ウタカタノ花   作:薬來ままど

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「禰豆子!」

 

二人が慌てて戻ると、禰豆子は屋台の前で横になりながら寝息を立てていた。二人はほっとして禰豆子を起こさないように隣に座る。

先ほどの騒ぎが嘘のように、あたりは静寂に包まれていた。

 

「・・・ごめん、炭治郎」

 

座ってしばらくした後、汐が突然謝罪の言葉を口にした。炭治郎は怪訝そうな顔で汐を見ると、彼女は目をぎゅっと固くつぶったまま答えた。

 

「あたし、鬼舞辻を見たのに動けなかった。あんなおぞましい眼をした奴は初めてで、体が全く動かなかった。声も出なかった。あの時あたしが動けていれば、奴を捕まえられたかもしれないのに・・・ごめん」

 

汐の拳が震える。恐ろしさと悔しさが入交った匂いが炭治郎の鼻に届く。そんな彼女に、炭治郎は首を横に振った。

 

「いや、俺のほうこそ軽率だった。俺が勝手な行動をしなければあんなことは起こらずに済んだかもしれない。それに、汐に怖い思いまでさせてしまった。俺のほうこそごめん」

 

炭治郎はそう言って汐に頭を下げる。汐も混乱して炭治郎に頭を下げる。二人して頭を下げる不思議な光景だった。

 

「な、なんか、あたしたち謝ってばかりだね」

「そ、そうだな」

なんとなく気まずい雰囲気になってきた頃、禰豆子が小さくうめいて目を開ける。そして目の前の不思議な光景を見て首を傾げた。

 

「あ、禰豆子。おはよう。って、夜におはようっていうのも変か。一人にさせちゃってごめんね」

汐がそう言うと、禰豆子はきょとんとして二人を見つめる。そんな時だった。

 

「お前らあああ!!」

 

いきなりの大声に三人はびくりと体を震わせる。

振り返ると、そこには先程のうどん屋の店主が額に青筋を立てて汐達を睨みつけていた。

その顔を見て二人の顔がさっと青くなる。無理もない。炭治郎はうどんを落としてしまったし、汐はそのまま放置して面が伸び切ってしまい、二人ともうどんを台無しにしてしまったのだ。

店主はがみがみと二人をしかりつける。その迫力に臆した炭治郎が、弁償しますと言った時だった。

 

「俺はな!!俺が言いたいのは金じゃねえんだ!!お前らが俺のうどんを食わねえって心づもりなのが許せねえのさ!!」

それから店主の目が、隣に座っている禰豆子に向けられる。

 

「お前もだ!まずはその竹を外せ!なんだその竹。箸を持て箸を!!」

まるで猪突猛進の獣の様にまくしたてる彼に、禰豆子はわけがわからないと言わんばかりに店主を見つめる。

そんな彼の背後に炭治郎が瞬時に移動し、「うどんをお願いします。二杯で!!」と言った。

 

「いいえ」その言葉を遮るものがいた。ずっと黙っていた汐だ。

彼女は凛とした表情で炭治郎を押しのけると、店主の目を見据えて言った。

「四杯よ」と。

 

その気迫に押された店主が、すぐさま山かけうどんを四杯、二人の前に並べた。そのうどんを、二人は目にもとまらぬ速さで食していく。

寸分の狂いもない程の二人の息があった食いっぷりに、唖然とする店主の前で、うどんは僅か数秒でなくなってしまった。

 

「「ごちそうさまでした!!!」」

綺麗に重なった二人の声に、店主は戸惑いながらも「毎度あり!!」と答えた。心なしか、その表情はやり切ったようなものをしていた。

 

うどんを食べ終えた三人は、屋台を離れ夜道を歩く。すると不意に禰豆子が二人の羽織を引っ張った。

勢いあまってつんのめりそうになるが、寸でのところで踏みとどまる。禰豆子を見ると、警戒した表情で前を見ている。

汐と炭治郎が振り返ると、そこにいたのは。先ほど出会った鋭い目つきをした、鬼の少年だった。

 

「あんたはさっきの・・・」

汐が口を開くと、彼はふんと小さく鼻を鳴らした。

「待っていてくれたんですか?」

「お前らを連れてくるようにと、あの方に言われたんでな」

「俺は匂いをたどれるのに」

「目くらましの術をかけている場所にいるんだ。辿れるものか」

 

当たり前だろう、と言わんばかりに少年は高圧的に言った。その態度に汐は少し顔をしかめる。

「それよりも・・・」

少年は言葉を切ると、人差し指を禰豆子に向かって伸ばした。

 

「鬼じゃないかその女は。しかも、【醜女(しこめ)】だ」

 

少年の言葉に、汐と炭治郎の思考が停止する。今、彼は何と言ったのだろう。

 

(しこめ?しこめって、不細工ってことよね。誰が?)

