彼女の発する声は独特な波を持っていて、聞いている人の頭や心を動かす。
現に自分を励ましてくれた時の声を聞いていると、今まで感じていた恐怖が消えていくような気がした。勇気が湧いてくるような気がした。
故に、彼は思った。彼女の声は、人のものではない。
かといって鬼でもない。人と鬼を通り越した
――何か、であることを。
それから三人ははぐれてしまった炭治郎たちを捜して、恐ろしい屋敷の中をさまよっていた。
汐を先頭に善逸、正一と続く。善逸は正一の手をしっかり握りながら汐の後ろをついていく。しかし時間が経つに連れ恐怖がよみがえってきたのか段々と善逸の息が荒くなっていく。善逸は全身を震わせているだけではなく、両手両足を同時に出してぎこちなく歩いていた。
しばらくは鬼を警戒して黙っていた汐も、段々と大きくなる善逸の息遣いに苛立ちを覚え始める。そしてその後ろにいる正一はそんな善逸を見て不安そうな顔をしていた。
(ああもう!正一の眼が不安でいっぱいになってるじゃない!やっぱり下手に動いたりしないほうがよかったかな・・・?)
汐は自分の判断が間違っていたかもしれないと今更ながらに後悔する。そんな彼女の気持ちなど露知らず、善逸は震えながらも後ろをついてきていた。
だが、
「すみません善逸さん」
「ヒャーーーッ!!」
「わああーーーっ!!!」
正一が声をかけた瞬間、善逸が悲鳴を上げて正一に飛びつく。至近距離で大声をあげられた汐もつられて悲鳴を上げでしまい、反射的に善逸の頭を平手でたたいた。
「人の耳元で大声を上げるんじゃないわよ!!心臓が口から飛び出すところだったじゃない!」
「そ・・・それは・・・俺の台詞だよ。正一君、合図、合図、合図をしてくれよ。話しかけるなら急に来ないでくれよ。心臓が口からまろび出るところだった・・・」
「すみません」
「もしそうなったらまさしくお前は人殺しだったぞ!!わかるか!?」
目玉を血走らせ涙を流し、震える声で善逸は正一に抗議する。あまりにも見苦しくあまりにも情けない姿に、汐も我慢の限界が来ていた。
「ただちょっと・・・汗息震えが酷すぎて・・・」
「なんだよォ!俺は精いっぱい頑張ってるだろ!?」
「口だけなら何とでもいえるわよ。現に正一が不安になってるから言ってるのよ」
汐はへたり込む善逸を蔑んだ眼で見つめながら言い放つ。先ほどの善逸による汚い求婚のせいで腹立たしいのか、彼女の声は刺々しい。
そんな彼女を見て善逸は「汐ちゃんまで~」と情けない声を上げた。
「でもな、でもな!?あんまり喋ったりとかしてると、鬼とかにホラ、見つかるかもだろ!?だから極力静かにした方がいいって思うの俺は!!」
「あんたその言葉、そっくりそのまま打ち返すわよ!!今一番騒いでんのはあ・ん・た・な・の!!わかる!?」
「いえ、汐さんも善逸さんに負けずとも劣らずに騒がしいです・・・」
二人の大声に、正一はおずおずと、しかし鋭く突っ込みを入れる。その言葉に汐は頬をわずかに染めた後咳ばらいを一つした。
その時だった。
「っ!!」
身体にまとわりつくような気配を感じ、汐は目を細めた。鬼の気配がする。すぐさま彼女は刀に手をかけ、善逸に正一を守るように命じた。
だが、それよりも早く正一の顔が青ざめる。善逸がゆっくりと振り返るとそこには――
軒下から舌をだした、四つ目の鬼がこちらをなめるように見つめていた。
「ぐひ、ぐひ、子供だ。舌触りがよさそうだ・・・」
それを見た瞬間、善逸の髪の毛が思い切り逆立ち、目玉はこれ以上ない程飛び出させながら叫んだ。
「ほら御覧!!出たじゃないでたじゃない!!汐ちゃん助けてえええ!!!」
「あんたも鬼殺隊でしょうが!!大丈夫よ!!あんたならできる!!」
「いや無理だって!!無理だってええ!!!」
善逸は完全に混乱して、泣きわめきながら頭を振る。とても戦える状態ではない。
仕方なく汐は二人の前に立とうと一歩踏み出す。だがその瞬間。
暗闇から何かが飛んできて、汐の眼前を通り抜けた。
その方向を向くと、暗がりの中からもう一体の鬼が姿を現した。人のような姿をしているが単眼で腹に口のようなものがある。
(こっちにも鬼が・・・。気配が混ざり合ってわからなかったっ!!)
