何があっても。
命を懸けて。
累の曝け出された眼を見て、汐は戦慄した。彼こそが本物の十二鬼月であり、鬼舞辻直属の配下の一人。
それならばさっきの強さは納得できる。だが、それでは尚更刀が破損している炭治郎は圧倒的に不利だ。
それをわからない程炭治郎は愚かではない。だが、今の炭治郎には何を言っても無駄だろう。だから今、汐にできることはただ一つ。
何があっても、禰豆子を守ることだ。例え、命に代えても。
「僕はね、自分の役割を理解していない奴は生きている必要がないと思っている。お前はどうだ?お前の役割はなんだ?」
累の問いかけに炭治郎は答えない。しかし累は、さほど気にすることもなく続けた。
「お前は僕に妹を渡して消える役だ。それができないなら死ぬしかないよ。勝てないからね」
淡々と言葉を紡ぐ累に、汐の拳が震える。そして傍らの禰豆子を固く抱きしめた。
(けれどどうする?奴の頸が糸より硬かった場合、炭治郎に勝てる術はない。でも、あたしは信じてる。炭治郎、あんたならきっと・・・)
累は沈黙を守る炭治郎の眼を見て、吐き捨てるように言った。
「嫌な目つきだね。メラメラと。愚かだな。もしかして――勝つつもりなのかな!?」
累が突然右手を大きく引くと、禰豆子の体が急激に引き寄せられた。汐はすぐさま両手で禰豆子の手を掴み、それを阻止する。
だが、相手の引く力の方が強く、ずるずると引き寄せられていく。それでも、汐は決して手を離さない。
(離すものか!炭治郎と約束したのよ。何があっても、禰豆子を守ると!!)
汐の抵抗に累は苛立たしさを顔に出すと、もう一本の糸を汐の顔めがけて放つ。が、糸が彼女に届く前に禰豆子が自ら手を放し、体が切り刻まれるのを阻止した。
「禰豆子ッ!!」
禰豆子の体は放物線を描きながら、累の下へ吸い寄せられるように飛んでいく。その体を受け止めると、彼は勝ち誇ったように炭治郎を見た。
「さあ、もう
汐は茂みからすぐに飛び出し、炭治郎もほぼ同時に二人で斬りかかった。そんな二人を見て、累は心底呆れたように言う。
「逆らわなければ命だけは助けてやるって言ってるのに」
累につかまれている禰豆子は必死にもがくと、自由になった腕で累の顔面を鋭い爪で引っ掻いた。しかし累はひるむことなく、二人に向かって糸を放つ。
その糸を炭治郎は後方回転で避け、汐は体をそらして避ける。が、体勢を立て直した二人の眼には累一人しか映らなかった。
(禰豆子がいない!?)
先ほどまで累につかまれていたはずの禰豆子の姿がどこにもない。あれほど執着している禰豆子を、自ら開放するとは思えない。
どこだ?禰豆子は何処にいる?
