ウタカタノ花   作:薬來ままど

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三章:鬼と人と
壱(再投稿)


暗く広い部屋の中に、布がこすれるような音が小さく響く。

部屋の真ん中では一つの影が、何やら一心不乱に手を動かしている。

その影が手にしているのは、さび付いた一本の縫い針。そしてその針の穴には、血のように真っ赤な糸が通されている。

 

影はそのまま機械の様に手を動かし続ける。何度も、何度も、針を突き刺す。

突き刺すたびに、ぷつりという小さい音が何度も何度も響く。そしてそのたびに滴り落ちる、赤黒い雫――

 

――にんぎょうにんぎょうつくりましょう

あたまをつけておててをつけて

あんよもふたつつけましょう

きれいなきものもきせましょう

きれいなきれいなおにんぎょう

わたしだけのおにんぎょう

 


 

 

「行先ハァ~、南東ノ町デスヨ~。南東ノ町デス~」

鎹鴉は間延びした声で、汐の周りをゆったりと飛びながら告げる。これから鬼を退治しに行くという危険な任務を告げる鳥のはずなのに、とてもそうは見えない。

軽い脱力感を感じながら、汐は歩みを進めていた。

 

(まるでウオノタユウ(マンボウ)みたいだわ・・・)と、ぼんやり思っていたがふと、汐の頭にある疑問が浮かんだ。

 

「ねえあんた。あんたって名前はあるの?あんたのこと、あたしはなんて呼んだらいいの?」

汐が問いかけると、鴉はゆったりと答えた。

 

「名前ハマダアリマセン~。モシモヨロシケレバ~、貴女ガ付ケテクダサイマシ~」

「え?そうなの?うーん、そうねぇ・・・」

 

汐はしばらく首をひねっていたが、やがて何かをひらめいたように手を打ち鳴らした。

 

「じゃあ、【ソラノタユウ】はどう?あんたのしゃべり方ってなんとなくウオノタユウ(マンボウ)っていう魚を思わせるの。でもあんたは空を飛ぶからソラノタユウ。どう?」

すると鴉は「構イマセンヨォ~」とまんざらでもない風に答えた。

 

「じゃあ今からあんたの名前は【ソラノタユウ】ね。よろしく」

汐がそういうと、鴉、ソラノタユウは汐の肩に乗りゆったりと鳴いた。

 

その瞬間、背後で何かが崩れるようなものすごい音が響いた。

驚いて振り返ると、馬車が止まっており積んでいたと思われる荷物が崩れてしまっていた。

荷車の持ち主と思われる男は、頭を抱えてうろたえている。

汐はすぐさま男に駆け寄った。

 

「大丈夫!?けがはない!?」

「あ、ああ。俺は大丈夫だ。けど、積んでいた荷物が崩れちまった・・・」

汐が周りを見回すと、数はそれほど多くはないものの、結構な大きさがある。おそらく積み方を誤ったため、振動で崩れてしまったのだろう。

 

「まいったなぁ。この先の町まで運ばなきゃならねえのに、一人で積みなおしてたら日が暮れちまう・・・」

男は困ったようにぶつぶつと呟く。そんな彼に、汐は間髪入れずに口を開いた。

 

「あたしが積みなおすのを手伝うよ!」

「ええ!?」

男は驚いて汐の顔をまじまじと見つめた。

 

「無茶だ。荷物は多くはないがかなりの重さがある。お前さんみたいな子供に運べるわけがない」

「大丈夫。こう見えてもあたし、力持ちなのよ。いいから黙って任せて」

 

そう言って汐は散らばった荷物の一つの前に立つ。試しにつかんでみると、なるほど、結構な重さだ。

普通の少女だったらどんなに力を込めても持ち上げることすら不可能だろう。しかし、汐は普通の少女ではない。

鬼と戦う力を持つ、鬼殺の剣士だ。

 

――全集中――

 

汐は息を強く吸い、意識を集中させる。そして荷物に手をかけると、一気に引き上げた。

決して軽くなかった荷物が、地面から浮き上がる。そのあり得ない光景に、男は呆然と汐を見つめていた。

そのまま汐は荷物を次々に持ち上げ、荷台に綺麗に乗せる。それから男と一緒に縄できちんと固定した。

 

