ウタカタノ花   作:薬來ままど

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五章:襲撃


「キャハハ!矢琶羽のいう通りじゃ。何もなかったところに建物が現れたぞ」

「巧妙に物を隠す血鬼術が使われていたようだな。しかし、鬼狩りと鬼が一緒にいるのはどういうことじゃ?だが、それにしても」

 

矢琶羽と呼ばれた男の鬼が、女の鬼に顔を向ける。

 

「朱紗丸。お前はやることが幼いというか短絡的というか。儂の着物が塵で汚れたぞ」

矢琶羽は着物を払いながら、忌々しそうに朱紗丸と呼んだ女の鬼に顔を向ける。

「うるさいのぅ。私の毬のおかげですぐに見つかったのだからよいだろう。たくさん遊べるしのう!」

 

そう言って朱紗丸は再び毬を屋敷の壁に投げつける。轟音と砂塵を上げて毬は壁を砕くと、再び彼女の手元へ戻った。

 

「ちっ。またしても汚れたぞ」

矢琶羽は顔をしかめ、再び着物を払う。そんな彼を見て朱紗丸は「神経質めが」と小さくつぶやいた。

 

砂塵が収まると、壁に空いた大きな穴から人影が見える。朱紗丸の黄色い目がその姿を見つけると大きくゆがんだ。

 

「キャハハハ!見つけた見つけた」

朱紗丸は楽しそうに笑うと、毬をてんてんと何度もついた。

 

(毬を投げてこれだけいろいろなものをぶっ壊せるなんて・・・なんて威力なの・・・)

炭治郎とともに禰豆子を庇いながら、汐は思わずごくりと唾をのむ。一方愈史郎も、珠世を庇いながら外を睨みつけた。

 

(あの女、鬼舞辻の手下か!)

 

朱紗丸は楽しそうに笑いながら再び毬を投げつける。毬は不規則な動きをしながら縦横無尽に飛び回り、あちこちを破壊する。その速度と破壊力に、皆うかつに動くことができない。

 

毬の一つが愈史郎に向かって飛んできたため、彼は体をひねってよけようとした。だが、毬は空中で一瞬停止すると急に方向を変え愈史郎の頭部を破壊した。

潰れるような嫌な音とともに、血と肉体の一部が飛び散る。

 

「ゆっ・・・」

「愈史郎さん!!」

頭部を失った愈史郎の体が傾き、それを珠世がとっさに受け止める。毬はそれでも勢いを衰えさせずに周りを飛び回る。

 

「くそっ!禰豆子!奥で眠っている女の人を、外の安全なところへ運んでくれ!」

炭治郎が禰豆子にそういうと、珠世は外は危険であるから地下室を使うように促した。禰豆子はうなずくと、毬の合間を縫って治療室へ向かった。

 

炭治郎はそれを見届けると、汐に立てるか尋ねる。汐は二つ返事をすると、彼と共に彼方を構えた。

外では朱紗丸が「一人殺した」と笑いながら言っていた。どうやら、愈史郎が鬼であることに気づいていないようだ。

彼女の眼を見て、汐は戦慄した。鬼舞辻程ではないが、今まで遭遇した鬼のものとは明らかに違う。長い間見ていると吐き気がこみ上げてきた。

それは隣にいた炭治郎も同じだった。肺の中に入ってくる、濃く重い匂い。二人の顔から汗が流れた。

 

「ん?耳に花札ようなの飾りのついた鬼狩りと、青髪の娘は・・・お前等じゃのう?」

 

朱紗丸の言葉に、二人の顔が強張った。

 

(こいつ・・・、あたしと炭治郎を狙ってきたっていうの?じゃあまさか、こいつらは鬼舞辻の命令で・・・)

 

だとしたらここで戦えば、珠世達まで巻き込んでしまう。汐は炭治郎と顔を見合わせると、珠世達のほうを向いていった。

 

「珠世さん。身を隠せる場所まで下がってください!」

「あいつらの狙いはあたしたちよ。あんたたちを危険な目に合わせるわけにはいかないわ」

 

しかし珠世は静かに首を横に振った。

「炭治郎さん、汐さん。私たちのことは気にせず戦ってください。守っていただかなくて結構です」

 

――鬼ですから

 

そう言った珠世の眼が、少し悲しげに揺れたことを汐は見逃さなかった。

 

「それじゃあ、これで終わりじゃあ!」

 

朱紗丸が二つの毬を、汐と炭治郎に向かって投げつける。すさまじい轟音と土煙を上げながら、毬は二人に迫ってきた。

 

(よけたってあの毬は曲がるわ。だったら・・・!)

 

「汐!合わせてくれ!」

汐の考えを読んでいたように炭治郎が叫んだ。彼の考えを瞬時に理解した汐は、体を一歩引き、突きの構えをとる。

 

――全集中・海の呼吸――

――全集中・水の呼吸――

 

――(ゆい)の型

――磯鴫波紋突き・曲!!

