夜になるまではまだ少し時間があるが、空模様が少し怪しくなってきたため汐は村へ帰ることにした。
空はどんどん暗さを増し、今にも雨が落ちてきそうだ。村までは距離があるが、走っていけば降り出す前には何とか帰れるかもしれない。
汐は薬瓶が割れないように細心の注意を払いながら、村への帰り路を急ぐ。すると、突如近くの草むらが不自然に揺れた。
思わず足を止める汐。すると、草むらがひときわ大きく揺れ何かが飛び出してきた。そして、その飛び出してきたものを見て、汐は息をのんだ。
てっきり犬猫の類かと思っていたが、そこにいたものはそれとは全く違っていた。血走った目、体中に浮き出た血管。そして、頭には二本の角。
――鬼だ
汐はすぐに分かった。目が人間の物とは全く違う。今まで汚い目は何度か見てきたが、そんな生易しいものじゃない。
鬼は汐を見つけると目を見開きにやりと笑った。口からは鋭い牙と真っ赤な舌が見え、おびただしい量のよだれがあふれている。
――逃げなくては!
でも、自分には玄海がくれた鬼除けの守りがある。それならば鬼は襲ってこない筈だ。
しかしそんな期待は、鬼が躊躇なく汐に向かってきたことで打ち砕かれた。
鬼除けの匂い袋はその名の通り匂いで鬼を寄せ付けない。だが、それは天候がいいときのみに限られる。
雨が降ってしまえばその匂いは流れてしまい、その効果はなくなるのだ。
鬼が爪を汐に向かって振り下ろす。だが、汐は持ち前の身体能力でそれを回避した。
鬼はそれが気に食わなかったのか、奇声を上げながら爪を振り回す。
(何なのよ・・・!こっちは急いで帰りたいんだから、あんたみたいなのにかまっている場合じゃないのよ!!)
そのまま汐はくるりと背を向け、村へ向かって全速力で走る。鬼も追いかけてくるが、鍛えられた汐の足には追いつくことができなかった。
何とか鬼を撒きつつ、汐は走る。村へ戻ればきっと大丈夫。村に戻ればみんなが待っている。村に、戻れば・・・・
でも、村に戻った汐を待っていたものは、彼女の心を打ち砕く程の悪夢だった。
家はあちこちが壊され、赤黒い何かがべっとりとこびりついている。そしてあちこちから上がる火の手、煙、、むせ返るほどの血の匂い。
そして汐の足元には、小さな子供たちの体がバラバラに転がっていた。
「――!!!!」
汐は悲鳴を上げた、が、声が出なかった。周りを見回すと、あちこちに村人だった物が転がっている。
そして、海辺の絹の家があった場所には・・・
「庄吉おじさん!!!」
全身を真っ赤に染めた、庄吉の体があおむけに横たわっていた。
「・・ぅ・・・」
「おじさん!」
まだ生きている!汐はあわてて駆け寄り何とか傷の手当てをしようと試みた。
だが、流れ出ている血の量からもう手遅れだということがわかる。それでも汐はわずかな望みをかけて必死に止血をした。
「おじさんしっかりして!どうしたの!?何があったの!?」
庄吉が何かを告げようと口を開くと、真っ赤な鮮血が勢いよく飛び出し汐の顔に飛沫がかかった。
「ば・・・ば・・・け・・・もの・・・・が、むらを・・・・おそ・・・って・・・・きぬ・・・が・・・あい・・・つが・・・」
「化物!?化物って・・・絹は・・・絹はどこに・・・!?」
しかし庄吉はそれ以上は何も告げることができなかった。目が、光を失い濁っていく。
ああ、これは、この目は。命の喪失、――死だ。
「おじさん・・・!」
汐の視界がぐにゃりと歪む。いつも笑顔で村人と接してくれた彼は、もう二度と笑うことはない。その現実に、汐の心が追いつかないのだ。
「そうだ絹。絹を捜さなきゃ。あ、でも、まずはおやっさんを・・・でも・・・!」
どうする。玄海ならこの状況を詳しく知っているかもしれない。だが、絹の無事も確かめたい。汐は迷った。どちらを先に捜すべきか・・・
と、迷っていた汐の耳に、どこからか金切り声が聞こえた。
「この声は・・・絹!!」
間違いない。絹の悲鳴だ。汐はすぐさま悲鳴の聞こえた方へと走り出す。
「誰か・・・誰か助けて!!」
そこには、先ほど見た異形とはまた別の奴らが、絹を抱えてどこかへ連れ去ろうとしていた。
「絹!!」
汐が叫ぶと、絹は目を見開き涙を流しながら叫んだ。
「汐ちゃん!助けて!助けてぇ!!」
「絹!!」
だが、絹を助けようと近づくと、死角から何かが襲い掛かってきた。汐が間一髪でかわすと、そこにはまた別の鬼が汐に向かって狙いを定めている。
