ウタカタノ花   作:薬來ままど

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炭治郎たちの怪我がだいぶ癒えてきた頃の話。


知らない気持ち

「炭治郎。禰豆子のお風呂、今日はあたしが当番だったわね。ちょうど沸いたみたいだから連れて行ってもいい?」

「ああ、頼むよ。禰豆子は汐と一緒に入るの楽しみにしているみたいだから」

 

炭治郎の言葉に、禰豆子は嬉しそうに目を細める。そして「汐の言うことをきちんと聞くんだぞ」と告げると、禰豆子は頷き汐の手を引いて風呂場へ向かった。

そんな二人の背中を嬉しそうに見ていた炭治郎だったが、ふと部屋を見渡してみると善逸の姿がない。

ついさっきまでここにいたのは確かで、その証拠に善逸の匂いがまだ残っている。それを認識した瞬間、炭治郎の頭にある考えが浮かんだ。

 

(まさか・・・!)

 

炭治郎は駆け出した。このままではみんなが危ない。彼は祈るような思いで風呂場へ足を速める。が、炭治郎の願いもむなしく脱衣所から凄まじい悲鳴が聞こえた。

炭治郎が急いで脱衣所の扉を開けると、そこには簀巻きにされて天井からつるされている善逸と、その前で恐ろしい形相で彼を睨む汐の姿があった。

その光景を見て炭治郎は思わず頭を抱えた。

 

「あ、炭治郎ちょうどよかったわ。このぼんくらの処理をお願いね」

 

汐は抑揚のない声でそう告げると、簀巻き状態の善逸を炭治郎に押し付け脱衣所から追い出した。

やがて意識が戻った善逸は、その後部屋でたっぷりと炭治郎に説教をされるのであった。

 

 

*   *   *   *   *

 

「はーい、頭の石鹸流すよ~。目を閉じててね」

 

汐がそういうと、禰豆子は言われたとおりに両目を閉じる。それを確認した汐は、風呂桶の湯を禰豆子の頭にゆっくりかけてゆく。

泡が流れ落ちるまで何度か繰り返すと、禰豆子は顔をプルプルと横に振る。それはまるで、ずぶぬれになった猫が毛を震わせているようにも見えた。

そんな禰豆子の頭を、汐は手ぬぐいで丁寧にまとめる。それから彼女の手を引いて湯船につかった。

 

「鬼だって体は綺麗にしないとね。どう?禰豆子。熱くない?」

汐が訪ねると、禰豆子は大丈夫だというように首を縦に振った。目の前で湯につかっている禰豆子は口に竹を咥えている以外は、どこにでもいる普通の少女のようだ。

 

(こうやって見ると、禰豆子も普通の女の子みたいに見えるわね。この子が人間じゃないなんて誰が想像できるかしら)

 

気持ちよさそうに湯につかる禰豆子を見て、汐の顔がほころぶ。これとよく似た光景を汐はかつて見たことがあったからだ。

 

それは昔。汐が故郷の村で暮らしていたころ。幼馴染の絹と一緒に風呂に入った時の事だった。

母親を早くに亡くし、父親も漁で数日返らないこともあった幼い絹を汐はよく面倒を見ていた。何度も互いの家に泊ったこともある。

 

けれど、今は村も絹もいない。過去へは決して戻ることができない。ただの思い出でしかないのだ。

 

そんな汐が気になったのか、禰豆子がそっと手を伸ばして汐の頭をなでる。驚いて顔を上げると、彼女は心配そうに汐の顔を覗き込んでいた。

「ああごめんね、ちょっとぼーっとしてたみたい。でも大丈夫よ」

汐は笑ってそう答えると、禰豆子は今度はその手を汐の右肩に置いた。

浅草で鬼の襲撃を受けたときに負った傷。傷自体は癒えたものの、肩には僅かだが跡が残っている。それを禰豆子は、ゆっくりと優しくなでていた。

 

(ああ、なんて優しい眼をするんだろう。やっぱり炭治郎の妹だわ。どこまでも優しくて、綺麗な眼。この眼を、あたしはずっと見ていたい)

 

「ねえ、禰豆子。お兄ちゃんのこと、好き?」

 

