしてる場合じゃないと思うんだけど」

「そうじゃない。実は・・・」

 

義勇が詳細を言いかけた時、

 

「あららっ?あれ?」

 

気を失っていた炭治郎が、素っ頓狂な声を上げながら起き上がった。

 

「おはよう、炭治郎」

 

汐が声を掛けると、炭治郎はきょとんとした表情でこちらを見た。

 

「気分はどう?あんた、あいつにぶん殴られて気絶してたのよ?」

「そうだったのか。で、不死川さんは・・・」

「不死川は怒ってどこかへ行ってしまった」

 

汐の代わりに義勇が答えた。

 

「そうですか・・・。どうして喧嘩してたんですか?」

 

炭治郎が尋ねると、義勇は視線を合わせないまま口を開いた。

 

「喧嘩ではなく柱稽古の一環で、柱は柱同士で手合わせしているんだ」

「何だ、そうだったの」

「どうりで木刀だったし・・・そうかそうか」

 

汐と炭治郎は納得したように手を鳴らした。

 

「邪魔してすみません」

「いや、そんなことはない」

 

謝る炭治郎に、義勇は首を横に振ってこたえた。

 

「俺は上手く喋れなかったし、不死川はずっと怒っていたから。でも、不死川の好物がわかって良かった」

 

義勇は、明後日の方向を向きながら呟くように言った。

 

「今度から懐におはぎを忍ばせておいて、不死川に会う時あげようと思う」

「あー!それはいいですね」

 

義勇の突拍子もない提案を、炭治郎は何の疑いもなく肯定した。

 

「そうしたらきっと仲良くなれると思う」

「俺もそうします!」

 

義勇は微かに笑みを浮かべ、炭治郎は満面の笑みで賛同する中、汐は静かに口を開いた。

 

「いいわね、それ。じゃああたしは、激辛唐辛子を仕込んだ特製おはぎをあいつの口の中に放り込んでやるわ!」

 

二人と歯は異なり、汐は邪な笑みを浮かべながらそう言った。

 

「ところで大海原。気になっていたんだが、さっき不死川に言っていたあの言葉の意味はなんだ?」

「言葉?」

 

義勇の言葉に炭治郎が聴き返すと、汐の顔がみるみる青くなった。

 

「ああ。さっき大海原が不死川と言い争っていた時、聞いたことのない言葉を発していたんだ。確か・・・」

 

義勇が口を開いた瞬間、

 

「あぎやあああああ!!」

 

汐は奇声を上げながら飛び掛かり、義勇の口を塞いだ。

 

「言わなくていいの!あんたにはまだ早い!!」

「ふぁが(だが)・・・」

「い・う・な!それ以上言ったら、口を引き千切るわよ・・・!」

 

汐が殺気を孕んだ目を義勇に向けると、義勇と炭治郎は同時に身体を震わせた。

 

(汐、前より狂暴になってないか・・・?俺はとんでもない人を好きになってしまったのかも・・・)

 

炭治郎は心の中で、そう小さく嘆くのだった。

 

一方、義勇の屋敷を後にした実弥は、腹立たし気に舌打ちをしながら歩いていた。

 

(くそがァ、いったい何なんだアイツらはァ。調子の狂ったガキ共だぜ本当に)

 

実弥は苛立ちと恥ずかしさを入り混ぜながら、屋敷へ向かって足を進めていたその時だった。

 

不意に背後から、草がこすれる物音が聞こえた。

実弥は振り返ると同時に、反射的に動いたものをつかみ取った。

 

手の中で何かが潰れる手ごたえを感じ、そっと手を開く。

 

「なんだァァ、これはァ」

 

手を離せば、そこには奇妙なものが血を滴らせながら落ちていった。

丸い形に細い触手のようなものが付いており、その中心には大きく【肆】と刻まれていた。

 

 

*   *   *   *   *

 

同時刻。

 

産屋敷邸のある一室。そこでは全身に包帯を巻いた輝哉が、布団に仰向けに横たわっていた。

病の証である痣はほぼ全身に広がり、口からはか細い呼吸音が漏れている。

 

彼の傍には妻であるあまねが一人で、静かにたたずんでいた。

 

その時だった。

 

不意に砂利を踏む音が聞こえ、輝哉はゆっくりと口を開いた。

 

「・・・やあ、来たのかい」

 

その穏やかな声は、夜の闇の中に静かに響く。

 

「・・・初めまして、だね。鬼舞辻・・・無惨」

「・・・何とも、醜悪な姿だな。産屋敷」

 

名を呼ばれたその男は、口元を歪ませてほくそ笑んだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。