「邪魔だ!退け!!」
先ほどまでは恐怖の対象だった鬼だったが、今は絹を助けなければという思いが怒りへと変わっていた。汐は襲いかかった鬼の一撃をかわし、渾身の蹴りをその鳩尾に叩き込んだ。
人間相手には加減していたが、今の汐には加減という言葉がない。受ければ間違いなく肋骨は折れ内臓に損傷が残るだろう。
しかし、それは相手が人間だったらの話だ。目の前にいるのは、鬼だ。
鬼は汐の蹴りに殆どひるまず、逆に汐の足をつかんで砂浜にたたきつけた。
衝撃と鈍い痛み。口の中を切ったのか、鉄の味が広がる。
鬼はこれを好機とみなし、その鋭い爪を汐に向かって振り上げた。
「なんで・・・なんで効かないの・・・くそっ!!」
振り下ろされる爪が、いやにゆっくりに見える。このまま自分は死ぬのか?そんなの、そんなのは・・・
「汐!!!」
思わず目をつぶった汐の耳に、聞きなれた怒声が響いた。そして次の瞬間。
鬼の頭が宙に浮き、その傍らには刀を振りぬいたままの玄海が立っていた。
「無事か!?汐!」
「お・・・おやっさん!!」汐は鬼から飛びのき、玄海にしがみつく。安心のあまり、目からは涙がこぼれた。
「あ、そうだ!絹が!!絹!」
汐が辺りを見回すと、そこには今しがた切った鬼が崩れていくのがあるだけで、絹の姿はどこにもなかった。
「おやっさん!絹が・・・絹があいつらに連れて行かれた!絹を助けなきゃ・・・」
「落ち着け。鬼はお前じゃ殺せない。あいつらは不死身だ。殺すには日光かこの刀で頸を斬るよりほかはない」
「じゃあ早く行こう!今ならまだ間に合うよ!ねえ、おやっさん!」
だが、汐が言い終わる前に、再び鬼たちが集まりだした。二人をぐるりと取り囲み、奇妙な声を上げている。
「汐。お前は俺から離れるんじゃねえ。決して、戦おうとは考えるな。奴らは、お前が今まで相手をしてきた連中とはわけが違うんだ」
それだけを言うと、玄海は襲い来る鬼たちを次々に刀で切裂いていった。
その荒々しい風貌とは裏腹の、無駄のない動きに汐は目を奪われそうになる。そして今まで見たことがないほど、強く険しい目。
「汐!!」
突如玄海の声が響いた。汐の後方から鬼がこちらへ向かってくる。
「!!」
汐は鬼の攻撃を間髪で避けるが、その時汐の袂から薬の瓶が飛び出し、鬼にぶつかって砕けた。そして、その中身が鬼にかかった瞬間。
「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!」
鬼が凄まじい悲鳴を上げながらのた打ち回る。そしてその体は、どろどろに溶けていきやがて動かなくなった。
「何・・・これ・・・」
汐は今目の前で起こったことが信じられなかった。玄海を治すはずの薬が、鬼を溶かし絶命させた。
鬼がこのような状態になるなら・・・人間が服用したら?
「汐・・・」
呆然とする汐の背中に、玄海は声をかけた。汐はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「嘘、だったの?おやっさんを治す薬ができたっていう話」
「汐、違う。聞いてくれ」
「何が違うの?だって、こんな奴らが死ぬようなものが人間に害がないわけないでしょ?これじゃ薬じゃなくて、毒じゃない」
「汐、落ち着け。俺は」
「あたしに嘘ついてたの?嘘ついて、あたしに、毒薬買わせようとしたの!?」
手を差し伸べる玄海の手を、汐は振り向きざまに振り払った。
「ふざけるな!鬼のことだって今のことだって、なんであたしに何も言わなかったんだ!」
「それは、お前を守る・・・」
「守る?綺麗事を言うな!!勝手に託して自分は毒でさっさと退場!?本当はあたしが嫌になったんでしょ?物覚えも悪いし、血も繋がってないし、もう飽きたんでしょ!?家族ごっこに」
「違う!俺は、お前のことを・・・!」
「うるさい!もう二度と、あたしの前で父親面するな!!!」
そこまで叫んだろき、汐はあわてて口をふさいだ。が、汐の声は鋭い刃となり、玄海の心を裂いていく。
玄海の瞳がこの上なく激しく揺れる。と、その時だった。
「!?ぐっ・・・!!」
突然玄海が胸を抑え、苦しそうに呻きながら倒れこむ。その様子を怪訝に思った汐が近づくと。
「く・・るな!!」
くぐもった声と共に、汐の体は後方へ吹き飛ばされた。
砂煙をあげ転がる汐。何とか起き上がると、右腕に鋭い痛みが走る。視線を向けると、二の腕あたりが大きく切裂かれ血があふれだしていた。