 

二人の寸分の狂いもない突きが、毬を貫通し動きを止める。斜めから曲線的につくことで、毬の威力を緩和したのだ。

だが、動きを止めたはずの毬が震え、二人にぶつかった後にまるで生き物のように刀を離れていく。

愈史郎に当たった時も不自然な曲がり方をしていた。特別な回り方をしている様子もない。

 

ならば、考えられることは一つだ。この鬼のほかに、何かをしている奴がいる。

 

「愈史郎。愈史郎」

 

部屋の隅では頭部を失った愈史郎に、珠世が呼びかける。すると、破壊された部分が動き出し、メキメキと音を立てながら骨や筋肉を作っていく。

そのあまりの異様さに、汐と炭治郎は思わず悲鳴を上げた。愈史郎は再生しながらも、珠世に声を荒げた。

 

「珠世様!!俺は言いましたよね?鬼狩りにかかわるのはやめましょうと最初から。俺の目隠しの術も完ぺきではないんです。それは貴女もわかっていますよね?建物や人の気配や匂いは隠せるが、存在自体を消せるわけではない。人数が増えるほど痕跡が残り、鬼舞辻に見つかる確率も上がる」

 

珠世は悲しげな顔をしてうつむいた。まるで、自分のしてきたことを激しく悔いているように。

 

「貴女と二人で過ごす時を邪魔する者が、俺は嫌いだ。大嫌いだ!!許せない!!!」

 

完全に再生した愈史郎の口から、これ以上ない程の怒りの言葉が飛ぶ。彼の眼には、襲撃者たちへの激しい憎悪と怒りが見て取れた。

 

一方、そんな言葉を投げかけられても、朱紗丸は心底楽しそうに笑うと。羽織を脱ぎ捨て袂を開き着物をはだけさせた。

 

「キャハハハ!何か言うておる。面白いのう、面白いのう」

 

――十二鬼月である私に殺されることを、光栄に思うがいい。

 

十二鬼月。聞いたことのない言葉に、汐と炭治郎がその名を口にすると、珠世が背後から答えた。

 

「鬼舞辻直属の配下です」

 

朱紗丸は再び笑うと、体に力を込める。すると胸元が震えたかと思うと、新たな二対の腕が生えてきた。

六本になった腕に、先ほどの毬を持ち身構える。

 

「さあ、遊び続けよう。朝になるまで。命尽きるまで!!」

 

そう言って彼女は毬を投げてきた。数が増えた毬はそのままの威力であちこちを飛び回る。その破壊力は、先ほどの比ではない。

(ここで私の術を使うと、お二人にもかかってしまう。愈史郎も攻撃に転ずるには準備が必要・・・)

 

珠世と愈史郎が動けない中、汐と炭治郎は毬を必死でよけ、よけきれないものは刀ではじく。だが、いくらよけても弾いても、毬は生き物のような動きで二人を襲ってくる。

毬を斬れば威力はぐんと落ちるが、それでも攻撃の意思を弱めることはなく二人の体を穿つ。

 

(鬼の気配はアイツのほかにもう一匹。そいつがこのからくりを起こしてる可能性がある)

 

でも、汐の気配を感じる力は、炭治郎と異なり正確な位置まではわからない。だからこそ、彼の力が必要だ。

 

(きっと炭治郎なら位置も正確にわかっているはず。何とか、彼だけでも外に出すことができれば・・・)

 

しかし汐の願いに反して、毬の速さはどんどん増し、そしてついに、珠世と愈史郎の体を深く抉り取った。

自分たちの身を守ることに精いっぱいで、二人を庇う余裕すらない。

「私たちは治りますから!気にしないで」

 

「おい、間抜けの鬼狩り共。()()を見れば方向が分かるんだよ。矢印をよけろ!」

 

血まみれになった愈史郎が叫ぶが、二人には何を言っているのかよくわからない。見えているのは毬だけだ。

 

「ったく、そんなのも見えんのか。俺の()()を貸してやる。そうしたら毬女の頸くらい斬れるだろう!!」

 

そうって愈史郎は懐から二枚の紙のようなものを取り出すと、二人に向かって投げつけた。紙は二人の額に吸い付くように飛び、ぴったりと張り付くとあの文様が浮かび上がった。

 

その瞬間。汐と炭治郎の目に先ほどは見えなかった赤い矢印が見えた。

毬は矢印に合わせるように飛んでいる。これが、あの不規則な動きの正体だった。

 

「ありがとう、あたしたちも矢印が見えたわ!」

「ならさっさと倒せ!!」

矢印と毬をよけていると、禰豆子が駆け足で戻って来た。炭治郎は彼女に、木の上に鬼がいることを告げる。

「禰豆子、頼む!」

 

禰豆子はうなずくと、すぐさま飛び出し木の上へと向かった。

汐と炭治郎も続くように外に出ると、朱紗丸に向かって刀を構える。

 

「お前の相手は俺たちだ」

「よくもさんざん痛めつけてくれたわね。たっぷり礼をしてやるわ!」

 

