よく目を凝らしてみると、その赤黒い何かは、血にまみれた
ぐしゃりという嫌な音と共に、地面に真っ赤な血だまりが広がる。
少女が金切り声を上げ、炭治郎は「見るな!」と鋭く叫ぶ。それからすぐさま倒れている彼に駆け寄り助け起こした。
「汐、手伝ってくれ!」
炭治郎に呼ばれて汐もすぐさま駆け寄り、傷の具合を確認する。だが、どの傷もとても深く一目で致命傷とわかるものだった。
それを悟った炭治郎の顔が悔しげに歪む。すると彼の口から、泡の様にか細い声が漏れた。
「出ら・・・、せっ・・・かく・・・」
「喋っちゃ駄目!」
汐が鋭く制止するが、男は必死で言葉を紡ぐ。
「あ・・・ああ・・・出られ・・・たのに、外に・・・出ら・・・れた・・・のに。死・・・ぬ・・・のか?俺・・・死ぬ・・・の・・・か」
涙を流しながら紡がれる言葉には、悲しみと無念が宿っている。炭治郎の眼が一瞬ぎゅっと切なげに揺れると、そっと彼を抱きしめる。
その肩は微かに震えていた。
やがて男は炭治郎の腕の中で静かに息を引き取った。何も映さなくなってしまった眼を、炭治郎は悲しげに見つめる。
(ああ・・・死んでしまった。痛かっただろう・・・苦しかっただろう・・・)
炭治郎は彼の死を悼むようにぎゅっと目を閉じた。汐も彼につられるように目を伏せる。
そんな二人の背中に、善逸はおずおずと声をかけた。
「炭治郎。その人、ひょっとしてこの子たちの・・・」
だが、善逸が次の言葉を紡ぐ前に、家の中から凄まじいうなり声と鼓の音があたり中に響き渡った。
子供たちは抱き合えって震え、善逸はこれ以上ない程真っ青になり、汐と炭治郎は鋭い視線を家へと向けた。
やがてうなり声と音が収まるが、子供たちは震えたまま動かず、善逸は歯をがちがちと鳴らしながら震えている。
(助けられなかった・・・)
命が終わってしまった男を見つめながら、炭治郎は悔し気に唇をかむ。
(俺たちがもう少し早く来ていれば、助けられたかもしれないのに・・・)
炭治郎の眼が悲しげに揺れた瞬間、腰に強い衝撃が走る。目を向けると、汐の鋭い視線とぶつかった。
「あんたのせいじゃない」
汐はそれだけを言って立ち上がると、震えたままの子供たちを見据えた。
「この人はあんたたちの兄いちゃん?」
そう尋ねると、少年は震えながらも首を横に振った。
「に、兄ちゃんじゃない。兄ちゃんは柿色の着物を着てる」
その言葉を聞き、少なくともこの子たちが絶望することを回避できたことに汐はほんの少しだけ安心する。が、そうなるとこの家には複数の人間が捕まっていることになる。
急がなければ、さらに犠牲者が出ることは確実だろう。
「行くわよ、炭治郎」
「ああ」
汐の凛とした声に、炭治郎は力強く答える。そしてそっと男を横たえると、二人は手を合わせる。
「善逸、行こう!」
炭治郎は善逸のほうを振り返るが、彼は青ざめた顔で首を何度も横に振った。
「あんたね。今この状況を打開できるのはあたしたちだけなのよ。この家からは複数の鬼の気配がする。相手の強さが分からない以上、戦力は多いほうに越したことはないわ」
「汐の言う通りだ。今助けられるのは俺たちだけなんだぞ」
二人がそういうも、善逸は涙目になりながら震えているだけで一向に足を動かす気配がない。
そんな不甲斐ない彼に、ついに炭治郎の堪忍袋の緒が切れた。
「そうか。わかった。行くぞ、汐」
今までとは全く違う低い炭治郎の声に、汐の背筋に冷たいものが走る。今までも何度か彼が怒ったことはあったが、いずれも汐が戦慄するほどのものであった。
現に、炭治郎の顔には般若の如き恐ろしい表情が張り付いている。
それを見た善逸は飛び上がると、慌てて歩き出す炭治郎に縋りついた。
「ヒャーーッ!!何だよォーッ!なんでそんな般若みたいな顔すんだよ!!行くよおお!!」
しかし炭治郎はそんな善逸に「無理強いするつもりはない」と、冷たく言い放った。善逸は泣きながら何度も「行くよ!行くからあ!!」と炭治郎の足元で叫んだ。
(あの炭治郎をあそこまで怒らせるなんて相当よ・・・)
そんな二人を、汐は気持ち悪いものを見るような眼で見つめていた。
「あ、そうだ」
