ウタカタノ花   作:薬來ままど

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時間は少しだけさかのぼり

意識を失っていた善逸は、ふと目を覚ました。すると自分の全身は布状のものでぐるぐる巻きにされており、【治療済み】と書かれた札が貼ってある。
周りを見渡せば、鬼の毒で蜘蛛にされていた人々も彼同様の姿になっていた。

そして目の前では顔を隠した隊服と似たものを着た集団と、白い羽織を纏った少女の剣士がてきぱきと作業をしている。
善逸はその少女に見覚えがあった。最終選別の時にいた少女だ。髪には善逸達を治療していた女性剣士と似た飾りをつけている。

「こちらも蝶屋敷へ?」

顔を隠した男がそういうと、少女は頷く。

「怪我人は皆うちへ。付近の鬼は私が狩るから安心して作業して」

そういうと少女剣士は森の中へと消えていった。

(そういえば昔聞いたことがあった。事後処理部隊【(かくし)】鬼殺隊と鬼が戦った後の始末をする部隊)

彼等は皆、剣技の才に恵まれなかった者たちがほとんどだという。決して鬼殺の剣士だけが、鬼殺隊を支えているわけではなかったのだ。

そんな彼らが、森で縛られた伊之助を見つけるのはもう少し後・・・


十章:柱合裁判


「さあ冨岡さん。どいてくださいね」

 

しのぶはそう言って刀を彼らに向ける。刀身が針のように細く尖っているその日輪刀は、どう見ても斬ることには適していない形状をしていた。

しかし彼女の最大の武器は、その刀身からにじみ出る【鬼を殺す毒】であり、頸を斬らずとも鬼を滅することができるのだ。

 

微かな毒の匂いを炭治郎は感じ、かすかに震える。一方汐も、しのぶの眼から感じられる奇妙な感覚に身を震わせた。

 

(何なのこの人。人間なのは確かだけれど、これだけ色んな感情がごちゃ混ぜになった眼なんて見たことない。こんな人本当に要るの?)居るの?

 

しばらく居心地の悪い沈黙が続いた後、義勇が徐に口を開いた。

 

「俺は嫌われてない」

 

その言葉を聞いた瞬間、場が一瞬で凍り付く。炭治郎は何とも言えない顔をし、しのぶも思わず顔を引きつらせる。

 

(ええええええ!!?気にするとこそこォォォォォ!?)

 

場の空気を全く読めない素っ頓狂な発言に、汐は思わず胸の中で突っ込んだ。元々感情が読めなさそうな眼をする男だとは思ったが、まさか空気まで読めないとは思わなかったのだ。

 

「ああそれ、すみません。嫌われている自覚がなかったんですね。余計なことを言ってしまって申し訳ないです」

 

再び場の空気が凍り付き、今度は義勇の顔が引きつった。炭治郎は思わず彼を見上げ、汐は(やめたげてェ!流石にかわいそうだからやめたげてェェェ!!)と再び胸の中で全力で突っ込んだ。

 

「坊や」

 

そんな彼に構うことなく、しのぶは倒れ伏している炭治郎に優しく声をかける。そんな彼女に炭治郎は思わず返事をした。

 

「坊やが庇っているのは鬼ですよ。危ないですから離れてください」

 

しのぶの言葉からするに、鬼というのは禰豆子の事だろう。そして彼女が炭治郎の実妹だということに気づいてはいない様だ。

 

「ち、違います!いや、違わないけど・・・、あの、妹なんです!俺の妹で、それで」

炭治郎は何とか禰豆子の事情を説明しようと、痛みをこらえながら言葉を紡ぐ。

 

「まあ、そうなのですか。可哀そうに・・・では――」

 

一方しのぶは事情を察したらしく気の毒そうに口元に手を当てた。

 

しかし汐は気づいていた。彼女の眼から微かだが確実に殺意が漏れていることに。

 

「苦しまないよう、優しい毒で殺してあげましょうね」

 

その瞬間、汐も炭治郎も悟った。この人には話が通じそうにない。話すだけ無駄だということに。

そんな炭治郎に、義勇は小さな声で尋ねた。

 

「動けるか?」

 

だが炭治郎が答える前に「動けなくても根性で動け。妹を連れて逃げろ」とだけ告げた。

 

「冨岡さん・・・」

 

炭治郎は一瞬汐に目を向けるが、彼女は眼で「あたしはいいからさっさと逃げて」とだけ伝えた。

 

「汐、ごめん。冨岡さんもすみません!」

 

炭治郎は叫ぶように言うと、禰豆子を抱きかかえて走り出した。

 

