ウタカタノ花   作:薬來ままど

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汐は刀を抜いたままゆっくりと鬼に近づく。鬼は手を止めたまま振り返らない。

その落ち着き具合を不気味に思いながらも、汐は切っ先を鬼に向けたまま言った。

 

「あんたがこの町を縄張りにしていた鬼ね。あんたに恨みは・・・いっぱいあるけど。仕事だから斬らせてもらう。でも、その前に聞きたいことがある」

 

汐はいったん言葉を切った後、小さく息を吸いながら言葉を紡いだ。

 

「質問は三つ。まどろっこしいことは嫌いだから単刀直入に言うわね。一つ。この町の菊屋のおやじ、右衛門じいさんの孫娘を知ってる?」

 

鬼は答えない。ただ、持っている縫い針を手でもてあそぶようにしている。

汐は小さくため息をつくと、「二つ目」と言った。

 

「さっきまで歌っていたあの歌。どこで覚えたの?あたしが知る限り、よく似た歌を歌っていたのは一人だけよ」

 

言葉を紡ぐたびに、汐の顔がゆがんでいく。自分がここに来るまでに導きだした答えを、できれば言いたくないように。

 

「じゃあ最後の質問ね。孫娘の事、知らないはず、ないわよね」

汐は今度は質問の語尾を変えた。尋ねる、ではなく、確信を持った口調で。

するとここで初めて、鬼がゆっくりとこちらを振り向いた。その顔を見た瞬間、汐は自分の予想が当たっていたことを知る。

 

孫娘を探す際、汐は彼女の特徴を右衛門から聞いていた。

 

――孫娘は目がとてもきれいで大きく、そして右目下と左ほおに、小さな黒子があるのです。そして、いつも【人形の歌】という歌を歌っていたのですよ・・・

 

振り返った鬼の顔には、聞いていた孫娘と同じ位置に黒子がしっかりとあった。

あの日、孫娘は鬼にさらわれたのではなく。彼女自身が鬼であり、両親を食い殺し祖父の腕を奪った張本人だったのだ。

 

(ああ、やっぱりそうか。あの歌を聞いた時からもしやと思っていたけれど)

 

汐は唇をかみしめ、目の前の鬼を見据えた。鬼はしばらく呆然としていたが、やがてにやりと狂気じみた笑みを浮かべた。

 

「あなたのかみのけ、とってもきれいなあおいいろをしてるのね」

「・・・お褒めにあずかり光栄、とでもいえば満足するの?」

 

汐はわざと皮肉めいた口調で告げると、鬼は笑みを浮かべたまま静かに口を開く。

 

「あなたのかみのけをにんぎょうにつかったら、きっともっとすてきになるわ。だから、おねがい」

 

――あなたのかみのけ、くびごとわたしにちょうだい?

 

「悪いけど、あんたにやるものはびた一文だってないわよ!!」

 

汐がそう叫んだ瞬間、どこからともなく大量の人形が汐に飛び掛かってきた。だが、先ほどと同じような動きをする人形に、汐はもう惑わされはしない。

 

「二度も同じ手を食らうと思ったら大間違いよ!」

汐はそう叫んで、人形に向かって刀を構えると、腰を低く落し大きく息を吸った。

 

全集中・海の呼吸

参ノ型 磯鴫(いそしぎ)突き・乱打!!

 

汐の刀が目にもとまらぬ速さで何度も突きを放つ。その突きから生み出される衝撃波が、周りの人形を吹き飛ばした。

だが、汐は妙な手ごたえを感じた。さっきの人形は人形らしき硬さがあったのだが、今の人形のものはそれではなく、まるで柔らかい肉を突き刺したような感触だった。

その懸念は次の瞬間的中する。汐が貫いた人形がぐにゃりと形を崩し、突如鞭のようにしなり汐の首筋を狙ってきた。

 

汐はすぐさま頭を振ってかわすが、頬に一筋の赤い線が付いた。それからほかの人形たちは形を崩したまま、主である鬼の下へ集まっていく。

その時。汐は奇妙なことに気づいた。目の前にいる鬼なのだが、心なしか体が小さいような気がする。

否、鬼である以上体の大きさを変化させることは可能であった。現に彼女の友人竈門禰豆子が体を小さくしてはこの中に入っているのを見たことがある。

 

だとしても、それをもってしても目の前の鬼は小さかった。奇妙なほど。

 

――その理由は、すぐに明らかになった。

 

形が崩れた人形たちがドロドロに溶けたと思うと、鬼の下半身へと次々に集まっていく。そして鬼がその身をゆらりと起こした。

鬼の下半身には、肉色をした人間の顔がいくつもついていた。皆断末魔の苦悶の表情をした、非常におぞましいものだった。

そのあまりの醜悪さに、汐の前進の肌が粟立つ。

全容を現した鬼の手には、巨大な裁ちばさみが握られている。そして、狂気じみた笑みを浮かべながらその鋏を汐に向かって振り下ろした。

 

汐は寸前で後ろに飛び、その一撃を回避する。だが、間髪入れずに鬼は刃を横なぎに払った。

それを後ろ宙返りでかわすと、次の瞬間。

下半身にあった顔の一部が宙を飛び、人形の形に変わる。そしてその口からは銀色の何かが飛び出してきた。

 

とっさに頭を振ってよけると、それはよく磨かれた縫い針だった。そして瞬きをする間もなく、いつの間にかあたりは再び人形に囲まれていた。

 

(そうか、そうだったのか!こいつの血鬼術は()()()()()()()じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだ!だから、いくら人形を壊しても、本体が無事な限り人形はいくらでも増える!)

