耀哉がそういうと、しのぶが徐に右手を上げた。
「でしたら、竈門くん達は私の屋敷でお預かりいたしましょう」
「「・・・え?」」
彼女の言葉に一瞬間が空いた後、汐と炭治郎の声が重なった。それからしのぶは二回手を鳴らして隠を呼ぶと、汐、炭治郎、禰豆子を連れて行くように促した。
禰豆子の下へ行った隠は、禰豆子と目が合った瞬間たじろいだが、禰豆子はきょとんとしたまま隠を見つめていた。
「「前失礼しまァす!!」」
切り裂くような声と共に二人の隠が耀哉と柱達に一礼すると、瞬時に汐と炭治郎を抱え走り出す。禰豆子の入った箱を背負った隠も、慌てて後を追った。
遠ざかっていく足音を聞きながら、耀哉はゆったりとほほ笑み「では、柱合会議を・・・」と紡いだその時だった。
「ちょっと待ってください!!」
皆が何事かと顔を向けると、炭治郎が柱にしがみつき抵抗しながら声を張り上げていた。
「その傷だらけの人に頭突きさせてもらいたいです、絶対に!!禰豆子を刺したぶんだけ、絶対に!!!!」
「黙れ、黙っとけ!!」
「汐は殴っちゃったけれど、頭突きなら隊律違反にはならないはず・・・」
「黙って!大人しくしなさい!!」
不死川に敵意を向ける炭治郎に、必死に炭治郎を引きはがそうとする隠達の不毛な争いが行われる中、汐はぐったりとしたまま隠に負ぶさられていた。
隠がとめるように促すも、彼女は死人のように動かない。
なおも騒がしくする炭治郎だが、突如どこからか石が飛んできて炭治郎の顔面を穿った。
その衝撃で炭治郎は地面に転がり落ち、柱達は今石を投げた犯人に顔を向けた。
「お館様のお話を遮ったら駄目だよ」
今まで特に反応を示さなかった時透が、石をもてあそびつつ炭治郎を睨んだ。
「申し訳ございません、お館様」「時透様」
隠達はすぐさま耀哉と柱達に土下座して謝罪する。
そんな時透に甘露寺は再び頬を染め、(無一郎君、やっぱり男の子ね、かっこいいわ)と心の中でつぶやいた。
「早く下がって」という時透の言葉に、隠達はぐったりした炭治郎を抱えて走り出した。(その時、何故か甘露寺までが下がった)
「炭治郎――」
炭治郎が連れていかれる寸前、耀哉の口が動いた。
――珠世さんによろしく
その言葉に炭治郎は耳を疑った。鬼殺隊当主である彼の口から出てきたのは、鬼である珠世の名前。
なぜ彼が珠世の名を知っているのか。炭治郎は混乱しながらも声を上げた。
「ちょっと待って!!今、今・・・珠世さんの名前が・・・」
だが、炭治郎が言葉を発する前に禰豆子を背負った隠が炭治郎を殴りつけた。
「あんたもう喋んないで!!あんたのせいで怒られたでしょうが!!」
「漏らすかと思ったわ!柱すげぇ怖いんだぞ!!!」
「絶対許さないからね!!」
「絶対許さないからな!! 絶対に許さねぇ」
「謝れ!!」
「謝れよ謝れーーーーーっ!!」
隠達があまりにも炭治郎を責め立てるので、彼はちいさく「すみません」と謝った。
「お前ほんといい加減にしろよな。あいつみたいにおとなしくしろよ」
炭治郎は汐を背負った隠をみた。確かに汐は、先ほどまでのことが嘘のようにおとなしくぶら下がっていた。
だが、汐が突然小さな声で何かを訴えた。隠が何事かと耳を傾けると――
「ぎ・・・」
「ぎ?」
「ぎ・・・・ぎ・も゛ぢ わ゛る゛い゛・・・」
まるでカエルをひゃっぺん潰したような声が漏れ、その顔はまっさをお通り越してどす黒くなっていた。そんな彼女を見て、今度は隠が青ざめる。
「さっきの、きんちょうが・・・いまになって・・・もう・・・だめ・・・うぶっ・・・」
「おいやめろ!それだけはやめろ!!頼む、頼むから耐えてくれ!!」
しかし隠の必死の願いもむなしく、汐の中の何かが決壊した。
「ヴォエエエエエーーー!!!」
「ア゛ッーーーーー!!!!!」
汐のうめき声と、隠のこの世のものとは思えない程の絶叫があたりに木霊した。
* * * * *
「ごめんくださいませー」
隠達に連れてこられてやってきたのは、一軒の大きな屋敷だった。ここが、しのぶの屋敷なのだろうか。
しかし呼んでも返事は帰ってこず、屋敷の中はしんと静まり返っている。
「全然誰も出てこねえわ」
「庭の方を回ってみましょう。それに、あれをそのままにしても置けないもし」
