ウタカタノ花   作:薬來ままど

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視界が真紅に染まる寸前、不思議な光景を見た。

人に似たものが、目の前にうずくまる塊に向かって何かを叫びながら、手に持っている鉄の塊を振り下ろしていた。

 

()()らが何を言っているのかはわからなかったが、きっと耳をふさぎたくなるようなひどい言葉だろうと思った。優しい言葉をかけながら何かを叩くことなど、めったにないだろうから。

 

()()らが鉄の塊を振り下ろすたびに赤いものが飛び散る。そしてうずくまる塊は、何も言葉を発することなくただひたすら理不尽な雨に耐えていた。

 

けれど、彼女にはわかった。その塊の殺意と絶望が、振り下ろされるたびに大きくなっていくことに。

 


 

炭治郎が不死川に飛び掛かろうとしたとき、背後で何かが砕け散る音がした。それと同時に、炭治郎の横を青いものが凄まじい速さで通り過ぎた。

 

拘束具を引き千切った汐が、炭治郎の脇を駆け抜け不死川に飛び掛かったのだ。

炭治郎に気をとられていた彼は汐の存在を失念していたため反応がわずかに遅れた。しかしそれでも刀を汐に向けて降りぬこうとする。

だが、その刃が汐に届く前に不死川の動きが止まった。そのわずかな隙に、汐は右拳を不死川の顔面に渾身の力を込めて叩きつけた。

 

破裂音が高らかに響き、不死川の体がぐらりと傾く。さすがに吹き飛ばされはしなかったが、それでも体勢を立て直すことができず膝をついた。

左頬は赤く腫れ、口からは血が流れだしている。

 

炭治郎は勿論、他の柱も呆然と膝をつく不死川と、拳を振り下ろしたままの汐を眺めていた。ただ、甘露寺だけが(ええええ!?不死川さんが女の子に殴られちゃった!?)と、口を押えて目を見開いていた。

 

「て、テメエ・・・」

 

不死川が立ち上がろうとしたとき、汐の口から凄まじい怒声が響いた。

 

ふざけてんじゃあねーぞォォォ!!!

 

そのあまりの声の大きさに、空気がびりびりと音を立てて震える。

 

さっきから聞いてりゃ勝手なことばかり言いやがって!!柱ってのは人の話もまともに聞くことができないくらい、脳みそ凝り固まった連中ばかりか!!目の前の微かな可能性を信じる度胸もない奴が、柱なんざ偉そうに名乗ってんじゃねぇよ!!いつもそうだ!お前らは自分とは異なる者を決して認めようとしない!!お前らも、()()()()も。自分と異なる存在が、自分が信じてきたものを否定されるのが何よりも恐ろしいからだ!!だから排除しようとする!!傷つけられている者、それに連なる者の痛みを決して理解しようともしない!!そうでなければ、私は!!私はアア!!

 

冷たくなった体に血が急激に上り、眩暈と吐き気がする。だがそれでも、膨れ上がった怒りと憎しみは止まらず、それが絶望と殺意に変わっていく。

 

――嗚呼、もうたくさんだ。もうこれ以上、こんな思いをしたくない・・・

乱れた息が不意にぴたりと止まると、汐はゆっくりと顔を上げた。その顔を見た瞬間。不死川は思わず息をのんだ。

 

汐の眼には光は全く宿っておらず、そこにはただ目の前のものをひたすら殺したいという純粋な殺意だけが宿っていた。

そんな彼女の左目から一筋の涙がこぼれ、それが頬に付着していた禰豆子の血と混ざり赤い雫となり零れ落ちた。

そしてその口角は微かに上がり、心なしか笑っているようにも見えた。

 

――もういい。全部どうでもいい。私の大事なものをこれ以上奪うというのならば・・・・

 

 

 

                                           

 

 

汐の口が再び開いたとき、異変が起きた。刀を持った不死川の腕が震えながら動き出し、自分の頸にその切っ先を押し当てたのだ。

それが彼の意思ではないことは、驚愕の表情から見て取れた。必死で刀を首から離そうとするが、刀はじりじりと頸へ向かっていく。

 

「伊黒!!そいつの口を塞げ!!」

 

異変に気付いた宇髄が声を上げ、木の上にいた伊黒はすぐさま汐の下におり口に布を咥えさせる。しかしそれでも不死川の手は止まらない。

 

だが、その刃が頸へ食い込む前に、炭治郎の声が響いた。

 

「止めろ汐!!それ以上はだめだ!!」

 

炭治郎の声が耳に入った瞬間、汐の体が強張る。それと同時に不死川の刀が手から離れ、砂利の上に転がった。

 

その隙に伊黒は汐の両手を拘束するが、汐はぐったりと頭をたれたまま抵抗はしなかった。

 

(なんだこいつは・・・?拘束具を引き千切ったこともそうだが、先ほど不死川の身に起こったこと。あれは本当に人間の為せる業なのか?こいつは本当に、人間なのか?)

