「ちょっとどいて!通して!!」
汐は立ちふさがる人を押しのけながら前に出る。すると、急に人の波が消え開けた場所に出た。
そこには肩から血を流している女性と、何かに馬乗りになっている炭治郎。その下にいたのは口に布を詰められうめいている一人の男。
だが、その眼は完全に正気を失っている。
(鬼!!)
鬼の気配を感じた汐は、すぐさま刀に手をかける。が、炭治郎はそれを見て声を荒げた。
「待ってくれ汐!この人はたった今鬼にされたばかりで誰も殺していないんだ!!刀を収めてくれ!!頼む!!」
炭治郎の声に汐の手が止まる。だが、彼は今押さえつけているだけで精いっぱいのようで、いつ鬼に力負けをしてもおかしくはない。
そして周りには大勢の人間がいる。このまま放っておけば、新たな犠牲者が出るかもしれない。
それに、その男はかなり苦しんでいた。その姿が、あの日の彼女の養父、玄海と重なる。
――おやっさん・・・!
あの時はこれ以上苦しむ彼を見ていられなくて、自分を殺して刃を振るった。これ以上苦しむくらいなら、いっそのこと楽にしてあげるのも優しさの一つかもしれない。
汐の手が震える。
「汐!!」
炭治郎の悲鳴に似た声が耳に入った瞬間、汐は動いた。刀を収め、頭の鉢巻きを外すと、持っていた水をかけた。
「そのまま抑えてて!!」
それから素早く男に駆け寄ると、目にもとまらぬ速さで両腕を縛り上げた。男は苦しそうに鉢巻きを外そうとするが、水にぬれた鉢巻きの強度になすすべもない。
そんな彼女を見て、炭治郎はほっとした顔をしたが、すぐさまもう一度男を抑える。
「ここは俺に任せて、汐はこの人の奥さんの手当てを頼む!」
「わかったわ!」
汐はうなずくと、蹲っている女性の肩の布を、持っていた包帯で縛り上げる。それから昔玄海に教わった出血を止めるツボを強く抑えた。
痛みに顔をゆがませる彼女に、汐は凛とした声で言った。
「気をしっかり持って!あんたの旦那は必ず何とかするから!」
汐の声に、女性の表情が少しだけ和らぐ。すると、騒ぎを聞きつけたのか数人の警察官が彼らの前に現れた。
警察官たちは炭治郎に離れるように促すが、炭治郎は首を横に振った。自分でなければ
だが警官たちは聞き入れず、無理やり炭治郎を引きはがそうとする。
「やめて!その人たちから離れて!」
汐は声を上げ、警官たちの間に入りそれを阻む。汐の真っ青な髪に警官たちは一瞬たじろいだが、汐に食って掛かった。
「なんだ貴様は!邪魔をするな!」
「邪魔なのはあんたたちよ!いいから炭治郎の言う通り拘束具を持ってきなさい!!
汐の凛とした声があたりに響き渡る。その声は、人ごみの中に紛れていた
業を煮やした一人の警官が、汐に向かって警棒を振り上げる。炭治郎が息をのみ、汐がぎゅっと目をつぶったその時だった。
――惑血。視覚夢幻の香
何処からともなく漂ってきた不思議な香りに、炭治郎が反応する。それと同時に、汐達の前に花を基とした不思議な文様が現れた。
それはまるで反物の様に汐達を包み込み、警官たちから遮断する。
「なに・・・これ・・・?」
「汐、俺から離れるな。何かの攻撃かもしれない」
汐もわけがわからず困惑すると、炭治郎が鋭く制する。こんな状態で襲撃を受けてはまずい。二人の顔に緊張が走る。
すると誰かが汐達のほうへ近づいてい来る気配がした。
そこには一人の美しい女性と、目つきが鋭い少年がたっていた。
「あなた方は、鬼となった者にも【人】という言葉を使ってくださるのですね。そして、助けようとしている。ならば私も、あなた方を手助けしましょう」
女性は優しい声色でそう言った。その腕からは血が流れだしているが、その傷は瞬時に消え去った。
汐は眼で、炭治郎は匂いで確信した。二人は鬼だ。だが、鬼の女性の言葉に違和感を感じる。
「何故ですか?あなたの匂いは・・・」
鬼でしょう?と言いたげな炭治郎の言葉に、鬼の女性はうなずいた。
「そう。私は、鬼ですが医者でもあります。そしてあの男――」
――鬼舞辻を抹殺したいと思っている。
彼女の言葉を聞いて二人は混乱した。鬼である彼女が、鬼舞辻を消したいと思っている?
