ウタカタノ花   作:薬來ままど

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「鬼になってしまった人を、人に戻す方法はありますか?」

 

少し震える声で尋ねた炭治郎を見据えながら、珠世はゆっくりと口を開いた。

 

「鬼を人に戻す方法は――」

 

――あります。

 

珠世の言葉に、炭治郎は弾かれるように詰め寄ろうとする。が、愈史郎がそれを察し、瞬時に炭治郎の手をつかみ床に投げた。

 

「・・・愈史郎」

 

珠世の地を這うような低い声が響き、文字通り鬼の形相で愈史郎を睨みつけている。そんな彼女に愈史郎は殴ったのではなく投げたと言い訳をしたが、一蹴された。

 

「どんな傷にも病にも、必ず薬や治療法があるのです。ただ、今の時点では鬼を人に戻すことはできません。ですが、私たちは必ずその治療法を確立させたいと思っています。その治療薬を作るためには、たくさんの鬼の血を調べる必要がある。そのために炭治郎さん。貴方にお願いしたいことが二つあります」

 

一つ。妹さんの血を調べさせてほしい。

二つ。できるだけ、鬼舞辻の血が濃い鬼からも、血液を採取してきてほしい。

 

「禰豆子さんは今、極めて稀で特殊な状態です。二年間眠り続けたとのお話でしたが、おそらくはその際に体が変化している。通常それほど長い間、人の血肉や獣の肉を口にできなければ、まず間違いなく狂暴化します」

 

珠世は落ち着いた声で丁寧に説明する。そんな彼女の横顔を見つめながら、愈史郎は一人(珠世様は今日も美しい。きっと明日も美しいぞ)と、心の中でつぶやいた。

 

「しかし、驚くことに禰豆子さんにはその症状がない。この奇跡は今後の鍵となるでしょう」

 

(禰豆子・・・)

 

炭治郎は潤んだ瞳で禰豆子を見つめ、そしてそっと手を伸ばす。すると禰豆子は嬉しそうにその手を取ると、ぎゅっと握った。

 

「しかし、もう一つの願いは苛酷なものになる。鬼舞辻の血が濃い鬼とは即ち、鬼舞辻により近い強さを持つ鬼ということです。その鬼から血を()るのは、容易ではありません」

 

――それでもあなたは、この願いを聞いてくださいますか?

 

炭治郎はそっと禰豆子に視線を移す。幸せそうな顔をしている彼女を見ながら、炭治郎は口を開いた。

 

「それ以外に道がなければ、俺はやります。珠世さんがたくさんの鬼の血を調べて薬を作ってくれるなら、そうすれば禰豆子だけじゃなく、もっとたくさんの人が助かりますよね?」

 

そう言って珠世に顔を向けた炭治郎の顔には、屈託のない笑みが浮かんでいる。その表情を見た珠世は小さく息をのんだが、彼につられるように笑みを見せた。

それを見た炭治郎の顔が、瞬時に赤くなる。そんな彼を見た汐は、何だかどうしようもなく腹が立って炭治郎のふくらはぎを思い切り抓った。

 

「いででででででで!!!!」

 

突如襲った強烈な痛みに、炭治郎は悲鳴を上げ涙目になる。何をするんだと顔を向けると、汐は顔を思い切りゆがませたまま炭治郎のほうを見ようともしない。

 

「汐。いったいどうしたんだ?さっきからずっと様子がおかしいぞ?」

 

汐からは何やら不満の匂いが漂う。その意味が分からなくて炭治郎が問いただすと、汐はそれには答えずに珠世を見ていった。

 

「この雰囲気をぶち壊すようで申し訳ないんだけど、あんたに一つ、聞きたいことがあるの」

汐は表情を崩さないまま珠世を見据える。そんな彼女の態度に愈史郎は「珠世様に何て口を利くんだ小娘!」と声を荒げる。

 

珠世は何かを察したように愈史郎を黙らせると、汐に向き合う。そして汐は意を決したように口を開いた。

 

「あたしの父、大海原玄海を知っているわね?そして、あの毒薬を送ったのも、あんたなのね?」

「え!?」

 

汐の言葉に炭治郎は目を見開いた。何故、ここで玄海の名が出てくるのか。そして彼に毒薬を送ったのが、珠世というのはどういうことなのだろうか。

困惑する炭治郎と、疑惑の目を向ける汐。珠世はしばらく黙った後、深くうなずいた。

 

「はい、存じております。そして、彼にあれを送ったのも、この私です」

その言葉を聞いた瞬間、汐の体が震える。体の奥から湧き上がる殺意に耐えようと、汐はぎゅっと唇をかんだ。

 

「教えて。どうやっておやっさんのことを知っていたのか。そして、何故あの毒をおやっさんに薬と称して送ったのか」

 

汐の声は冷静さを装っているが、炭治郎は彼女が必至で感情を抑えていることが分かった。だが、それ以上に彼の頭は混乱していた。人を助け、人を治そうとしている珠世が、汐の養父を殺す毒を送ったという矛盾する事実に、頭が追いついていかないのだ。

