「おい、起きろ・・・。起きるんだ」
暗闇の中から誰かの呼ぶ声がするが、炭治郎は眼を固く閉じたまま動かない。
「起き・・・オイ。オイこら。やいてめえ。やい!!いつまで寝てるんださっさと起きろ!!」
そんな炭治郎に痺れを切らした隠は、思い切り怒鳴りつける。その声で炭治郎ははっと目を覚ました。
両腕を荒縄で縛られたまま、砂利の上に横たわっている。
炭治郎の眼に飛び込んできたのは、色とりどりの羽織や髪色をした、身長も年齢もバラバラな6人の男女だった。
皆横たわる炭治郎を見下ろすようにして立っていた。
「なんだぁ?鬼を連れた鬼殺隊員つうから派手な奴を期待したんだが・・・地味な野郎だなオイ」
6人の中で二番目に背が高く、派手目の化粧をした男が少し残念そうな声色で言うと、一番背の高い男は黙ったまま手にした数珠をかき鳴らした。
「うむ!これからこの少年達の裁判を行うと!なるほど!!」
それに続いて言葉を発したのは、黄色と赤の髪が印象に残る三番目に背が高い男。
(鬼になった妹をずっと庇っていたなんて・・・素敵な兄妹愛!健気だわ~!)
桃色と緑色の髪をした女はうっとりとした表情で炭治郎を眺めながら、頬を淡く染めて、一番若い男はぼんやりと空を見上げていた。
「なんだ・・・このひ・・・」
炭治郎が言葉を紡ごうとしたとき、隠はそれを制止させるように彼の頭を抑えた。
「また口をはさむな馬鹿野郎!だれの前にいると思ってんだ!!柱の前だぞ!!」
(柱!?柱って確か、前に鱗滝さんが言っていた。玄海さんと鱗滝さんが付いていたっていう・・・この人たちが・・・いや、それよりもここは何処なんだ?俺は確か、那田蜘蛛山にいたはずなのに・・・)
困惑する炭治郎の表情を読み取ったのか、柱の一人が歩み出る。それはあの時、禰豆子を討とうとした蝶の羽織を着た女性、胡蝶しのぶだった。
「ここは鬼殺隊の本部です。あなた達はこれから裁判を受けるのですよ」
しのぶは優し気な声色でそう言った。が、炭治郎は彼女の言葉に違和感を感じた。彼女が【達】と言ったということは、裁判を受けるのは自分だけではないとのことだ。
しかしこの場には隊士は炭治郎だけで他には誰も見当たらない。
それを察したしのぶは、少し困ったように眉根を下げていった。
「お察しの通り、裁判を受ける隊士はあなたの他にもう一人います。ですが今、怪我の手当てが少し長引いているみたいで遅れているみたいです。でももう少ししたら・・・」
しのぶがそう言いかけたとき
「つべこべ言わずに弁護人を呼べェェェェェ!!!」
遠くから耳をつんざくような、聞き覚えのある怒声が聞こえてきた。
「おい!いい加減に起きろよ。そろそろ始まるぞ」
頬を軽くたたかれて、汐はゆっくりと目を開けた。太陽の光が目に入り、まぶしさに思わずぎゅっと目を閉じる。
「やっと起きたか。何べん呼んでも目を開けないから死んだかと思ったぞ。まあ、死なれたら今は困るんだけどな」
汐の眼に入ったのは、黒い布で顔を隠したおそらく男。気が付くと汐は両手を拘束具で固定され、身動きが取れない状態になっていた。
「ちょ、ちょっとちょっと、何よこれ!?なんであたし縛られてんの?そしてここ何処?炭治郎と禰豆子は?みんなは?」
「あーもう、うるせえな。質問ならひとつづつにしてくれ。俺の体は一つしかないんだ」
隠の男はため息をつくと、汐の質問にひとつづつ応え始めた。
「まず、ここは鬼殺隊の本部。お前はこれから裁判を受けるんだ」
「裁判?裁判って悪いことをしたら受けるあの裁判?なんで?」
「お前は隊律違反を犯したからだ。何の違反かは俺も知らん。ただ、ここに呼ばれるってことは相当のことをしたってことだな」
隠の言葉を聞いて汐の顔が青ざめる。まさかこの年で前科持ちになってしまうとは、玄海が聞いたら拳骨だけじゃすまなかっただろう。
だが、汐は自分が裁判を受けるようなことをした覚えが浮かんでこず、口を開いた。
「それって何かの間違いじゃない?あたし裁判を受けるようなことをした覚えなんてない。きっと冤罪って奴ね!で、あたしの弁護人は何処にいるの?」
