ウタカタノ花   作:薬來ままど

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汐は朝餉の後、玄海が動ける時間帯になるまで基礎訓練をすることにした。

準備運動をした後、まずは砂浜の上を走りこむ。動きづらい砂の上で動くことで、足に負荷をかけ筋力と体力を鍛える訓練だ。

始めは1時間走れば動けなくなった汐も、今や5時間程走っても平気になった。

 

走り始めてから数分後、ふとどこからか歌が聞こえる。花のような少女の歌声だ。それは、もうじき行われる祭りで歌う歌であった。

 

(絹、頑張って練習しているんだなぁ・・・、よし、あたしも負けてられないな!)

絹の歌声を聴いた汐は、気分を改め更に足を動かす。

すると

 

「汐兄ちゃーーん!!」と、どこからか子供の声がする。

汐が足を止めて振り返ると、砂浜で遊んでいる二人の少年の姿が目に入った。

2人とも、汐の近所に住む子供だった。

「誰が兄ちゃんだ!姉ちゃんだろ!?いい加減にしないと、海に投げ落とすからね!」

「ちょっとした冗談だよ~!むきになるなよ~」

「まあいいけど。で、どうしたのあんたたち、こんなところで」

 

汐が訪ねると、二人は鯨岩の入り江に宝探しに行こうと言い出した。

あの入り江の底には、とてつもない宝物が眠っているらしく、それを探し当てたいのだそうだ。

しかし宝は海の底にあるらしく、まだ潜るのが拙い二人はそれが不可能なため汐に確かめてほしいとのことだった。

 

「宝物ねぇ。その話は知ってるけど、あたしには無理だよ」

「え?なんでさ!姉ちゃんすごく長く潜れるじゃないか!」

「あそこはとんでもなく深いんだ。あたしも一回潜ってみたけど、深すぎて息が続かなかった。だから無理。潜るなら深海魚にでもなるしかないね」

 

汐の言葉に、二人は残念そうに舌打ちをした。

 

「つまんねぇの。じゃあ、あれやってよ!いつものあれ?」

「あれ?あれって何?」

「ほら、姉ちゃんが時々やってるみんなの声真似!前のお祭りで前座にやったあれ!」

 

声真似、と言われて汐はああとうなずいた。それは、彼女が時々子供たちや大人相手に披露する声帯模写だった。

汐をはじめとし、この村の者はみんな耳がいい。それは自然と共に生きている彼らにとっては必須だからだ。しかし汐は耳がいいだけではなく、一度聞いた声をほぼ完ぺきに模写できるのだ。

 

「仕方ないなぁ。一回だけだよ?」汐はしぶしぶうなずくと、喉に手を当てて小さく発生しながら調整する。

そして

 

「『お~ぃ、汐。今日もいい天気だなぁ~』」汐の口から出てきた声は、庄吉の声だった。

とたん、子供たちの目がぱっと輝く。それを見ると、汐の心が弾んだ。

「『もう、汐ちゃんはいつも無茶ばかりするんだから』」今度は娘の絹の声がする。さらに盛り上がる子供たちに、汐は特大の物をぶつけた。

「『やっぱり男の心を潤すのは、きれいな姉ちゃんだぜ』」なんと汐の口から出てきたのは、彼女の養父玄海の声だった。

 

これには子供たちも大盛り上がり。汐の着物をつかんでもっとやってとせがむ始末だ。

だが、今汐は限界に言われた基礎訓練の途中だ。これ以上油を売るわけにはいかない。

 

「ごめん、今日はここまで。今おやっさんに言われた特訓の最中なんだ」

汐がそういうと、二人は再び残念そうな顔をする。そんな彼らの頭を、汐はやさしくなでた。

 

「そんな顔しないの。みんなを守るための特訓なんだから。あたしはもっと強くなって、みんなを守るから。だから、ね」

「うん、わかった。特訓頑張ってね、姉ちゃん」

 

子供たちはそう言って走り去る汐に向かって手を振る。そんな彼らに、汐は走りながら手を振りかえすのであった。

 

走り込みを終え、筋力を上げる運動をしていると、気が付けば太陽はもう空の真上に上がっていた。皆、昼餉の準備をするため、各々の家に戻る。

汐も特訓を切り上げて、昼餉を用意するため家に戻る。

今日の献立は、調味料に付けた魚の漬け。汐は海鮮丼に、玄海は刺身にした。

 

2人が料理に舌鼓を打っていると、汐は何を思ったのか玄海に問いかけた。

 

