ウタカタノ花   作:薬來ままど

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六章:歪な音色(前編)


「な、なんなんだ・・・いったい・・・」

目の前で繰り広げられている珍妙な寸劇に、二人は思わず足を止める。二人からは結構な距離があるはずなのに、すぐ近くでしゃべっていると錯覚させられるほどの大音量で少年は泣きわめく。

 

そんな彼を見て、汐はぽつりと言葉を漏らした。

「何あれ。通行の邪魔だわ。殴り飛ばす?」

汐は拳を作りながら提案するが、炭治郎は慌てて首を横に振った。

「いや駄目だよ!?悪い鬼ならともかく、人間だよ!?」

「じゃあ蹴り飛ばす?投げ飛ばす?それともへし折る?」

「全部駄目だよ!なんでそんな暴力的な考え方をするんだ!?」

次々と物騒な発言が飛び出す汐に、炭治郎は顔を青くしながら必死で止めた。

「それによく見てみろ。あれは鬼殺隊の隊服だ。隊員同士での諍いはご法度なんだぞ」

「そういえばそうだったわね。忘れてた」

汐の言葉に炭治郎は思わず頭を抱えた。

 

すると、前方から何かが二人に向かって飛んで来る。目を凝らすとそれは一羽の雀で、酷く慌てているようだ。

炭治郎がとっさに手を伸ばすと、雀は手の上に乗り彼に向って何かを訴えるかのようにしきりに鳴いた。

 

「この子はあたしたちの鴉みたいには喋れないのね。残念だけど、あたしには何を言っているのかわからないわ」

困ったように眉尻を下げる汐とは対照的に、炭治郎は雀の言葉が分かるかのように相槌を打っている。そして、目を見開き口からは呆れたような声が漏れた。

 

「わかった、俺が何とかするから」

炭治郎が答えると、雀は嬉しそうに羽を広げてぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 

「え?ちょっと炭治郎。あんた、雀の言うことが分かるの?」

「ああ。この子はあいつの鎹雀で、さっきからずっとあの調子だから何とかしてくれって言ってる」

「言ってるって・・・あんたって時々わけがわからなくなるわ・・・」

 

頭を抱える汐をしり目に、炭治郎はすぐさま駆け出すと縋りついたままの少年の襟元をつかんで引きはがした。

 

「何やってるんだ道の真ん中で!その子は嫌がっているだろう!そして雀を困らせるな!!」

 

珍しく声を荒げる炭治郎に、黄色の少年は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔のままゆっくりと視線を向ける。そして何かを思い出したかのようにはっとした表情をした。

 

「あ、隊服。お前は最終選別の時の・・・」

だが、炭治郎は間髪入れずに彼の言葉を否定した。

 

「お前みたいなやつは知人に存在しない!知らん!!」

ええええ!?会っただろうが!会っただろうが!!お前の問題だよ!記憶力のさ!!

 

少年の大声を聞いて、汐の記憶がよみがえった。最終選別の際、震えながらひたすら不吉な言葉を唱えていた、全身黄色の少年の姿を。

(ああ、そういえばいたな。こんなの)

だがだからと言ってなんだという話なのだが。

 

炭治郎はつかんでいた少年を落とすように話すと、彼と女性の間に立つようにして彼女に向き合った。

 

「さあもう大丈夫です。安心して家に帰ってください」

「はい。ありがとうございます」

 

少年に絡まれていた女性に、炭治郎は優しく声をかける。頭を下げてお礼を言う彼女に、少年の叫び声が再び響いた。

 

おいいーーーっ!!!お前邪魔すんじゃねぇよ!!その子は俺と結婚するんだ!!俺のことが好きなんだから、な゛っ!!!

少年の言葉は続けられることはなく、突如振り下ろされた女性の平手打ちによって遮られた。

女性は叫び声をあげながら何度も何度も少年を殴打する。少年は頭を押さえながら、痛い痛いとうめき声をあげた。

このままではまずいと炭治郎は女性を羽交い絞めにして引きはがす。少年は顔に真っ赤な手形を付けたまま、再び泣き喚いた。

 

「いつ私があなたを好きだと言いましたか!?具合が悪そうに道端でうずくまっていたから声をかけただけでしょう!?」

ええええ!?俺のこと好きだから心配して声をかけてくれたんじゃないのぉお!?