「はあっ!?弁護人!?いるわけないだろ!それに冤罪なんてあるわけない!適当なことを言うな!」
「適当抜かしてんのはそっちでしょ!?なんで弁護人がいないのよ!弁護人のいない裁判なんて裁判じゃない!あたしが頭悪いからってバカにしてんじゃあねーわよ!いないなら呼んでよ!こっちは人生かかってんのよ!つべこべ言わずに弁護人を呼べェェェェェ!!!」
汐の耳をつんざくような怒声に、流石の隠の男もぷっつりと切れた。
「だからんなもんいるわけねーって言ってんだろうが!!てめーの顔の両脇についているのは飾り物か!?いいからさっさと行きやがれ!!」
そう叫ぶと男は汐の背中を思い切り蹴り飛ばした。うめき声をあげて倒れこむと、砂利が顔に食い込み痛みが走る。
「痛っ!あんた、あとで覚えておきなさいよ!!絶対にただじゃすまないから!!」
汐は捨て台詞を吐きながら顔を動かすと、そこには数人の色とりどりの男女が立っていて、その前には――
「炭治郎ッ!!」
汐はすぐさま体を起こすと、脇目も降らずに炭治郎の下にかけていった。
「炭治郎!!ああよかった、無事だったのねあんた!!」
汐はそのまま炭治郎に駆け寄ると、目に涙をためながら彼を見つめた。炭治郎が生きていた。汐の胸に喜びが沸き上がる。
抱き着きたかったが、両腕を拘束されているためそれが叶わないのがもどかしい。
(汐も無事だったんだ、よかった。でも、なんで汐がここに・・・?それに汐につけられている拘束具・・・まさか、裁判を受けるもう一人の隊士って・・・!)
安堵を宿した炭治郎の顔が、急速に青ざめる。自分には心当たりが少なからずあるが、汐は自分と禰豆子を助けようと必死に戦ってくれた命の恩人だ。
そんな彼女が、裁判を受けるようなことをしたとは・・・汐の性格上、ないとは言い切れなかった。
「おーおー、お熱いのも結構だが、あいにくここは逢引する場所じゃあないんでね。少しばかり慎んでもらおうか」
頭上から声が降ってきて、汐と炭治郎は肩を震わせる。見上げると色とりどりの男女たちと目が合った。
その瞬間、汐の体が思わず強張った。彼らの眼は、皆とてつもない力を宿しているように見えた。一目見て、只者じゃないと分かるほど。
(もしかして、こいつらが今現在の柱・・・。おやっさんや鱗滝さんが嘗て就いていた、鬼殺隊士最高位の剣士!!)
汐は炭治郎を庇うようにして柱たちを睨みつける。そんな汐に、しのぶは穏やかな口調で言った。
「裁判を始める前に、二人が犯した罪の説明をさせて「裁判の必要などないだろう!!」
大きく、よく通る声がしのぶの言葉を遮った。しのぶが顔を向けると、【炎柱・煉獄杏寿郎】が凛とした佇まいで言い放った。
「鬼を庇うなど、明らかな隊律違反!我らのみで対処可能!鬼もろとも斬首する!!」
「ならば俺が派手に頸を斬ってやろう。誰よりも派手な血飛沫を見せてやるぜ。もう派手派手だ」
煉獄の言葉に【音柱・宇髄天元】は、派手に装飾された額当てを押し上げながら答えた。
(えぇぇ・・・、こんなかわいい子達を殺してしまうなんて・・・胸が痛むわ。苦しいわ)
【恋柱・甘露寺蜜璃】は微かに頬を染めつつも、悲しげな眼で二人を見つめていた。
「ああ・・・なんというみすぼらしい子供達だ。可哀想に。生まれてきたこと自体が可哀想だ」
【岩柱・悲鳴嶼行冥】は数珠をかきならし、涙を流しながら言葉を紡いだ。
一方【霞柱・時透無一郎】は、二人に興味を示さず(なんだっけあの雲の形、なんていうんだっけ)と、ただぼんやりと空を眺めていた。
炭治郎は頭を動かし、禰豆子を捜す。汐がここにいるということは、禰豆子もここに連れてこられているはずだ。しかしいくら探しても、それらしい人影は見つからなかった。
「殺してやろう」
「うむ!」
「そうだな。派手にな」
悲鳴嶼、煉獄、宇髄の三人は二人を見下ろしながら物騒な言葉を吐く。その言葉が本気であるということは、眼を見れば明らかだ。
汐はさらに眼を鋭くさせ、三人を睨みつけた。
(禰豆子、禰豆子何処だ!?善逸!伊之助!村田さん!!)