不意に炭治郎が立ち止まり、善逸を振り払うと座り込んだままの子供たちの下へ向かう。そして背中に背負っている箱を子供たちの前に置いた。
「もしもの時の為に、この箱を置いていく。もしもという言葉は決して『ありえない』ことじゃないからだ。何かあっても、二人を守ってくれるから」
炭治郎の言葉に、汐は聞き覚えがあった。それはかつて、玄海が口癖のように言っていた言葉で、最終選別の時に汐が炭治郎に言った言葉だった。
彼がその言葉を覚えてくれていたことに、汐の胸が熱くなる。そして炭治郎は汐と善逸に視線を向けると、真剣な顔つきで家へと向かった。
扉を開けると、そこはかなり広い玄関だった。あちこちに水瓶や盥など生活に必要なものが一通りそろっている。
見た目は普通の家と何ら変わりがないが、汐や炭治郎、そして善逸にはそこが普通の家でないことが嫌というほどわかっていた。
しかし人命がかかかっている以上進まないわけにはいかない。
三人分の足音と、一人の粗い息遣いが家の中に響く。炭治郎を先頭に汐、善逸と続く。
「炭治郎~、汐ちゃ~ん。守ってくれるよな?二人とも守ってくれるよな?俺を守ってくれるよな?」
先程から紡がれる自分を守ることが前提の善逸の言葉に、汐は苛立ちを抑えながらも前を歩く。すると、不意に炭治郎が立ち止まったので汐は勢いあまって彼の背中に顔をぶつけてしまった。
「ちょっと急に止まらないでよ。痛いじゃない!」
「あ、ごめん汐。善逸に言っておきたいことがあって」
炭治郎はそう言って善逸のほうを振り返った。
「善逸。ちょっと申し訳ないが、前の戦いで俺は肋と足が折れているし、汐も右肩を斬っている。そして俺たち二人ともまだ完治していない。だから――」
「えええーーーッ!?なに折ってんだよ骨!折るんじゃないよ骨!斬るんじゃないよ肩!怪我人二人じゃ俺を守り切れないぜ!!ししし死んじまうぞ!!ヒャッ!どうすんだどうすんだ!?死ぬよこれ!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!ヒャーーーッ!二人共怪我してるなんて酷いあんまりだぞ!死んだよ俺!!九分九厘死んだーッ!!」
善逸が再び涙と鼻水を垂れ流しながら死ぬ死ぬと連呼し、二人の足元で転がりまわる。それがあまりにも喧しくて、汐の額に青筋が浮かび怒りの匂いが漂う。
このままでは汐が善逸を殴り飛ばしかねないと判断した炭治郎は、慌てて善逸を落ち着かせようと試みた。
「善逸、静かにするんだ。お前は大丈夫だ」
「気休めはよせよぉおーー!!」
しかし善逸は炭治郎の言葉を聞き入れず、激しくのたうち回り暴れだす。
「違うんだ。俺にはわかる。善逸は――、駄目だ!!」
突然炭治郎が声を荒げると、善逸は耳をつんざくような悲鳴を上げる。汐が反射的に顔を上げた先には、先ほどの兄妹がこちらへ向かってくるのが見えた。
「あんたたち何してるの!?入ってきちゃ駄目よ!!」
汐が鋭く言うと、少年は炭治郎を見ながら震える声で訴えた。
「お兄ちゃん、あの箱カリカリ音がして・・・」
「だ、だからって置いてこられたら切ないぞ。あれは俺の命より大切なものなのに・・・」
炭治郎が切なげな声でそう言った瞬間。どこからかミシミシときしむ音が聞こえてきた。
少女は小さく悲鳴を上げて炭治郎に飛びつき、善逸はしばらく震えた後大声で悲鳴を上げて体をかがめた。
その反動で尻が炭治郎と少女に当たり、近くにあった部屋に押し込んでしまう。
「あ、ごめん。尻が――」
だが、善逸が言い終わる前に鼓の音がどこからか聞こえ、それと同時に炭治郎たちの姿が消えた。
「・・・え?」
一瞬何が起こったかわからず、汐が素っ頓狂な声を上げる。だが、すぐに理性を取り戻すと部屋に向かって声を上げた。
「炭治郎!?炭治郎何処!?」
汐が呼ぶが炭治郎が答えることはなく、その代わりに何度か鼓の音が響き、部屋が次々と変わっていく。
「う、嘘・・・だろ・・・?」
目の前で起こった光景が信じられず、善逸が絶望した声を上げる。そばにいた少年も青ざめながら汐のそばに寄り添った。
(どうなっているの・・・?まさかこれが、鬼の血鬼術・・・!?)
