ウタカタノ花   作:薬來ままど

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時は少しさかのぼり。

どこかにある産屋敷邸にもその情報は届いていた。状況を告げた鎹鴉は、酷く疲弊し息を荒げている。
そんな彼(?)の頭を、当主耀哉は優しくなでた。

「よく頑張って戻ったね」
しかしその声は悲しみを宿し、嘆く様に言葉をつづけた。

「私の剣士(こども)達はほとんどやられてしまったのか。そこには十二鬼月がいるのかもしれない。【柱】を行かせなければならない様だ」

――義勇。
――しのぶ。

彼の背後には冨岡義勇ともう一人、不思議な笑みを浮かべや女性が彼の隣に静かに座っていた。

「「御意」」
二人の声が綺麗に重なった後、しのぶがゆっくりと口を開いた。

「人も鬼もみな仲よくすればいいのに。冨岡さんもそう思いません?」
「無理な話だ。鬼が人を食らう限りは」

そんな彼女に、義勇は淡々と答えたのだった。





少年は月明かりを背に宙に浮いているように見えた。否、浮いているように見えたのは、目に見えない程の細い糸の上に乗っているからだった。

その異様な光景に気配を感じるまでもなく、彼が人ならざる者鬼であることが見て取れた。

 

「僕たち家族の静かな暮らしを邪魔するな」

 

少年の鬼は淡々とそう告げ、汐達を冷ややかに見降ろす。その眼を見たとき、汐の体は震えた。

浅草で遭遇した鬼たちの眼も凄まじかったが、目の前の鬼の少年はそれ以上に底が見えない眼をしていた。

 

こいつはただの鬼じゃない。汐は瞬時にそれを察した。

 

だが、炭治郎は彼が言った言葉に違和感を感じた。彼は確かに今、【家族】と言った。ということは、今隊士達を操っている鬼は別にいることになる。

 

「お前等なんてすぐに()()()が殺すから」

 

(母さん?)

 

少年の鬼の言っている意味が分からず、困惑する炭治郎。するとそれを見ていた伊之助が、操られている隊士を踏みつけ飛び上がり、少年の鬼に斬りかかった。

が、その刃は彼には届かず、見事に空振りをする。少年の鬼はそんな伊之助に見向きもせず、糸の上を歩いてどこかへと去っていった。

 

「何のために出てきたんだうっ!」

 

伊之助はそのまま背中から地面に落ちうめき声をあげる。そんな伊之助に向かう隊士を牽制すべく、汐は間に入った。

 

「ちょっとちょっと。どうするのよこれ!?あいつを追った方がいいんじゃない!?」

「違う、あの子はおそらく操り糸の鬼じゃない。だからまず先に・・・!」

「あーあーあ!!」わかったっつうの!鬼の居場所を探れってことだろ!?うるせえデコ太郎が!」

 

伊之助はそういうと、近くにいた汐に向かって声を荒げた。

 

「おいわたあめ牛!俺は今から鬼の居場所を探る。その代わりしばらくは動けねえ。だからそいつらを俺のそばに近づけんじゃねえぞ!」

 

伊之助はそういうと、持っていた二本の刀を地面に突き刺し両手を広げた。

 

――獣の呼吸――

漆ノ型 空間識覚!!!

 

伊之助の最大の特技は、触覚が優れていること。集中することにより僅かな空気の揺らぎすら感知することができる。

しかしその反面、その場から動けなくなり無防備になってしまうため、一人での使用には危険を伴う。

 

そんな彼に向かってくる隊士達を、汐はひたすら牽制し続けた、伊之助が鬼の居場所を探り当てることができると信じて。

 

「・・・見つけた!そこか!!」

 

しばらくした後、伊之助は大声で叫びその方向に視線を向けた。

 

「本当ね!?本当に鬼を見つけたのね!?」

「おお!あっちから強い気配をビンビン感じるぜ!」

伊之助は声高らかに断言する。被り物をしているため眼はわからないが、このような状況で嘘をつくような男ではないことを汐も炭治郎もわかっていた。

 

「そうか!すごいぞ伊之助!」

「悔しいけどやるじゃないあんた。見直したわ」

 

炭治郎と汐がそういうと、伊之助の心の中に再び温かいものがほわほわと湧き上がってきた。

しかしそれを感じる間もなく、操られた隊士の一太刀が伊之助の頬をかすめた。

 

(彼らを何とかしないと先へ進めそうにないわね。嗚呼もう!人間じゃなかったら容赦なくぶちのめせるのに!!)

