ウタカタノ花   作:薬來ままど

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参(再投稿・あとがきにお知らせあり)

時間は遡り。

 

緊急の柱合会議が終わった柱達は、退室しようとする義勇を無理やり引き留めた後、悲鳴嶼の提案で今後の事を話し合っていた。

今後の事と言うのは、鬼が出現しなくなったことにより時間が取れるようになったため、柱達による大規模な一般隊士の訓練をするという話だった。

 

その提案に皆は賛同し、具体的な日時と内容を事細かく決めた。

 

やがて話し合いが終わった後、実弥が徐に手を上げた。

 

「お館様の事で話がある。少しいいかァ?」

 

皆が視線を向けると、実弥は真剣な面持ちで口を開いた。

 

「これからの事に備えて最低でも二人、お館様の護衛につけるべきだぜェ。何とかできねえのか、悲鳴嶼さんよォ」

「・・・無理だな・・・」

 

悲鳴嶼は静かに首を横に振った。

 

「私も十九で柱となり八年間言い続けているが、聞き入れてはくださらぬ・・・」

 

数珠をかき鳴らしながら、悲鳴嶼は静かに涙を流してそう言った。

 

「柱と言う戦力は、己一人の為に使う者ではないとの一点張り・・・、困ったものだ」

 

その言葉を蜜璃は、悲しげな表情で聞いていた。

 

「産屋敷家の歴代当主は皆、誰一人として護衛をつけなかったそうですね」

 

しのぶの言葉を聞いて、皆難しい顔で目を伏せていた。

 

何とも陰鬱な雰囲気のまま、会議は幕を閉じたのだった。

 

*   *   *   *   *

 

(お館様、お館様)

 

実弥はわき目も振れず、無我夢中で屋敷を目指す。木々をかき分け、闇の中をひたすら走る。

 

どのくらいは知っただろうか。産屋敷邸の一部が木々の間からかすかに見えた。

 

(見えた!!屋敷だ!!)

 

屋敷には損傷は見られず、敵の気配も感じない。それを見た実弥の胸に微かに安堵が沸き上がった。

 

(大丈夫、間に合う。間に合っ・・・)

 

だが、その安堵は次の瞬間粉々に砕け散った。

 

突然凄まじい爆発音が響き渡り、屋敷が木っ端みじんに吹き飛んだのだ。

 

一番近くにいた実弥は勿論、蜜璃は真っ青な顔で頭を抱え、無一郎、伊黒、しのぶは呆然と真っ赤に燃え上がる産屋敷邸を呆然と見つめていた。

 

その光景は汐達の目にもしっかりと焼き付いていた。

 

(爆薬・・・!!大量の・・・!!)

 

炭治郎のよく聞く鼻はそのほかの匂いもとらえていた。

 

(血と肉の焼け付く匂い!!)

 

そんな中、汐はただならぬ気配を感じ身を震わせた。そして誰よりも早く屋敷に向かって走り出した。

 

「あっ、汐!!」

 

炭治郎の制止も効かず、汐は義勇の脇をすり抜け凄まじい速さで駆けてゆく。

 

汐は気づいていた。いや、気づいていたのは汐の中に根を張るウタカタノ花だった。

 

(奴が、奴がいる!!)

 

花の殺意が血液のように汐の身体を流れ、思考すら支配しているようだった。

 

(殺す、殺す!!殺せる・・!!)

 

汐は氷のような殺意を纏ったまま、飛ぶように駆けるのだった。

 

その頃、産屋敷邸では。

 

「ぐっ」

 

燃え盛る炎の中に、うめき声を上げながら動く影が一つあった。

それは上半身の皮膚の大半が焼け爛れた、鬼舞辻無惨だった。

 

「産ッ屋敷ィィッ」

 

無惨は恨みの篭った声を上げながら、つい先ほどの事を思い出していた。

 

(あの男の顔!!仏のような笑みを貼りつけたまま、己と、妻と子供諸共爆薬で消し飛ばす!!)

