ウタカタノ花   作:薬來ままど

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「あ、あいつ・・・!生きてたのね」

猪男の姿を見て汐は驚いた顔をする。炭治郎が来る前にひと悶着あり、故意ではないとはいえおかしなところを蹴り飛ばしてしまったため、汐は少し心配していた。

しかし、目の前の光景が目に入ると、その心配は木っ端みじんに吹き飛んだ。

 

「刀を抜いて戦え!この弱味噌が!!」

猪男は刀を善逸に向けたまま大声でまくし立てる。だが、傷ついた善逸は何かを抱えたまま微動だにしない。

よく見ると、彼が抱えているのは禰豆子が入っている箱だった。

 

「炭治郎・・・、俺、守ったよ・・・」

善逸の口から弱ってかすれた声が漏れる。上げたその顔は腫れあがり、目には青あざまでできている。

 

「お前がこれ・・・命より大事なものだって・・・言ってたから・・・」

 

善逸が紡いだその言葉は、屋敷内で炭治郎が言っていた言葉だった。彼は覚えていたのだ。その言葉を。

 

「刀も抜かねえこの愚図が!同じ鬼殺隊なら戦って見せろ!」

 

猪男はそう叫んで善逸を何度も何度も蹴りつける。その度に善逸は苦しげに呻き、真紅の雫が飛び散る。だが、それでも善逸は箱を決して放そうとはしなかった。

 

「もういい。お前毎箱を串刺しにしてやる!!」

 

猪男は刀を逆手に持つと、その切っ先を善逸の背中に向ける。そして今にも突き刺そうとした、その瞬間。

 

「止めろ!!!」

 

炭治郎が瞬時に飛び出し、右拳を猪男の鳩尾に叩き込んだ。凄まじい打撃音がして彼の体は後方に吹き飛ぶ。

善逸の耳にはその瞬間、猪男の骨が折れる音が聞こえた。

 

(骨、折ったァ!)

 

流石の善逸も、これには驚きあきれる。そんな彼の元に汐は駆け付け、傷の具合を見た。

 

鼻からは血がとめどなく溢れ、口も切れている。汐は直ぐに水で布を濡らすと応急処置を開始する。

「汐ちゃん、君も無事だったんだ。よかった」

「人の事より自分の心配をしなさい。まったくどいつもこいつも、どれだけ周りを心配させれば気が済むのよ」

 

善逸の言葉を一掃し、汐は淡々と手当てを進める。時々善逸が痛みで声を上げるが、それを完全に無視しながら彼女は手当てを続けた。

 

一方。猪男を吹き飛ばした炭治郎は、倒れ伏している彼に向かって言い放った。

 

「何故善逸が刀を抜かないか分からないのか!?隊員同士で徒に刀を抜くのはご法度だからだ。それをお前は一方的に痛めつけていて、楽しいのか!?卑劣、極まりない!!」

 

怒りのあまり炭治郎の拳が震え、ギリギリと音が鳴る。その迫力に、汐は思わず息をのんだ。

これほどの怒りを露にする彼を見たのは、久しぶりだったからだ。

 

倒れ伏した猪男は二三度せきこむと、突如かすれた声で笑い出した。その様子に炭治郎は勿論、汐と善逸も怪訝そうな顔をする。

猪男はひとしきり笑うと、倒れたまま顔だけを炭治郎に向けて言った。

 

「そういうことかい、悪かったな。じゃあ――素手でやりあおう!!」

「いや、まったくわかってない感じがする!まず隊員同士でやりあうのが駄目なんだ!素手だからいいとかじゃない!!」

 

炭治郎の言葉もむなしく、猪男はがばりと起き上がると炭治郎に一直線に向かっていった。

猪男の動きはすさまじく、今しがた炭治郎に骨を折られたとは思えなかった。

先程汐が見た時と同じ、柔軟かつ予測不能な動きで炭治郎を圧倒していく。はじめは反撃するつもりがなかった炭治郎も、命の危機を感じたのか猪男に蹴りを入れた。

 

が、男はそれを背をそらしてかわすと、炭治郎の顔面に一撃を入れる。その隙を見逃さず、猪男の更なる追撃が彼を襲った。

 

「あれ、炭治郎もご法度に触れるんじゃないか?骨折ってるし」

「いや、正当防衛ってことでいいんじゃない?よく知らないけど」

 

完全に蚊帳の外になっている二人は、ただその戦いを見守ることしかできなかった。

 

「でもあの猪頭、本当によく動けるわねー。あたし、さっき思いっきりタマ蹴っちゃったのに」

「・・・え゛!?」

ぼそりと呟いた汐の恐ろしいつぶやきは、聴覚に優れている善逸の耳に確実に届いた。どういうことなんだという視線を向けると、汐は淡々と「襲われたから蹴ったら変なところに当たった」とだけ答えた。

その言葉に善逸は戦慄し、無意識にその部分を抑えた。そして先ほど痛めつけられたとはいえ、下手をしたら男として再起不能になる攻撃を食らった猪男に、かすかながら同情するのであった。

 

そんな会話をしていることなど露知らず、炭治郎は猪男の低すぎる攻撃に苦戦していた。どの一撃も炭治郎の臍より下の位置ばかりを重点的に狙ってくるのだ。

汐との度重なる組手の訓練で、炭治郎自身も対人格闘に心得がある。しかし、目の前の相手の戦い方は人のものではない。

まるで、獣と戦っているようだった。

 

(低くねらえ。相手よりも、さらに低く!!)