炭治郎は必死に首を動かし、仲間たちの姿を捜す。そんな中、不意にどこからか別の声が聞こえてきた。
「そんなことより、冨岡はどうするのかね?」
汐と炭治郎は声がした方向に顔を向ける。そこには立派な松の木が植えてあり、その樹上に人影があった。
「拘束もしていない様に俺は頭痛がしてくるんだが。胡蝶めの話によると、隊律違反は冨岡も同じだろう。どう処分する。どう責任を取らせる。どんな目に遭わせてやろうか」
【蛇柱・伊黒小芭内】は、人差し指を動かしながらネチネチと責め立てた。
(伊黒さん、相変わらずネチネチして蛇みたい。しつこくて素敵)
そんな彼の姿に、甘露寺は頬を染めながら胸を高鳴らせていた。
「何とか言ったらどうなんだ?冨岡」
彼の視線の先をたどると、皆から離れた位置に一人だけ立つ義勇の姿がある。そんな彼の背中を見て炭治郎は、自分のせいで義勇まで処分を受けることになったと思い、悔しそうに顔をゆがませた。
そんな炭治郎を励ますように、汐は後ろ手で炭治郎の手を握る。この程度でどうにかなるわけでもないが、彼が悲しい眼をするのは見たくなかった。
(冨岡さん。離れたところに独りぼっち。可愛い)
【水柱・冨岡義勇】の孤独な姿に、甘露寺はまたもや胸を高鳴らせる。そんな不思議な空気を遮るように【蟲柱・胡蝶しのぶ】が口をはさんだ。
「まあいいじゃないですか。大人しくついてきてくれましたし。処罰はあとで考えましょう。それよりも私は、お二人から話を聞きたいですよ」
そう言って彼女は、警戒する二人の前に足を進めた。
「まずは竈門炭治郎君から。あなたは鬼殺隊員でありながら、鬼を連れて任務にあたっていた。これは隊律違反に当たります。そのことは、お二人ともご存じですよね?」
しのぶの言葉に、二人は言葉を発することなく彼女を見上げる。そのことは汐も炭治郎もわかっていた。けれど、鬼が炭治郎の妹であり人を襲わない優しい鬼であることを二人は誰よりも知っていた。だからこそ、違反であっても手放すわけにはいかなかった。
「そして大海原汐さん。あなたは間接的とはいえ鬼殺の妨害幇助。そして、拘束の際に抵抗し隠の方に軽傷を負わせた傷害の罪もあります」
「え!?」
傷害と聞いて汐は思い切り肩を震わせた。
「傷害って何!?あたしそんなことしていない!知らないわよ!!」
汐が声を荒げると、しのぶは微かに目を見開いたがすぐに元の表情に戻り、淡々とと答えた。
「あなたが知らなくても実際に負傷者は出ていますし、目撃者もいます。あなたが怪我を負わせたのは事実なんですよ」
有無を言わせない言葉に、汐は言葉が出ずにうつむいてしまう。そんな汐を炭治郎は信じられないという目で見つめていた。
確かに汐は怒ると手を上げてしまう傾向がある。けれどそれは理不尽に振るわれるものではないし、何よりも、汐からは嘘をついている匂いはしなかった。
しかし同じく、しのぶからも嘘の匂いはしない。その矛盾した事実にめまいを起こしそうになっていた。
「さて、竈門炭治郎君。何故、鬼殺隊員でありながら鬼を連れているんですか?」
「聞くまでもねえ」
宇髄は吐き捨てるように言いながら、背中の日輪刀に手をかける。それをしのぶは軽く制止してから、炭治郎に話してくれるように促した。
炭治郎は口を開き、禰豆子の事を説明しようとした。が、息を吸った瞬間喉に焼けつくような痛みが生じ、思い切り咳き込む。
「炭治郎!・・・ッ!」
汐が思わず叫ぶと、叫びすぎたせいか彼女も炭治郎同様に咳き込む。しのぶはそっと二人に近寄ると。、それぞれに瓢箪を差し出した。
「水を飲んだ方がいいですね。竈門君は顎を、大海原さんは喉を傷めていますから、ゆっくり飲んで話してください。それぞれに鎮痛薬が入っていますから楽になりますよ」
汐は警戒心を込めた眼でしのぶを見つめた。この人はあの山で禰豆子を殺そうとした張本人だ。簡単に信用していいものなのか、わからない。
「大丈夫ですよ。自白毒なんて入っていませんから。あなたが私を信用できない気持ちはわかりますが、今は信じていただけると嬉しいです」
そういうしのぶの眼は嘘をついて言はいない様だ。だが、簡単に信用しきるわけにもいかない。結局、横で炭治郎が水を飲み始めたため汐も瓢箪に口を付けた。
「怪我が治ったわけではないので無理はいけませんよ」
炭治郎は一呼吸置いた後、徐に口を開き話し始めた。
