そう、それがたとえ、家族同然の関係であっても。
糸が汐の体に食い込む寸前、一瞬だが空気を斬るような鋭い音がした。その瞬間、汐の周りに爆発的な空気の渦が生じ、累の糸を吹き飛ばした。
「なっ!?」
これには累も思わず驚きの声が漏れる。そしてその衝撃は波状となってあたり一面を薙ぎ、行き場を失った糸があちこちを刻んで傷跡を残した。
爆発の名残でもうもうと土煙が上がる中、累は呆然と汐達がいた方向を見つめていた。
(なんだ・・・?何が起こった?糸を切られた?いや、違う。吹き飛ばされた。とてつもなく大きな力で)
爆発物を持っていた様子はなく、刀を振るった様子もない。それ以前に、汐は左手を累に砕かれており、刀を握ることすら不可能のはずだ。
なら、いったいどうやってあの爆発を起こした?
土煙が収まり、視界が回復してくると、そこには炭治郎を庇うように立つ汐の姿があった。
爆発の影響か、あちこちが擦り切れ血を流しているものの、彼女の鋭い眼は累を捕らえたまま動かなかった。
「炭治郎」
汐は後ろにいる炭治郎に声をかける。その声色は、とても穏やかなものだった。
「あたし、やっとわかったの。自分のやるべきことが。それを気づかせてくれた、あんた達には本当に感謝しているわ」
「何を、何を言っているんだ?汐」
まるで遺言にもとれる言葉を紡ぐ汐に、炭治郎の眼が不安に揺れた。それを見ないようにしながら、汐は右手で折れた刀を握る。
「だから、今まで本当にありがとう。あたし、あんたと出会えてよかった。あたし、あんたの事――、最高の相棒だって思ってるから。だから・・・あたしの事を忘れないでね」
そして小さく鼻を鳴らし、侮蔑のこもった眼で累を見据えた。
「あんた、累って言ったよね?あんたにも感謝してる。自分の役割がようやくわかったのよ」
――そう。家族の絆は決して切れない。だから、二人の間には何人たりとも入ってはいけない。だから
「邪魔者は消えるわ。但し、
その言葉を放った瞬間、汐は前に飛び出した。大きく息を吸い、呼吸を整える。
――全集中・海の呼吸――
――伍ノ型
相手の盲点に入る技を使い、汐は累に近づく。だが、累は呆れた様子で再び赤い糸を放った。
いくら盲点に入ろうが、そのあたり一帯を覆い尽くしてしまえば無駄になる。累の攻撃範囲は自由に変えられる。
(所詮虚勢か)
糸の壁の中に汐の姿が見える。このままもう一度糸で引き裂き、息の根を止めようと腕を引いたその時だった。
汐の口から音が漏れる。だがそれは、海の呼吸特有の低い地鳴りのような音ではなく、弦を弾くような鋭く高い音。
汐は糸の壁の前で止まり、足を地面に叩きつけるようにして構えた。そして、その口を開く。
――
――ウタカタ・伍ノ旋律――
――
汐の口から放たれた衝撃波が、空気を大きく震わせ爆発を起こす。そのあまりの音に炭治郎は思わず耳をふさぎ、累も顔をしかめた。
声の大砲は糸を瞬時にバラバラに引き裂くと、その勢いのまま累の右半分を吹き飛ばした。
糸に交じって累の体の一部が宙に舞う。下伍と書かれた左目が、大きく見開かれる。そしてその勢いのまま、汐は累の傷口に向かって刀を振るった。
だが、それよりも早く片方の腕に繋がれた糸が汐を襲う。しかしこれこそが、彼女の狙いだった。
(あたしがあえて突っ込んだのは、こいつを仕留めるためじゃない。糸を吹き飛ばし、こいつの体を吹き飛ばすことによって、炭治郎が生生流転のための回転数を稼ぐ道を作るためッ!そして、あたしがこいつの糸を引き受ければ、炭治郎が間合いに入る隙を作れるッ!)
汐は相打ちを覚悟で累に突っ込み、道を作ることを選んだ。自分では累に勝つことが不可能なのをわかっていたからだ。
だからこそ、彼女は炭治郎に託すことを選んだ。自分の命と引き換えに。
(でも、本当は。こいつはあたしが仕留めたかった。こいつはあたしと似ているから。家族に飢え、浅ましい考えを持っていたあたしと似ているから)
――でもね。累。あんたは一つ大きな勘違いをしているわ。
絆なんてものは、奪ったり欲しがったりするものじゃない。いつの間にか繋がれているのよ。知らないうちに。
あたしが、そうだったように。
* * * * *
(駄目だ・・・!このまま汐を行かせてはだめだ!)
