汐と炭治郎が無事に帰還し、禰豆子も目覚めてから七日後。
「あれ?禰豆子がいない・・・」
夜の帳が降り、月明かりだけが照らす夜。炭治郎は寝床に禰豆子の姿がないことに気が付いた。
それと同時に外から聞こえてくる、透き通るような歌声。
「この声は、汐だな。もしかして、また二人で一緒にいるのか?」
炭治郎はそのまま外に出て、歌声が聞こえるほうへ歩みを進めた。
そこには、岩に座って歌を披露する汐と、それに合わせて小刻みに体を揺らす禰豆子の姿があった。
あの日から二人はすっかり仲良しになり、夜になればこうして二人でいることが増えた。
特に彼女の歌を禰豆子はとても気に入ったらしく、歌をせがむようになったくらいだ。
ひとしきり歌い終えると、汐は炭治郎の姿に気づく。彼もまた禰豆子を挟むように隣に座ると、一面の星空を見つめた。
「禰豆子、すっかり汐の歌が好きになったみたいだな」
「そうみたい。もう何回歌ったか忘れちゃったわよ」
汐はそういってゆったりとほほ笑んだ。
「その歌。確か汐が村でよく歌っていたわらべ歌だったか?」
「よく覚えてるね。そうだよ。元々は【ワダツミヒメ】を鎮めるための歌が変化した、なんて言われているけど」
「ワダツミヒメ?」
炭治郎が首をかしげると、汐は昔のことを思い出すように遠い目をした。
「あたしの村に代々伝わるおとぎ話。海を守る女神のお話だよ」
そう言って汐は、おもむろに語りだした。
――むかしむかし、あるところに。
美しい海の女神がおりました。
名を『ワダツミヒメ』と言い、彼女が治める海には命があふれ、人々は日々その恩寵に感謝しておりました。
ある日のこと。ワダツミヒメは、浜辺で一人の若者を見かけました。その人ははるか遠い天上の世界を治める神でした。
その立派な出で立ちに、彼女はすっかり心を奪われてしまいました。
それからというものの、ワダツミヒメは来る日も来る日も、彼のことばかり考えていました。
名はなんというのだろう。どこに住んでいるのだろう。好きなものはなんだろう。
しかし、募るばかりの思いとは裏腹に、彼女は彼に声をかけることができませんでした。
それから長い年月が経ちましたが、ワダツミヒメは彼を忘れることができませんでした。
それならばせめて、彼のために何か贈り物でもしたいと思いました。
ワダツミヒメは、それから彼に何を贈るか三日三晩悩みました。そしてついに、贈り物を決めました。
それは、海の底に咲いているという『泡沫の花』という幻の花でした。
しかし、それは幻というだけありなかなか見つけることができません。
それでも、ワダツミヒメは彼に会いたい一心で必死に探し続けました。
それからさらに年月がたち。ワダツミヒメはついに花を見つけることができました。
彼女はすぐさま花を摘むと、彼の元へと急ぎました。
もうすぐ会える。彼に会える。ワダツミヒメの心は喜びでいっぱいになりました。
しかし、その願いはかなうことはありませんでした。
なぜなら、彼にはすでに心に決めた相手がいたのです。
その瞬間、彼女の心は深い深い闇に包まれ、それに呼応するように、穏やかだった海は荒れ狂い、村や人々を次々に飲み込んでいきました。
それを見かねた神々は、ある人間に海を鎮める歌を教えました。
それを行うと、海は元の穏やかを取り戻しました。
その後、ワダツミヒメが治めていた海のそばの村では、想いを伝えることができなかったワダツミヒメを想い鎮める祭りがおこなわれました。
そしてワダツミヒメを鎮める歌を披露する者を『ワダツミの子』と呼ぶようになりました――
語り終わった汐を、炭治郎と禰豆子は黙ったまま見つめていた。
「これが、あたしの村に伝わるおとぎ話。ワダツミヒメの悲しい恋の物語、だなんていわれてるけど。あたしから見たら、無駄なことしてただ一人で勝手に舞い上がって周りの人間巻き込んだはた迷惑な神様にしか思えないわ」
そう言って汐は空を見上げた。いつもと変わらない、空にちりばめられた星が、優しく空を照りあかす。
「俺はそうは思わないな」
禰豆子の頭をなでながら、炭治郎はそういった。
「確かに多くの人を巻き込んでしまったのは事実だけど、それでも彼女はたくさんの人に慕われていたんじゃないかな。本当にはた迷惑な神様だったら、彼女を祀ったりなんかしないと思うんだ」
それに、と炭治郎はつづけた。
「俺はワダツミヒメのしたことは無駄だとは思わない。大切な誰かの為に困難に立ち向かうっていうのは、決して誰でもできることじゃない。結果は残念なことになってしまったけれど、そのおかげで生まれたものだってある。無駄なことなんてないと思うんだ」