まさかの新手の出現に、善逸のほうへの援護ができない。汐はやむを得ず善逸達に向かって叫んだ。
「善逸!!正一を連れて逃げ――」
だが、汐が言い終わる前に、善逸の悲鳴が響いた。
「ア゛ーーーーーッ(汚い高音)!!!来ないでェ!来ないでくれえ!!やめてえーーーッ!!!」
そのまま彼は正一を引っ張って逃げ出す。それを追う舌の長い鬼。汐はそいつを逃がさまいと追いかけるが、口の鬼に阻まれてしまった。
(仕方ない。こいつをさっさと始末して善逸の方へ行くわよ!!)
汐は刀を抜き、口の鬼へ向けた。紺青色の刀身が、淡い青い色へと変わる。その変化に鬼の目が少し驚いたように動いたが、次の瞬間には腹の口が伸びて汐に襲い掛かってきた。
それを間一髪よけると、口は壁にぶつかったが、その壁の一部をかみちぎりながら本体へと戻っていく。戻った後の壁には、くっきりと食べられたような跡が残っていた。そして再び、口はゴムの様に伸びて汐に襲い掛かってくる。
攻撃をよけつつ、汐は鬼の頸を狙う。本体はほとんど動かず、伸びる口だけが武器のようだ。だが、もしかしたら血鬼術を使う可能性もあるため油断はできない。
自分に向かってきた口を刀で払いつつ、汐は鬼へ少しずつ近づいていく。このまま近づき、飛飛沫で一気に蹴りをつけるつもりだった。
が、その瞬間。遠くで善逸の凄まじい悲鳴が聞こえた。彼はともかく一緒にいた正一の方が心配だ。一刻の猶予もない。
ふと、汐の足元に何かが転がってきた。それは汐の顔程の大きさの水瓶で、先ほどの攻撃で空いた穴から転がりだしてきたものだった。
汐はそれを拾い上げると、向かってきた口に無理やりねじ込んだ。
水瓶は直ぐにかみ砕かれるが、動きが一瞬止まる。その隙に汐は刀を振り上げ、口と本体のつながりを断ち切った。
血の飛沫が上がり、鬼の体が震えだす。彼女は瞬時に間合いを詰めると大きく息を吸った。
――海の呼吸――
壱ノ型
そのまま目にもとまらぬ速さで頸を薙ぐと、離れていた口から断末魔の声が漏れる。崩れゆく鬼の体に向かって汐は吐き捨てるように言った。
「あんたらのせいでこっちは苛々が頂点に達しそうなのよ」
それだけを言うと、汐は二人を追って先へと向かった。
汐が口鬼と戦っていたころ。
善逸と正一は舌の鬼から必死に逃げ回っていた。自分たちは食べてもおいしくないからと嘆願するも、鬼がそれを聞き入れてくれるはずもなく状況は変わらなかった。
鬼が舌を伸ばし、二人に襲い掛かる。間一髪で善逸が正一を抱えて難を逃れるも、舌が当たった水瓶は木っ端みじんに砕け散った。
「何それ舌速ァ!!水瓶パカッて、ありえないんですけどおお!!」
庇った勢いで二人は襖を突き破り、畳のある部屋へ飛び込んだ。正一は立ち上がると、善逸に立つように促す。
しかし善逸の膝は恐怖のあまり震え、まともに立ち上がることすらできなかった。
「お、おお俺のことはおいていけ!逃げるんだ!」
自分が完全に足手まといになっていることを承知していた善逸は、正一だけでも逃がそうと試みる。しかし彼はそれを拒否し善逸を引っ張った。
(な、なんていい子なんだ!!こんな怯えた【音】になっているのに!!)
善逸は涙と鼻水で汚れ切った顔で正一を見る。顔は青ざめ息は荒く、心音もかなり早くなっている。怯えているのは明らかなのに自分を見捨てようとはしていない。
(俺が何とかしなくちゃ・・・!俺が守ってあげないと可哀そうだろ!!享年が一桁とかあんまりだぞ!)
だが善逸の気持ちはそれとは裏腹にしぼんでいく。自分は弱い、過ぎるほど弱い。だから守ってあげられる力がない。けれど守りたい。助けたい。
――何より、汐との約束を守りたい。
先ほど彼女が言った正一を守れという声が響く。あの声を聞いたときにわいてきたわずかな勇気を、善逸は絞り出そうとしていた。
だが、追いついた舌鬼はそんな彼を嘲笑い、首を傾ける。
「お前の脳髄を耳からじゅるりと啜ってやるぞ」
その瞬間。善逸の中で恐怖と責任感が弾けた。彼の体はそのままぐらりと後ろに倒れる。正一が受け止めたせいで頭を打つことはなかったが、その顔からは規則正しい寝息が聞こえてきた。
この状況で眠ってしまった善逸に、正一だけではなく鬼までもが戸惑う。だが、鬼は直ぐに我に返ると舌を二人の方へ伸ばしてきた。
殺される!!正一が善逸の名を泣きながら叫んだその瞬間。
突然、伸ばされたはずの舌が宙を舞った。鬼が悲鳴を上げ、血の飛沫が静かに舞う。
そして、眠っていたはずの善逸の体は、正一を庇うように前に立っていた。
善逸はそのまま体を沈め、刀に手をかける。口からは雨のような煙のような音が漏れ、空気を震わせる。
気配が一変した彼の姿に、鬼の顔が青ざめた。
――雷の呼吸――
壱ノ型 霹靂一閃!!