「ねえおやっさん。朝言ってたおやっさんの薬を作ったのって、どんな人?」

いきなり問いかけられたにもかかわらず、玄海は箸を止めずに口を開いた。

「どんなって・・・そりゃあ別嬪な姉ちゃんに決まってんだろ。俺はどんなに優秀な医者だろうが、別嬪な姉ちゃん以外からは施しは受けねえ。これが俺の絶対的な鉄則だ」

「・・・聞いたあたしがバカだったよ」そう言って汐は、止めていた左手を動かした。

 

「お前、いつもそうやって俺の話を聞き流すけどよ。姉ちゃんはいいぞ!綺麗だしいい匂いだし、あの形成は見事なもんだ。いやぁ、神様はいいものをこの世に生み出してくれた!感無量だ」

「・・・そう言って何人もの女に逃げられた挙句、結局今現在まで独り身なんでしょ」汐のあきれ果てたため息が小さく響いた。

 

この後も汐は玄海にいくつか薬について聞いてみたのだが、相も変わらずな答えが返ってくるだけだったので、そのうち彼女は問いかけるのをやめた。

 

やがて日が沈み、あたりが暗くなりだしてきたころ。ようやく玄海が家の外に出てきた。

額に赤い鉢巻を締め、気合を入れた彼の怒号が響く。

 

「そうじゃねえ!もっと腹に力を込めろ!違う!何度言ったらわかるんだ!!へその下に岩を受けるような感覚でやりやがれ!」

玄海の指導は過酷を通り越してもはや地獄だった。少しでも教えと違うと、鼓膜が破れそうな程の音量で罵声が飛ぶ。

始めのころは恐ろしさのあまり泣きじゃくったり失禁したりもしたが、今はその声すらも彼女の糧になっていく。

 

今汐が行っているのは『呼吸法』と『型』の指導だ。病弱だった汐を健康にした呼吸法は、本来は戦うための呼吸法だそうだ。

呼吸法にはいくつかの型があり、その方は流派によって違う。汐が習っているのは『海の呼吸法』と呼ばれる物で、なんと玄海が自ら生み出したものだった。

 

しかし彼曰く、この呼吸法は『未完成』であり、そのため型が5つまでしかない。それでも、呼吸法を扱うにはその5つの型を習得するほかなかった。

 

「よし!今度は俺との組手だ。今日は10発当てられたら夕飯にする」

「10!?いつもは5なのに、なんで今日は多いの!?」

「無駄口たたいている暇があったらさっさと動きやがれ。できねえと、いつまでも飯抜きだからな!!」

 

その後は玄海相手に時間無制限の組手地獄が待っていた。彼の言うとおり、決定打を10発当てないと終わらない。

しかも、昼間動けない鬱憤が溜まっているせいか、玄海の一撃は毎度本当に容赦がない。その中で10発も当てるというのは、常人にはほぼ不可能だ。

 

だが、こんな理不尽な要求も、長い間時間を共有してきた汐にとっては決して不可能ではない。

その日は3時間はかかったものの、彼が満足する決定打を10発見事に打ち込んで見せた。それが成功したとき、玄海は心から嬉しそうに笑った。

 

無事に稽古が成功した汐は、ようやく夕餉にありつけた。だが、それをつまんでいた時、玄海はふと思いつめたように口を開いた。

 

「なあ、汐。人間ってのはいつまで生きられるかわからねえ。ついさっきまで元気だったやつも、次の日にはポックリ逝っちまうことだってある」

「どうしたの?急にそんなこと言い出すなんて」

まるで遺言のようなその言葉に、汐は左手に持っていた箸を止めた。

「俺だってもう年だ。いつまでもお前の面倒を見ていられるわけじゃねえ。もし、もしもだ。俺に何かあったときは『鱗滝左近次』という男を訪ねろ」

「うろこ、だき・・・?」

聞いたことのない名前に、汐は怪訝そうに首をかしげた。

 

「俺の昔の、知り合いだ。いつも天狗の面をつけた偏屈野郎だが、決して悪い奴じゃねえ。必ず、お前を助けてくれるだろう。だから・・・」

「やめてよ!食事中にそんな話するの。それに、そんな事言われたって困る。だってやっと薬が手に入るってときに、そんな死ぬみたいなこと言われたら・・・」

 

そう叫んで汐は玄海から目をそらす。その目が冗談を言っているものではないとわかってしまうからだ。

しかし玄海は汐の言葉に首を横に振った。

 