 

炭治郎の蹴りが猪男の頭に向かう。が、男は地面を這うようにしてそれをかわすと、その姿勢のまま炭治郎の後頭部を踏みつけた。

その人並外れた間接の柔らかさに、炭治郎は驚愕する。

猪男は炭治郎から離れると、自分がいかにすごいか大声でまくし立てた。

そしてそのまま立ったまま背をそらし、そのまま胸部を地面につけた。

 

「うわあ~、あの格好であれをやられると結構気持ち悪いな」

「俺の時も思ったけれど、汐ちゃんって結構手厳しいよね」

「あたしは基本的に馬鹿には容赦しないから」

 

冷静な善逸の突っ込みを、汐はさらに冷たくあしらった。

 

「止めろそういうことするの!骨を痛めている時はやめておけ。悪化するぞ!?」

「いや、気にするところそこじゃないし、そもそも骨折ったの炭治郎だし」

「っていうか何これ。なんであたしたちいちいち突っ込んでるの?」

 

炭治郎の言葉に猪男は臆することもなく、再び炭治郎へと向かってくる。

 

「今この刹那の愉悦に勝るものなし!!」

「将来のこともちゃんと考えろ!!」

このままじゃ埒が明かないと感じた炭治郎は、相手の攻撃を受け流した後その肩を両手でつかんだ。

 

「ちょっと、落ち着けェ!!」

 

そしてそのまま渾身の力を込めた頭突きを、猪男の頭にお見舞いした。

 

それを見た善逸は悲鳴を上げ、汐は「終わったわね、あいつ」と呟き冷めた目で見た。

 

猪男はうめき声をあげて数歩後ずさる。すると、かぶっていた猪の皮がずるりと滑りそのまま地面に落ちた。

その晒された素顔に、全員の視線が集まる。その刹那。

 

「え!?女!?か、顔・・・!?」

 

善逸が髪の毛を逆立てて大声で叫び、汐は呆然とその顔を見ている。

無理もない。猪の皮の下には、少女と見間違うような整った顔があったからだ。

しかも、自分たちとそう年が変わらない少年のように見える。

 

「なんだァ?こら。俺の顔に文句でもあるのか?」

少年はそう言って全員をぐるりと見まわす。頭突きをされたせいか額からは血が流れ出ているものの、それよりも皆は彼の顔にくぎ付けになりあまり気にならなかったようだ。

 

「気持ち悪い奴だな。むきむきしてるのに女の子みたいな顔が乗っかってる」

「あたしよりも顔立ち整ってるじゃない。なんだか複雑」

 

善逸と汐がそういうと、少年はじろりと二人を睨む。善逸は小さく悲鳴を上げると、あろうことかてる子の後ろに隠れた。すっかり呆れ切った汐は、汚物でも見るようなめで善逸を見、清たちもあきれた様子で彼を見ていた。

 

「君の顔に文句はない!こじんまりしていて色白で、いいんじゃないかと思う!!」

「殺すぞてめぇ!かかって来い!!」

炭治郎の言葉が気に障ったのか、少年は激昂し炭治郎に詰め寄った。

 

「だめだ。もうかかっていかない!」

「もう一発頭突いてみろ!」

「もうしない!君はちょっと座れ。大丈夫か!?」

 

まるで漫才のような二人の雰囲気に汐達が呆れ始めたころ、少年は炭治郎を見据え自信に満ち似た声で言った。

 

「おいでこっぱち。俺の名を教えてやる。嘴平伊之助だ。覚えておけ!」

「どういう字を書くんだ?」

「字!?俺は読み書きができねえんだよ!名前はふんどしに書いてあるけどな――」

 

そこまで言いかけた伊之助の動きが止まる。皆が怪訝そうな顔で見ていると、突如彼の眼玉がぐるりと動きそのままあおむけに倒れてしまった。

そしてそのまま白目をむき、口からはごぼごぼと泡を噴き出す。

 

「うわっ!倒れた!死んだ?死んだ?」

「死んでない。多分脳震盪だ。俺が力いっぱい頭突きしたから・・・」

「あれは本来人間にやる技じゃないからねぇ。この程度で済んで、こいつも運がいいのか悪いのか・・・」

 

倒れている伊之助を、汐と炭治郎は冷静に分析する。そんな二人を見て善逸は先ほどとは別の意味で怯えて震えていた。

 

