ウタカタノ花   作:薬來ままど

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十一章:ワダツミの子


「君が来るのを待っていたよ。青髪の少女、ワダツミの子」

 

耀哉の言葉が風に乗り、不思議な響きを伴い皆の耳に入る。

しばしの沈黙が続いた後、それを破るように不死川が口を開いた。

 

「・・・お館様。大変申し上げにくいのですが、今なんとおっしゃいましたか?」

「ん?青髪の少女、ワダツミの子って言ったつもりだけれど。何かおかしかったかな?」

 

不死川の言葉に耀哉はゆったりした声で返すと、にっこりとほほ笑んで見せた。そんな彼を見て不死川は目を剥き汐を凝視する。

それから再び沈黙が流れた後・・・

 

「女ァ!?」

 

不死川の驚きの声が空気を切り裂きあたりに響いた。しかし驚いたのは不死川だけではなかった。

 

煉獄は「なんと、少年ではなく少女だったとは!よもやよもやだ!!」と叫び、伊黒はなぜか甘露寺と汐を見比べながら目を見開き、義勇に至っては口をあんぐりと開けたまま汐を凝視する始末だ。(時透は特に気にするそぶりもなかった)

 

そんな彼らを、しのぶ、甘露寺、宇髄、悲鳴嶼は信じられないという表情で見ていた。

汐は一部の柱達にまで性別を間違われていたことに身を震わせながら、心の中で思い切り叫んだ。

 

男と女の区別もつかないなら、柱なんてやめちまええええ!!!!

 

再び騒がしくなる柱達を見て、耀哉は耀哉は人差し指を唇に押し当て全員を黙らせるのであった。

 


 

「ワダツミの・・・子」

 

汐はその名前に聞き覚えがあった。今はなき故郷の村で何度も聞いたおとぎ話に出てくる、ワダツミヒメを沈める歌を歌う者。

そしてそれを元に祭りで歌を披露する者をそう呼んでいた。

 

だが、汐がその役に選ばれることはなく、彼女の親友の絹が選ばれた。その祭りも鬼の襲撃により敵わぬものとなってしまいその名を聞くことは永遠にないと思われていた。

 

それが今。鬼殺隊当主産屋敷耀哉の口から出たことに驚きを隠せない。

 

「それって、あたしが昔住んでいた村に伝わるおとぎ話の・・・あたしが?」

 

混乱する汐に、耀哉は少し困ったように眉根を下げた。

 

「その様子だと君は知らなかったみたいだね。簡単に言ってしまうと、人や鬼に影響を与える声を持つ青い髪の女性のこと。ウタヒメ、青の魔女とも呼ばれることもあるみたいだけれど、一番多く呼ばれているのがワダツミの子なんだ。でも、その力はあまり知られていないみたいでね。私も、義勇から君のことを聞くまで思い出せなかったんだ」

 

けれど、と彼はつづけた。

 

「もしも君が本当にワダツミの子なら、君はいくつか【歌】を思い出せているはずだ。その歌をぜひ、私に聴かせてくれないかな?」

 

耀哉の言葉に再びあたりが沈黙に包まれる。それを破ったのは、汐の耳をつんざくような大声。

 

「ええぇーーーッ!!」

 

身体をのけ反らせて驚く汐を、一部の柱達が睨みつける。汐は慌てて口を塞ぐと、困惑したように耀哉を見つめた。

 

「あたしの歌を、お館様に!?え、でも。あたしの歌下手糞だし、お館様みたいなすごい人に聴かせるようなものじゃないし・・・」

 

汐の口からいつもなら絶対にありえない後ろ向きな言葉が出てくるほど、彼の存在は大きく偉大だということが分かる。

だが、その空気を壊すように静かな声が響いた。

 

「畏れ多いことですが、そのご提案は承認いたしかねます」

 

それは先ほどまで汐を抑えていた伊黒の声だった。全員の視線が彼に集中するが、それに意も解せず伊黒はつづけた。

 

「我々は先ほど、この娘の得体のしれない力を目撃致しました。不死川の自由を奪い、あまつさえ奴自身で命を絶たせようとした。もはや人間にできる芸当とは思えませんでした」