朱紗丸の目が炭治郎の耳飾りと汐の青い髪へと移る。

 

「あの御方にお前等の頸を持っていこうぞ。青髪のお前は声帯ごとじゃ!」

 

朱紗丸がまた毬を投げ、赤い矢印がその軌道を不規則に捻じ曲げる。二人は散り、矢印と毬はそれぞれの方向へ追いかける。

地面を転がり、壁を走り、木の間を縫って二人は攻撃をかわす。しかし毬は尽きることなく二人を襲い続けた。

 

(禰豆子、まだか!?)炭治郎はすがるような思いで、木の上に視線を向けた。

 

そのころ、禰豆子は軽やかに木の上を飛び鬼を探していた。早くしなければ兄たちががやられてしまう。少し焦りが見え始めたころ、彼女の目が木の上に座っている矢琶羽を捕らえた。

禰豆子は瞬時に距離を詰めると、矢琶羽が気づくより早く強烈な蹴りを二発叩き込んだ。

すると矢印が消え、毬の動きが単調になった。

 

――海の呼吸――

――水の呼吸――

 

――弐ノ型 波の綾!!

――参ノ型 流流舞!!

 

二つの流れるような斬撃が毬をすべて断ち切ると、炭治郎はそのまま朱紗丸に近づき、6本の腕を斬り落とした。

 

「珠世さん。この二人の鬼は鬼舞辻に近いですか!?」

「おそらく」

「では必ず、この二人から血をとって見せます!!」

 

炭治郎が高々に宣言すると、腕を斬り落とされた朱紗丸は心底おかしそうに笑った。

 

「わし等から血をとるじゃと?何を企んでおるのか知らぬが、あの御方のご機嫌を損なうような真似はさせぬぞ。十二鬼月であるわし等から、血がとれると思うなら取ってみるがいい!」

「気をつけろ。少しも油断するなよ。もし本当にそいつらが十二鬼月なら、まず間違いなくお前たちが今までに倒した奴らより手ごわいぞ!」

「はい、わかりました。気を付けます、少しも油断せず。まず倒・・・今まで・・・はい。頑張ります!!」

炭治郎は少し混乱しているのか、言葉が乱れている。汐はそんな彼の背中を軽くたたき、落ち着くように促した。

 

そんな二人を見て、愈史郎は彼らをおとりにして逃げることを算段したが、珠世の信じられないという顔を見てすぐさま訂正した。

一方。矢琶羽を捕らえた禰豆子は、その足を彼に思い切り叩きつける。が、彼は小さく舌打ちをした後、禰豆子に手の目玉を向ける。

「土ぼこりを立てるな・・・。汚らしい!!」

目玉が閉じると同時に、禰豆子の体が引っ張られるように矢琶羽から離れて飛んでいく。

 

そんなことが起こっているとは知らず、汐と炭治郎は今しがた朱紗丸の腕が瞬時に再生したことに驚いていた。

 

今まで何度か鬼と対峙してきた彼等だが、目の前の鬼の再生速度はそれの比ではない。メキメキと腕から血管を浮き出させながら、朱紗丸がにやりと笑った。

と、その時。どこからともなく禰豆子が飛んできて、二人の頭上に落ちる。二人は受け止めきれずその場に倒れこんだ。そのあとから、矢琶羽がふわりと降りてくる。

 

「さあ、三人まとめて死ね!!」

 

朱紗丸の攻撃を、三人は地面を転がって寸前でかわす。立ち上がる土煙があたりを覆う。心なしか、威力が上がっている気がした。

 

「禰豆子、大丈夫か!?」

禰豆子は兄の言葉に、弱弱しくだがうなずいた。このままでは二人がやられてしまう。汐は唇をかみしめると、そっと立ち上がった。

 

「炭治郎。あんたはあの矢印の奴をお願いできる?あたしは毬の奴をやるわ。どっちにしろ、あたしたちの刀じゃないと、鬼は殺せない。妥当でしょ?」

「確かにそうだ。だけど、一人では無茶だ」

「一人ならね」

汐はそう言って壁際に立つ愈史郎を見据えた。

 

「ねえあんたも戦えるんでしょ?だったら協力して。このままじゃ全員あの世に叩き込まれるのは嫌でしょ!?」

 

汐がそういうと、愈史郎は不快そうに顔をゆがめた。

 

「それだけ大口をたたけるということは、やれるんだな!?」

「女に二言はないわ。必ずこいつを仕留めてやる!仲間痛めつけられて気分悪いし、やるっていうなら受けて立つわ!!」

 

汐の言葉に朱紗丸は大きく体をそらし笑った。それから狂気じみた視線を汐に向ける。

 

「青髪の娘。お前の頸を声帯ごと千切りとってやろうぞ!!」

 

その後ろ姿を禰豆子は見ていた。そして、傷ついた珠世と愈史郎を。彼女の目には、彼らが自分の母と弟に見えていた。

 

戦いは、始まった。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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