 

汐と炭治郎は互いに顔を見合わせる。それから数秒後、二人は同時に禰豆子を見た。

 

((禰豆子ぉおおおお!?))

 

醜女(しこめ)のはずないだろう!よく見てみろこの顔立ちを!!町でも評判の美人だったぞ、禰豆子は!!」

 

余りの言い草に激怒した炭治郎が大声でまくしたてる。一方汐は、まるで汚らしいものを見るような眼で少年を見つめた。

 

「あんた・・・眼球腐ってるんじゃないの?それとも、脳みそに蛆虫でも湧いているの?」

 

炭治郎とは対照的に冷静に、しかし心の底から軽蔑しきった言葉を彼に浴びせた。しかし彼は二人の言葉など意にも解せず、淡々と歩き出した。

 

そんな彼に、炭治郎は大声でまくしたてながらも素直についていくのであった。

 

*   *   *   *   *

 

少年に連れられてやってきたのは、何の変哲もない袋小路だった。こんなところに何の用があるのかわからず、汐は首をかしげる。

一方炭治郎は、先ほど彼に禰豆子を醜女(しこめ)呼ばわりされた怒りが収まらず、いまだに騒ぎ続けている。

だが、少年は全く気にする様子もなく、そのまま壁に向かって突き進んだ。すると不思議なことに、彼の体は溶けるように壁に吸い込まれていった。

 

「へ?」

 

汐が思わず素っ頓狂な声を上げると、流石の炭治郎も口を閉ざす。すると少年の頸だけが壁からはみ出し「早く来い」とせかす。

 

汐達は少し困惑しながらも壁に向かって踏み込んでみた。すると、固い壁の感触は全く感じずそのままするりと向こう側に進むことができた。

 

そこにあるものを見て、汐達は息をのんだ。そこには大きな西洋風の建物が静かに鎮座していた。

行き止まりの向こう側に屋敷があったことに驚く二人。少年はそんな二人を促した後、警告するかのように声を荒げた。

 

「俺はお前たちなどどうなっても構わないが、あの方がどうしてもというから連れてきたんだ。くれぐれも、くれぐれも失礼のないようにしろ」

 

殆ど脅迫に近いその言動や行動に、炭治郎は思わずうなずく。その時、汐の視線がふと、壁につけられたものに止まる。

それを認識した瞬間、汐の体が強張った。

 

そこに張り付けられていたのは、目のような文様が描かれた呪符のようなものだ。だが、汐はこの文様に覚えがあった。

それはかつて。養父玄海の薬を買いに行ったとき、薬を運んできた猫がつけていたものと全く同じものであった。

 

「なんで・・・どうしてこの模様がこんなところに・・・?」

困惑する汐に、少年は当然だというように鼻を鳴らす。

 

「お前の父親にあれを送ったのは、ほかでもない。あの方なのだから」

「何よそれ、どういうこと?」

汐が声を上げると、炭治郎は怪訝そうな顔で彼女を見つめる。しかし少年は答えずに屋敷の中へ入っていってしまった。

仕方がないので汐達も屋敷へお邪魔することにした。

 

「ただいま戻りました」

少年が扉を開けると、そこには先程の鬼の女性と、肩を怪我した女性がベッドに横たわっていた。どうやら彼女がここへ運び治療をしてくれていたらしい。

 

「先ほどはお任せしてすみません。奥さんは・・・」

「この方なら大丈夫ですよ。ご主人は気の毒ですが、拘束して地下牢に」

そういう鬼の女性は、酷く悲しげな表情を浮かべていた。そんな彼女の横顔に、炭治郎が声をかける。

 

「人の怪我の手当てをして、辛くはないですか?」

それは鬼である彼女を気遣っての言動であったが、それを制止するかのように少年の拳が炭治郎の胸元に当たる。

 

「鬼の俺たちが血肉の匂いに涎を垂らして耐えながら、人間の治療をしているとでも?」

少年の言葉に炭治郎は失言だったことに気づき、小さな声で謝った。そんな少年を、鬼の女性は静かに諫めた。

 

「名乗っていませんでしたね。私は珠世と申します。その子は愈史郎。仲良くしてやってくださいね」

珠世がそういうと、炭治郎は思わず隣の愈史郎を見るが、彼はまるで番犬の様に目を鋭くさせうなり声をあげていた。

(こりゃ無理ね)と、汐は早々にあきらめた。

 