「こりゃあ驚いた。あんた、本当に力持ちなんだなぁ。おかげで助かったよありがとう」

「いいのよ別に。それよりあたし、これから南東にある町に行きたいんだけれど、あとどれくらいで着く?」

汐が訪ねると、男は驚いた顔で首を横に振った。

 

「ここから町まではかなりの距離があるぞ。歩いてなんかいったら明日になっちまう」

「えー!?そんなに遠いの!?」

思わぬ答えに汐は思わず声を上げてしまう。距離があることは覚悟していたものの、流石に日にちを跨ぐとは思いもしなかったのだ。

困った顔をする汐を見て、男は少し考えた後口を開いた。

 

「お前さんがよければ乗せて行ってやろうか?歩けば一日かかるが、馬車ならその半分で着くからな」

「え?いいの?」

「ああいいとも。ちょうど同じ方向だからな。荷物運びを手伝ってくれた礼さ」

 

男は気前よく親指を立て、真白な歯を見せてにっこりと笑った。

 

馬車の荷台に乗せてもらった汐は、揺れる空を眺めながら目を閉じだ。

旅立つ前に、鱗滝から言われた言葉がよみがえる。

 

それは、目覚めた禰豆子の事についてだった。

 

 

*   *   *   *   *

 

 

 

その夜、鱗滝は二人を呼び出し彼が禰豆子に暗示をかけたことを伝えた。

それは【人間が家族に見え、人を傷つける鬼を敵と認識する】というものだった。

「人間が、家族・・・」

汐は小さくつぶやく。禰豆子が汐になつくのは、自分が彼女の家族のだれかに見えていると分かったからだ。

それはすなわち、汐自身を認識しているというわけではないということだ。

 

「汐・・・」

炭治郎は悲しげな目で汐を見るが、汐は首を横に振った。

 

「大丈夫だよ、炭治郎。嫌われるよりはずっといいよ。そう、ずっとね・・・」

そう言って笑う汐の顔は、心なしか少しひきつっているように見えるのであった。

 

*   *   *   *   *

 

(炭治郎、禰豆子。今頃どうしてるかな・・・)

 

別れてからまだそんなに時間はたっていないはずなのに、目を閉じれば二人の事ばかり思い出してしまう。

二人が強いのはわかっているけれど、もしもどこかで傷ついてしまったらと考えてしまうのだ。

だが、そんな思いを汐は首を大きく振って払拭した。炭治郎とは金打をした仲だ。そう簡単に彼が約束を破るはずがない。

 

今は、任務の事だけを考えよう。

 

そう気合を入れて、汐は鉢巻きを締め直した。

 

それから数刻後。

「お~い、着いたぞ」

男から声をかけられ、汐ははっと目を覚ました。早朝から歩き続けてきたせいか、いつの間にか眠ってしまったらしい。

慌てて荷台から降りると、すでに昼時は過ぎていた。

 

そして彼女の眼前には、目的地の町が広がっていた。

汐が思っていたよりも町は大きく、建物が並び人が行きかっている。

始めてくる場所に、汐の心は小さく踊った。

 

「んじゃあ、俺はこの先の集落まで行くからお別れだ」

「うん、ありがとうおじさん」

「いいっていって。何をするつもりはか知らんが、頑張れよ、兄ちゃん!」

男の言葉に、にこやかに礼を言った汐の顔が固まる。急に固まった汐を、男は怪訝な顔で見つめた。

 

「あのさ、おじさんに一つだけ言っておく。あたし、これでも一応ですから」

青筋を立てながら訂正する汐に、男の顔がさっと青くなる。

 

「す、すまねえ嬢ちゃん!余りにも逞しかったからつい・・・」

「ううん、いいの。いいのよ。もう慣れてるから。うん、慣れてるから・・・」

腹立たしさを必死に隠しながら、汐は笑顔で男と別れた。

 

町に入ると、たれが焼ける匂いが汐の鼻をくすぐった。あたりを見回すと、近くに焼き鳥を焼いている屋台が見える。

それが視界に入った瞬間、汐のおなかの虫が盛大に鳴いた。

 

「・・・まずは腹ごしらえをしよう。腹が減っては鬼退治はできぬっていうしね」

本来の言葉は腹が減っては戦はできぬなのだが、鬼狩りである汐にはその言葉はあながち間違ってはいないのだ。

 