「私には結婚を約束した人がいますので絶対にありえません!それだけ元気なら大丈夫ですねさようなら!!」

 

女性は頭から湯気を噴き出しながら歩いていく。項垂れる少年を見て、汐は(うわぁ、こいつ勘違い男か・・・)と心の中で蔑んだ。

 

「炭治郎。やっぱり殴り飛ばしたほうがよかったんじゃない?」

「それでもよかったんじゃないかと思い始めた自分がなんだかいやだ」

 

今なお立ち去った女性に未練がましく縋りつこうとする少年に、炭治郎は可哀そうなものを見るような表情で見つめた。

 

何だよその顔!?やめろおお!!なんでそんな別の生き物を見るような眼で俺を見てんだ!?お前!責任とれよ!お前のせいで結婚できなかったんだからあああ!!!

 

少年は炭治郎を指さし、大声で叫ぶ。炭治郎はそばに来ていた汐と顔を見合わせると、寸分の狂いもなく同時に塵を見るような蔑み切った眼で彼を見下ろした。

 

お前ら打ち合わせでもしたのか!!!

 

少年は高らかに突っ込むと、涙を溢れさせながら二人を見据えながら言った。

 

いいか!俺はもうすぐ死ぬ。次の任務でだ。俺はものすごく弱いんだぜ!なめるなよ!!

「いや別に舐めてないし威張れることじゃないし」

俺が結婚できるまで、お前らは俺を守れよな!!

「なんでそうなるの!?あんたの脳みそ藻屑でも詰まってるの!?」

 

少年の支離滅裂な言い分に汐が思わず突っ込んでいると、その場の空気を読めていないのか炭治郎が口を開いた。

「俺は竈門炭治郎でこっちが大海原汐だ!」

「何唐突に名前なんて名乗ってんの!?しかもなんでさらっとあたしまで紹介してんの!?あんたの頭も茹で上がった!?」

炭治郎のとぼけた発言に、汐の声も思わず上ずる。そんな炭治郎に少年は「ごめんなさいね!」と叫ぶように謝った。

 

「俺は我妻善逸だよ~!助けてくれよ二人とも~!」

善逸と名乗った少年は、今度は炭治郎の足元に縋りつく。あまりのみっともなさに、汐は段々腹が立ってきた。

 

「助けてくれってなんだ?善逸はなんで剣士になったんだ?なんでそんなに恥をさらすんだ?」

「言い方酷いだろ!」

「いや酷いも何も的確でしょ。っていうか、なんであたしがいちいち突っ込んでんの?」

 

だんだん自分の存在意義が分からなくなってきた汐をしり目に、善逸は再び泣き喚きながら言った。

 

女に騙されて借金したんだよ!!借金を肩代わりしてくれたジジィが育手だったの!!毎日毎日地獄の鍛錬だよ。死んだほうがマシなくらいの!!最終選別で死ねると思ったのにさ。運良く生き残るからいまだに地獄の日々だぜ!!!ああー、怖い怖い怖い怖い!!きっともうすぐ鬼に喰われて死ぬんだ!生きたまま耳から脳髄を吸われてえええ!!!イィヤァアアーーッ!いやぁあああ!!助けてええええ!!!

 

涙を流し、声が枯れそうなほど叫び、体をそらしたりのたうち回ったりと、駄々っ子でもやらないような行動を善逸はとる。

二人はその姿に呆れかえり、どうすればいいか顔を見合わせた。

 

「と、とにかく落ち着かせない?聞いてるこっちも疲れるし」

「そ、そうだな。大丈夫か?」

座り込む善逸に、汐と炭治郎は目線を合わせて同じようにしゃがむ。炭治郎が背中をさすってあげると、善逸は少し落ち着いたようだ。

 

「とりあえず水でも飲んだら?あれだけ叫べば喉も乾くでしょ」

 

汐はそう言って腰につけていた水筒を出すと、口の部分を布で拭いて善逸に渡す。彼は「ありがとう」と言ってから汐の目を覗き込んだ。

 

(うーん。眼を見る限りそんな弱虫クズ野郎には見えないんだけどなあ。こういう奴って案外自分の実力に気づかない子のが多い傾向だけど・・・ん?)

 

善逸の眼を観察していた汐だが、不意に彼がじっと視線を外さないまま自分を見ていることに気が付く。その瞳が数回揺らいだ後善逸は不意に目を伏せ震えだした。

 

「ぜ、善逸?」

 

汐が恐る恐る声をかけると、善逸は汐と炭治郎を交互に見る。そして一瞬黙っていたかと思うと、火が付いたように叫びだした。

 

おまっ、おまっ!!お前ふざけてんじゃねえぞおおお!!

善逸は急に立ち上がると、炭治郎の胸ぐらをつかんで唾を飛ばしながら捲し立てた。

俺の結婚を邪魔しておきながら、お前は女の子と仲良く二人で旅してんじゃねえかあああ!!!