 

無惨は何とか冷静さを保とうと、必死で思考を巡らせた。

 

(私は思い違いをしていた。産屋敷という男を人間にあてる物差しで測っていたが、あの男は完全に常軌を逸している)

 

無惨も人間の中に紛れて生きてきた以上、いろいろな人間を見てきた。彼に媚びるもの、憚ろうとするもの、様々だ。

しかし産屋敷輝哉という男は、そんな人間などがちっぽけに思える程だった。

 

(何か仕掛けてくるとは思っていた。しかしこれ程とは)

 

無惨は体を再生させながら、自分の身体に突き刺さっていたものを抜いた。

それは鋭い棘の付いた細かい撒菱のようなもの。殺傷力を上げ一秒でも無惨の再生を遅らせる為に、爆薬の中に仕込まれていたものだった。

 

無惨は気づいた。これで終わりではない。まだ何かある、と。輝哉はこの後何かをするつもりだ、と。

 

(人の気配が集結しつつある。おそらくは柱。だが、これではない。もっと別の何か、自分自身を囮に使ったのだ。あの腹黒は)

 

無惨は思い出していた。輝哉の中には無惨への怒りと憎しみが、蝮のように真っ黒な腹の中で蜷局を巻いていたことに。

 

(あれだけの殺意をあの若さで見事に隠しぬいたことは驚嘆に値する。が、妻と子供は承知の上だったのか?)

 

無惨は彼の行動に混乱しつつも冷静さを取り戻していた。いくら考えても、その本人は爆発に巻き込まれ生きてはいない。

考えるだけ無駄だった。

 

(動じるな、間もなく身体も再生する)

 

焼け爛れた皮膚は治り、砕けた骨も元通りになろうとしたとき、無惨は眼前に赤黒い何かが浮かんでいることに気づいた。

 

(肉の種子、血鬼術!!)

 

無惨が認識すると同時に、種子から無数の棘が瞬時に飛び出し無惨の体中を突き刺した。

 

(固定された。誰の血鬼術だ、これは。肉の中でも棘が細かく枝分かれして、抜けない)

 

無惨は全く予想していなかった血鬼術に一瞬混乱するが、すぐに冷静さを保とうと試みた。

 

(いや、問題ない。大した量じゃない。吸収すればいい)

 

全ての鬼の始祖である無惨にとって、鬼のものである血鬼術は自分の身体の一部のようなものだった。

すぐさま集中し、棘の血鬼術を吸収し始めた。

 

その時だった。

 

腹部に衝撃を感じ、無惨は意識をそちらに向けた。

 

何かがいる!

 

無惨は反射的に左腕で"それ"を掴み、そこに現れた者を見て驚愕を露にした。

 

「珠世!!」

 

珠世は苦悶の表情を浮かべながらも、左腕を無惨の鳩尾に突き刺していた。

 

「何故お前がここに・・・」

 

思わぬ襲撃者に無惨が声を荒げると、珠世は無惨を見据えながら言い放った。

 

「この棘の血鬼術は、貴方が浅草で鬼にした人のものですよ」

 

無惨は一瞬だけ眉根を動かすが、珠世の身体に張り付けられている奇妙な文様の紙を見て、ここまで接近されるまで気づかなかったのは目くらましの血鬼術のせいだと勘づいた。

 

(目的は?何をした?何のためにこの女は)

 

「吸収しましたね、私の拳を。拳の中に何が入っていたと思いますか?」

 

しかし無惨が答える前に、珠世は高らかに叫ぶように言った。

 

「鬼を人間に戻す薬ですよ。どうですか、効いてきましたか?」

 

その言葉が無惨の耳には言った瞬間、無惨ははっきりと表情を変えた。

 

「そんなものができるはずは・・・」

「完成したのですよ。随分状況が変わった。私の力だけでは無理でしたが」

 

珠世の声ははっきりとしており、嘘を言っているようには聞こえなかった。

無惨は左腕を無理やり動かし、珠世の頭を掴んだ。

 

「・・・お前も大概しつこい女だな、珠世。逆恨みも甚だしい」

 

そのまま鋭い爪を珠世の頭と目に突き刺しながら、無惨は呆れたように言った。

 

「お前の夫と子供を殺したのは誰だ?」

 

無惨の言葉に、珠世の表情が大きく歪んだ。

 

「私か?違うだろう。他ならぬお前自身だ。お前が喰い殺した」

「そうだ!鬼は人を殺して喰べる。決して逃れられなかった宿命だ」

 

珠世は見開いた両目から大粒の涙を流しながら叫んだ。

 

「そんなことがわかっていれば、私は鬼になどならなかった!!病で死にたくないと言ったのは!!子供が大人になるのを見届けたかったからだ・・・!!」

 

珠世の血を吐くような鋭い声が、炎が燃え上がる音に交じって響き渡った。

 

「世迷言を」

 

そんな珠世を、無惨は嘲笑った。

 

「その後も大勢人間を殺していたが、あれは私の見た幻か?楽しそうに人間を喰っていたように見えたがな」

「そうだ自暴自棄になって大勢殺した。その罪を償うためにも――」

 

――私はお前と、ここで死ぬ!!