「先ほどの質問ですが、辛くはないですよ。普通の鬼よりかなり楽かと思います。私は自分の体を随分()()()いますから。鬼舞辻の()()も外しています」

「呪い?」

「体を、弄った?」

 

珠世の言葉の意味が分からず、汐と炭治郎は首をかしげる。珠世は来ていた割烹着を脱ぐと、汐達を別室へと案内した。

 

「ああっ、禰豆子。行儀悪いぞ」

疲れたのか部屋につくなり、禰豆子はごろりと畳に寝転がる。それを窘める炭治郎に、珠世は楽にしてくれて構わないと告げた。

 

「先ほどの続きですが、私たちは人を食らうことなく暮らしていけるようにしました。人の血を少量飲むだけで事足りる」

「血を?それは・・・」

「不快に思われるかもしれませんが、金銭に余裕のない方から輸血と称して血を買っています。もちろん、彼らの体に支障が出ない量です」

 

その言葉を聞いて、汐は納得した。この二人から鬼が見せるあの不快感がしないのはそのせいなのだと。しかし、それでも生きるために人血は必須であることから、やはり彼らが人ならざる者であることがうかがえる。

「愈史郎はもっと少量の血で足ります。この子は私が鬼にしました」

「「え!?」」

二つの声が綺麗に重なる。確か話では、鬼を増やすことができる鬼は鬼舞辻だけだったはずでは、と。

 

「そうですね。鬼舞辻以外は鬼を増やすことができないと言われている。それは概ね正しいです。二百年以上かかって鬼にできたのは、愈史郎ただ一人ですから・・・」

 

珠世の言葉に、炭治郎の体がぶるぶると震える。汐は何事かと炭治郎に顔を向けると

 

「二百年以上かかって鬼にできたのは、愈史郎ただ一人ですから!?珠世さんは何歳ですか!?」

炭治郎が声を上げた瞬間、愈史郎の手刀が炭治郎の喉にさく裂した。

 

「女性に年を聞くな無礼者!!!」

何度か突きを受け炭治郎がせき込む。汐も「今のは炭治郎が悪いよ!」と、彼を厳しく諫めた。

 

「愈史郎。次にその子を殴ったら許しませんよ」

一方珠世も暴力を振るった愈史郎を厳しく諫める。愈史郎はすぐさま姿勢を正すと、心の中で(怒った顔も美しい・・・)と呟いた。

 

「一つ、誤解しないでほしいのですが、私は鬼を増やそうとはしていません。不治の病や怪我を負って、余命いくばくもない人にしかその処置はしません。その際は必ず本人に、鬼となっても生きながらえたいか尋ねてから、します」

 

そんな珠世の眼を、汐はじっと見据える。炭治郎も目を閉じて、匂いをかぎ取る。

彼女の眼は、嘘偽りのないものであり、匂いも清らかなものであった。二人は確信した。この人は信用できる、と。

 

「珠世さん」炭治郎が膝の上で拳を作りながら、少し震える声で尋ねた。

 

「鬼になってしまった人を、人に戻す方法はありますか?」

 

炭治郎の核心をついた質問に、珠世はしばらく言葉を切った。それからそっと口を開く。

 

「鬼を人に戻す方法は――」

 

 

*   *   *   *   *

一方そのころ。別の場所では。

世闇に紛れて、鈴のような音があたりに響き渡る。その闇に浮かび上がるのは、二つの影。

一人は両手に目玉をつけた男の鬼で、目玉を地面に這わせるように動かしている。もう一人は幼い童女のような鬼で、男の鬼に何が見えるか聞いた。

 

「見える、見えるぞ足跡が。これじゃこれじゃ」

 

男の目には、普通の者には見えない何かが見えているようだった。

 

「あちらをぐるりと大回りして、四人になっておる。何か大きな箱も持っておる」

「どうやって殺そうかのぅ。うふふふ、力がみなぎる。今しがたあの御方に血を分けて戴いたからじゃ」

女の鬼は嬉しそうに笑いながら、毬をてんてんと何度もつく。つくたびに、鈴の音があたりに響き渡った。

 

「それはもう、残酷に殺してやろうぞ。あの御方のご命令通り、鬼狩りと青髪の娘の頸を持ってな・・・」

 

二人の残虐な笑みが、月の光に照らされ妖しく光る。脅威は、すぐそばまで迫っていることに、この時は誰一人として気が付いていなかった。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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