その答えは直ぐに明らかになった。二人の頭上から、おびただしい量の真紅の液体が降りかかってきたのだ。
視線を頭上に移した二人の顔が、瞬時に青ざめる。そこには、全身を糸で雁字搦めにされ宙づりにされた禰豆子の姿があった。
「「禰豆子---ッ!!!!」」
汐と炭治郎の叫び声が再び木霊する。禰豆子は全身から血を滴らせながら、苦痛に呻いていた。
「うるさいよ。これくらいで死にはしないだろ?鬼なんだから。でもやっぱりきちんと教えないと駄目だね。しばらくは失血させよう」
累の動物の調教以下の冷徹極まりない言葉に、汐の体が小刻みに震える。全身の血が怒りのあまり沸騰しそうだった。
「それでも従順にならないようなら日の出までこのままにして、少し焙る」
その言葉を聞いた瞬間、汐の中で何かが弾けた。それと同時に汐の足は地面を蹴り、累の下へ向かっていた。
「禰豆子を放せ!!このクソ虫が!!」
炭治郎が慌てて制止するものの、銃弾の様に突っ込む彼女には届かない。累は小さくため息をつくと、両手の糸を汐に向けて放った。
飛んで来る糸をかろうじてよけるが、羽織の一部は切り取られあちこちから血がほとばしる。そして地面をえぐられた衝撃で足がもつれ、倒れこんでしまった。
そんな汐に累は静かに近づくと、倒れ伏したままの汐の腹を思い切り蹴り上げた。
「ぐっ!!!げえっ!!!」
血と共に胃の内容物を吐き出しながら、汐の体が跳ね上がる。その反動を利用し、累は汐の頭を掴むと思い切り投げつけた。
小さなうめき声と共に、地面に転がる汐。どす黒い血を吐き出しながら呻く彼女を、累は汚いものを見るような眼で見つめた、
「ねえ、さっきから思ってたんだけれど。君はこいつらの何なの?血がつながった家族じゃないよね?まさか、家族ですらないくせに、僕にあんな大口をたたいたわけ?」
汐は答えず、ただ黙って殺意のこもった眼を向ける。そんな彼女に累は小さく舌打ちをすると、静かに歩み寄り髪の毛を掴んで無理やり顔を上げさせた。
その瞬間、汐は日輪刀を累の首筋へと叩きつける。だが、その刃が彼の頸触れた瞬間、刃が粉々に砕け散った。
(なんで・・・!?刃が通らない・・・!?)
汐が状況を理解する間もなく、横から衝撃が襲う。吹き飛ばされた汐は、地面に付したまま日輪刀を探した。
少し先に刀身は真っ二つに放ったがまだ刃は残っている。痛む腕を叱責しながら、汐は柄に手を伸ばした。
だが
汐が刀に手が届く前に、その手の甲を累が思い切り踏みつけた。骨が砕ける鈍い音があたりに響く。
「ぎぃああああああああああああああああああああ!!!!」
汐の口から、耳をつんざくような絶叫が響き渡る。もがきながら必死で足をどかそうとするが、まるで植え付けられたかのように足は動かない。
「汐ーーーッッ!!」
炭治郎が汐の下に向かおうとするが、累は糸を張り巡らせ、それを阻止する。
痛みのあまりせき込みだす汐を、累は冷たい眼で見降ろした。そして足を放し、再び汐の髪の毛を掴んで無理やり立たせると、ぞっとするような低い声で言った。
「邪魔なんだよ、お前。家族の絆すらない、何の役にも立たない塵屑が。塵は大人しく死んでいろ」
その言葉に汐の瞳が大きく揺れる。言葉が彼女の心を殴りつけ、滅茶苦茶に引き裂かれていく。
そんな汐の腹に、累は思い切り足を叩き込んだ。体が後方に吹き飛び、土煙を上げて飛んでいく。そのあとを、炭治郎が慌てて追った。
「残念だったね。僕の体は僕の操るどんな糸より硬いんだ。糸すら切れないお前達に、頸を斬るなんて到底無理だよ」
土煙の上がる方角を見ながら、累は嘲るように言った。
「汐!汐!!しっかりしろ汐!!」
炭治郎は土煙の中で倒れ伏す汐を抱えながら叫んだ。汐は口から血を吐き、喉に穴が開いたかのようなか細く息をしている。
踏みつけられた左手はどす黒く変色し、体はびくびくと痙攣していた。
「ごめん、ごめんな汐・・・。無理させて、こんな目に遭わせて・・・」
炭治郎は汐の体を抱きしめ、悔し気に息をつく。汐を止められなかった自分の不甲斐なさを、彼は痛い程感じていた。
「ここで休んでいてくれ、汐。あいつは必ず俺が倒す」
炭治郎は汐の体をそっと気に寄りかからせると、累の前に立ちはだかった。
(落ち着け。感情的になるな。集中しろ。呼吸を整え、最も精度が高い最後の型を繰り出せ!!)