どういうことなんだと考える間もなく、鬼の女性は炭治郎の下でうめいている男に近寄った。すると不思議なことに、あれほど苦しんでいた男の動きが鈍くなった。
それを見計らってか、鬼の少年が素早く駆け寄り取り押さえる。それから傷を負った彼の妻を見ていった。
「あの方の手当ては私がしましょう。預けていただいてもよろしいでしょうか?」
汐と炭治郎は顔を合わせると、同時にうなずいた。医者だといった彼女に預けたほうが確実だ。
「どうかお願いします。それから、助けてくださってありがとうございました。俺は竈門炭治郎といいます。そして彼女が」
「自分で名乗るわ。あたしは大海原汐。あたしからも礼を言わせて。本当にありがとう」
汐が名を名乗った瞬間。二人の目が見開かれる。だが、汐はそれに気づく前にあることを思い出して声を上げた。
「ああーーーっ!!大変!あたし禰豆子を置き去りにしてきちゃった!」
「な、なんだってー!?そりゃ大変だ!急いで戻らないと!すみません二人とも。俺たちは行きます。その人たちをお願いします!!」
そう言って汐と炭治郎は踵を返して屋台のところへ戻っていった。そんな二人を鬼の二人は見ていたが、鬼の少年が女性に何か耳打ちをする。
「ええ、そうね。もしかしたら彼女はあの方の、大海原玄海さんの娘さんである可能性がある。だとしたら、これが運命というものなのかしら」
鬼の女性の悲しげなつぶやきが、少年の鬼の耳に届いた。
* * * * *
一方そのころ。
【月彦】という人間に成りすましていた鬼、鬼舞辻無惨は仕事があるといい妻子を先に帰す。だがそれは口実で、本当の目的は別にあった。
先ほど自分の名を呼んだ少年。それからそのあとで見かけた青髪の少女。その二人の行き先を聞くためだ。
そんな時、前方から三人にの人間が歩いてくる。そのうち一人は女で、二人は男。そのうちの一人はかなり酔っているのか千鳥足だ。
その男の腕が無惨の体に当たる。男は手を抑えると、無惨を見上げながら口を開いた。
「痛っ。なんだてめぇ~」
呂律の回っていない口調で咎めるが、無惨は小さく「すみません」とだけ告げると足早に立ち去ろうとする。その態度が気に喰わなかったのか、男は彼の肩をつかみ声を荒げた。
「おい、待てよ!」
「申し訳ないが、急いでおりますので」
そんな彼に、無惨は再び淡々と答える。男も堪忍袋の緒が切れたのか、無惨に絡み始めた。
「おいおい。ずいぶんいい服着てやがるなお前。気にらねえぜ。青白い顔しやがってよ。今にも死にそうだなぁ~」
この言葉が耳に入った瞬間、無惨の目が見開かれる。血のような真っ赤な瞳孔が小刻みに震えだす。そのことに気づくことなく、男はさらに煽りだすが、その刹那。
無惨の拳が、男の顔面を砕きつぶした。壁に真紅が飛び散る。
「やっちゃん!」
「弟に何しやがる!」
女が金切り声を上げ、男に駆け寄る。もう一人の男が激昂し無惨に詰め寄る。
「あんた!し、死んでるよ・・・!やっちゃんが息してない・・・」
女が怯えた声を上げ、もう一人の男が無惨に殴り掛かろうとする。が、無惨は全く臆することもなく静かにその足を男の腹に叩き込んだ。
一瞬で男の巨体が宙へ舞い上がると、口から大量の血をまき散らす。そしてそのまま地面に叩きつけられ、二度と動かなくなった。
腰を抜かし怯え切っている女の下へ、無惨は静かに歩み寄る。そして視線を合わせてしゃがみ込むと、女の目をじっと見つめた。
「私の顔色は悪く見えるか。私の顔は
――違う違うちがうチガウ。私は限りなく完璧に近い生物だ。
無惨の爪が青白く光りとがりだす。その爪を怯えて震える女の額に突き刺した。
「私の血を大量に与え続けられるとどうなると思う?人間の体は変貌の速度に耐え切れず、細胞が壊れる」
女の体がみるみるうちに青白くなったかと思うと、瞬時にして形が崩れ液状となって溶けだした。そしてそのまま黒煙を上げながら消滅する。
屍となった三人を見下ろしながら、無惨は指を鳴らした。すると、どこからともなく二つの影が音もなく舞い降りた。
「なんなりとお申し付けを」
左側に立っていた影が言うと、無惨は振り向かないまま淡々と告げた。
「耳に花札のような飾りがついた鬼狩りと青髪の娘、二つの頸を持ってこい。娘は声帯ごとだ。いいな」
「御意」
「仰せのままに」
二つの影は答えると、再び闇の中に姿を消した。
無惨の瞳が小刻みに震える。彼の忌まわしい記憶が一気によみがえったのだ。
かつて自分を瀕死にまで追い詰めた、耳飾りの剣士。そして彼らを献身的に支え、鬼である自分を惑わした青髪の女。
「あの耳飾り・・・青髪の・・・ワダツミの・・・」
無惨の憎しみのこもったつぶやきは、誰に聞かれることもなく消えていった。
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)