幻の柱
汐と炭治郎が選別試験から帰還した三日後の夜。
「ねえ、鱗滝さんに聞きたいことがあるんだけど」
夕餉を終え一息ついたころ、汐は唐突に鱗滝に尋ねた。彼が何事かと怪訝そうに尋ねると、汐は真剣な表情で口を開いた。
「鱗滝さんは昔おやっさんと一緒に鬼狩りをしていたんだよね?昔のおやっさんってどんな人だったの?」
汐の問いかけに鱗滝は少し迷ったように首を傾げた。だが、意を決したように彼女の顔を見る。
「そうだな。お前には話しておくべきだな」
そう言って鱗滝は座り直し、汐に向き合った。
その時、入浴を終えた炭治郎が小屋へ戻って来た。そして向き合っている二人を見て、慌てた様子で寄ってくる。
何事かと尋ねれば、汐が養父玄海のことを聞きたいと言ったので話すところだと鱗滝は答えた。
正直なところ、炭治郎も少しばかり興味があった。
鱗滝の友人でありともに戦った、汐の養父大海原玄海。一体どんな人物なんだろうか、と。
「炭治郎も聞きたい?おやっさんのこと」
「え?まあ、興味はあるけど、俺も聞いていいのか?」
「むしろなんでそんな質問が出るのよ。いいに決まってるじゃない。無関係なわけじゃないんだし」
汐に促され、炭治郎は彼女の隣に座る。鱗滝は二人を一瞥した後、静かに口を開いた。
「大海原玄海。奴を一言で言ってしまえば――」
――とんでもない男だ
いきなりそんなことを言い出す彼に、二人の目が点になる。思い出があふれだしてきたのか、鱗滝の口から流れるように言葉が飛び出す。
「週の殆どを遊郭通いに費やし、大事な会議には遅刻。上官には無礼な態度。酔って日輪刀を売ろうとしたこともあった!さらにひと月分の給金をあっという間に使い切り、飯代すらなく儂から何度金を集ったことか・・・!」
思い出すだけで腹立たしいというかのように、鱗滝の拳が震える。炭治郎も彼から怒りとあきれの匂いを感じ取り、それが真実であることを悟る。
炭治郎の中で自分が想像していた大海原玄海の像が、木端微塵に砕け散る。自分がこうなのだから、当事者である汐はどんな気持ちだろう。
そんな思いで隣の彼女に目を向けると、その体はわなわなと震え、拳を固く握りしめていた。
「そんな・・・そんな・・・おやっさん・・・」
無理もないだろう。自分が敬愛していた師が、そんなろくでもない男だったと聞いて、動揺しないはずがない。と、炭治郎は思っていた。
汐の次の言葉を聞くまでは
「そのころからクズだったのかよ!!!あの好色ジジィ!!」
汐の大声に、炭治郎はびくりと体全体を震わせる。震えていたのは動揺していたからではなく、ただ怒っていただけだ。
「口を開けば女の話ばかり!村人にどれだけ借金してたかわかりゃしないし!あたしが今までどれだけ苦労したか!!若いころは名のある剣士だったって聞いて、しかもすごい鬼狩りだったって聞いて期待してたのに!!結局何にも変わってねーじゃねーかァァ!!!」
「お、落ち着け汐!殺意!殺意引っ込めて!!」
あまりの怒りに暴れだす汐を、炭治郎は必死に押さえつける。瞬時に混沌と化した空気を一掃するように、鱗滝は大きく咳払いをした。
「確かに、奴の人間性には大きな難がある。だが、その実力は本物だった。現に、奴は鬼殺隊の中でも最高位である【柱】の役職についていたからな」
「「柱??」」
鱗滝の話だと、鬼殺隊には階級があり、その中でも一番高い称号が柱と呼ばれているとのこと。かつて鱗滝もその地位につき、玄海とともに多くの鬼を狩ったといった。
その話を聞いているうちに、汐の中で一つの疑問が沸き上がる。それは、最終選別で戦った鬼が口にしていた【大海原が行方知れずになった】という話だ。
「ねえ鱗滝さん。あたし、試験中に鬼から聞いたんだけど。おやっさんが行方不明になったってどういうこと?」
この問いかけに、鱗滝の肩が小さくはねるのを汐は見逃さなかった。鱗滝は、確実にそのことを知っている。
「・・・実は、奴が、玄海が柱であった期間は、僅かひと月だったのだ」
「え?たったのひと月?」
「ああ。あの日、儂と奴で試験用の鬼を捕らえていた時のこと。玄海に勅命、緊急の任務が入り奴はそのまま向かった。儂が生きている玄海と会ったのは、それが最後だった」
鱗滝は顔を少しばかり伏せた。それはまるで、あの日のことを後悔しているようだった。
「その後はしばらく音信不通だったのだが、ある日。奴の鎹鴉から手紙が届いた。そこにはこう書いてあった」
――左近次。俺は柱を降りる。いや、鬼殺の剣士をやめる。俺の守るべきものは、そこでじゃ守れねえ
「手紙にはそれだけが記されており、それ以降奴の足取りは全く分からなかった。それから次に奴の手紙が届いたのは・・・」
「俺がこの狭霧山にきて半年たった、あの日ですね」