「「えっ!?」」

この○▼※△☆▲で※◎の★●が!!!

 

彼の言葉は途中から何を言っているのかわからなくなっているほど滅茶苦茶になった。が、汐は驚愕を顔に張り付けたまま善逸に尋ねた。

 

「あ、あんた・・・今あたしの事女って言った?あんたあたしが女だってわかるの?」

汐の言葉に善逸は怒りながらも「どこからどう見たって女の子でしょうが!!」と頭から湯気を噴き出しながら答えた。

その言葉に、汐は驚きつつもうれしさがこみ上げる。今まで生きてきて初見で女だと見抜かれたことが炭治郎以外になかったので、思わず涙が出そうになった。

だが、汐は知らなかった。炭治郎が汐を女だと知っていたのは、ある小さな事故であることに。

 

善逸の怒りは収まらないのか、ついには炭治郎を激しく揺さぶる。このままでは善逸が隊律違反になってしまうことを危惧した汐は、そっと彼の胸ぐらをつかんだ。

 

「自分で黙るか物理的に黙るか、今すぐ選んで?」

 

可愛らしい笑みを浮かべる反面、ぞっとするような低い声に善逸はは悲鳴を上げて青ざめる。今度は汐が隊律違反になってしまうことを恐れた炭治郎は、慌てて汐を善逸から引きはがした。

 

傍らでは二羽の鴉と雀が、何やら会話のようなものをしているのであった。

 

それから少し時間がたち、善逸は炭治郎からもらったおにぎりをかじりながら、汐達と共にあぜ道を歩いていた。

 

「鬼が怖いっていう善逸の気持ちもわかるが、雀を困らせたらだめだ」

「え?困ってた?雀?」

 

善逸は意味が分からないと言った様子で炭治郎をみる。そんな彼に、汐が補足するように言った。

 

「炭治郎は雀の言葉が分かるみたいなの。あたしにはさっぱりだけれど」

「はあ!?言葉が分かるって嘘だろ!?なんて言ってたんだよ雀は?」

「いや、『善逸がずっとあんなふうで仕事にも行きたがらないし、女の子に直ぐちょっかい出す上にイビキもうるさくて困ってる』って言ってるぞ?」

 

炭治郎は手の上に乗っている雀を指さし、困ったような声色で伝える。雀もそうだと言わんばかりにちゅんと一声鳴いた。

 

「嘘だろ!?俺をだまそうとしてるだろ!?」

「それはないわ。炭治郎はどうしようもなく嘘がへたくそで、詐欺とかにも平気で引っ掛かりそうなバカなんだから」

「いやそれ褒めてないよな!?というか、汐。お前最近随分と辛辣になってないか!?」

 

三人が声を荒げていると、上空に二羽の鴉が飛び交った。そして、三人に向かって声高らかに叫ぶ。

 

「カァ!!駆ケ足!駆ケ足!炭治郎、汐、善逸!走レ!」

「カァ~カァ~。一緒ニ向カッテ下サイネェ~。三人一緒デスヨォ~!」

ぎゃあああ!!!鴉が喋ってるぅううう!!

鴉の口から出てきた人語に、善逸の体が震えたかと思うと、突如体をそらしながら恐怖の叫び声をあげた。

 

 

 

 

*   *   *   *   *

 

 

 

 

三人は鴉に導かれながら、深い山の中を進む。汐と炭治郎は慣れているのか軽快な足取りで進むが、善逸は腰が引けたまま恐る恐るついてくる。

 

「なあ炭治郎~、汐ちゃん~。俺じゃやっぱり無理だよぉ~。俺がいたって何の役にも立てないしさァ~」

だが汐達はそれには答えず、ひたすら前を進む。汐は鬼の気配を、炭治郎は鬼の匂いを感知しているため二人の顔に緊張が走る。

 

やがて木々が少なくなり、開けた場所にたどり着く。そこには山の中には似つかわしくない一軒の家が建っていた。

 

「こんなところに、家?物好きでも住んでるのかしら?」

汐が見上げながらそういうと、炭治郎は首を横に振りながら答えた。

 

「それはわからないけれど、血の匂いがする。でも、この匂いは・・・今まで嗅いだことのない匂いだ」

「え?何か匂う?それより、何か音がしないか?あとやっぱり、俺たち共同で仕事するのかな?」

 

善逸の言葉に、汐と炭治郎は怪訝そうな顔で彼を見た。汐は気配はぼんやりと感じるものの、音など聞こえない。それは炭治郎も同じだった。

 

「音?音なんて・・・」

汐が顔を動かすと、視界の端に何かを見つけた。目を凝らしてよく見ると、それは二人の子供だった。

 

