「汐!?どうしてここに?毬の奴と戦っていたんじゃないのか?」
炭治郎が心配そうな眼で汐を見ながら言うと、彼女は少し自嘲気味に笑いながら言った。
「あっちはケガが治った禰豆子が戦ってくれてる。あんたを助けてくれってさ。相も変わらずいい子よね」
そう言った瞬間、遠くで大きな音が響いた。おそらく禰豆子が戦っている音だろう。
彼女の言葉に禰豆子が無事であることを知った炭治郎は、少し安心する。だが、漂ってきた血の匂いに肩がはねた。
「汐!お前、怪我をしてるんじゃないか!」
汐の右肩に滲んだ血を見て炭治郎は声を荒げる。が、汐は手当てをしてもらったから問題ないと突っぱねた。
「今はあいつをぶっ倒すことだけを考えるのよ。もういい加減に吹っ飛ばされることに飽きてきたしね」
そう言って汐は再び刀を構えた。挑発的な口調をするのは彼女なりの炭治郎への激励なのか、将又ただの虚勢なのかはわからない。しかしそれでも、汐が来てくれたことが炭治郎にとっては何よりも心強かった。何故だかはわからないが、彼女の凛とした声を聞いていると不思議と力が湧いてくるような気がするのだ。
「なんと下品な言葉遣いをする娘じゃ。汚らわしい」
そんな様子を見ていた矢琶羽が言葉を漏らすが、汐の戦い方を見て納得したようにうなずいた。
「だが、あの御方が青髪の娘は声帯ごと頸を持ち帰れとおっしゃったことが気になっていたが、納得したぞ。先ほどの様に声を用いたおかしな技を使うためじゃろう。だが、からくりさえわかってしまえば対処は可能じゃ」
彼の言葉に汐は小さく舌を鳴らした。汐の声帯模写はあくまでも奇襲のためのもの。そのからくりがばれてしまった今、もう通用はしないだろう。
それに、矢印の攻撃は多方向に同時に放つことも可能ならしく、二人が挟み撃ちにしても意味がない。
そしてやっぱり、あの目玉が気持ち悪い。
矢琶羽が再び矢印を放ってくる。少しでも触れてしまえば吹き飛ばされるうえに斬ることも消すこともできない、なんとも厄介な代物だ。
しかも先ほどの朱紗丸の様に、矢はほぼ無限に生み出されるらしい。何とかして矢印を少しでも減らさなければ・・・
矢印をよけながら、汐は記憶を手繰り寄せる。どこかに必ず何らかのほころびがあるはずだ。
(思い出せ、思い出すのよ。今までの奴の行動を、できる限り全て!!)
大きく息を吸いながら、脳に全ての血液を送るように、汐は考える。考えるのはあまり得意ではないが、今はそんなことは言っていられない。些細なことでもいい。何か思い出すことができれば・・・
(ん?そういえば・・・)
汐が朱紗丸と対峙している際、一つだけ気になることがあった。そういえば、矢琶羽はしきりに着物を叩いていた。木から降りてきたときも、先ほども・・・
(こいつ、もしかしてものすごい潔癖症なんじゃ・・・)
だとしたら、それをうまく利用できれば隙を作れるかもしれない。そして、炭治郎なら。自分とは違い、水の呼吸には多くの型がある。頭は固い彼だが今の炭治郎なら肩を組み合わせて使うことができるのではないか。
「炭治郎!!」
矢印をよけつつ、汐は炭治郎を引っ張って走り出した。突然のことに彼は驚いた表情を見せたが、汐から漂ってきたひらめきの匂いに胸がはねた。
汐は走りながら炭治郎の耳に作戦を伝える。作戦といっても大雑把なもので実際にどんな型を使うのかは炭治郎次第だ。
だが、もうこれしか方法はない。炭治郎は表情を硬くしたままうなずいた。
「何をしようとも無駄じゃ。この紅潔の矢からは逃れられん!」
矢琶羽の攻撃が再び二人を襲う。二人は左右に分かれかく乱するように動くが、矢印はそれを嘲笑うように二人をそれぞれ追っていく。
そしてその一つが汐と炭治郎のそれぞれの利き腕に巻き付いた。
「すべて儂の思う方向じゃ。腕がねじ切れるぞ」
彼の言う通り矢印はギリギリと二人の腕を締め付ける。二人の顔が一瞬青ざめたが、そのまま空中で矢印と同じ方向に回転する。
矢印が緩んだところで腕を抜き、ねじ切れることを回避した。
