ウタカタノ花   作:薬來ままど

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幕間その参
男と女の間には血の雨(少しデリケートな描写があります。注意!!)


それは、ある日の夜。

炭治郎が入浴を終えて部屋に戻ると、何故か伊之助がそわそわとしている。襖の隙間から頻りに外を警戒しているようだ。

 

「何してるんだ伊之助?」

炭治郎が声をかけると、伊之助はびくりと大きく肩を震わせ「大声を出すんじゃねえよ!」と小さく鋭い声で言った。

 

「あいつに気づかれたらどうすんだ?」

「あいつ?あいつって誰だ?」

「あいつはあいつだろ!あの、えと、そうだ!わたあめ牛!!」

 

伊之助の口から出てきた奇妙な言葉に、炭治郎は首を傾げた。そんな名前は彼の知人には存在しないからだ。

そういえば、と炭治郎は思考を巡らせた。ここへ来るまで、伊之助は何度も自分の名前を間違えている。だとしたら、名前を間違えているのかもしれない。

 

(わたあめ、わた、あめ、わた・・・わだ・・・)

 

炭治郎が頭の中で言葉を繰り返していると、ある人物の名が浮かんだ。確かに音としては近いが、この間違われ方はあんまりである。

 

「お前、ひょっとして汐のことを言っているのか?」

その人物の名前を出すと、伊之助が再びびくりとする。そんな彼からは、確かに警戒している匂いまでした。

 

「心配ないぞ。汐なら今、禰豆子を風呂に入れてもらっているからしばらくは来ないから」

 

そういうと、伊之助は安心したように息を吐いたが、慌てた様子で頸を横に振る。そして

 

「なんで俺があんな雌におびえなくちゃならねえんだ!!」と、大声でまくし立てた。

 

彼がこのようになってしまったのは、ここへ来たばかりの頃へさかのぼる。

 

 

 

*   *   *   *   *

 

 

「こちらの部屋をお使いくださいませ」

 

老女はそう言って汐達に部屋を案内する。炭治郎、善逸、伊之助は同じ部屋をあてがわれ汐はその隣の部屋をあてがわれた。

汚れた隊服はすぐさま老女が回収し、彼らは用意された浴衣に着替えた(伊之助はかなりごねたが、炭治郎の必死の説得により何とか受け入れた)

 

着替えを終えた後、伊之助は汐だけが別室に通されたことに疑問を抱いた。

 

「なんであいつだけ部屋が別なんだ?」

 

伊之助の問いかけに、炭治郎と善逸は怪訝そうな顔で彼を見た。まさに、「お前は何を言っているんだ」と言いたげな顔で。

 

「なんでって、そんなの当り前だろう?俺たち四人一緒だと布団が敷けないじゃないか」

炭治郎がさも当たり前に答えると、善逸はおかしなものを見るような眼で炭治郎を見た。

 

「いや違うだろ!常識で考えて違うだろ!お前今まで汐ちゃんと一緒にいて何も感じなかったのか?嫁入り前の女の子がむさ苦しい野郎共に囲まれるなんて、うらやま・・・非常識にもほどがある!」

若干邪な本音を漏らしながらも、善逸は必死に男女の相部屋は非常識だと熱弁する。すると、

 

「ねえ、あたし、汐だけど。入ってもいい?」

 

襖の奥から汐の声がした。炭治郎がいいと答えると、襖がすっと空き浴衣に着替えた汐が入ってきた。

 

「あ、やっぱり部屋の構図は一緒なのね、って当たり前か」

汐ははにかんで笑いながらぐるりと部屋を見回す。隊服とは違う彼女の服装に、善逸は目を丸くする。

 

「おお・・・!隊服姿の汐ちゃんもかっこよくて素敵だけど、浴衣姿だとなんか、こうグッとくるものがあるよな」

善逸が中年の親父のようなことを口にすると、炭治郎はきょとんとした顔で彼を見つめた。

 

「グッとくるものってなんだ?なんで善逸はそんな気持ち悪い笑い方をしているんだ?」

「真面目に返されても困るんですけど・・・」

 

善逸は全く予想外の答えが返ってきた炭治郎にめまいを覚え、炭治郎はなんで善逸がそんな顔をするのか本当に理解できていないようだった。

 

だが、伊之助はじっと汐を見据えたまま動かない。どうしたのか問いかけようとしたとき、突然伊之助が嘲るように言った。

 