炭治郎の言葉に、鱗滝は深くうなずいた。
「儂はあの日のことをずっと悔やんでいた。何故、あの時奴を無理にでも引き止めなかったのか。もしそうならば。奴はまだ柱として儂とともにいたのかもしれん、と。だが、時を巻いて戻す術はない。すべてはもう、終わってしまったことだ」
「終わりじゃない」
そんな鱗滝の言葉を、汐が鋭く遮る。
「勝手に終わらせてもらっちゃ困るわ。あたしはまだ、おやっさんの無念を晴らしてないし、おやっさんはもともと自分勝手なところがある人よ。鱗滝さんが悪いんじゃない。だから、そんなことを言わないで。きっとおやっさんだって、そんなことを鱗滝さんに言って欲しくなんてないはずよ」
汐は凛とした表情で鱗滝を見据える。鋭く、そして澄んだ目が彼を射抜き昔の記憶をよみがえらせる。
――勝手に終わらせるんじゃねえよ、左近次。お前が悪いんじゃねえ。二度とそんなふざけたことを言うんじゃねえぞ。
(お前も、玄海と同じことを言うのだな。さすがは、奴の娘だけのことはある)
その表情が彼としっかり重なり、面の下で鱗滝は満足そうに笑みを浮かべた。
そうだ、終わりなどではない。奴の遺志はしっかりと目の前の少女に受け継がれている。
炭治郎に然り、汐に然り、禰豆子に然り。彼らにはきっと成し遂げられる力がある。
そう、信じていたかった。
夜が更け、汐は布団の中で考えた。鱗滝に聞いたことが、どうも引っかかっていた。
(おやっさんは守るものの為に鬼殺隊を止めた。しかも、柱っていう一番上の地位までも捨てて。じゃあ、あたしを海で拾ったときは、おやっさんはすでに鬼殺隊を止めていたってこと?)
鱗滝に聞いて謎が解けると思ったのだが、それは新たな謎を増やしたに過ぎなかった。
けれど、同時に彼が今と全く変わっていなかったことに、驚きとうれしさ。そして呆れを感じた。
「まったく、昔っから人に迷惑かけてたんじゃない。何が仲間は大切にしろ、よ」
でも。おやっさんに出会わなかったらきっと今の自分はいなかっただろう。そして、新しい仲間達と出会うこともなかっただろう。
(おやっさん。看てる?あたし・・・)
仲間が、出来たよ・・・
心の中でそう呟きながら、汐は眠りにつくのだった。
* * * * *
その夜。鱗滝は夢を見ていた。
『左近次。てめー、汐に全部ばらしやがったな』
玄海が眉間に皺を思い切り寄せながら、鱗滝を睨み付けている。あの日、別れたばかりの姿で、彼はいつもの通り悪態をついた。
『余計な事をべらべらと喋りやがって。先に逝っちまった俺への当て付けか?ったく、いい性格してやがるぜ』
玄海は頭をかきながら困ったように眉を寄せる。そして鱗滝に向かって、試すような口ぶりで告げた。
『ここまで俺のことをボロクソに言いやがった責任を取ってもらうぜ左近次。理不尽?ふざけんじゃねえよ、当然だろうがボケ』
そう言って玄海は、この上ないくらい意地の悪い笑みを浮かべたかと思うと、急に真面目な声色でつづけた。
『汐を、アイツを頼む。やかましくて強がってはいるが、いろんなものをため込んじまう癖がある。何も悪くないのに
それだけを言うと、玄海の姿はみるみるうちに霧の中へと消えて行ってしまった。
「玄海!!」
鱗滝は思わず叫び、布団から飛び起きた。汗が寝間着を濡らし、息も激しくなっている。
気が付けば朝陽がちょうど顔を出し始めているところだった。
鱗滝はそっと汐が眠っている部屋を覗く。彼女は規則正しい寝息を立て、あどけない顔で眠っていた。
その様子を見て、鱗滝は小さくつぶやく。
「安心しろ、玄海。お前の娘は強い。そして、とてもやさしい子だ。必ず、必ず責任を持って面倒を見よう」
だから、見守ってやってくれ。
零れた一筋の雫を隠すように、彼は天狗の面をつけるのであった。
おまけCS
鱗「汐。そろそろ昼飯だ。準備を頼む」
汐「うん、わかったよ!おやっさん」
鱗「!」
汐「え?あ、ああ!ごめんなさい!あたしったらつい・・・」
鱗「汐。お前は奴を、玄海をそう呼んでいたのか」
汐「うん、そうだよ」
鱗「・・・もし、もしもお前がいいなら、儂のこともそう呼んでも構わんぞ」
汐「・・・ありがとう、鱗滝さん。でもね、あたしにとっておやっさんって呼べるのは世界で一人だけなんだ。だから、ごめんね」
鱗「いや、儂のほうこそ愚問だったな、すまん」
汐「ううん、いいの。鱗滝さんの気持ちはとってもうれしいから。あ!じゃあ、おじいちゃん・・・っていうのは・・・どう?」
鱗「いや、さすがにそれは遠慮したい」
汐「そっかぁ、そうだよね。ごめんなさい」
鱗(別に悪いわけではないが、なんとなくこそばゆいのでな。すまん、汐)
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)