 

「わかりました。お話ししましょう。少し、長くなるかもしれませんが」

 

そう言って珠世は語りだした。大海原玄海が、何故彼6月分女たちとかかわりを持つことになったのか。

 

「彼、玄海さんと初めて出会ったのは、およそ16年ほど前です。そのころには既に、彼は鬼にされていました」

 

汐の肩が大きくはねた。その話が確かなら、汐が玄海に出会った頃には既に鬼になっていたことになる。だが、そのころの玄海は日の光に当たることはできなかったものの、人を食らったりするようなことはなかったはずだ。

汐の心を察したのか、珠世は彼女を見据えて口を開く。

 

「しかし、どういうわけか彼にははっきりとした自我があり、しかも食人衝動もかなり抑えられていたのです。今までそのような者にあったことがなかった私は、大変驚きました。私はすぐさま彼を受け入れました」

 

その後、珠世と愈史郎の献身的な処置により、玄海は人血を摂取することで自我を保てるまでになっていたという。本来ならありえないその事実に、当時の彼女たちはたいそう驚いたことだろう。

 

「しかしあの男はとんでもない男だったな。元気になるや否や、あろうことか珠世様を口説こうとした。もちろん、俺がそんなことはさせなかったがな」

鼻の穴を膨らませて語る愈史郎を、珠世は静かに制した。

 

「彼はここを出た後も、定期的に私から血を購入していました。それでも、彼はかなり苦しんでいたはずです。鬼としての本能に。実際に、彼が求める血の量は、年々増え続けていましたから」

 

そして、ある日。玄海からとうとう鬼としての本能に抗うことが難しくなったため、鬼を殺せる毒を送ってほしいという手紙が届いた。

このままでは自分は鬼となり、人を傷つけてしまうだろう。そうなる前に、人としての自我があるままこの世を去りたいと。

 

「ついにこの時が来てしまったのだと、私は察しました。ですが、藤の花の毒は、かなりの苦痛と苦しみを伴うもの。ずっと苦しみぬいた彼を、さらに苦しめるのかと私は悩みました。ですが、彼の思いを無下にもできず、私は・・・」

 

そこまで言って珠世は苦しそうに口を閉じた。その眼には深い後悔の念が浮かんでいる。だが、もうすべて終わったこと。今更そんな眼をしたところで、玄海は帰ってはこない。

だが、珠世の苦しみもわかる。先ほどの人を救い、助けたいという気持ちは本物であることを汐もわかっていた。だからこそ、彼女自身も苦しかったのだ。

 

「ごめんなさい、汐さん」珠世が謝罪の言葉を口にする。愈史郎が焦って「珠世様は何も悪くありません」と慰める。

 

「そう。愈史郎さんの言う通り、あんたは悪くないわ。あんたは医者としてするべきことをした。それはわかってる。でも、あたしはそんなできた人間じゃないから、簡単にははいそうですかって納得はできない。それに、もう終わったことだもの」

「終わった?」

「知らなかった?おやっさんは毒で死んだんじゃないの。あの後鬼になって、あたしが倒した。あたしのせいで、完全に鬼になったから・・・」

「汐の・・・せい?」

 

玄海が完全に鬼になってしまったのは、自分のせい。初めて聞く言葉に、炭治郎は息をのんだ。それは珠世も愈史郎も同じらしく、目を見開いたまま汐を見ていた。

 

「それ、いったいどういうことなんだ?汐のせいで鬼になったって・・・」

炭治郎が訪ねると、汐は自嘲気味な笑みを浮かべ炭治郎を見た。そして、嘲るような口調で話し出す。

 

「薬が毒だってわかった時、あたしおやっさんを罵ったの。二度と父親面するなって。その直後よ。おやっさんが鬼になったのは。だから、あたしのせいでおやっさんは鬼になった。だから本当は、あたしは・・・」

 

汐がそこまで言いかけた瞬間、突然愈史郎が鋭く叫んだ。

 

「伏せろ!!」

 

その言葉を言い終わる前に、突然屋敷の壁が砕け何かが飛んできた。それは汐たちの頭上を縦横無尽に駆け、あたりのものを次々に破壊していく。

明かりが消え、暗闇に包まれた部屋の中で、轟音と共に砂煙がもうもうと立ち上る。

 

(敵襲か!?)

 

炭治郎と汐は禰豆子の頭を抱え、愈史郎は珠世の頭を抱え、それから守ろうとする。

屋敷の砕けた壁の向こう側に、襲撃者の姿が見えた。相手は二人。二人が狂気じみた笑みを浮かべながら立っていた。

 

「キャハハハ!!何処じゃ何処じゃ?耳飾りをつけた鬼狩りと、青髪の娘は何処じゃ?」

女の鬼の楽しげな声が響くと同時に、再び轟音が彼らを襲った。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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