「鬼は俺の妹です。俺が家を留守にしている間に襲われて、帰ったらみんな死んでいて――。妹は鬼になりました。だけど、人を食ったことはないんです。今までも、これからも、人を傷つけることは絶対にしません」
「くだらない妄言を吐き散らすな。そもそも身内なら庇って当たり前。いうこと全て信用できない、俺は信用しない」
「あああ・・・鬼に取り憑かれているのだ。早くこの哀れな子供を殺して解き放ってあげよう」
炭治郎の言葉を、伊黒と悲鳴嶼は真っ向から否定する。そんな二人を汐は鋭い眼で睨みつけた。
「聞いてください!俺は妹を、禰豆子を治すために剣士になったんです。禰豆子が鬼になったのは二年以上前のことで、その間禰豆子は人を食ったりしていない!」
「そうよ!あたしも禰豆子とは一年以上一緒にいるけれど、その間人を食ったところなんて見たことない!!」
我慢できずに汐も口をはさむと、宇髄は呆れたようにそれを遮った。
「話が地味にぐるぐる回っているぞ阿呆共が。人を食ってないことこれからも食わないこと。口先だけでなくド派手に証明して見せろ」
「証明?そんなものあたしが何よりの証拠よ!あたしは禰豆子と一緒に戦ったし、襲われるどころか何度も命を助けられた。それにあたしは二人とは血のつながりのない赤の他人。だから身内でもない!何ならあたしの着物をひん剥いて調べたっていい!噛み傷なんて小さいころに鮫に襲われてできたものだけよ!!それじゃあだめなわけ!?」
汐のよく通る声が庭中に響く。皆呆然と汐を見ていたが、汐は眼に怒りを宿しながら柱たちを睨みつけた。
「あのぉ~」
そんな空気に耐え切れなくなった甘露寺が、おずおずと口を開いた。
「でも疑問があるんですけど・・・。
そんな彼女に、煉獄と宇髄と悲鳴嶼は視線を向け、それから汐と炭治郎に視線を戻した。
「いらっしゃるまでとりあえず待った方が・・・」
「妹は!妹は俺達と一緒に戦えます!!鬼殺隊として人を守るために戦えるんです!」
「炭治郎の言ったことは全部本当よ!おかしなことは言うけれど、決して嘘はつかない!それはあたしが誰よりも知ってる!だから!!」
二人は必死で禰豆子が人を襲わないことを訴える。そんな二人を見て、しのぶが微かに表情を変えたその時だった。
「オイオイ。何だか面白ことになってるなァ」
その場にいない別な声が聞こえ、汐と炭治郎は視線を動かす。するとそこには、一人の男が立っていた。
「鬼を連れた馬鹿隊員てのはそいつかィ?一体全体どういうつもりだァ?」
全身に無数の傷があるその男は、鋭いという言葉が生ぬるく感じるほどの常軌を逸脱した目つきをしていた。
(うわっ、また変なのが出てきた・・・!)
警戒心をそのままに、汐は心の中で悪態をつく。だが、男が手に持っているものを見て思わず息をのんだ。
その男【風柱・不死川実弥】の手には、禰豆子が入っているであろう霧雲杉の箱があった。
(不死川さん、また傷が増えて素敵だわ!)
それを見た甘露寺は再び胸をときめかせる。
「困ります不死川様!どうか箱を手放し下さいませ!」
後ろから慌てた様子の隠が訴えるが、それよりも先にしのぶがすっと立ち上がった。
「不死川さん。勝手なことをしないでください」
その口調は先ほどまでの穏やかなものではなく、低く淡々としたものだった。そんな彼女を見て甘露寺は(しのぶちゃん怒っているみたい。珍しいわね、かっこいいわ)とまた胸をときめかせていた。
「鬼が何だって坊主共ォ。鬼殺隊として人を守るために戦えるゥ?そんなことはなァ――」
――ありえねぇんだよ馬鹿がァ!!
不死川は素早く刀を抜くと、その刃を箱に躊躇いもなく突き刺した。ぐくもった声と共に、血に塗れた切っ先が箱から飛び出す。
「!!」
その光景に汐は眼を見開き、炭治郎はすぐさま前に飛び出して叫んだ。
「俺の妹を傷つける奴は、柱だろうが何だろうが許さない!!」
「そうかい、よかったなァ」
不死川は血の付いた刀を箱から抜くと、そのまま刀を振り血を払った。その飛沫の一つが汐の頬にかかり、赤い線を引く。
その瞬間、汐の体がすうっと冷たくなり心臓の音だけが響き渡った。目の前がどんどん赤く染まっていき、心の中がどす黒いもの支配されていく。
それは怒りや憎しみよりも深く冷たい、失望感。
――ああ、そうか。
汐の耳に、何かが砕け散る音が響いた。
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)