「汐。生きるってことは覚悟と選択の連続だ。もしも、万が一って言葉は決して『ありえない』ってことじゃねえ。それだけは忘れるな」

 

その言葉を最後に、二人の食卓は気まずいもののまま終わってしまった。

玄海の言葉が胸に引っかかったまま、汐は翌日を迎えてしまうのであった。

 

その日の曇りの朝、汐は玄海が用意した着物に着替え、出かける準備をしていた。外出用の着物の上に玄海が用意してくれた浮世絵の波のような文様が描かれた羽織をまとう。

そして、薬代の他に紫色の小さな巾着を渡された。

 

「これは鬼除けの藤の花のにおい袋だ。鬼ってのは藤の花が苦手でな。此奴を持っていれば、普通の鬼は寄ってこねえ。お前は鬼なんていないなんて思っているかもしれねえが、奴らはそういうやつを常に付け狙ってる。つべこべ言わずに持っていろ」

と、半ば強引に押し付けられた。

 

「んじゃ、行って来い。わかっていると思うが、夜までには必ず帰ってこい」

 

こうして玄海に見送られ、汐は港町に向かうことになった。

 

港町は汐の住む村からかなり離れたところにあり、徒歩で行けばかなりの時間を要してしまう。

しかし玄海はその距離を歩くことを命じた。これは一日の大半を水中で過ごす汐が、陸に慣れるための訓練でもあった。

 

水の中と違い、陸では体が重く感じる。それは、水中にある浮力が陸の上ではないからだ。それでも、人間は陸の生き物である故、この環境にも慣れなくてはならない。それが、玄海の狙いだった。

 

町に着くと、汐はやっとついたといわんばかりに背筋を伸ばす。今日ほど水の中にいなかった時間が長いことはなかった。

 

どんよりとした曇り空だというのに、町はたくさんの人々であふれており、あちこちから物を売る元気な声が響く。そして何かを焼く香ばしい香りや、磯の香りも交じって汐の鼻先をくすぐった。

 

(今まであまり来たことはなかったけど、港町ってこんなに人がいっぱいいるんだ・・・!)

あまり村の外に出たことがなかった汐は、全く違う世界に少し戸惑いながらも胸を弾ませた。

 

だが、今日は遊びに来たのではない。玄海の病を治す薬を手に入れなければならないのだ。

 

しかし汐は相手がどのような人物なのか全く知らない。玄海に何度も聞いたが、『別嬪の姉ちゃん』としか返ってこなかったのだ。

 

(一応待ち合わせ場所を記した紙はもらってきたけれど・・・これ、どう見ても路地裏・・・だよね)

 

汐の持っている紙には、かなり大雑把な地図が描かれていたが、その目印へ延びる道がどう見ても大通りのものではなかった。

奇病を治す薬、などというものが正規の医者の処方するものではないことは汐も薄々感じていたが、やはりもう少し詳細を聞いておくべきだったのかと少し後悔した。

 

やがて汐は地図に記された場所へ着く。そこには人影はなく、町の喧騒がうそのように小さく聞こえた。

 

(本当にここ、だよね。あたし騙されてないよね?もしそうだったとしたら、絶対に許さないからね)

そんなことを考え、両手拳を強く握る。

 

すると突如、足元で猫の鳴く声が聞こえた。

 

汐が視線を移すと、そこには一匹の三毛猫が汐を見上げていた。

(猫・・・?)

よく見ると背中には袋のようなものを背負っており、首の下には不思議な文様が描かれた紙が貼り付けてあった。

 

「もしかしてあんたが薬を持ってきてくれたの?」汐が話しかけると、猫はそうだというように尻尾を立てた。

にわかには信じがたかったが、猫は汐を見あげたまま動こうとしなかった為、信じることにした。

袋をそっと開けると、そこにはてのひらに収まるくらいの小瓶が一つ入っていた。中には、濃い紫色の液体が入っている。

 

(これが・・・おやっさんの病気を治す薬・・・なんだか、怖いな)

 

想像していたものよりも禍々しい色をした液体に、汐は少し寒気を感じた。だが、これを渡せば玄海はきっと治る。日がさす道を歩ける。

 

「ありがとう。お金はここに入れればいいんだね」汐は預かってきた薬代を猫の袋の中に入れた。

すると猫はそのままくるりと背を向け、あっという間に姿を消した。

 

その姿を汐はしばらく呆然と見守っていたが、目的は済んだので路地裏から外に出た。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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