ウタカタノ花   作:薬來ままど

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四章:遭遇


鎹鴉に導かれてやって来た浅草は、完全に別の世界だった。

まず、もう日は完全に落ちているというのに昼間のように明るい。照明の大きさや数が尋常ではないからだ。

次に、どの建物も今まで見てきたものとは比べ物にならない程高い。見上げ続けていれば、間違いなく首を痛くするだろう。

そして、待ちゆく人々の多さ。人が多すぎて一尺先すらもよく見えない。汐が昔赴いた港町でも、これほどの人はいなかっただろう。

他にも路面を走る列車など、汐の故郷では見たこともないものばかり。

 

まるで物語の中に入り込んでしまったような街並みに、汐は驚きつつも心が躍った。

もちろん、遊びに来たわけではないことはわかっている。しかし、今の彼女の表情は、新しいおもちゃを買ってもらった幼い子供の様に目を輝かせているものだった。

 

そのせいだろうか。背後に怪しい気配が忍び寄っていることに、汐は気づくのが遅れた。

軽い衝撃を感じ振り返ると、みすぼらしい男が汐の荷物を手に逃げ去ろうとしているのが見えた。所謂掏りという奴だ。

掏りは意地の悪い笑みを浮かべながら、そのまま立ち去ろうとする。普通の人間ならば追いかけても追いつくことは難しいだろう。

 

()()()()()ならばだが。

 

汐は瞬時に掏りに距離を詰めると、その腕をつかみ捻り上げた。悲鳴を上げてのけ反る掏りを引き倒し、荷物を回収する。

 

「間抜けなお上りさんだと思った?お生憎。次は相手をもっと見たほうがいいわよ」

軽く軽蔑した目を向けると、汐は周りに気を付けるように告げ人ごみの中に紛れた。

 

とはいえ、これほどたくさんの人に囲まれているとまたさっきの様に掏りに遭われちゃかなわない上に、香水や整髪料などの臭いや人の体臭などが混ざり合い汐は軽い人酔いを起こしてしまった。

普通の嗅覚である彼女がこれでは、きっと炭治郎だったら失神してしまうだろう。

そんなことを考えていると、いつの間にか町からは離れ街灯がぽつりぽつりとある場所に出た。人の波から解放された汐は、ほっと息をつく。

大して動いていないはずなのに、汐は疲労感に襲われていた。おそらく慣れない場所で慣れないことをしたため、頭が付いていかなかったのだろう。

 

ふと、前を見ると小さな屋台が見える。目を凝らしてみると、それには【うどん】と書いてある。

それを見た瞬間、汐のおなかの虫が寂しげに鳴いた。なんだか最近、食べ物を売る店を見るたびにおなかがすいているような気がする。

 

汐はふらふらと身体を揺らしながら、屋台にたどり着く。そこでは禿げ頭の店主が一人、煙管をふかしていた。

「あの~すみません」

汐が声をかけると、店主は少し面倒くさそうに顔を上げた。屋台にはいろいろなうどんの種類が書いてあるが、汐は一番先に目のついたうどんの名を告げた。

 

「「山かけうどんください・・・」」

 

――え?

 

自分以外の誰かの声が綺麗に重なり、汐は思わず目を見開く。そして声のしたほうに首を動かすと、そこには・・・

 

頭を青い布で隠しているものの、見覚えのある、澄み切った夕暮れ海のような眼がそこにあった。

相手も汐の顔を見て驚いたように目を見開く。そして、

 

「・・・炭治郎?」

「・・・汐?」

互いが互いの名を呼び合う。その刹那。うれしさのあまり甲高い声を上げながら、二人は小躍りして喜び互いの手を握った。

 

「炭治郎!久しぶりぃ!!元気だった!?」

「汐こそ!まさかこんなところで君に会えるなんて思わなかったよ!」

 

先ほどの疲れは何処へやら、二人はしばらく互いの手を握ったままくるくると回り再会の喜びを味わった。

そして汐の視線は隣にいた禰豆子に向けられる。

 

「禰豆子!久しぶり!あたしのこと覚えてる?」

汐がそう言うと、禰豆子は少しぼんやりした表情で見つめ返した。そんな彼女を汐はぎゅっと強く抱きしめる。

 

「元気だった?ケガしなかった?変な奴に襲われたりしなかった?」

「え?いや、その」

 

弾丸のようにまくしたてる彼女に、炭治郎は困惑する。その彼の反応に、汐はそれらがあったことを瞬時に悟った。

 

「あったのね。禰豆子を傷つけたバカがいたのね!許せない!今すぐぶっ殺してやるわ!場所を教えて!!」

「落ち着け汐!もう俺が片付けたから大丈夫だ!だから殺意!殺意引っ込めて!!」

怒りのあまり刀を抜く汐を、炭治郎は必死で押さえつけたのであった。

 

*   *   *   *   *

 

興奮する汐を落ち着けた後、二人はうどんができるまでこれまでのことを話し合った。

炭治郎が赴いた場所では、16歳になる娘ばかり狙う鬼が出没し、それを炭治郎と禰豆子の二人で撃退したということだった。

汐も、体の一部を人形に変化させる鬼や、鏡を使った罠を張った鬼を退治したことを話した。そしていずれも、鬼舞辻無惨の名を出すと、皆激しくおびえていたことを。

 

「だから奴の事や禰豆子を人間に戻す方法はわからなかった。ごめんね、炭治郎」

「いいや。汐のせいじゃない。むしろ、礼を言わないと。俺たちの為にいろいろ聞いてくれてありがとう」

「そんなたいそうなもんじゃないわ。鬼舞辻にはあたしにも因縁がある。おやっさんを鬼にした奴は、絶対に許さない」

 