そんな彼らを見てしのぶは少し面食らった顔をしたが、すぐに表情を笑顔に戻して言った。

 

「これ、隊律違反なのでは?」

 

しのぶの言葉に義勇は答えず、ただ視線を向けるだけ。肌を突き刺すような空気に、汐は息をのんでその光景を見つめていた。

 

しばしの沈黙があたりを支配したその時、先に動いたのはしのぶだった。

しのぶの刀と義勇の刀がぶつかり合い、火花を上げる。体格的には男性である義勇が有利であるが、しのぶは小柄な分かなり素早いようだ。

 

「本気、なんですね。冨岡さん」

 

体勢を立て直しながらしのぶは淡々と言葉を紡ぐ。

 

「まさか【柱】が鬼を庇うなんて」

 

(え?柱?)

 

しのぶの言葉に汐は思わず義勇を見つめた。柱。かつて彼女の養父玄海や鱗滝が付いていた、鬼殺隊最高位の称号。それならば、先ほどの強さも納得できた。

 

義勇は何も答えずただしのぶを見据えている。そんな彼にしのぶは一つため息をつくと、再び笑みを顔に張り付けながら言った。

 

「あなたがその気だろうと、私はここで時間稼ぎに付き合う気はありませんので、では、ごきげんよう」

 

しのぶはそれだけを告げると、目にもとまらぬ速さで駆け抜ける。その速さに流石の義勇も反応が遅れた。

 

(駄目!あの人を禰豆子の所へ行かせるわけにはいかない!!)

 

汐は無意識に息を吸っていた。高い弦をはじくような音がする。

 

「止めて!!!」

 

汐がそう叫んだ瞬間。ピシリという空気が張り詰めるような音と共に、突然しのぶの動きが止まった。

 

「え・・・?」

 

その光景にしのぶをはじめ、汐、義勇ですら目を見開く。

 

「これは・・・いったい・・・どういう・・・ことでしょう?」

 

しのぶはぎりぎりと手足を震わせながら途切れ途切れに言葉を紡ぐ。その顔には先程の笑みは消え、微かだが焦燥が見えている。

 

「あなた・・・ですか・・・?」

 

しのぶの眼が汐を捕らえるが、汐はしのぶを睨みつけるようにしながら低い声で言った。

 

「あの二人を引き裂く者は、誰であろうと許さない。鬼だろうが、人間だろうが・・・」

 

それだけを言うと汐は地面にぱったりと倒れ伏し、意識を失った。

それと同時にしのぶの体が不意に自由になり走り出す。だが、義勇にとってはそのわずかな時間も好機だった。

駆け出したしのぶに、義勇はすぐさまその手を伸ばすのであった。

 

 

*   *   *   *   *

 

 

一方、義勇の手助けでその場を逃げ出した炭治郎と禰豆子は、暗い森の中をひたすら走っていた。

身体がすでに限界を迎えつつある炭治郎は、激しい痛みに涙をこらえながらも、呼吸を使いながら走り続ける。

 

走っている最中に禰豆子が目を覚ますが、炭治郎はそれすら気づかずに走り続けた。

 

(俺は鬼殺隊を抜けなければならなくなるのか?いくら妹とはいえ、鬼を連れてる剣士なんて認められない・・・)

 

――ごめん、汐。お前とも会えなくなるのかもしれない・・・

 

夢中で走っていた炭治郎は、背後から迫るもう一人の追跡者に気づくことができなかった。

追跡者は炭治郎の背中を思い切り蹴り飛ばすと、そのまま反動で前に飛ばされた禰豆子の前に降りたつ。

 

白い羽織を纏った、黒髪の蝶の飾りを付けた少女だ。年齢は炭治郎とさほど変わらないように見える。

 

彼女は刀を抜くと、躊躇なく禰豆子の頸へ刃を振るおうとした。が、炭治郎が羽織を引っ張り寸前でそれを阻止する。

剣士の少女は炭治郎の背中に尻餅をつきその衝撃に炭治郎も呻くが、構わず禰豆子に逃げるよう叫んだ。

 

禰豆子は兄に言われたとおりに森の奥へと足を進める。そんな中、少女は炭治郎の頭にそのかかとを叩き込んだ。

白目をむいて気を失う炭治郎を放置し、彼女は禰豆子を追って走り出す。

 

だが、その刃が禰豆子の頸を穿とうとしたその時、禰豆子は身体を縮ませ幼子の姿になった。

 

(小さく、子供になった)

 

小さくなった禰豆子はそのままとてとてと足音を立てながら走り出す。少女もその後を追い、何度か刀を振るうが禰豆子は小さな体でそれを巧みに躱して言った。

 

(逃げるばかりで少しも攻撃してこない。どうして?)