(紅潔の矢と同じ方向に回転しながら攻撃をよけたか。猿共め)
何とか回避できたものの、二人の体力は限界に近い。特に汐はついさっきまで朱紗丸と戦っていたためその体力の消費量は炭治郎の比ではない。
このまま攻撃されることは、非常にまずい。早く、隙を作らねば。
「そろそろ死ね!!」
二人のしぶとさにしびれを切らした矢琶羽が矢印をいくつも放つ。汐に向かって放たれた矢が、彼女を穿とうとしたその瞬間だった。
――伍ノ型
汐の姿がその場から消える。突然のことに矢琶羽は一瞬だが狼狽える。だがその一瞬の隙を汐は見逃さなかった。
矢印の間を縫い、間合いに入る。だが、彼女の目的は頸を狙うのではない。現に一瞬の目くらましはすでに相手にはバレている。
汐の足元に大きな矢印が現れ、彼女の体を後方へ押しやろうとする。しかしその一瞬の間に、汐は技を放った。
――肆ノ型
汐の強烈な斬撃が地面をえぐり、土柱を上げる。土ぼこりが矢琶羽にかかり、彼は悲鳴を上げた。
「炭治郎、今よ!!」
汐が叫ぶと同時に炭治郎が参ノ型を使い距離を詰め、陸ノ型で矢印を巻き取る。矢印がほぼすべて、彼の刀に巻き取られていく。
凄まじい重さに炭治郎の腕が悲鳴を上げる。だが、突如少しだけ腕が軽くなった。いつの間にか汐がそばにいて、彼の刀を支えている。
「「ぐううううう!!!」」
二つの声が重なり、巨大な渦が矢琶羽に引き寄せられるように向かっていく。
「汐、離れろ!!」炭治郎が叫ぶと同時に汐が離れ、そしてそのままの勢いで炭治郎が刀を振り下ろす。
――弐ノ型・改 横水車!!
その一撃が矢琶羽を穿つ。血飛沫と共にうめき声をあげながら、矢琶羽の頸が宙に舞った。
そのまま炭治郎の体も地面に叩きつけられる。その様子を、汐は少し離れたところから見ていた。
(や、やった!)
思わず心の中で拳を握る汐。ついに鬼を倒すことができたのだ。
矢琶羽の頸が地面に落ちた後ごろりと転がる。右目が飛び出したままという異様な姿になりながらも、彼は口を開いた。
「おのれ!おのれ!おのれ!!お前たちの頸さえ持ち帰ればあの御方に認めていただけたのに!!許さぬ!許さぬ!許さぬ!!」
既に頸は灰になって崩れつつあるのに、矢琶羽の口からは呪詛の言葉が飛び交う。そのしぶとさに汐は思わず顔をしかめた。
「汚い土に儂の顔を付けおってええええ!!!お前達も道連れじゃああああ!!!」
残っていた矢琶羽の体の手の目が、二人に向かって閉じられる。その瞬間。二人の体に矢印が撃ち込まれた。
しかも一本や二本どころではない。何本もの矢印があらゆる方向に向いている。
(しまった!これは・・・相打ちに持ち込む気だ!!)
気づいたときには遅く、二人の体はそれぞれの方向に吹き飛ばされた。しかも先ほどの比ではない程の強い力だ。汐の背後には、石壁が迫っている。受け身をとる程度ではとても対処できそうにない。
――壱ノ型
足に力を込めるこの型を使い、体を回転させた後壁を踏むようにして必死に耐える。ミシミシと筋肉が悲鳴を上げ、激痛が走る。
そして間髪入れずに今度は上空へと打ち上げられる。急速に打ち上げられて体に圧がかかる。しかし、こんなものは水圧に比べれば大したことはない。
圧に耐え切った汐を、今度は地面へと落とされる。
――肆ノ型・改
地面を穿ち衝撃を和らげる汐。炭治郎も同じように次々に技を放って衝撃を和らげていた。
全身がバラバラになりそうな衝撃と痛みに必死で耐える中、汐の目が崩れつつも呪いの言葉を吐き続ける矢琶羽の頸を捕らえる。それを見た瞬間、汐は切れた。ぷっつりと切れた。
「いい加減しつこいんだよクソが!!さっさとくたばれ!!」
怒声を上げながら汐は渾身の力を込めて矢琶羽の頸に向かって刀を投げつけた。刀は綺麗な軌跡と共に頸に突き刺さる。
それが決定打になったのか、頸は瞬く間に灰となり消えていった。
それと同時に、矢印が一斉に消滅する。二人はそのまま離れた場所に落ちた。
その瞬間、額に張り付いていた愈史郎の術の札がはがれて消えた。
(か、体が重くて力が入らない・・・!)