だが、汐の目はそれよりも目の前の『モノ』にくぎ付けになった。そこにあった、いたのは・・・
全身に血管を浮き上がらせ、鋭い爪を持ち、目を真っ赤に血走らせた玄海によく似たものが、そこにいた。
「おや・・・っさん・・・?」
何が起こっているのかわからず、汐が小さく名を呼ぶと、それはすぐさま汐の元へと躍りかかった。
反射的に体を回転させてそれをかわすが、それは何度も汐のいるところを狙ってくる。
「おやっさん!?どうしたの!?あたしだよ!汐だよ!わからないの!?」
だが、それは汐の声が聞こえないのか攻撃の手を緩めない。出血しているせいか、めまいがする。おそらくもうあまり体力も残っていない。
このまま殺されてしまうのか。そう感じ始めた瞬間。
2人の間に一陣の風が吹いた。
その瞬間、それの両腕が吹き飛ぶ。そして汐が次に目にしたものは、右半分が無地・左半分が亀甲柄の羽織を着た青年の背中だった。
(誰・・・?)いきなり現れた闖入者に、汐は驚きを隠せない。彼の手には一本の刀が握られている。
「下がっていろ」青年はそれだけを言うと、刀を目の前の相手に向かって構えた。
「待って!あれは違う!あれはあたしの育ての親なの!手荒なことしないで」
青年は振り返って汐を見る。整った顔立ちの青年は少し顔をしかめると、淡々と言葉を紡いだ。
「あれはもはや、お前の知っている親ではない。あれはもう人ではなく、鬼だ。俺の仕事は鬼を斬ることだ。だから当然、お前の親の首をはねる」
「待ってよ!おやっさんはまだ誰も殺してない!たった今、たった今そうなっただけ!だから・・・」
青年は小さくため息をつくと、汐の言葉を待たずに切りかかった。だが、切ったはずの腕が再生し、その一撃を防ぎ反撃する。
青年はその動きを読もうとあちこちに動く。そんな様子を、汐は涙で歪んだ視界の中眺めていた。
「やめて・・・やめてよ・・・おやっさんを殺さないで・・・。おやっさんも、やめてよ。お願いだから・・・」
汐の小さな悲鳴が、風に乗って消えていく。どうしてこうなってしまったんだろう。何が間違っていたんだろう。
(あたしがひどいことを言ったから?あたしが、おやっさんを信じることができなかったから?)
――あたしが、弱かったから・・・?
その時、ひときわ大きい音が響いて顔を上げると、先ほどの青年が吹き飛ばされてたたきつけられているのが見えた。
「やめて!やめておやっさん!もうこれ以上、誰かを傷つけないで!おやっさんいってたじゃない!この世で最もしちゃいけないことは、徒に人を傷つけることだって・・・それを、あんたが自らそむいてどうするんだ!!」
青年は小さく呻いたもののすぐに体制を立て直す。だが、それよりも相手が速く動き再び彼は砂煙の中に消えた。
その衝撃のせいか、汐の足元に何かが転がる。それは、先ほど玄海が使っていた刀だった。
濃い青い色の刀身に、『悪鬼滅殺』と書かれた刀。それを見た瞬間、汐の体が震えた。
――それを取れば、もうお前は戻れない。
誰かの声が頭に響く。自分のようで自分ではない、淡々とした声だ。
――だが、このままではお前も、あの男も、無様に死ぬだけだ。あいつを『救い』たければ、その刀を取るといい。
救う。その言葉が何を意味するのか、汐はその瞬間理解した。そしてそれに呼応するように体がすっと冷えていく。
頭の中の余計なものがすべて消えて行った。涙も止まった。そして、汐は目の前の光景を見据えた。
(あたしが、やらなきゃいけない。もうこれ以上、あの人を苦しめるわけにはいかない!)
汐は刀を握りしめてゆっくりと近づいた。すると、砂煙の中から青年が飛び出し、汐に気が付いて叫んだ。
「何をしている、下がれ!此奴は鬼になったとは言え『元・柱』だ!お前がかなう相手ではない!!」
だが、汐はその問いには答えず、淡々と言葉を紡いだ。
「ここはあたしがやる。どいて」
「何を言っている?お前がかなう相手では」
「いいから退け!!」
青年の言葉を遮り、汐の怒声が響く。その目を見た青年は、思わず息をのみ目を見開いた。
そして砂煙の中から現れた相手に、汐は刀を構える。
「行くよ、おやっさん。今、楽にしてあげる・・・!」
そして汐は勢いよく砂を蹴り、鬼に切りかかった。
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)