 

その言葉を聞き、全員の脳裏にあの光景がよみがえる。宇髄と伊黒の手でその惨劇は回避できたものの、あのようなことが彼に起こらないとは限らない。

皆苦々しい表情で耀哉を見上げると、彼は「そうか」と少し考える動作を見せた。

 

「けれど、私はその光景を見たわけではないから何とも言えないね。それに、私は()()汐の歌をただ聴きたいだけなんだけれど、それもいけないことなのかな?」

「えっ!?」

 

耀哉の思いがけなさすぎる言葉に、流石の伊黒も思わず声を上げた。こうまで言われてしまったら、もはや彼に反論の言葉は残っていなかった。

 

「差し出がましい真似をして申し訳ございません」

 

そう言って伊黒は頭をたれて下がった。

 

「話がそれてしまったね。それで、私の願いを聞いてくれるかな?汐」

 

耀哉の言葉に、汐は激しく狼狽えた。今まで炭治郎達に歌を披露してきた時とはわけが違う。鬼殺隊当主、および最高幹部たちの前で自分の拙い歌を披露していいものか。

それに先ほど伊黒の言っていたように、もしも自分の歌で何か起こってしまったら、炭治郎や禰豆子にまで危害が及ぶかもしれない。

 

そんなことを考えていると、屋敷の中から不死川の怒鳴り声が飛んだ。

 

「お館様直々の勅命を無下にする気か!?つべこべ言わずにさっさとしやがれ!!」

「は、はい!!」

 

汐は思わず肩を大きく震わせ返事をしてしまう。その声を聞いて、耀哉の表情が期待を込めたものに変わった。

 

汐はとっさに傍で座り込んでいる炭治郎を見た。彼は一瞬だけ目を見開いたが、それは直ぐに優し気なものに変わった。

 

――汐なら絶対に大丈夫。

 

その眼には汐に対する確かな信頼が感じられ、それを見た瞬間汐の中から緊張と恐れがみるみるうちに溶けて消えていった。

 

(炭治郎・・・)

 

汐は意を決して立ち上がり、あたりを見回した。そして目に入ったのは、腕から血を流す不死川と傷つき興奮している禰豆子。

そして耀哉、お付きの少女たちを見た後ゆっくりと目を閉じた。

 

今この場で歌うべき歌。傷ついたものを癒す歌。皆に活力を与える歌――

 

 

 

汐が口を開いた瞬間、空気が一変した。透き通るような歌声が、空へ上るようにどんどん高くなってゆく。

と、思った瞬間。声の高さが瞬時に変わり、波のように皆の心をさらっていった。

 

柱達の体に衝撃が走り、鳥肌が立つ。体中から余計なものがそぎ落とされ、魂が浄化されるような旋律。

まるで温かい海に包まれるような不思議な感覚だった。

 

柱だけではなくお付きの少女たちも唖然としながら汐を見つめ、耀哉は目を閉じうっとりとその歌に聞き入っていた。

 

炭治郎は歌を奏でる汐から目が離せなかった。瞬きすら惜しかった。息をすることすら忘れた。

 

今まで彼は何度も汐の歌を聴いてきたが、今奏でられているそれはいつもの歌とは全く違うものだった。

 

背景すら目に入らず、彼の目に映るのは青髪を揺らし美しいという概念すら払拭した歌を奏でる、一人の少女だけ。

否、今彼女を【人】と呼んでいいのか炭治郎にはわからなかった。

 

前に、善逸が汐の声は人のものではないと言っていたことを炭治郎は思い出した。その時は何を言っているのか分からなかったが、今ならばその意味が理解できる。

汐の声は人ではない。かといって鬼でもない。人と鬼を通り越した何か。

 

今目の前の彼女を、人と呼ぶにはあまりにも神々しすぎた。

 

【挿絵表示】

 

「かみ・・・さま」

 

炭治郎の口から思わず零れた言葉は、汐の歌声に乗り溶けてゆく。その時、一瞬だけ炭治郎は不思議なものを見た。

 