一方禰豆子は血を流しすぎたのか、眠るように気を失う。その様子を累は、興味深そうに見ていた。
(気を失った?眠ったのか?独特な気配の鬼だな。僕たちとは何か違うような・・・。面白い)
炭治郎は眼を見開き、大きく息を吸った。
――全集中・水の呼吸――
拾ノ型 生生流転!!
回転しながら繰り出される連撃は、回転を増すごとに威力が増す。それはまるで荒れ狂う竜の如き動きで、先ほどまで斬れなかった累の糸が、ついに断ち切られた。
糸が断ち切られたことに、累の眼が見開かれる。
(斬れた!斬れた!!このまま距離を詰めていけば勝てる!!)
そのまま炭治郎は累の下へ一直線に向かう。そんな彼見ながら、累は焦ることもなく口を開いた。
「ねえ。糸の強度はこれが限界だと思っているの?」
――血鬼術・刻糸牢――
累の血を含んだ真っ赤な糸が、炭治郎を覆い尽くすように広がった。その瞬間、彼は悟った。この糸は斬れない。先ほどまでの糸と匂いがまるで違う。
「もういいよ、お前。さよなら」
炭治郎は死を覚悟した。絶対に負けるわけにはいかないのに、禰豆子のためにも、汐のためにも、死ぬわけにはいかなかった。
だが、体の動きは急に止めることはできない。そう思った、時だった。
突如、炭治郎の羽織が凄まじい力で引っ張られ、彼はその勢いに抗えず後方に吹き飛ぶ。そして入れ替わるようにして糸の壁に立ちはだかったのは
――汐だった。
「!!」
炭治郎の眼が見開かれ、息をのむ。振り向いた彼女の顔は、笑っていた。
(ごめんね、炭治郎。悔しいけれど、あいつの言う通りあたしは何の役にも立ってない弱虫。だけど、せめてあんたは、あんただけは・・・)
――どうか、生きて
血の色をした糸が汐のすぐ眼前に迫る。背後で炭治郎が何か叫んだ気がしたが、もう聞こえない。
糸が体に食い込む寸前、汐は不思議なものを見た。自分の周りをふわふわと飛ぶ、無数の虹色の泡だ。
その一つ一つにいろいろなものが映されている。今まで出会った人々や、今は亡き養父や親友の姿もある。
(嗚呼。これ、走馬灯って奴かな。やれやれ、こんなものを見るなんて、あたし本当におしまいなんだ)
だけど、悔いはない。いや、全くないと言ったら嘘になるが、せめて大切な人を守ることができたのならそれでいい。
ふと、汐はその泡の中に覚えのない記憶を見た。それは、涙を流しながら何かを訴えているような、自分と同じ青い髪をした見知らぬ女性。
そしてもう一つは、炭治郎と同じ耳飾りをした、彼とよく似た顔立ちの見知らぬ男性。
(誰?)
しかし汐が考える間もなく、その走馬灯は低い声によってかき消された。
――本当に、お前はそれでいいのか?
汐は眼を見開き、その光景を見た。自分の真上に見下ろすように誰かが立っている。
顔は見えないが、4,5歳ほどの幼い子供のような姿をしていた。だが、その人物から発せられた声は、低く落ち着いたものだった。
――このままではお前は何の役にも立てず、誰も救えず、ただの肉塊になって無様に死ぬだけだ。本当にそれでいいのか?それがお前の望んだことなのか?
――お前は
(うるさい。そんなの、そんなの嫌に決まってる。このままあいつに吠えづらかかせないまま、死にたくない!)
汐は両手に力を込めた。このまま大人しく死んだら、あいつの思う通り。本当に塵屑のまま死ぬだけだ。それだけは、絶対に認めたくない!
――ならお前にできることは一つだ。抗え、足掻け!そして
――
この作品の肝はなんだとおもいますか?
-
オリジナル戦闘
-
炭治郎との仲(物理含む)
-
仲間達との絆(物理含む)
-
(下ネタを含む)寒いギャグ
-
汐のツッコミ(という名の暴言)