そう言って汐は拳を強く握る。わずかながら殺意の匂いがこぼれる彼女に、炭治郎は顔をしかめたがそれは自分も同じだった。

 

そうしているうちに、禰豆子は炭治郎の肩に寄りかかり寝息を立てている。そんな彼女を、炭治郎は心からの慈しみの眼を向ける。

そんな二人を顔をほころばせながら、汐は口を開いた。

 

「禰豆子、よっぽど疲れたのね。確か、ケガをしたら眠って体力を回復させるのよね」

「鱗滝さんはそう言ってたけれど、それはきっと正しい。現に、任務で禰豆子がけがをした時もしばらく眠っていたから」

「ふふ。しばらく寝かせてあげましょ」

 

汐がそう言うと、うどん屋の店主が山かけうどんを二つ汐と炭治郎に手渡した。アツアツの湯気が立ち上るどんぶりだ。

 

「わあ、おいしそう」

 

どんぶりの中には薄茶色の汁の中に浮いたうどんに、雪のように真っ白なとろろがかけられ、さらに月のような黄色い卵がかわいらしく乗っかっていた。

汐と炭治郎はいただきますと小さくつぶやき、まずは汁をすする。ちょうどいい塩梅の味と香りが、二人の味覚と嗅覚をくすぐり、体がふわりと温かくなる。

 

(おいしい!)

汐はその味に満足し、左手の端で麺をすすろうとした瞬間。

 

――炭治郎が突然、ゆっくりと立ち上がった。持っていたどんぶりをそのまま地面に落として。

どんぶりは地面に落ちて砕け、うどんは見るも無残な姿になってしまった。

 

「わ!ちょっと炭治郎!なにやってんの!?」

食べ物を粗末にするなんて!と、汐が顔をしかめて彼を見上げると、その表情を見て汐も目を見開く。

 

炭治郎は目をこれ以上ない程見開き、息は荒く、顔は青ざめ汗が噴き出している。明らかに様子がおかしい。

 

「炭治郎?ねえ、いったいどうしたの?炭治郎ってば!!」

 

汐が羽織を引っ張っても、呼びかけても炭治郎は答えない。それどころか、置いてあった刀を手に取ると、何かに取り憑かれたように町へ向かって走り出していた。

 

「炭治郎!?待って!!」

 

このまま炭治郎を放っておくわけにはいかない。汐はどんぶりをわきに置くと、舟をこいでいる禰豆子をそっと寝かせる。

 

「おじさんごめん!ちょっと禰豆子見てて!!」

 

汐は切羽詰まった声でそう告げると、炭治郎を追って駆け出した。

 

(炭治郎・・・!どこ!?どこにいるの!?)

 

先ほどの彼の様子は明らかに普通ではなかった。それを思い出すと嫌な予感が汐の全身を支配していく。

だが、前にはたくさんの人が立ちはだかり思うように前に進めない。早く炭治郎を見つけなければいけないのに。焦る心とは裏腹に、足は止められてしまう。

 

「炭治郎!!」

人ごみの中で汐は叫ぶ。その声は無情にもかき消されてしまうが、汐は何度も彼の名を呼んだ。その時だった。

 

耳をつんざくような金切り声が、汐の耳を突き刺した。

 

「ひ、悲鳴!?」

 

汐はすぐさま悲鳴が聞こえた方向に顔を向ける。が、その瞬間。汐のすぐ近くで、すさまじい程の恐ろしい気配がした。

 

(な・・・なに・・・これ・・・?)

 

尋常じゃない程の寒気に似た気配に、汐の体が強張る。それを無理やり動かしてその方向を見ると、そこには――

 

病人を思わせるような青白い顔に、血の様に真っ赤な眼をした長身の男が、目を細めながらどこかを見ていた。

 

「!!!!」

 

その眼を見た瞬間。汐の全身に刃を打ち込まれたような感覚が襲う。その男の眼は、おぞましいという言葉すら生ぬるく感じるほどの何かを宿していた。

これまで汐はたくさんの悪党や鬼の眼を見てきたが、この男の眼は今までの奴らが赤子に見えるほど、この世のすべての負の感情を凝縮しきったようなものをしていた。

身体がガタガタと震え、息が荒くなる。彼女の全身の細胞全てが、こいつにかかわってはいけないと警鐘を鳴らす。

 

(なんだ・・・なんだ・・・!こいつはいったい何なんだ・・・!!??)

 

逃げ出したくなる衝動にかられたが、まるで縫い付けられたかのように体が動かない。このままこいつの圧だけで殺されてしまいそうな、そんなことさえも思い始めたとき。

 

「鬼舞辻無惨!!!」

 

何処からか空気を切り裂く声が聞こえた。その瞬間、汐の体がはじかれたように動く。

 

「俺はお前を逃がさない!何処へ行こうと、地獄の果てまで追いかけて必ずお前の頸に刃を振るう!!絶対にお前を許さない!!」

 

それはまごうことなく炭治郎の声。そして目の前にいる男が、汐と炭治郎の幸せを壊した元凶。

 

――鬼舞辻無惨。こいつが・・・こいつがっっっ!!!

 

汐の目にみるみるうちに殺意が宿る。これ以上ない程の黒い感情が渦巻き、先ほどの恐怖を塗りつぶしていく。

その気配に無惨が気づくのと同時に、炭治郎のうめき声が上がった。

 

「炭治郎!!」

 

汐は弾かれた様に背を向けると、炭治郎がいると思わしき方角へ走る。その彼女の海の底のような真っ青な髪を、無惨の目がとらえた。

 

「!!!」

 

彼の顔に戦慄が走る。だが彼は表情を崩さぬまま妻と娘を連れ、人ごみの中へ消えて行った。

 

「あの耳飾りと、青髪の、娘・・・」と、小さくつぶやきながら。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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