そう語る炭治郎の目は、どこまでも澄んでいて星空や月明かりよりも汐の心を惹きつけた。
彼の言葉はいつもいつも、汐の知らない感情を呼び起こす。
「汐の話を聞いていて思い出したけど、俺の家にも代々伝わるものはあるよ。この耳飾りと、【ヒノカミ神楽】っていう舞だ」
「ヒノカミ神楽?」
「厄払いの神楽と、それを行う呼吸法。新年の始まりに雪の中で一晩中舞って、無病息災を祈るものなんだ」
一晩中と聞いて汐は驚いた表情で炭治郎を見つめる。それを見て、炭治郎は小さく笑った。
「俺の父さんは体が弱かったんだけど、この神楽を踊るときは本当にすごかったんだ。まるで本当に神様みたいで、今でも覚えてる」
「体が弱いのに一晩中舞えるの?」
「ああ。動いても疲れない呼吸法があるって教わった。結局俺が舞う前にみんないなくなってしまったから、その機会はなくなってしまったけれど」
そういう炭治郎の目が悲しみで曇る。汐も少しだけ聞いていた、彼の忌まわしい過去。
そんな思いを払しょくするように、汐は明るい声で言った。
「あたしも炭治郎の神楽、見てみたかったな。きっと素敵なんだろうな。炭治郎の舞う神楽。だってあんたのような素敵な目をした人が踊るものだもん。きっと素敵に決まって――」
そこまで言った後、汐は慌てて口を閉じる。自分が今ものすごく恥ずかしいことを言ってしまった気がしたからだ。
そんな中、禰豆子が急に炭治郎の羽織をつかんだ。どうやら何かを訴えているらしいが、口枷をつけている彼女は言葉を発せないため意図が分からない。
しかし炭治郎はそうではないらしく、困ったような表情を浮かべた。
「禰豆子、なんて言ってるの?」
「俺にも歌を歌って欲しいって。汐みたいに」
「へぇ~、炭治郎の歌か。ちょっと興味あるかも。何か歌ってよ」
炭治郎は少し迷いを目に浮かべたが、禰豆子と汐は期待を込めたまなざしで見つめてくる。
その二人の熱意に負けた彼は、おずおずと口を開いた。
その口から出てきたのは、お世辞にも歌とは言えない程に随分とへたくそなものだった。しかも心なしか、彼の顔も音程と同じように歪んでいる気がする。
その歌のようなものはしばらく続き、やがて唐突に終わりを迎える。呆然と聞いていた汐だったが、
「ブフッ!!」
思い切り噴き出すと、火が付いたように笑い出した。
「あははははは!!なにそれ、おっかしい!いっひひひひひ!!」
腹を抱えて笑い出す汐に、兄妹は呆然と彼女を見つめる。それをしり目に、汐は涙まで流しながら笑い転げた。
やがてひとしきり笑った後、我に返った汐は炭治郎に謝った。
「ごめん。笑ったりして。だけど、炭治郎の、ププッ、歌が、ククッ、あまりにも、その、個性的だった、ウヒヒ、だったから・・・」
どうやらまだ余韻が残っているのか、ところどころ笑いを挟みながら汐は言葉を紡ぐ。
普通の人間ならばここで怒るか困るかだろうが、炭治郎は違った。
「よかった、汐が笑ってくれて。俺、汐がそんな風に笑った顔を見たのは初めてだったからすごくうれしい」
炭治郎の言葉に、汐の頬がわずかに赤く染まる。彼の口から出てくる言葉は、時折ものすごい破壊力を持つからたまったものじゃない。
「・・・あんた、そういうことを平気で言うの、ちょっとまずいよ」
「え?俺、汐の気を悪くすることを言ったのか!?」
「そうじゃなくて・・・、あーもう!!いいわよ!この話はおしまい!!」
顔を赤くしながら、汐は岩を降りて小屋に向かう。残された二人は首をかしげたが、やがて汐を追って小屋の中へと戻っていった。
三人の星空の音楽会は、こうして幕を閉じたのだった。
おまけCS
汐「『こんこん 小山の子兎は なぜにお耳が 長(なご)うござる~』」
炭「あれ?汐もその子守唄知ってるのか?」
汐「も、ってことは、炭治郎も知ってるの?」
炭「ああ。俺の母ちゃんがよく歌ってくれた子守唄なんだ」
汐「へぇ~、そうなんだ」
炭「禰豆子もこの歌が好きだったから、歌ってあげたら喜ぶよ。汐は歌が上手だから余計にさ」
汐「・・・・」
炭「汐?どうしたんだ?」
汐「え?な、何でもないよ」
炭「そうか?体調が悪いなら、無理はするなよ」
汐「大丈夫だよ、ありがとう」
汐(なんであたし、この歌を知っているんだろう・・・?炭治郎が知ってるんだから、村の歌、じゃないよね・・・?)
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)