青く長い髪を靡かせながら、白金色の月を背にして歌う見知らぬ女性。だが、それは本当に一瞬のことで瞬きをした瞬間、その女性は汐の姿に戻っていた。

 

時間にしては僅か5分ほどだったが、皆には永遠ともいえる程長く感じた。

汐は祈るように手を組んだまま歌を終わらせる。そして目を開けあたりを見回した。

 

皆呆然としたまま汐を凝視し動かない。もしかして気に入らなかったのだろうかと青ざめたその時。

 

空気を一変させる拍手が鳴り響いた。

 

「素晴らしい歌声だったよ、ありがとう」

 

耀哉が目を細めながらおのれの両手を打ち鳴らしている。それに続く様に甘露寺が慌てて手を打ち鳴らし、他の一部の柱も手を打ち鳴らした。

 

湧き上がる拍手に、汐の顔が瞬時に真っ赤に染まり身をよじらせる。そんな彼女を見て炭治郎は微かに愛らしさを感じた。

 

「さて、汐の歌を聞いた感想だけれど、みんなはどう感じたかな?」

 

耀哉はあたりを見回し優しく問いかける。すると甘露寺が興奮したように手を上げた話し出した。

 

「あ、あの!なんだかぶわーって来ました!!ふわーっとしたあとぶわーってきて、体がカーッとなってその後ホワホワってなって・・・!とにかくすごかったです!!」

 

擬音を交えた幼い子供ような感想にみんなは何とも言えない表情になり、伊黒に至っては頭を抱える始末だった。

そんな彼女に耀哉は微笑みかけると、甘露寺の顔が真っ赤に染まった。

 

「それで、君はどうかな?実弥」

 

耀哉は後ろ隣りにいた不死川に声をかけると、彼は肩を震わせ返事をする。そして自分の腕を見て思わず目を見開いた。

 

(血が殆ど止まっていやがる。それに痛みもねえ。あいつの力だっていうのか・・・?)

 

そして禰豆子を見れば、あれほど傷つき興奮してた彼女がすっかり落ち着き、うっとりした表情になっていた。

 

「汐。君の歌、いや、声と言った方がいいかな。君はあらゆる波の高さの声を出すことができ、人や鬼に影響を与えるんだ。鬼舞辻が君を狙った理由はおそらく君がワダツミの子であるからだろう。鬼にも影響を与える声の力を、鬼舞辻が放っておくはずがないからね」

 

その言葉に汐の背筋にうすら寒いものが走る。浅草で襲撃されたとき、矢琶羽と朱紗丸が声帯ごと汐の頸を狙ってきた理由が今わかったからだ。

 

「鬼舞辻は汐の力を恐れている。それはすなわち、我々鬼殺隊にとっては大きな戦力になると言えるだろう。けれど、大きな力は使い方を間違えてしまえば大変なことになってしまう。それはわかるね?」

 

汐は耀哉の顔を見てしっかりとうなずいた。殺意にとらわれ、危うく一人の命を奪うことになってしまいそうになったことを思い出す。

 

「炭治郎と禰豆子と同様、君の力を快く思わないものもいるだろう。君の力はまだまだ未知数、謎が多い。だからこそ彼らと同様、君も証明しなければいけないよ。君が本当に大切な人を守りたいと思うなら、まずは自分自身をしっかり知ること。そして君にとって一番大事なものを決して忘れてはいけないよ」

 

そう言って耀哉は炭治郎と禰豆子を交互に見た。汐もつられるようにして炭治郎を見ると、もう一度耀哉を見つめ口を開いた。

 

「あたしは人を傷つけ貶める鬼を許さない。大切な人をこれ以上失わないためにも、(うた)い続けます。それが、あたしができる精いっぱいだから」

 

汐の決意に満ちた眼が耀哉を見据え、彼は安心したように目を細めた。

 

「さて、これで汐の話も終わり。二人とも下がっていいよ。さて、そろそろ柱合会議を始めようか」


珍妙なタンポポが女性を敵に回す発言をしている!どう制裁する?

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