 

ぐったりとしたまま動かない汐を、伊黒はおぞましいものを見るような眼で見据えていた。

一方、不死川は荒い息をしながら汐を睨みつけながら再び刀をとった。

 

「どけェ、伊黒。何をされたのかはわからねえが、ここまでコケにされたのは初めてだァ!!鬼もろともぶっ殺してやる!!」

 

そう叫んで刀を振り上げようとした、その時だった。

 

「「お館様のお成です!!」」

 

最終選別の時に見た少女たちとよく似た顔立ちの二人の少女が声を上げると、奥の襖がゆっくりと開いた。

その奥から彼女たちとよく似た髪形をした一人の男性が歩いてくる。

 

「よく来たね。私のかわいい剣士(こども)達」

 

ゆったりした声で言葉を紡ぐ彼に、汐と炭治郎の視線はくぎ付けになった。顔には不気味な色をした痣とも傷とも見て取れないものが広がっている。

 

彼こそが、鬼殺隊の現当主を務める【産屋敷耀哉】であり、汐と炭治郎をここへ呼んだ張本人だ。

 

耀哉が部屋に入るとお付きの少女たちが襖を閉める。そして二人は彼の手を取りゆっくりと前へと足を進めた。

その仕草から、彼の目は光を見ることができないということが見て取れた。

 

「おはよう、みんな。今日はとてもいい天気だね。空は青いのかな?顔触れが変わらずに半年に一度の“柱合会議”を迎えられたこと、嬉しく思うよ」

 

汐と炭治郎は耀哉からのゆったりとした声に、縫い付けられたかのように動かなくなった。

 

(この人が、鬼殺隊の一番上の、お館様・・・でもあの顔・・・怪我?じゃないわよね。もしかして、病気・・・)

 

汐がそれ以上を考える間もなく、突然頭を誰かにつかまれ引き倒された。いつの間にか両手は縛りなおされ、猿轡もさらにきつく締めあげられていた。

左手に激痛が走り、思わず小さく息をつく。

 

(速い!しかも全然気配が感じられなかった・・・!これが、柱の力・・・)

 

汐が横目で見上げると、すぐそこには伊黒の姿があった。彼が汐の頭を抑えつけていたのだ。

反対側では炭治郎が不死川に押さえつけられ、汐と同じように引き倒されていた。

 

汐は何とか起き上がろうとしたが、周りを見て目を見開いた。柱全員が跪き、頭をたれている。

それだけで、産屋敷耀哉という人間が偉大であるということが汐でも瞬時に理解できた。

 

「お館様におかれましても、御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます」

 

炭治郎を押さえつけたまま不死川が声を上げる。先ほどまでの荒々しさはなりを潜め、その口調は凛としていた。

そんな彼に耀哉は礼を言い、甘露寺は少し不服そうに頬を膨らませた。

 

「畏れながら柱合会議前に、この竈門炭治郎なる鬼を連れた隊士について、ご説明いただきたく存じますが、よろしいでしょうか?」

 

不死川の変りように汐と炭治郎は呆然としたまま、微妙な顔で話を聞いていた。

そんな彼らの心中をよそに、話は進んでいく。

 

「そうだね、驚かせてすまなかった。炭治郎と禰豆子の事は、私が容認していた。そして、皆にも認めて欲しいと思っている」

 

(え!?)

 

耀哉の思いがけない言葉に、汐と炭治郎は勿論柱たちも顔色を変えた。さらに、彼は炭治郎だけではなく妹である禰豆子の名前も知っていた。

一体どういうことなのだろうと汐と炭治郎が思ったとき、口を開いたのは悲鳴嶼だった。

 

「嗚呼・・・例えお館様の願いであっても、私は承知しかねる」

「俺も派手に反対する。鬼を連れた鬼殺隊員など、認められない」

 

二人は真っ向から反対するが、甘露寺は「私は全て、お館様の望むまま従います」と、賛成寄りの言葉を発し、時透は「僕はどちらでも・・・すぐに忘れるので」とどちらともいえない反応をした。

しのぶと義勇は口を閉ざしたまま何も語らない。

 

「信用しない、信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」

「心より尊敬するお館様であるが、理解できないお考えだ!全力で反対する!!」

「鬼を滅殺してこその鬼殺隊。竈門・冨岡・大海原三名の処罰を願います」

 

伊黒、煉獄、不死川ははっきりと反対の意思を口にする。しかし耀哉はこの展開を予測していたかのように、そばに立つお付きの少女に声をかけた。

 

「手紙を」

「はい」

 

少女は懐から一枚の手紙を取り出し広げた。

 

「こちらの手紙は、()()である鱗滝 左近次様から頂いたものです。一部、抜粋して読み上げます」

 