「なんだお前?なんで雌みてぇに乳が膨れてんだ?」

 

伊之助の言葉に場の空気が瞬時に凍り付く。善逸は勿論、炭治郎もこの発言にはたまらずすさまじい顔で固まった。

が、我に返った二人は慌てて伊之助に詰め寄る。

 

「なんてことを言うんだ伊之助!!謝れ!!今すぐ汐ちゃんに謝れ!!死ぬ気で謝れこの野郎!!!」

「俺も善逸と同意見だ!!今すぐ謝れ!!取り返しがつかないことになる前に!!」

 

二人の嵐のような剣幕にも、伊之助は何を言われているのか分からないと言った様子で二人を見ている。だが、

 

「ちょっとどいて」

 

汐の氷のような声が響き、二人はびくりと震えて思わずよける。汐はそのまますっと伊之助の前に立つと、にっこりと笑って瞬時に彼の背後に回り込んだ。

 

そのあまりの速さに全員が目を剥いたその時。

 

「うるぅあああああああああああああ!!!!」

 

凄まじい奇声を上げながら、汐は伊之助に抱き着くとそのまま反り返り、その頭を畳に叩きつける。現代で言うなら『ジャーマンスープレックス』という格闘技の技だ。

いきなりの事態に炭治郎も善逸も、顔を思い切り引きつらせ動けないでいる。伊之助は頭を振り「てめ何しやがる!」と起き上がって抗議しようとした。

が、汐がその腹を踏んづけ狂気じみた笑顔を向ける。あまりの気迫に伊之助も思わず口を閉じ、汐から目を離せないでいた。

 

「ねえ、炭治郎、善逸」

 

その場には似つかわしくない程の明るい声で、汐は伊之助に笑いかけながら言う。

 

「あたし、今日の夕飯は牡丹鍋がいいなあ。ちょうど目の前に生きのいい獲物がいるし、三人で足りそうな量だし」

「え、え?汐、さん?」

「心配しないで?あたし、もともと解体するのは得意なの。故郷ではよく大きな魚を解体してたし、猪だって解体できるから」

「まずい!止めろ善逸!!今の汐は本気だ!本気で伊之助を解体する気だ!!」

 

炭治郎の言葉に善逸は驚き、慌てて二人を引きはがす。炭治郎が汐を隣の部屋に連れていき、善逸は汐が女性であることを滾々と伊之助に教え込んだのであった。

 

このようなことがあり、伊之助はしばらく汐に警戒心を剥き出しにしていたが、彼の頭は細かいことは忘れるのかしばらくしたらいつもの伊之助に戻っていた。

その様子に炭治郎と善逸はほっとするものの、今後一切、汐の前で粗相をしないことを固く誓った。

そうでなければ、鬼よりも恐ろしい彼女の血の制裁が待っているからである。

 

 

この後、善逸がその制裁を受けることになるのは、また別のお話。

 




おまけSS
炭「はぁ・・・。汐やっと落ち着いてくれたよ」
善「伊之助が明らかに悪いけど、あの時の汐ちゃん、本当に怖かったよな。俺も殴られたし。確か炭治郎と汐ちゃんは兄妹弟子なんだよな?」
炭「ああ。俺と一緒に過ごしてた時も、時々癇癪を起こしたりしたっけ」
善「お前、よく無事だったな」
炭「そういう時はそっとしておけって鱗滝さん、俺たちの育手が言っていたんだ。ん?そういえば・・・」
善「どうした?炭治郎」
炭「汐が決まって癇癪を起す時、なんでかはわからないけど血の匂いがしたような・・・」
善「・・・炭治郎。そのことを汐ちゃんに聞いたりしてないよな?」
炭「え?してないよ。とても聞けるような状態じゃないし・・・」
善「聞くなよ!絶対聞くなよ!!そのことを聞いたらお前・・・この世の全ての地獄をお前は味わうことになる!!」
炭「え?え?え?」
善「いいか!?女の子っていうのは、砂糖と香辛料と素敵なものと秘密でできているんだ!!特に秘密は女の子の服のようなものだから、それを暴こうということは服を引ん剝くのと同じくらい失礼なんだぞ!!」
炭「えええ!?そうだったのか!?女の子って難しいんだな・・・(いつか禰豆子も、秘密を持つようになるのだろうか・・・)」

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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