 

少女は一向に反撃してこない禰豆子に疑念を抱くが、言われたとおりに鬼を斬るだけと考えを固定し禰豆子をひたすら追うのだった。

 

*   *   *   *   *

 

一方そのころ。

 

「冨岡さん。鬼を斬りに行くための私の攻撃は正当ですから、違反にはならないと思いますけど、あなたのこれは隊律違反です」

 

冨岡はしのぶの頭部を脇に抱え締め上げるようにして拘束し、しのぶは腕をその間に差し入れ頸が締まらないようにしていた。

 

「鬼殺の妨害、ですからね。どういうつもりですか?」

 

しのぶはあくまでも温厚な声色で言うが、その顔にはいくつもの青筋が浮かんでおり決して声色と表情が一致しているわけではなかった。

そんな彼女に、義勇は困惑したような顔をし、しのぶもしびれを切らし「何とかおっしゃったらどうですか?」と棘のある言葉を吐いた。

 

「あれは確か、二年前の事――」

「そんなところから長々と説明されても困りますよ。嫌がらせでしょうか?嫌われてると言ってしまった事、根に持ってます?」

 

しのぶの言葉が、義勇の心を大きく抉り取り顔まで思い切り崩れる。その微かな隙をしのぶは見逃さなかった。

足のかかと部分に仕込まれた小刀が、その姿を現したのだ。

しのぶがその小刀を義勇に突き立てようとした、その時。

 

「伝令!!伝令!!カァ!!」

 

何処からか鎹鴉が飛んできて、大声を上げた。その声にしのぶは足を止め、義勇も刀を持った手を止めた。

 

「本部ヨリ伝令アリ!炭治郎・汐・禰豆子三名ヲ拘束!!本部ヘ連レ帰ルベシ!!繰リ返ス!炭治郎・汐及び鬼の禰豆子、三名ヲ拘束シ、本部ヘ連レ帰レ!!」

 

「炭治郎、市松模様ノ羽織ニ額ニ傷アリ!汐、赤イ鉢巻ヲ巻イタ青髪ノ少女!!竹ヲ噛ンダ少女ノ鬼、禰豆子!連レ帰レ!!」

 

二羽の鴉がけたたましく喚き、森中にその伝令を知らせる。義勇としのぶも互いに刀を納めると森を抜けるべく歩き出す。二人の間には、なんとも微妙な空気が漂っていた。

 

一方。伝令を受けた隠達は、森の中でうずくまるようにしている汐の姿を見つけた。

 

「赤い鉢巻に青の髪。間違いない」

 

隠の一人が汐に近寄り、彼女の青髪と鉢巻きを確認する。

 

「少女って言ってたけど、こいつ本当に女か?どう見ても男にしか見えんが・・・」

「それよりこいつの左手。かなり腫れているうえに内出血までしてるぞ。こりゃあ絶対に骨が砕けてるな」

 

もう一人の隠がそう言って汐の手の手当てをしようとした、その瞬間だった。

 

突然、汐の右手が素早く動き、隠の頸を掴んで締め上げたのだ。

 

「ぐっ!!?」

「なっ!?お、おい!!何をしてる!!」

 

もう一人の隠が慌ててその手を離そうと試みるが、汐の手はいくら力を振り絞っても微動だにしなかった。

 

「な、なんだこいつ!?びくともしねえ!?子供の、女の力じゃねえ!?」

 

異変に気付いた他の隠も、慌てて駆け寄り引きはがしにかかるが、4人がかりでも汐の右手の拘束を解くことはできなかった。

 

「ば・・・ばけ・・・・もの・・・・」

 

掴まれている隠が途切れ途切れに言葉を繋いだ時、汐の体がびくりと大きく跳ねた。そして掴んでいた手をそっと離すと、そのままだらりと腕を地面に投げ出した。

 

掴まれていた隠がせき込み息を整えている間、他の隠達は警戒しながらも汐の体を拘束する。荒縄で縛り付けた後金属の拘束具を付けた。

 

他の場所で見つかった炭治郎や禰豆子、そして義勇によって縛り付けられていた伊之助も回収され、皆山を下りて行った。

 

太陽の光が降り注ぎ、長い長い夜が終わったことを静かに告げた。

スケベ柱に友達を傷つけられた!どうする?

  • 殴る(殺意大)
  • 殴る(殺意特大)
  • 呪う(殺意MAX)

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