先程の衝撃で傷口が開いたのか、右肩が燃えるように熱い。袖の中を液体が流れる感覚がした。
だがそれよりも気になるのが炭治郎だ。先ほどかなりの技を放っていたし、いくつか相殺しきれずぶつかっていたようにも見えた。
(動け、動け!炭治郎を捜すのよ!!)
汐は呼吸を整えると、よろよろと立ち上がる。幸い、骨折はしていないように思える。あたりを見回すと、少し先でせき込んでいる炭治郎の背中が目に入った。
「炭治郎!炭治郎、無事!?生きてる!?」
汐はすぐさま駆け寄り彼を見る。かなり息は乱れてはいるものの、生きていることに安堵する。
「汐・・・無事だったのか・・・。よかった」
相も変わらず自分よりも他人を心配する炭治郎に、汐は思い切り怒鳴りつける。
「人の事よりも自分の心配をしなさいよ!」
そしてゆっくりと炭治郎を起こす。容体を聞くと、足と肋骨が折れたかもしれないと告げた。
「早く、禰豆子たちを助けに行かないと・・・」
だが、骨が折れた激痛のせいか疲労のせいか、将又両方か。炭治郎は立ち上がることはおろか、刀すら握れないようだった。
汐は炭治郎の刀を拾うと、鞘へと戻す。それから彼の右側に回ると怪我をしていない腕で肩を支えた。
「ほら、しっかり。行くんでしょ?」
汐は震える足で必死で炭治郎を支える。彼女自身も決して軽くないケガをしているのは明白で、無理をしているのは明らかだった。
「だめだ汐。お前だって怪我をしてるだろ!俺のことはいいから早くみんなのところへ」
「うるさい、黙れバカ。怪我をしているのはお互い様よ。それに、今のあたしにはこんなことしかできないから」
炭治郎を抱えながら、汐は自分の弱さに怒りを感じていた。あれだけ大口をたたいておきながら、どちらの鬼も倒すことができなかった自分への怒りだ。
それを匂いで感じ取った炭治郎は、そっと彼女の手に触れる。
びくりと汐の体が大きくはねた。
「ありがとう、汐」
「え?な、なに?」
「俺、いつも汐に助けてもらってばかりだ。さっきも、汐が作戦を考えてくれなければ危なかったかもしれない。最終選別の時も、さっきのあの人の時も、そして今も。汐がいなければ俺はここに生きていることはできなかったかもしれない。だから、悪いほうに考えないでくれ」
心の中を見透かされ、汐は言葉を詰まらせる。どうしてこの人はいつも、自分が欲しい言葉をくれるのだろう。
汐は目頭が熱くなりながらも顔をそらし、そっと言葉を紡いだ。
「・・・何言ってんの。あんたさえよければ、いつだって何度だって支えてあげるわよ」
「汐・・・」
「って、変な風にとらえないでよ!あたしはただ、自分よりも人を優先するあんたが心配なだけ。勘違いしないでよねっ!」
頬を僅かに染めながら、汐はそう言ってつっけんどんな態度をとるが、彼女が怒っていないことは匂いで察知した炭治郎は思わず笑みを浮かべた。
その時だった。
「あれ?なんだ?この香り」
「え?あたしには何も匂わないけど・・・」
「この香りは確か・・・珠世さんの術と同じ・・・」
炭治郎がつぶやいた瞬間、遠くから怒声が聞こえてきた。
珍妙なタンポポが道を塞いでいる!どうする?(このアンケートはジョークです)
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殴り飛ばす
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蹴り飛ばす
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へし折る
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無視する
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水をあげる