ウタカタノ花   作:薬來ままど

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七章:歪な音色(後編)


鬼の気配と匂いは、どんどん近づきつつある。汐と炭治郎は険しい表情のまま襖の向こうを見据えた。

このままでは清とてる子が危ない。炭治郎は意を決して汐に向き合うと、口を開いた。

 

「俺はこの部屋を出てあいつと戦う。汐はここに残って二人を守ってくれないか?」

「はあ!?」

炭治郎の申し出に、汐は声を荒げて炭治郎を睨みつけた。

 

「バカ言ってんじゃないわよ。あんた骨を折ってるのよ?あたしが行って鬼を斬ってくる」

「だめだ。汐だって怪我をしているし、それにあいつは少し複雑な血鬼術を使うんだ。俺は一度あいつの術を見ているから、対処はできる」

「何よそれ。あたしが信用ならないってこと?それとも怪我をしてるあたしは足手まといだっていうの?」

「違う、そういうことじゃない」

 

炭治郎の言葉に、汐は一歩も引かない。二人の間に段々と険悪な空気が生まれだし、子供たちははらはらとその成り行きを見守る。

 

「聞いてくれ、汐。これはお前にしか頼めないことなんだ」

 

炭治郎は汐の両肩に手を置いて言った。真剣な眼が汐の青い眼を静かに映す。

 

「お前が強いのは俺が誰よりも知っている。だからこそ、二人を守ってほしいんだ。今それを頼むことができるのは汐だけだ。頼む」

 

汐の肩に乗せられた手に力がこもり、炭治郎の真剣さと汐への信頼が見て取れる。そんな彼の姿に、汐は小さくため息をついた。

 

「・・・そんな頼み方は狡い。そうまで言われちゃ、頷くしかないじゃない」

炭治郎の手に自分の手を重ねながら、汐は小さく呟く。そして決意を込めて彼を見据えた。

 

「わかった、あんたを信じる。二人は必ずあたしが守って見せるから安心して」

「ありがとう、汐」

「その代わり、必ず生きて戻ってきて。戻ってこなかったら子供たちを連れて・・・なんてのは絶対なし。死ぬんじゃないわよ。死んだらぶっ殺すから!」

「いや、その理屈はおかしいだろ!?」

「とにかく、必ず戻ってきなさいってことよ」

 

そう言って汐は炭治郎に背中を向ける。そんな彼女からは信頼と微かだが不安の匂いがした。

炭治郎は一度眼を閉じたあと、座り込んでいる清とてる子に目線を合わせて座った。

それからてる子の頭に、そっと自分の手を当てる。

 

「落ち着いてよく聞くんだ。てる子。清兄ちゃんは今本当に疲れているから、てる子が助けてやるんだぞ」

それから自分の人差し指を口元に当てながら、教え聞かせるように言った。

 

「俺が部屋を出たら、すぐに鼓を打って移動しろ。もしもその先に鬼がいても、このお姉さんが二人を必ず守ってくれるから、言うことをきちんと聞くんだ。そして鬼を倒したら必ず迎えに来る。清たちの匂いをたどって。戸を開けるときは名前を呼ぶから。もう少しだけ頑張るんだ。できるな?」

炭治郎の優しく諭す声に二人の顔が真剣なものになり、しっかりとうなずく。二人を見た炭治郎は「えらい!」と褒め、そんな彼を見て、汐の胸が小さく音を立てた。

 

「それじゃ行ってくる。汐、任せた」

「任されたわ」

 

二人の視線が交わると同時に、遠くから床のきしむ音が聞こえてくる。そして襖の陰から、鬼が姿を現した。

 

「叩け!!」

 

炭治郎が飛び出すと同時に、清が鼓を打ち鳴らす。音と共に、炭治郎と鬼の姿は何処へと消えていった。

 

(頼んだわよ炭治郎。必ず、必ず生きて戻ってきて・・・!)

 

彼の姿が消えた後、汐は振り返って二人の前に座る。そしていまだ不安が残る彼らを落ち着かせようと話をすることにした。

 

「大丈夫よ。あの鬼は炭治郎が何とかしてるし、正一だって善逸が守ってくれる。あ、善逸はあたしの仲間の一人で、二人ともとっても強いんだから!!」

 

しかしそうはいっても炭治郎はともかく、善逸の醜態を見ていたてる子は、不安でいっぱいな眼を汐に向ける。このままでは二人の心がまた不安で曇ってしまうことを恐れた汐は、咳ばらいを一つすると立ち上がった。

 

「お姉ちゃん・・・?」

 

てる子が不安げに見上げると、汐は息を深く吸い口を開いた。

 