汐は屋台に近寄ると、並んでいる品物を見つめる。鳥皮、ねぎま、つくね、ハツ・・・どれもが皆汐を誘うようにおのれを主張している。

何を食べようか迷っていると、気前のよさそうな店主が声をかけてきた。

 

「らっしゃい。おや?あんたここらじゃ見かけない人だね。旅行者かい?」

「う~ん、まあそんなとこ。探し物をしてここまで来たの」

「へぇ、こんな辺鄙な場所までよく来たもんだ。で、どれにするんだい?」

 

汐はつくねと鳥皮を一本ずつ頼むと、その場で舌鼓を打つ。絶妙に焼かれた鶏肉が、汐の味覚を刺激する。

 

だが、汐の本当の目的は観光ではない。早く鬼の情報を集めなければならないが、鬼殺隊は政府から直接認められていない組織。

当然、鬼の存在も広くは認知されてはいない。もしも直接そのようなことを聞けば、間違いなく変に思われるだろう。

どうしようか、と思ったその矢先だった。

 

――にんぎょうにんぎょうつくりましょう

あたまをつけておててをつけて

あんよもふたつつけましょう

きれいなきものもきせましょう

きれいなきれいなおにんぎょう

あなただけのおにんぎょう

 

どこからか歌のようなものが聞こえ、汐は思わず目を向ける。すると、通りの向こうから一人の老人が歌を口ずさみながらふらふらと歩いてくるのが見えた。

 

白髪だらけの頭に、みすぼらしい着物。そして、右腕があるはずの場所には、袂だけがゆらゆらと揺れている。隻腕の男だった。

男は焦点の定まらないまなざしをあちこちに向けながら、そのまま歩き去っていった。

 

「あれは・・・?」

汐がもっとよく見ようと立ち上がると、店主は渋い顔をしながらそれを制した。

 

「かかわらないほうがいいぜ、旅人さん。ありゃあこの通りの奥に住む【菊屋】のおやじだ」

「菊屋のおやじ?」

 

汐がオウム返しに聞き返すと、店主はそのまま忌々しそうに言った。

 

「昔は腕のいい人形職人だったらしいが、今は見ての通り、頭がいかれちまってるんだ。時々ああやって歌を歌いながら町を徘徊するんだが、おかげで子供たちは怖がって外には出ないし、客も寄り付かなくて商売あがったりだ。あ~あ、はやいとこくたばってくれねえかな・・・」

 

店主がぼそりとそんなことを漏らす。汐は思わず店主の顔を見つめると、その目にははっきりと蔑みの意思が見えた。

それを見た瞬間、汐は一気に食欲をなくしてしまった。が、食べ物を粗末にするわけにもいかず、無理にでも押し込む。

 

「・・・ご馳走様」

 

汐はぶっきらぼうにそういうと、早々とその場所を後にした。あんな店主に焼かれた焼き鳥が気の毒でたまらない。

それよりも、何故だか汐はその男がとても気になった。

 

確かに情緒は安定していないようだったが、汐は見逃さなかった。彼の目の奥に深い悲しみが宿っていることを。

汐は男が歩き去った方角へ足を進める。すると、数里先で男が座り込み歌を歌っている。

 

その声がなんだか悲しくて、汐の胸が締め付けられた。まるで、ここにはいない誰かに聞かせているようで・・・

 

「ねえ、おじいさん。ちょっといい?」

 

汐はためらいもせず男に声をかけた。男はしばらく歌い続けていたが、汐の存在に気づき歌を止めて声をかける。

 

「おや~。今日はいいてんきでおいしいですなあ~。はてさて、儂のまんじゅうはばあさんですじゃ」

男の言うことは支離滅裂で、確かに精神的に参ってしまっているようだ。だが、汐の服装を見た瞬間。男の目がかっと見開かれた。

 

「そ、そ、その隊服・・・、あ、あ、あんたは・・・いや、あなた様は・・・もしや・・・、鬼狩り様でございますか!?」

「え!?」

男の突然の変わりように、流石の汐も驚きのけぞった。だが、それよりも早く男は汐の羽織を強くつかむと、大声で叫んだ。

 

「お願いします鬼狩り様!!孫を、孫娘をどうかお救いください!!私の孫娘が鬼に・・・!!!!」

 