 

相手が人間、しかも仲間である以上うかつに手が出せず、汐の苛立ちが募りつつある。

それは炭治郎や伊之助も同じで、皆眼に焦りと苦悶が浮かびつつあった。

 

そんな彼らを見て村田は何かを決心したように口を引き結ぶと、襲い掛かってくる隊士の太刀を受け止めた。

 

「村田さん!?」

 

炭治郎が声を上げると、村田はそのままの姿勢で絞り出すように叫んだ。

 

「ここは俺に任せて先に行け!!」

「小便漏らしが何言ってんだ!?」

 

伊之助が返すと村田は顔を真っ赤にしながら「誰が漏らしたこのクソ猪!テメエに話しかけてねえわ黙っとけ!」と叫んだ。

 

「情けない所を見せたが、俺も鬼殺隊の剣士だ!!ここは何とかする!!」

「止めなさいよ!その台詞、これから死ぬ奴の常套句じゃない!」

「縁起でもないことを言うんじゃねえよオカマ野郎!」

「誰がオカマよ!!あたしは正真正銘女だっつーの!!」

 

汐が怒鳴りつけると村田は驚いた表情を見せたが、すぐに真剣な面持ちに変わって言った。

 

「とにかく!糸を切ればいいというのが分かったし、ここで操られている者達は動きも単純だ。蜘蛛にも気を付ける。鬼の近くにはもっと強力に操られている者がいるはず。三人で行ってくれ!!」

 

炭治郎は一瞬だけ迷う様子を見せたが、凛とした声で返事をすると汐と伊之助を連れて駆け出した。

 

「だあーっ!離せコラ!まずはあいつを一発殴ってからだ!だれがクソ猪だ!!」

「同感だわ!あたしをオカマ呼ばわりしやがって!次会ったら性転換させてやる!」

「止めろ二人とも!今はそんな場合じゃないだろう!!」

 

村田に対して憤る二人に、炭治郎は走りながら窘める。伊之助を先頭に、三人は鬼のいる方へを足を進めた。

 

「それより、伊之助。ありがとね?」

「は?いきなりなんだよ?」

「あたしの事、信じて頼ってくれたんでしょ?」

 

汐の言葉に伊之助は先ほどのことを思い出す。自分が型を使う時、汐に敵の牽制を頼んだことを思い出したのだ。

そして思い出すと再びほわほわしたものが込み上がってきて、彼は思わず奇声を上げた。

 

進むたびにたくさんの糸が三人にまとわりつき、動きを微かに制限させる。伊之助は苛立ち、炭治郎は冷静に鬼に近づいていることを分析する。

汐もぼんやりとだが鬼の気配を感じ、表情を引き締めたその時だった。

 

キリキリという例の音が聞こえ、三人は足を止める。暗がりの中からすすり泣く声と共に、糸に繋がれた隊士が現れた。

 

「駄目・・・、こっちに来ないで・・・!」

 

か細い声で隊士がそう嘆願するのは、黒髪を一つにまとめた女性の隊士だ。

彼女の顔は殆ど血の気が無く、右手には他の隊士が突き刺さったままの刀を持ち、左手は同じく血まみれになった隊士の屍を掴んでいる。

 

「階級が上の人を連れてきて!!そうじゃないと、みんな殺してしまう!お願い、お願い!!」

 

女性隊士の目から涙があふれ、引き裂くような声が口から洩れる。炭治郎が一瞬ためらったその時だった。

 

「逃げてェ!!」

「!!」

 

女性隊士の刀が振り上げられ、炭治郎を襲う。その間に汐が間一髪で入り、その一撃を受け止めた。

 

(うっ!何この力・・・!女の、普通の人間の力じゃない!!)

 

汐の刀を穿つ彼女の刀は、その細腕ではありえない程重く強い力で押し込んでくる。汐も渾身の力で刀を押し返し、炭治郎を庇うようにして距離をとった。

 

「操られているから、動きが全然、違うのよ!()()()、こんなに強くなかった!!」

 

ありえない体勢から放たれる斬撃は、三人が思っていたよりもずっと早く不規則な動きで襲い掛かってくる。その無理な動きで彼女の骨が砕ける音が響き、潰れたようなうめき声が上がった。

 

(鬼が無理やり体を動かしているから、骨が折れてもお構いなしだ!酷い・・・!!)

 

炭治郎は手が出せず女性隊士の斬撃をかわし続ける。しかし相手の動きが全く読めない上に、すさまじい力で斬りかかってくるため長くはもたないだろう。

 

「炭治郎、後ろ!!」

 

汐が叫び、炭治郎も視線を向ける。キリキリという音が再び聞こえ、再び操られているものが姿を現した。

それを見て汐はひゅっと喉を鳴らす。そこにいたのは、全身から血を噴き出し、体のあちこちがおかしな方向に曲がった三人の隊士だった。

 

「こ、殺して・・・くれ」

 

一人の隊士が息も絶え絶えに懇願する。彼の右腕からは骨が飛び出し、腕の形をしていない。

それでも糸がお構いなしに持っている刀を振り上げさせようと、無理やり彼の腕を引き上げていた。

 

「手足も、骨、骨が・・・、内臓に、刺さって、いるんだ・・・。動かされると・・・激痛で、耐えられ、ない。どのみち、もう死ぬ・・・だから」

 