 

「悲鳴嶼さん、お願いします!!」

 

珠世の声と共に、背後で人の気配がした。無惨が振り返れば、そこには両目から涙を溢れさせた悲鳴嶼が、棘の付いた鋼鉄球を構えながら突っ込んできていた。

 

「南無阿弥陀仏!!」

 

悲鳴嶼はそのまま無惨の頭部に、その鉄球を叩きつけた。骨が砕ける鈍い音と共に、肉片が飛び散った。

 

悲鳴嶼にその光景は見えないが、音と充満する血の匂いで、無惨の頭部が破壊されたことを察した。

 

しかし悲鳴嶼の表情は硬いままだった。

 

悲鳴嶼は思い出していた。初めて産屋敷輝哉という人に出会った時のことを。

無実の罪で投獄されていた所を助けてくれた、命の恩人。

 

出会った時の輝哉は十四歳で、悲鳴嶼は十八歳だった。

 

だが、その立ち振る舞いは四つも年下だとは思えない程のものだった。

 

『君が人を守るために戦ったのだと、私は知っているよ。君は人殺しではない』

 

彼はいつでも、その時人が欲しくてやまない言葉をかけてくれる人だった。

だからこそ、多くの柱は彼を崇拝するのだ。

 

(お館様の荘厳さは、出会ってから死ぬまで変わることがなかった)

 

悲鳴嶼は思い出していた。彼がなぜ、無惨の襲撃を予測し、奇襲することができたのか。

 

それは五日ほど前に遡る。

 

悲鳴嶼は一人、輝哉に呼ばれて産屋敷邸を訪れていた。

周りに他の柱の姿はなく、彼だけが極秘で呼び出されたのだ。

 

『五日・・・以内に、無惨が・・・くる・・・』

 

床に臥す輝哉の言葉に、悲鳴嶼は小さく息をのんだ。

 

『私を・・・囮にして・・・無惨の頸を・・・取ってくれ・・・』

『・・・何故そのように思われるのですか?』

 

悲鳴嶼は微かに表情を強張らせながらも、冷静を装いながら尋ねた。

 

『ふふ・・・勘だよ・・・、ただの・・・。理屈は・・・ない・・・』

 

輝哉は小さく笑いながらそう言った。

 

産屋敷家はワダツミの子同様特殊な声を持っていたが、それ以上にこの"勘"というものが凄まじかった。

"先見の明"ともいう、未来を見通す、所謂予知能力というものだった。

 

この力により彼らは財を成し、幾度もの危機を回避してきていた。

 

『他の・・・子供たちは・・・私自身を・・・囮に使うことを・・・承知しないだろう・・・。君にしか・・・頼めない・・・。行冥・・・』

 

輝哉の弱弱しくも真剣な声に、悲鳴嶼は涙を流しながら頷いた。

 

『御意。お館様の頼みとあらば』

『ありがとう・・・』

 

輝哉は心からの感謝の言葉を述べた。

 

『どうか・・・、もうこれ以上・・・私の大切な子供たちが・・・死なないことを・・・願って』

 

その姿が、悲鳴嶼にとっての彼の最後の姿だった。

 

産屋敷輝哉という人の決意と魂を決して無駄にしないために、必ず鬼舞辻無惨を討ち倒す!

 

託された想いを乗せながら、悲鳴嶼は日輪刀を振るった。

 

手ごたえはあった。だが、悲鳴嶼は違和感を感じていた。

鬼が死ぬときの灰のような匂いはせず、奇妙な音まで聞こえてきた。

 

(・・・やはり!!)

 

悲鳴嶼は硬かった表情を更に強張らせながら、その光景を見ていた。

 

(お館様の読み通り、無惨、この男は)

 

――頸を斬っても、死なない!!

 

悲鳴嶼に砕かれた無惨の頭部は、凄まじい速度で再生していた。

 

『行冥』

 

悲鳴嶼は輝哉から無惨襲撃を告げられた後、ある事を告げられていた。

 

『恐らく無惨を滅ぼせるのは・・・、日の光のみではないかと思っている・・・。君が頸を破壊しても彼が死ななければ、日が昇るまでの持久戦となるだろう・・・』

 

その予測通り、無惨は頸ごと頭部を破壊されても死ぬことはなかった。

 

(さらにこの肉体の再生速度。音からして、今まで退治した鬼の比ではない)

 

悲鳴嶼は投げた鋼鉄球を戻しながら考えた。

 