累に突っ込んでいく汐の背中を見ながら、炭治郎は悔し気に顔をゆがませた。
汐からは強い決意と覚悟の匂いがした。それは、自分の命さえ犠牲にするほどの強すぎる覚悟。このまま自分の命と引き換えに、道を切り開くつもりだということを理解した。
そしてもうひとつ。炭治郎には確信していることがあった。
――汐を死なせたら、すべてが終わりだ。
炭治郎は必死に考えた。どうすれば汐を救える?どうすれば彼女を守れる?
自分がここまでこれたのは、汐がそばにいてくれたから。彼女の声が、存在がいつも自分を奮い立たせてくれていたのだ。
そんな汐が、自分を犠牲にするなんて間違っている。そんな悲しいことなど、させたくはない。
それに自分は、汐に大切なことを伝えていない。
(考えろ!考えろ!!考えろ!!!)
炭治郎は必死で考えを巡らせる。そんなときだった。
――炭治郎。呼吸だ。
炭治郎の脳裏に言葉が浮かぶ。それはかつて、幼い自分に呼吸法を教えてくれた、今は亡き父『竈門炭十郎』。
――息を整えて、ヒノカミ様になりきるんだ・・・
その瞬間、炭治郎の体は汐の方に向かって駆け出していた。大切なものを守る、確かな決意と覚悟を持って。
* * * * *
――ヒノカミ神楽――
――円舞!!
炭治郎が汐の後方から飛び出し、彼女に迫る糸を断ち切った。生生流転じゃないことに驚いた汐の横を炭治郎が飛ぶように駆けてゆく。
その眼には燃え盛る炎のような、強い決意と覚悟が宿っていた。
(糸が・・・!)
累は体が再生しきっていない不完全なままでも、炭治郎に向かって糸を伸ばす。その糸が炭治郎の体を何度か穿つが、彼の足は止まらない。
(止まるな、走り続けろ!今止まればヒノカミ神楽の呼吸の反動が来る!そして何より、汐が命を懸けて作ってくれた道が無駄になってしまう!)
――だから走れ!!二人を守るんだ!!
炭治郎はそのまま累に向かって刀を振るい続ける。その勢いは、まるで燃え盛る炎を身に纏う、舞う神のようだった。
その雄々しい姿を見て、汐の両目から涙がとめどなくあふれ出す。溢れて溢れて、炭治郎の姿が見えなくなるほどだった。
炭治郎が累の間合いに入った瞬間、彼の首筋に【隙の糸】が見えた。
(見えた!隙の糸!!今ここで倒すんだ!たとえ相打ちになっても!この命に代えても!!)
炭治郎の刀が、再生しかかっている累の傷口に迫る。だが、それと同時に、片腕に繋がれていた血の色の糸も炭治郎に迫っていた。
* * * * *
『禰豆子・・・。禰豆子、禰豆子、起きて』
深い闇の中で眠る禰豆子に、呼びかける声があった。それはかつて、鬼の襲撃に遭い命を落とした兄妹の母葵枝だった。
彼女は宙づりにされたままの禰豆子に触れながら、静かに言葉を紡いだ。
『お兄ちゃんたちを助けるの。
葵枝は涙を流しながら、必死の思いで禰豆子に呼び掛けた。
――お願い、禰豆子。二人とも死んでしまうわよ・・・・!
* * * * *
禰豆子は眼を見開いた。体が熱く、力が漲るのを感じた。
――血鬼術――
糸に付着した禰豆子の血が、彼女の心の声に応じて発光する。
――爆血!!
禰豆子が手を握った瞬間、血が大きく燃え上がり炭治郎に迫っていた糸を焼き切った。
その凄まじい炎の壁が、炭治郎と累を両断する。
汐はその炎から禰豆子の気配を感じた。禰豆子の強い意志が、炭治郎の命を救ったのだ。
(嗚呼、やっぱりあんたたちはすごいわ・・・)
汐は流れ出す涙をそのままにしながら思った。これこそが本当の家族の絆。自分にはもう手に入ることのないもの。
けれど、せめて、せめて二人の幸せを遠くから見守ることができるなら。見届けることができるなら。
二人の幸せを、願うことができるなら!!
「行けェェェッッ!!炭治郎ォォォッ!!!!!」
汐の必死の叫び声が、音の波となって炭治郎の耳に届く。その瞬間、彼の体中のすべての細胞が熱を持ち、奥底から力が漲った。
炭治郎はすぐにわかった。これは、汐の
そしてそのまま炭治郎は刃を累の頸へ食い込ませる。先ほど汐の刃を砕いたことでわかるように、彼の頸は糸よりも硬い。
だが、汐の声による力の漲りと、刀に付着した禰豆子の血が爆ぜ、日輪刀が急激に加速した。
「俺達の絆は、誰にも引き裂けない!!!」
炭治郎の渾身の斬撃が、ついに累の頸を斬り飛ばす。暗い夜空に、白い頸が放物線を描いて綺麗に舞った。
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)