そこまで言うと、突然男の体がぐらりと傾きずるずると地面に倒れこんでしまった。

 

「おじいさん!?ちょっと、しっかりして!!」

 

汐は声をかけながら男を必死で揺さぶるが、彼は何の反応も示さないまま倒れこんだままだ。

汐はすぐさま男を背負うと、そのまま彼の自宅まで走っていった。

 

男の自宅は、一見するととても人間が住めるようなものではない掘立小屋のようなものだった。

中に入ると、部屋の中心には敷きっぱなしで黴の臭いがする布団があり、その周りには人形を作るための道具らしきものがあちこちに散らばっている。

 

汐は男を布団に寝かせると、水瓶に残っていた水をすくう。すると男は小さく瞼を震わせその目を開いた。

 

「大丈夫?あんまり無理しちゃだめよ」

汐はそういってすくった水を男に渡した。男はそれを受け取ると、一気に飲み干した。

 

「・・・いやはや、みっともない姿をお見せしてすみません」

 

男ははっきりとした口調でそう言い、汐に視線を向ける。心なしか、視点もしっかりしているように見える。

 

「これくらいなんでもないわ。ところで、さっき言ってたこと覚えてる?あんた、あたしのことを見て【鬼狩り様】って言ってたけど」

 

汐の言葉に男は肩を大きく震わせる。そして、目を見開き口を開いた。

 

「そうだ。私の孫娘が鬼めに連れ去られてしまったのです!どうか、どうかお救いを・・・」

「落ち着いて。まずは詳しく話してちょうだい。何があったのか」

 

汐に促され、男はぽつりぽつりと語りだした。

 

「私の名は菊松右衛門(うえもん)と申します。この地で息子夫婦と共に人形職を営んでおりました」

男、右衛門(うえもん)は息子夫婦で人形職人をしていたが、孫娘が生まれてからは夫婦とは疎遠気味になってしまっていた。

だが、孫娘だけは毎日のように祖父である彼の元に遊びに来ていたという。

 

「あの子は私の作る人形が大好きだと、毎日のように言っておりました。そして自分もそれを真似て、余った布切れなどで人形を作ることをしていたのです。その時間が、私は何よりも幸せだった」

 

右衛門(うえもん)はそういって、懐かしむかのように目を細める。だが、次の瞬間には、その顔は苦悶に満ちたものに変わった。

 

「だのに!その幸せは突然奪われた!あの、あの鬼のせいで!」

右衛門(うえもん)はそう叫んだあと、激しくせき込みだす。汐は慌てて彼の背中をさすり、落ち着かせる。

 

「その日は珍しく孫娘が来なかったため、私も久しぶりに息子夫婦の家を訪ねたのです。すると、そこには、そこには・・・」

 

おびただしい量の飛び散った血痕と、その血の海に沈む息子夫婦。そして、その中心でうなり声をあげている異形のモノ。その手には、孫娘がいつも大事にしている人形が握られていた。

悲鳴を上げて後ずさる彼に、それは飛びつき彼の腕を食いちぎった。そしてそれはそのまま、どこかへと去っていった。

 

「私はその後、町の者に助けを求めかろうじて生き延びました。しかし、私の話を誰も信じてはくれなかったのです」

「でしょうね。人食い鬼なんて一般的には認知されていないもの。あたしだって、信じられなかったくらいだし」

そのころから彼は精神に異常をきたし始め、記憶もだんだん薄れていったという。そんな中、昔鬼狩りの話を聞いていたことを、汐の隊服を見て思い出したという。

 

「おねがいします、鬼狩り様。どうか、どうか孫娘を救ってください」

縋りつく右衛門(うえもん)を見て、正直汐は迷った。彼の話からすると、孫娘がさらわれたのはもうずいぶんと昔の事であり、普通に考えれば生きている確率は零に近い。

だがそれでも、汐は右衛門(うえもん)の手を振り払うことはできなかった。もしも、もしも()だったならば、きっとこう言うだろう。

 

「・・・わかりました。お孫さんは必ず救います」

 

汐は右衛門(うえもん)の手を握りしめてはっきりとした口調で答えた。その言葉を聞いた彼は、大粒の涙を流して何度も何度も礼を言った。

 

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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