「あんたたち!下手に動いたら危険よ。ここは無理に動かないで・・・」
汐は後ろを振り返ると二人にそう告げた。
だが
「死ぬーーーッ!!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬこれは死ぬーっ!!炭治郎と離れちゃったぁあ!!」
「てる子!てる子!!」
善逸は泣きわめき、少年は青ざめた顔で妹の名前を何度も呼ぶ。その大声に焦った善逸が少年に飛びつき大声を上げないように制止させる。
「だめだめ大声出したら駄目!大声出して悪い奴らに聞かれたら大変だよ!汐ちゃん、ちょっと外に出よう!!」
「あんた人の話聞いてた?無理に動くなって・・・」
汐が口を挟もうとした途端、少年は蔑むような眼で善逸を見下ろしながら言った。
「なんで外に?自分だけ助かろうとしてるんですか?死ぬとかずっとそういうこと言って恥ずかしくないんですか?年下に縋りついて情けないと思わないんですか?あなたの腰の刀は何のためにあるんですか?」
少年の容赦ない言葉の刃にめった刺しにされた善逸は、何故か口から血を噴き出して倒れた。
そんな彼を見て、汐は(この子将来大物になるわ)と妙な関心を覚えた。
「違うんだよ!俺じゃ役に立たないし汐ちゃんも怪我をしていて無理はさせたくないから人を、大人の人を呼んで来ようとしてるんだよ!!子供だけでどうにかできることじゃないからこれは!!」
善逸はそう言いながら少年を引きずるようにして玄関へ向かう。そのあとを慌てて負う汐。だが、善逸が玄関の扉を開けたその先には。
――また別の部屋がそこにあった。
善逸の顔が一瞬で青ざめる。そして再び頭を抱えながら「嘘だろ嘘だろ!?」と騒ぎ出す。
「ちょっと善逸。少しは落ち着きなさいって。焦ったって何もいいことなんて・・・」
汐は必死で善逸を制止させようとするが、彼は話を全く聞かず慌ててあちこちの扉を開ける。
しかしいくら開けても外へは通じておらず、別の部屋があるだけだ。
「こっちは!?」
そう言って障子らしきものを開けた瞬間。彼の体は固まった。部屋の中にすでに客がいたからだ。
その相手は体は人間のものだが、頭は猪のものだ。そして大きく息を吸うと、鼻から音を立てて息を吐きだした。
「化ケモノだぁあああーーーー!!!!!」
善逸の大声と同時に猪男がこちらに向かってくる。汐は反射的に刀に手をかけたが、男は汐の頭上を飛び越え壁を蹴り、襖を体当たりで吹き飛ばすと何処へと走り去っていった。
残されたのは呆然と立つ汐と少年。そして頭を抱えて震える善逸だけだった。
「・・・はあ」
汐は小さくため息をつく。そして微かに震えている少年の肩にそっと触れた。
びくりと体を震わす彼に、汐は優しげな声で話しかける。
「ごめんね、怖い思いをさせて。だけど心配しないで。炭治郎がいるんだもの、きっと大丈夫よ」
「・・・本当に?」
「うん。炭治郎は強くて優しいから、きっとあんたの妹を守ってくれるわ。だから、あんたも自棄になっちゃだめよ」
そう言って汐はにっこりとほほ笑んで見せた。その笑顔と声に、少年は少し安心したのかその場に座り込む。
「あんた、名前は?」
「しょ、正一です」
「正一ね。いい名前じゃない。あたしは汐。大海原汐っていうの。一応言っておくけど、あたしは女だからね」
汐は自分の名を名乗った後、正一に合わせて座り込んだ。女という言葉に正一は驚く。
「そ、それじゃああの人は・・・女性である貴女にまで守ってもらおうとしたんですか?」
「え・・・ええ。そうなるわね」
「信じられません。普通は男性が女性を守るものではないんですか?」
「あれは特殊な例よ。基準にしちゃ駄目。そしてああいう男には絶対になっちゃ駄目よ正一」
二人の容赦のない言葉に、善逸は再び口から血を流して倒れてしまう。そんな彼をしり目に、汐は真剣な声色で言った。
「動くなとは言ったけれど、さっきみたいな妙な奴が徘徊してるんじゃあ動かないのは返って危険かもしれないわね。善逸。いつまで寝てるの善逸!!」
汐は倒れたままの善逸を蹴り起こす。悲鳴を上げて飛び起きる彼の肩を抑え、汐は目を見据えながら言った。
「あんた、とりあえず深呼吸をしなさい」
「え?え?」
汐の言葉の意図が分からず混乱する善逸に、汐は鋭くいい放つ。
「つべこべ言わずにさっさとする!!」
善逸はあわてて彼女の言うとおりに深呼吸をする。何度か繰り返し、善逸が落ち着いたところで汐は言った。
「どう?落ち着いた?古典的な方法だけど結構効くのよこれが。さて、まずは炭治郎たちを捜しましょ。鬼の気配はあたしがある程度感知することができるから、あたしが前を歩く。だからあんたは後ろで正一をしっかり守りなさい。それくらいならできるでしょ?」
汐の真剣な眼差しと声色に、善逸は目を見開いた。流れていた涙も止まり、自然とうなずいていた。何故だかはわからないが、善逸も正一も汐の声を聞いたとき不思議と恐怖が和らいでいくような気がしたのだ。
そんなことを知る由もない汐は、元気に言って立ち上がった。
「じゃあ決まり。時間が惜しいわ、さっさと行くわよ」
「汐ちゃん」
立ち上がった汐の後ろから、善逸が声をかける。何事かと振り返ると、善逸は真剣な面持ちで汐の手をそっと握った。
思わぬことに汐の肩がはね胸が音を立てる。しかし彼の口から出てきた言葉に、汐は表情を一変させる。
「俺と結婚して一生俺を守ってくれないか?」
「寝言は寝て言え恥さらし」
汐のこれ以上ない程の鋭く辛辣な言葉に、正一は頭を抑え善逸は三度口から血を噴き出すのであった。
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)