(お館様による爆破と、協力者による弱体化があっても、これほどの余力を残した状態。夜明けまで、この化け物を日の差す場に拘束し続けなければならない)

 

勿論、無惨もこのまま黙って拘束され続けているような男ではない。

無惨は珠世から左手を離すと、悲鳴嶼へと向けた。

 

悲鳴嶼が目を見開くと同時に、無惨の腕から有刺鉄線のようなものが生えだした。

 

――黒血枳棘

 

無惨の血鬼術と思わしきものが、悲鳴嶼の周りに展開し覆い尽くそうとした。

 

――岩の呼吸 参ノ型――

――岩軀の膚

 

悲鳴嶼は鎖斧の刃と鉄球を自身の周囲に振り回し、向かってきた血鬼術を一瞬で薙ぎ払った。だがそれでも、黒い棘は尽きることなく無惨の腕から生え続けた。

 

その時だった。

 

「テメェかァアア!!」

 

空気を斬り裂くような鋭い声が、あたり中に響き渡った。

 

「お館様にィイ、何しやがったァアーーー!!!」

 

それは、鬼のような形相で叫ぶ実弥の声だった。

その声を皮切りに、あちこちから人の気配がする。

 

(柱達が集結。お館様の采配、見事・・・)

 

「お館様ァ!!」

「お館様」

 

森の中から飛び出してきたのは、蜜璃と伊黒の二人。その後からも次々と柱達が飛び出してきた。

 

「無惨だ!!鬼舞辻無惨だ!!」

 

悲鳴嶼の雷のような怒鳴り声が響き渡る。

 

「奴は頸を斬っても死なない!!」

 

その声に、皆の表情が大きく変化し、目の前にいる男を凝視した。

 

(!!!!コイツがァ!!!)

(あれが・・・!!)

(あの男が!!)

 

実弥、蜜璃、伊黒の顔が強張り、

 

(奴が・・・・!!)

(鬼舞辻!?)

 

義勇、しのぶの顔が鋭くなり、無惨がこちらを振り向いた時だった。

 

「無惨!!」

 

炭治郎の怒りに満ちた声が響き渡り、

 

「貴ッ様ァアアー!!!」

 

汐の殺意に満ちた怒鳴り声が重なった。

 

その声に導かれるように、全員の殺意が一気に膨れ上がる。

 

――霞の呼吸 肆ノ型――

 

――蟲の呼吸 蝶ノ舞――

 

――蛇の呼吸 壱ノ型――

 

――恋の呼吸 伍ノ型――

 

――水の呼吸 参ノ型――

 

――風の呼吸 漆ノ型――

 

――海の呼吸 陸ノ型――

 

――ヒノカミ神楽――

――陽火突

 

全員がそれぞれの技を一斉に、無惨に向けて放とうとしたときだった。

無惨がにやりと笑みを浮かべたかと思った、その時。

 

突然、奇妙な浮遊感を足元に感じた。

 

目を凝らせば、無惨を含めた全員の足元に、ぽっかりと空洞が開いていたのだ。

 

それはまるで、障子戸のようだった。

 

攻撃は無惨に届くことなく、皆それぞれ落ちて行く。

 

「これで私を追い詰めたつもりか?貴様らがこれから行くのは地獄だ!!目障りな鬼狩り共、今宵皆殺しにしてやろう」

 

無惨の声が響く中、それを遮るように炭治郎の声が飛び出した。

 

「地獄に行くのはお前だ、無惨!!絶対に逃がさない、必ず倒す!!」

「この時を何百年も待ったんだ!!頸を洗って待っていろ!!」」

 

汐の鋭い声が、炭治郎の声に重なった。

 

「面白い」

 

珠世と共に落ちて行く無惨は、口元を大きく歪ませて笑った。

 

「やってみろ、できるものなら。竈門炭治郎、ワダツミの子!!」

 

全員が暗闇に飲み込まれると同時に、障子戸は閉じ跡形もなく消え去った。

 

残るのは、未だ囂々と燃え続ける屋敷の残骸だけだった。




いつもウタカタノ花を愛読いただき、誠にありがとうございます。

誠に勝手ではございますが、話数の関係のため、ウタカタノ花本編をいったん完結とさせていただきます。

次回からは数話の幕間の後、続編であるウタカタノ花~無限城血戦編(仮題)を公開させていただきます。

それまでしばしの間お待ちくださいませ。

今後ともウタカタノ花をよろしくお願いいたします。


薬來ままど

追記
ウタカタノ花続編連載中です
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