“──炭治郎が、鬼の妹と共にあることをどうか御許し下さい”

 

 “禰豆子は強靭な精神力で、人としての理性を保っています”

 

 “飢餓状態であっても、人を喰わず、そのまま二年以上の歳月が経過致しました”

 

 “俄(にわか)には信じ難い状況ですが、紛れもない事実です”

 

 “もしも、禰豆子が人に襲いかかった場合は、竈門炭治郎及び──・・・”

 

 “鱗滝左近次、冨岡義勇、そして大海原汐が腹を斬ってお詫び致します”

 

「!?」

 

手紙を読み終えたとき、炭治郎は眼を見開き思わず汐と義勇を見た。自分ならまだしも、鱗滝、義勇、そして何より汐が自分の業を背負う覚悟があるということに、彼の両目から涙があふれ出した。

 

(炭治郎、黙っててごめんね。あたし、鱗滝さんがあの手紙を書いているところを見ちゃったんだ。でも、本当はあの手紙がなくても、禰豆子を受け入れたあの日からあたしの心は決まっていた。何があっても二人を守る。でも、もしも禰豆子が人を襲ってしまったら、あたしもみんなと運命を共にするって。そう決めていたんだ)

 

しばしの沈黙が流れた後、不死川が静かに口を開いた。

 

「切腹するから何だと言うのか。死にたいなら勝手に死に腐れよ、何の保証にもなりはしません」

「不死川の言う通りです。人を喰い殺せば、取り返しがつかない!!殺された人は、戻らない!」

 

不死川に続いて煉獄の凛とした声が響く。二人の意見は変わらず、禰豆子を認めるつもりは微塵もない様だ。

 

「確かにそうだね」

 

そんな二人を諫める様子もなく、耀哉はゆったりした声色のまま続けた。

 

「人を襲わないと言う保証ができない、証明ができない。ただ、人を襲うと言うこともまた、証明ができない」

 

その言葉に不死川の表情が微かに歪んだ。

 

「禰豆子が二年以上もの間人を喰わずにいるという事実があり、禰豆子のために四人の者の命が懸けられている。これを否定するためには、否定する側もそれ以上のものを差し出さなければならない」

 

不死川は反論する言葉さえもなく、ただ悔しそうに唇を噛み、煉獄も小さくうなる。そしてさらに耀哉はつづけた。

 

「それに、この炭治郎と汐は鬼舞辻と遭遇している」

 

その言葉に、今度は柱全員の表情が驚愕のものへと一変した。

 

「そんなまさか!柱ですら誰も接触したことがないというのに、こいつらが!?」

 

宇髄は甘露寺を突き飛ばし、横たわる二人に向かって声を荒げた。

 

「どんな姿だった!?能力は!?場所は何処だ!?」

「戦ったの?」

 

今まで無関心だった時透さえ、二人に問いを投げかける。

 

「鬼舞辻は何をしていた!?根城を突き止めたのか!?おい、答えろ!!」

 

不死川は炭治郎の髪の毛を掴んで振り回し、伊黒は汐の猿轡を強く引き答えるように促す。だが、炭治郎はともかく口を塞がれている汐は答えようにも答えられない。

そのようなことが分からなくなっているほど、柱たちは混乱していた。

段々と騒ぎが大きくなり、収集が付かなくなりそうになっていた時。耀哉は人差し指を唇に押し当てた。

 

その瞬間、先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まり返った。

 

「鬼舞辻はね、二人に向けて追っ手を放ってるんだよ。その理由は、汐はともかく炭治郎の方は単なる口封じかも知れないが、私は初めて鬼舞辻が見せた尻尾を掴んで離したくない。恐らくは禰豆子にも、鬼舞辻にとって()()()()()()が起きているのだと思うんだ。わかってくれるかな?」

 

皆口をつぐんだまま何も答えない。否、答えることができなかった。ただ、一人を除いては。

 

「分かりません、お館様。人間ならば生かしておいてもいいが、鬼は駄目です。これまで俺達鬼殺隊がどれだけの思いで戦い、どれだけの者が犠牲となったか・・・!承知できない!」

 

血が流れだすほど唇をかみしめながら、不死川は震える声で言い放った。そして突然刀を抜き放つと、その刃を自らの左腕に滑らせた。

傷口から鮮血があふれ、白い砂利を赤く染めてゆく。

 

(え?え?なにしてるのなにしてるの?お庭が汚れるじゃない!)

 

その行動に甘露寺も困惑した表情を浮かべる中、不死川は血に塗れた腕を掲げながら言い放った。

 

「お館様・・・!!証明しますよ俺が、鬼という物の醜さを!!」

「実弥・・・」

 

耀哉の次の言葉を待たずに、不死川は箱を踏みつけるとその上に自分の血を垂らし始めた。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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