 

しかもどの人形にも人を殺める細工がしてあるらしく、針を吐くもの、腕が剃刀になっているものなど種類がある。

さらに厄介なことに、鬼は弱点である頸すらも切り離して移動することができる。これでは頸を斬ることができない。

 

(どうする?どうする・・・!?)

 

攻略法が分からず困惑する汐に、鬼は容赦ない攻撃を仕掛けてくる。針をよけ、剃刀をよけ、はさみを受け止める。

疲れ知らずの鬼とは違い、呼吸法で強化しているとはいえ汐は人間だ。いずれは疲労で動けなくなる。鬼はそれを狙っているようだ。

 

その狙いが的中したのか、汐の足は非常にももつれてしまい転んでしまう。それを好機と踏まえた鬼がはさみを振り下ろす。

 

しかしギリギリのところで汐はそれを回避するが、おいてあった水瓶に頭から突っ込んでしまった。

派手に音を立てて瓶が割れ、冷たい水が汐の全身を濡らす。水に強い隊服は無事だったが、玄海の形見である鉢巻きが水で濡れてしまった。

心なしか、頭が少し締め付けられる気がする。

 

だが、その刺激のせいだろうか。汐の頭の中にある考えが浮かんだ。バラバラの状態ではいくら攻撃しても頸は斬れない。なら

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

汐は体をひねり、突っ込んできた人形をかわす。そして汐はあるものに狙いを定めた。

それは、鬼が振り回している裁ちばさみだ。だが、それを奪うには人形の猛攻を抜けて近づく必要がある。

 

その方法が一つだけ、彼女にはあった。

 

全集中・海の呼吸

伍ノ型 水泡包(すいほうづつみ)!!

 

汐が動いた瞬間、鬼の目が見開かれた。先ほどまでそこにいたはずの人間の姿が見えない。

慌ててあちらこちらに視線を動かすも、その姿を捕らえることはできない。

否、汐はずっと鬼の前にいた。ただ、鬼の盲点に入る動きをしていたため、姿が見えなくなったように見せていたのだ。

 

そのせいで鬼は汐の接近を許し、汐はその隙をついて裁ちばさみを奪った。

 

鋏を奪われたことに気づいた鬼が、狼狽えながら全ての人形たちを終結させる。その瞬間を、彼女は待っていた。

 

全集中・海の呼吸

肆ノ型 勇魚(いさな)昇り!!

 

汐は鉢巻きを外し裁ちばさみに瞬時に結び付けると、鬼の下側へ滑り込む。そして渾身の力を込めて真上に鋏を突き上げるようにして投げた。

 

血しぶきをあげながら、鋏は鬼の体を脳天まで貫く。それに合わせて汐も上側へ移動し裁ちばさみを受け止めると、今度は下側に向かって投げつける。

 

――肆ノ型・改 勇魚(いさな)下り!!

 

再び下側へ回ったら再び上へと、まるでまつり縫いの様に鬼を縫い付けていく。しかも鉢巻きは切れることなく驚くべき長さまで伸びていく。

汐は思い出していたのだ。玄海の形見の鉢巻きは、水で濡れると伸縮作用を持つ特別製だったことを。

鬼は完全に縫い付けられ、離れた頸が再生力を利用してくっつく。その瞬間を、汐は見逃さなかった。

 

――壱ノ型 潮飛沫(しおしぶき)!!

 

技を出す直前に汐は鉢巻きを引き抜き、くっついた頸が再び離れる前に斬撃を放つ。コンマ数秒の戦いを制したのは

 

 

――汐の斬撃だった。

 

頸が離れると同時に、体の人形たちは灰になって崩れていく。汐は刀についた血を払うと、鬼に向き合った。

鬼は呆然とした表情のまま汐に視線を向けたまま消えていく。

 

(あたしは炭治郎みたいに優しくはないし、鬼に同情なんてしない。ただ、こいつが、()()()()何故鬼にならなければならなかったのか。どうしてこんなことになってしまったのか・・・それを思うと悲しいものね)

 

汐はじっと消えていく鬼の頸を見つめている。すると、彼女の口がゆっくりと開き、たった一言だけ言葉が漏れた。

 

「お・・・じ・・・い・・・ちゃん・・・だい・・・すき・・・」

 

汐は思わず息をのんだ。鬼になったものは人間の記憶をほぼ持たないというが、この娘は消える寸前に思い出したのだ。大好きだった祖父、右衛門のことを。

そして彼女は一筋の涙を流しながら、灰になって消えていった。

残された部屋の中央には、何度も継ぎ接ぎされた着物を身にまとった、とても古い人形が一体だけ鎮座していた。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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