汐がそう尋ねると、禰豆子はきょとんとした表情で見つめ返した。その顔を見て、汐は直ぐにそれが愚問だったことを悟る。

 

「ううん、好きに決まってるわよね。野暮なこと聞いてごめんね。さて、そろそろ上がろうか。逆上せたら大変だからね」

 

汐はそう言って禰豆子を連れて湯船を出るのであった。

 

 

*   *   *   *   *

 

夜も更け、皆各々の布団に入ったころ。

いつもならすぐに値付けるはずの汐は、その日に限ってはなかなか眠ることができなかった。

目を閉じながら何度も何度も寝返りを打っても、一向に寝付けない。とうとう汐は掛布団を蹴って跳ねのけると、そのまま起き上がって外に出た。

 

その夜は上弦の半月が掛かっていたが、雲に覆われてぼんやりとしか見えない。そんな空の様子が今の自分の気持ちを表しているようで、汐は苦笑した。

 

縁側に座り、特に何もすることもなくぼんやりと空を見上げる。ぬるい風が汐の頬をゆっくりとなでては通り過ぎていく。

 

「家族、か」

 

不意に自分の口から出てきた言葉に、彼女自身も驚く。禰豆子と風呂に入った時に思い出した故郷のことを引きずっていたことにもだ。

自分には血がつながった家族は誰もいない。玄海とでさえ血のつながりがない家族だった。

そのつながりも、今はもうない。汐にとって家族と呼べる存在はもうこの世のどこにもいないのだ。

 

だから、だろうか。炭治郎と禰豆子の事がこれほど気になるのは。

自分が失ったものを持っている二人。自分には決してもう手に入らない、血のつながった家族。絆。

(ああ、そうか。あたし、二人がうらやましかったんだ。禰豆子を絹と重ねて、自分ができなかったことをやり直そうとしているんだ。家族になった気になっていたんだ)

 

だとしたら馬鹿げている、と汐は思った。禰豆子とは血のつながりは勿論ないし、過ごしてきた時間だって決して長くはない。

それだけで自分は炭治郎や禰豆子と深くつながった気でいたんだと思うと、ちゃんちゃらおかしくって聞けやしない。

 

【仲間】にはなれても【家族】にはなれないのだ。

 

「・・・あたしって、最低だな」

 

今の自分の心に巣くう思いをそう口にすると、不意に背後から声が聞こえた。

 

「何が最低なんだ?」

 

汐は心底驚き、思わずその場から飛びのいた。そんな彼女に、声の主も驚いたように息をのむ。

 

そこには心配そうな眼で汐を見つめる炭治郎の姿があった。

 

「炭治郎!?なんであんたがここに・・・?」

「なんでって、ふと目が覚めたらお前の匂いがしたから気になって・・・」

「人の匂いをあんまりかがないでよ、っていっても、あんたには無理か」

 

汐は少しお道化たように笑ってそう言った。だが、彼女から漂う匂いは、言葉とは裏腹に物悲しいものだった。

 

「で、なんでさっき自分のことを最低だって言ってたんだ?」

「それ、絶対言わなきゃダメな奴?」

「嫌なら言わなくてもいいけれど、汐の場合はため込もうとするから駄目だ」

「思い切り矛盾してるわよ、それ。はあー、あんたにはほんとかなわないわね。隠し事の一つもできやしない」

 

汐は大きくため息をつくと、観念して話し始めた。自分でも驚くくらい、家族の絆に飢えていたこと。そして、炭治郎と禰豆子の事をうらやんでいたこと。

――自分が二人と家族になった気でいたこと。

 

話を聞いた炭治郎は、ぽかんとして汐を見つめた後ぽつりと漏らした。

 

「お前、そんなことで悩んでいたのか?」

この言葉に流石の汐も憤慨し、炭治郎に詰め寄る。すると炭治郎は慌てたように首を横に振った。

 

「ああ違う。汐を馬鹿にしたわけじゃない。ただ、俺はもうとっくに汐のことを家族同然に思っていたから」

「え?」

 

今度は汐がぽかんとして炭治郎を見つめる。すると彼は汐の隣に腰を下ろして静かに話し出した。

 

「確かに俺たちと汐に血のつながりはない。けれど、血のつながりがないからって関係が薄っぺらいなんてことはないと思う。家族も仲間も、強い絆で結ばれていれば同じくらいに尊いんだ」