「で、どうするのこいつ。ふん縛って木にでも吊るしておく?」

「脳震盪を起こしているんだから、むやみやたらに動かしちゃだめだ。とりあえず手当てをしよう。みんな手伝ってくれ」

 

炭治郎の言葉に、汐はやれやれと言った様子でため息をつき、善逸も怯えながらも炭治郎の指示に従った。

気絶してしまった伊之助の頭に汐と炭治郎の羽織で枕を作り、善逸の羽織で掛布団を作りそのまま寝かせる。

それから子供たちに協力を要請し、犠牲となってしまった者たちの埋葬を開始した。

子供達には酷な話だが、何分人手が足りないからだ。

 

風がゆったりと吹き、空に浮かぶ雲をゆっくり流していく。

それからしばらくたった後、眠っていた伊之助の目がゆっくりと開いた。それから二度瞬きをした後、突如奇声を上げてばね仕掛けの様に飛び上がった。

 

「勝負勝負ぅ!!」

「寝起きでこれだよ!一番苦手これ!!」

伊之助は叫びながら、たまたま近くにいた善逸を追い回す。だが、彼は突如その足を止めた。

伊之助の目には、埋葬作業を行っている皆の姿が映っていた。

 

「何してんだお前等!?」

指をさしながら叫ぶ彼に、炭治郎が「埋葬だよ」と答えた。

 

「あの屋敷には殺された人が何人かいるの。あんたも運び出すのを手伝いなさいよ」

「生き物の死骸なんか埋めて何の意味がある?やらねえぜ。手伝わねえぜ。そんなことよりそこのでこっぱち!俺と戦え!」

 

伊之助はそういうと、その人差し指を炭治郎に向ける。彼の思いもよらない言葉に、汐と善逸は思わず固まった。

そんな伊之助を見て炭治郎は、憐みの眼を向けていった。

 

「傷が痛むからできないんだな?」

「・・・は?」

 

炭治郎の言葉に、伊之助の顔に青筋が浮かぶ。それに気づいていないのか、炭治郎はさらに畳みかけた。

 

「いやいいんだ。痛みを我慢できる度合いは人それぞれだ。亡くなってる人を屋敷の外まで運んで土を掘って埋葬するのは本当に大変だし、汐と善逸とこの子たちで頑張るから大丈夫だよ」

 

そういう炭治郎の声色はいたって真剣だ。真剣に伊之助を気遣って発言している。しかし彼が手伝わないのは傷が痛むからではないということが、炭治郎は根本的にわかっていないのだ。

その論点からずれた発言に、炭治郎以外の者は思わず口を閉ざした。

 

「伊之助は休んでいるといい。無理言ってすまなかったな」

 

炭治郎のこの言葉がとどめになったのか、言い終わった瞬間。伊之助は「なめるんじゃねえぞ!!」と怒りを露にした。

 

「百人でも二百人でも埋めてやるよ!俺が誰よりも埋めてやるわ!!」

 

そして伊之助はそのまま屋敷の中へ突進していく。炭治郎は心配そうにその背中を見つめていたが、汐は「あれ?ひょっとしてあいつ、意外とちょろいかも?」と小さく呟いた。

それを聞いた善逸の肩が、小さくはねるのにも気づかずに。

 

その後、伊之助のお陰で犠牲者の埋葬は恙なく完了した。手を合わせて冥福を祈る皆をよそに、伊之助はひたすら森の木々に向かって突進していた。

しばらくすると、どこから現れたのか炭治郎の鴉と、汐の鴉が並んで飛んできた。そして汐達に山を下りるように告げる。

人語を話す鴉を初めて見た正一は驚いていたが、清とてる子はもうこれ以上何も考えないようにした。

 

それから山を下りる際、未だに正一が鬼を倒したと勘違いしていた善逸が彼と離れることを非常にごねた。

汐と炭治郎が二人がかりで引きはがすも、善逸は泣きべそをかきながら未練がましい言葉を吐いている。汐の殺意に近い怒りががふつふつと漏れ出していることに気づいた炭治郎が、すぐさま善逸に当て身を入れて気絶させた。

 

そして炭治郎の鴉が清に藤の花の袋を吐き出した。これは昔、汐が昔玄海からもらった袋とよく似たものであった。最も、鴉の胃液と思われる謎の液体に塗れていたため、とてもじゃないが触れるものではなかったが。

 

「皆さん、本当にありがとうございました。家までは自分たちで帰れます」

 

正一とてる子に支えられた清が、深々と頭を下げていった。そんな彼らに炭治郎は手を振り、気を付けるように言う。

 

「汐お姉ちゃん、素敵なお歌を聞かせてくれてありがとう!!さようなら!!」

 

てる子が空いている方の手を大きく何度も横に振るう。そんな彼女に汐はにっこりとほほ笑んで見せた。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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