その刹那。善逸の姿が消えたかと思うと、金色の閃光が鬼を穿つ。そしてそのあとを追うように、雷のような音が響き渡った。
鬼の頸が宙に舞うときには、すでに彼は刀を納めていた。
その瞬間は、援護に入ろうとした汐も見ていた。
閃光と共に発せられた衝撃波に顔を覆う汐。それが収まり恐る恐る目を開けたそこには、刀を納めた善逸の横顔があった。
その顔は紛うことなき、鬼狩りの顔であった。
「ぜ、善逸・・・?」
今までとは全く違う彼の姿に、汐は思わず目を奪われる。だが、突然善逸は体を震わせ「んがっ」とおかしな声を上げた。
そして後ろを振り返ると、足元に何かが転がってくる。それが鬼の頸だと認識したとたん。
「ギャアーーーッ!死んでるぅ!」
そのまま飛び上がり、再び涙目になりながら叫びだした。
「急に死んでるよ!!なんなの!?もうヤダ!!!」
ぎゃあぎゃあと喚き散らす善逸と汐の視線がぶつかる。そして何を勘違いしたのか、彼は汐に飛びつきぎゅっと抱きしめた。
「汐ちゃあああん!!ありがとおお!!!君は命の恩人だ、女神だ!!やっぱり結婚しよう!!」
「寄るな触るな抱き着くなうっとおしい!!!!それにあたしは今来たばかりで鬼なんて斬ってないわよ!!」
「・・・へ?」
善逸を引きはがしながら汐が叫ぶと、善逸は素っ頓狂な声を上げる。それから嘘だ嘘だという善逸に、汐は先ほどの出来事を説明した。
が、何を言っても善逸は自分が鬼を倒したことを信用せず、それどこか正一が鬼を倒したと思い込み彼に縋りつく始末だ。
そのあまりの体たらくに呆れかえった二人は、考えるのをやめた。
「さて、疲れているところ悪いけれど先へ進みましょう。さっきの騒ぎで鬼に見つかったら大変だもの。善逸もいつまでも正一に引っ付いてないで、行くわよ」
そう言って汐は襖をあけて足を踏み入れる。その姿を見た善逸は慌てて立ち上がると、正一の手をつかんで襖を開ける。
だがそこに汐の姿はなかった。
「・・・は?」
目の前で怒ったことが分からず、善逸の思考が停止する。そしてみるみるうちに顔が青ざめ汗が噴き出し、涙があふれる。
「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。君まで、君まで俺を置いて行っちゃうのかよ・・・う゛・じ・お゛ぢゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!!!!!」
善逸のこれ以上ない程の汚い高音が、家中に響き渡った。
* * * * *
襖を開けた瞬間、再び聞こえてきた鼓の音によって汐は仲間と分断されてしまった。
突如一人になってしまった彼女の心に、じわじわと不安が広がる。が、この家のどこかで頑張っている彼らを思い、汐は自分の頬を打ち奮い立たせた。
鬼の襲撃を警戒し、刀を抜き放ちながら前に進む。すると少し先に何かが落ちているのを見つけ、何かと思い近づくと。それは
食い散らかされた人間の死体だった。
(ここにも、か)
汐は妙に冷静に、その横たわった人を見た。もう何度も見てきた、人間だったもの。すでに命が終わった人間の抜け殻。
理不尽に奪われてしまった命を目の前にして、彼女はやるせない気持ちになる。彼らの無念を果たすためにも、鬼を何とかしなければならない。
その時、近くで鼓を打ち鳴らす音がした。が、自分のいる位置は変わっていないように見える。おそらくだが、部屋の構図が変わる仕組みなのかもしれない。
それに、鬼の気配はしないようだ。
汐は気配を殺しながら足を進める。音はどんどん近くなり、ついにその主がいる部屋へとたどり着いた。
汐は意を決して襖を開ける。すると、そこにいたのは―――
鼓鬼が現れた!どうする!?
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部屋を出て鼓鬼と戦う
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部屋に残って子供たちを守る。