 

それに、と炭治郎はつづけた。

 

「強い絆で結ばれている者には信頼の匂いがする。家族、恋人、友達、仲間。呼び方はそれぞれだけれど、そのどれもが同じだったんだ。俺も禰豆子も、汐を心から信頼していると思っている。汐は違うのか?」

「それはない。そんなこと絶対にない。あたしは炭治郎と禰豆子には本当に感謝している。どうしようもないあたしを受け入れて支えてくれたあんたたちを、誰よりも信頼している、それは確かよ」

 

そう言い切った汐からは、確かに信頼の匂いがした。それを感じ取った炭治郎は嬉しそうに笑う。

 

「だったら大丈夫だ。その気持ちを絶対に忘れちゃいけない。でも、また信じられなくなっても俺は何度でもいうよ。俺は汐を信じているし、家族同然だと思っている。何があってもそれだけは絶対に否定しない」

 

そう言い切った炭治郎の眼は、これ以上ない程澄み切りどんな美しいものよりも美しかった。それを見た汐は、初めて彼と出会った時のことを思い出す。

 

自分が一番好きな、夕暮れの海に似ている色をした眼。綺麗などという言葉じゃ言い表せない程の眼。

この眼を守りたいと、強く願ったことを、汐は思い出した。

 

――ああ、本当に敵わないなあ。この人はいつもいつも、あたしが欲しい言葉ばかりくれる。いつだってあたしを【人】のままでいさせてくれる。

この人を守りたい。この人の笑顔を守りたい。この人の幸せを願いたい。

 

汐の胸の奥から次々に熱い思いがあふれ出してくる。思わず涙となってあふれ出そうになるのを、彼女はぐっとこらえた。

 

「汐?」

 

急に黙ってしまった彼女が心配になり、炭治郎がおずおずと声をかけると汐は少しおかしそうに笑った。

 

「なんだかあの時のことを思い出しちゃって。ほら、覚えてる?あたしが禰豆子の事で少し参っちゃったときの夜。あの時もあたし、炭治郎にみっともない姿を見せちゃってたなって思って」

 

汐の言葉に炭治郎も思い出したように目を見開く。あの時もこうして二人で夜空を見上げ、互いの気持ちをぶつけあったのだ。

 

(でももうあの時とは違う。あの時と違って、今のあたしには守りたいものがある)

 

汐は決意を確かめるようにぎゅっと浴衣のたもとを握った。この思いを決して忘れることのないように。

 

「炭治郎」

 

汐はすっと立ち上がると、顔を上げる炭治郎の顔をしっかり見据えた。そして、心からの思いを言葉に込める。

 

「ありがとう」

 

その時、優しい風が吹いて汐の青髪を静かに揺らし、雲の隙間から月明かりが彼女を照らす。

揺れる青髪の隙間から洩れる光が、汐を幻想的に包み込みキラキラと輝いた。

 

その美しさに炭治郎の胸が大きく音を立て、思わず息をのむ。そんな彼の変化に気づかず、汐は「お休み。あんたも早く寝なさいよ」と告げると足早に部屋へと戻っていった。

 

残された炭治郎はしばらく呆然としていた。心臓が早鐘の様に打ち鳴らされている。

どうしてそうなったのか分からないまま、炭治郎も部屋へと戻った。

 

その後、目を覚ましていた善逸に「お前、すげぇ音してるぞ」と指摘されることになろうとは知らずに。




ウタカタノ花をご閲覧頂いている皆様へ

いつもウタカタノ花をご閲覧頂き、誠にありがとうございます。
今回、感想欄にて私の「原作死亡キャラクターの生存等の大幅な改変を嫌う」という返信の件にて一部の読者様に誤解を与えてしまった事を深くお詫び申し上げます。

私が嫌うのは、あくまでも「自身の作品の大幅な改変」でして、決して他作品の作者様を否定することはありません。
この度は自身の軽率な返信で、皆様に多大な誤解とご迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

このような稚拙な私でございますが、今後このようなことがないように、再発防止にに取り組んでまいります。
これからもウタカタノ花を何卒、よろしくお願いいたします

星三輪

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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