一人は桃色の着物を着た幼い少女で、もう一人は青い羽織を纏った少女よりも年上そうな少年。二人とも目を見開き、体を震わせた。

 

「炭治郎、あそこ」

 

汐は炭治郎の羽織を引き、子供たちの存在を知らせる。善逸も気づいたようで、炭治郎と同じ方向に視線を向けた。

 

「こ、子供だ」

「どうしたんだろう?こんなところで」

「迷子かもしれないわね。声をかけてみましょ」

 

汐と炭治郎は二人の子供の下へ足を進める。炭治郎がどうしたのかと聞くと、二人は抱き合ったまま体を震わせ怯え切った眼で汐達を見ていた。

 

(かなり怯えている。これじゃあ何があったか聞けそうにないわね。何か、何か二人を落ち着かせる方法はないかしら・・・)

汐がイラついた様子で両手をよじると、炭治郎は子供たちの目線に合わせてしゃがみ込む。そして善逸の雀を手に乗せてあどけない声色で言った。

 

「じゃじゃーん!手乗り雀だ!可愛いだろ?」

手の上の雀はちゅんちゅんとかわいらしい声で鳴きながら小さく飛び跳ねる。その愛らしい姿に、汐の口元が思わず緩んだ。

その空気に子供達の表情がわずかに緩み、そしてへなへなと座り込んだ。

 

(さすが炭治郎。小さい子の相手はお手の物ね。って、あたしはよく小さい子供にからかわれてたからこういうの向いてないかも)と、汐は心の中で考えながら涙目で目をそらした。

 

「何があったか話せるか?」

「あの家はあんたたちの家?」

 

炭治郎と汐が優しく尋ねると、少年が声を詰まらせながら首を横に振った。

 

「ちが、ちがう。こ、ここは・・・」

 

――ば、化け物の、家だ・・・

 

少年の言葉に汐と炭治郎の眼が鋭くなる。化け物というのは、二人が探知している鬼の事だろう。

少年はつづけた。

 

「兄ちゃんが連れていかれた。夜道を歩いていたら、見たことのない大きな化け物が現れて、俺達には目もくれないで兄ちゃんだけ・・・」

「あの家に入ったんだな」

 

炭治郎の言葉に少年は震える声でうなずいた。その恐怖がよみがえってきたのだろう。二人の目にみるみるうちに涙がたまった。

「で、二人で後をつけてきたってことね。まったく、怖いもの知らずというか無茶というか・・・」

「汐。そんな言い方は・・・」

「って言いたいところだけど、えらかったわね。怖かったでしょう?」

 

汐は優しい声色でそういうと、二人の目から涙があふれだす。汐は懐から小さな手ぬぐいを出すと、二人の涙を優しくぬぐった。

(言葉は少しきついけれども本当は心が優しいんだよな、汐は。善逸には容赦ないけど)

そんな彼女の背中を、炭治郎は慈しみを込めた眼で眺める。

 

「兄ちゃんの血の跡をたどったんだ。怪我をしたから・・・」

「怪我。血の跡が付くほどの怪我って、穏やかじゃないわね」

汐が顔をしかめると、二人の顔が再び青ざめる。そんな彼らに、炭治郎は安心させるように言った。

 

「大丈夫だ。俺たちが悪い鬼を倒して兄ちゃんを助ける。なあ、汐?」

「もちろんよ。あたしたちに任せて」

 

汐と炭治郎の力強い言葉に、子供たちの眼に希望の光が宿る。それを見た汐の心に、決意の灯がともった。

 

「・・・なあ炭治郎、汐ちゃん」

善逸に名を呼ばれた二人が振り返ると、彼は青ざめた顔のまま家を見つめている。

 

「この音何なんだ?気持ち悪い音・・・。ずっと聞こえる・・・。鼓か?これ」

「音?」

「さっきから何を言っているの?何も聞こえ・・・」

 

震える声でそう告げる善逸に、怪訝そうな顔をする汐と炭治郎。だが、汐が言葉を紡ごうとした瞬間。

 

家の中からポン、ポン・・・と音が聞こえた。それは善逸の言う通り、鼓の音のようだ。

音は段々と大きくなり、そして打ち鳴らす速度も速くなっていく。まるで、段々とこちらに近づいているように。

 

善逸と子供の顔に脅えが走り、汐と炭治郎の顔に緊張が走る。やがて音がこれ以上ない程速く大きくなった瞬間。

 

家の窓から、赤黒い()()が飛び出してきた。




今回は某大江戸コメディを参考に書きました。

行動を共にしなかった相手とのifの話もみたいですか?

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