汐の口から、透き通るような美しく、優しい歌声がこぼれだす。それは音が響かないはずの部屋に響き渡り、清とてる子の心を瞬く間にとらえた。

二人とも口を開けたまま、歌を披露する汐にくぎ付けになる。心の中にあった恐怖が、歌が進むごとにみるみる溶けて消えていった。

 

やがて歌が終わると、二人は自然と彼女に拍手を送っていた。その顔には笑顔が浮かび、先ほどの不安はみじんもなかった。

 

「すごいすごーい!お姉ちゃん、お歌がとっても上手なんだね!」

 

てる子が汐の腰に飛びつき、清も手を叩きながら絶賛する。その子供らしい仕草に汐の顔も自然と緩み、二人の頭をなでる。

 

「あたしの友達もこの歌が大好きなの。だから二人に気に入ってもらえてよかった」

 

それから汐は、二人にいろいろな話を話せる範囲で聞かせた。自分の故郷の海の事、ワダツミヒメの物語の事、炭治郎に出会ったこと、知らない町で食べたもののことなどを、鬼のことは極力伏せて。

二人は汐の話にじっと耳を傾けた。特に、二人は海を見たことがなかったらしく、海の話にはたいそう興味を持ったようだ。

 

「ええ!?魚とエビが一緒に暮らしているんですか!?」

「そうよ。エビが巣穴を作って魚が敵が来たことを知らせる役割をするの。見た目も種類も全然違うのに、こうやって一緒に生活している生き物もいるのよ」

 

汐は自分が今まで培ってきた知識を押し目もなく披露する。二人はすっかり汐の話に夢中になり、ここが鬼の住処であることを忘れそうになっていた。

 

「ふう、ちょっと話過ぎたみたいね。休憩休憩。少し水を飲ませてもらうわね。あんたたちもどう?」

 

そう言って汐は、腰に下げていた水筒を取り出し二人に渡す。少しぬるくなってしまっているが、飲めないわけでもない。

水は三人の乾いた喉を潤していく。そんな中、ふと清が水を飲んでいる汐に向かってこんなことを言った。

 

「あの。さっきの人・・・炭治郎さんは汐さんの想い人なんですか?」

「ブフォオッ!!!」

 

清の思わぬ言葉に、汐は水を盛大に噴き出しせき込んだ。床に転がりのたうち回る彼女に、二人は驚き慌てて駆け寄る。

ゼイゼイと息を乱す汐の背中を、二人は必死にさすった。

 

「い、い、いきなり、な、なんてことを言うのあんたは!!危うく死ぬところだったじゃない!!」

顔を真っ赤にしながらせき込む汐に、清は青い顔をして必死に謝った。

 

「あ、あいつとは、炭治郎とはそんな仲じゃないわよ!あいつとはただの兄妹弟子!仲間、友達!!そういうんじゃないのよ!!!」

顔を赤くし、目を剥いてムキになる汐に、二人の目が点になる。そんな彼らを見て汐ははっと我に返ると、赤くなった顔を顔を隠すように背を向けた。

 

(全く最近の子供は随分ませてるわね。炭治郎があたしの、その、お、想い人、だ、なんて・・・。ありえない、ありえないわよ・・・)

 

心臓が早鐘の様に打ちなさられ、顔はいまだに熱を持っている。胸の奥から湧き上がってくる感情を何度か押さえつけようとしたその瞬間。

 

何処からか、まとわりつくような気配を感じた。

 

「清!てる子!!」

 

汐は慌てて二人に駆け寄ると、二人を庇うように立った。

近くに鬼がいる。汐の様子からそれを感じ取った二人の表情が瞬時に固まった。

 

汐はあたりを見回すと、彼らの背後に押し入れらしきものがあるのを発見した。そして二人の耳に口を近づけ静かに告げた。

 

「落ち着いて。後ろに押し入れがあるでしょう?すぐにそこに隠れて。決して開けちゃ駄目よ」

 

汐がそう告げると、二人はすぐさま押し入れの中に隠れる。それを横目で確認した汐は立ち上がり、刀を抜き放った。刀身が鮮やかな翠玉色へと変化する。

その刀の感触を確かめるように、汐は左手で回すように刀を振った。

 

「悪いわね二人とも。ここから先は、15歳以下は閲覧禁止の時間よ」

 

そう言った瞬間、部屋の向こうに鬼が現れた。それも一匹ではなく何匹かいる。

それを見た汐の口元が、ゆるく弧を描いた。

 

「まったく、この家の構造はどうなってんだか。欠陥住宅にもほどがあるわよ此畜生!!!」

 

汐の咆哮と同時に、鬼が一斉に部屋になだれ込む。そして呼吸の低い音と共に、部屋に真紅と翡翠色が舞った。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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