――()()()くれ。止めを、刺してくれ

 

その言葉がどういう意味を持つのか、汐は瞬時に理解した。彼女の脳裏に思い浮かぶのは、苦しむ養父玄海と、浅草で鬼にされ苦しむ男性の姿。

汐は無意識に刀を向けようとしたその時だった。

 

「よしわかったァ!」

 

汐より先に伊之助が飛び出し、隊士達に止めを刺そうとする。それを炭治郎が必死な声で静止した。

 

「待ってくれ!何とか助ける方法を・・・!」

「いい加減にして!!この状況で何を甘っちょろいことを言っているの!!」

 

隊士の攻撃を受けながら汐が叫んだ。思わぬ彼女の大声に、炭治郎はびくりと体を震わす。

 

「もたもたしてたらこっちが危ないのよ!!?」

 

汐は炭治郎を怒鳴りつけ、隊士達を見据える。自分の人としての心はなくすかもしれないが、彼らをこのまま苦しませるくらいなら解放してあげたい。

何より、大切な人たちをここで失うわけにはいかない。

 

「あんたがやらないなら、あたしがやる」

 

汐は淡々とした声でそういうと、刀を構えた。みんなを救うのも勿論だが、炭治郎に手を汚させるくらいなら自分がその業を背負おう。

その覚悟を心に宿し、汐は切っ先を隊士に向けた。

 

「伊之助も汐も待ってくれ!!」

 

炭治郎が女性隊士の刀を受けながら叫んだ。これ以上、汐に命を奪う空しさを味わってほしくない。傷つく姿を見たくない。

 

「考える、考えるから!!」

 

炭治郎は必死で考えを巡らせた。技は使いたくない。しかし糸は斬ってもすぐにつながる。動きを止めるにはどうしたら――

 

(そうだ!)

 

炭治郎は刀を納めると、突然相手に背を向けて走り出した。操られている隊士は、炭治郎を追って動き出す。

彼の予想外の行動に汐は面食らったが、彼の眼が真剣そのものだったため何か案を思いついたのだと確信した。

 

炭治郎はしばらく逃げ回っていたが、突如方向を変え女性隊士に突進する。そしてそのまま懐に入り、彼女の腰を抱えると大きく息を吸い込んだ。

 

――全集中――

 

そのまま炭治郎は、女性隊士を渾身の力で真上に放り投げた。その凄まじい力に驚く彼女。そしてそのまま木の枝に糸が引っ掛かり、宙ぶらりんの状態になった。

 

これでは刀を振るうどころか、動くことさえままならない。

 

(なるほど、考えたわね炭治郎!)

 

汐はそれを見て、炭治郎と同じように相手から距離をとると、懐に滑り込み彼と同様に放り投げた。

汐が投げた隊士も、女性隊士と同じように木に引っ掛かり動きが止まった。

 

そんな二人を見て伊之助は

 

「なんじゃああそれええ!!俺もやりてええ!!」

 

まるで楽しいおもちゃを見つけた子供の様にはしゃぐと、炭治郎と汐の様に隊士を放り投げた。

他の二人同様に絡まる隊士を見て、伊之助は小躍りしながら声を上げる。

 

「見たかよ!!お前らにできることは俺にだってできるんだぜ!?」

 

しかし炭治郎と汐は、残っていた隊士の攻撃を抑えることに精いっぱいで、伊之助の快挙は見ていなかった。

謝る二人に憤慨する伊之助。伊之助はそのまま、汐を襲っている隊士を掴むと、再び渾身の力で放り投げた。

 

「がははは!!どうだわたあめ牛!俺様はすごいだろう!?すごいだろう!?」

「ええすごい、すごいから耳元で大声出すのはやめて。それより、炭治郎!残りはその人一人だけ!?」

「ああ!」

 

炭治郎の言葉に伊之助が反応し、汐を押しのけるようにして隊士の方へ向かう。

 

「よし。もう一回やるからお前はちゃんと見とけ!」

「ああ、わかった!それでいい!とにかく乱暴にするな!!」

 

炭治郎の言葉を合図に、伊之助が隊士の方へ走り出したその時だった。

伊之助が届く前に、彼の前にいた隊士の頸が鈍い嫌な音を立てて反対方向へ曲がった。

 

「っ!!」

全員が息をのむ中、吊り上げられていた他の隊士達の頸も、同じように逆方向へ捻じ曲げられた。

 

時間と音が止まったような静止した空間の中。伊之助が声を荒げ、怒りを露にした。

炭治郎は蹲る、屍となってしまった仲間のそばにそっと腰を下ろす。

 

その背中からにじみ出ているのは、息をのむほどの強い怒り。彼のその姿に汐と伊之助の背中に冷たいものが伝った。

 

「・・・行こう」

 

淡々とした声が炭治郎から洩れる。その冷たさに汐は戦慄(わなな)き、伊之助も「そうだな」としかいうことができなかった。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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