禰豆子を背負った隠が、入り口に立ち尽くす汐を背負った隠を見ていった。彼はふんどし姿で泣きじゃくっている。その背中では魂が抜けたような汐が、かろうじてぶら下がっているような状態だった。
「お前、自分で歩けよな」
「すみません。もうほんと、体中痛くて」
「年より臭いこと言わないでよ」
炭治郎は負ぶさられながらあたりを見回した。本部もかなりの大きさだったが、この屋敷もそれと負けていない程大きく見える。
すると、炭治郎の下に一匹の蝶が舞い降りてきた。赤と薄青い羽の綺麗な蝶だ。
蝶は炭治郎の周りを一周すると、どこかへ飛び去って行った。
(そういえば【蝶屋敷】って言ってたっけ)
そんなことをぼんやりと考えていると、隠達が突然足を止めた。視線を向けると、そこには蝶と戯れる一人の少女の姿があった。
「あれはえっと、そう。【継子】の方だ。お名前は確か・・・」
「ツグコ?ツグコってなんです・・・」
「
その少女に炭治郎は見覚えがあった。最終選別で残っていた合格者の一人だ。だが、昨夜彼女に踏んづけられたことは覚えていない様だ。
「継子ってのは柱が育てる隊士だよ。相当才能があって優秀じゃないと選ばれない。女の子なのにすげえよなぁ」
炭治郎は呆然と少女、カナヲの姿を見つめている。
汐はもうろうとする意識の中うっすらと目を開けた。そしてカナヲの姿を見た瞬間。何とも言えないような不思議な感覚を覚えた。
(なんでだろう・・・。なんとなくだけどこの子、あたしにとって脅威になりそうな気がする・・・)
何故そんな風に感じたのか、その時の汐は知る由もなかった。
禰豆子を背負った隠がカナヲに駆け寄り、しのぶの言いつけによりここに来たことを告げる。
「お屋敷に上がってもよろしいでしょうか?」
しかしカナヲはニコニコとほほ笑むだけで一切言葉を発しようとしない。隠が何度か確認しても、彼女は微笑むだけだった。
(なんだか心ここにあらずって感じ。まるで人形みたい)
汐がぼんやりとそんなことを思っていると、突然背後から別の声が聞こえてきた。
「どなたですか!?」
いきなりの出来事に、カナヲ以外の全員が飛び上がる。振り返ると、そこには髪を二つに結んだ少女が救急箱を抱えて立っていた。
慌てふためく隠達を見て、少女はすべてを察したらしく屋敷へ促した。
「どうぞ、こちらへ」
「ありがとうございます。後、よろしければ洗い場をお貸しいただけないでしょうか?」
禰豆子を背負った隠の言葉に、少女はふんどし姿で涙目の隠を一瞥すると、「わかりました」とだけ答え、足早に屋敷へ案内する。
負ぶさられながら、炭治郎は振り返ってカナヲの姿を見つめ、そんな炭治郎を汐はなぜか睨みつけた。
汐から漂う謎の匂いに、その時の彼は気が付くことはなかった。
屋敷に入ると、案内してくれた少女は汐の容体があまりよくないことを見抜き、すぐさま別室に案内した。
途中で嘔吐したせいか、脱水症状が出ていたからだ。
汐と別れ、炭治郎が病室に入った瞬間。聞き覚えのある汚い高音が響いてきた。
「五回!?五回飲むの!?一日に!?三か月間飲み続けるのこの薬!?これ飲んだら飯食えないよ!すげえ苦いんだけど!辛いんだけどォー!!」
涙を流しながら看護師の少女を困らせているのは、見覚えのある黄色の髪の喧しい少年。我妻善逸だった。
「ていうか、薬飲むだけで俺の腕と足治るわけ?ほんと!?もっかい説明して誰かっ、一回でも飲み損ねたらどうなるの!?」
「静かにしてください~」
そんな彼を見て二つ結びの少女は呆れた顔をする。その後に続いた炭治郎は、善逸の姿を見て大きく目を見開いた。
「善逸・・・!!」
善逸が生きていたことに、炭治郎は心の底から安堵する。相も変わらずうるさく騒ぐ彼を、少女は一喝した。
「静かになさってください!!説明は何度もしましたでしょう!?いい加減にしないと縛りますからね!!」
怒鳴りつけられた善逸は目を剥き、涙目になりながらガタガタと震えている。そんな彼を見て少女はため息をつくと、炭治郎のベッドを整えるべく奥へと足を進めた。
「善逸!!」
炭治郎が声をかけると、善逸は金切り声を上げて飛び上がる。
「大丈夫か!?怪我したのか!?山に入ってきてくれたんだな・・・!!」
炭治郎が善逸を最後に見たときは、山に入るのを躊躇して震えていた姿。何故彼が山に入ったのはわからなかったが、それでも危険を冒してまで来てくれ、そして生きていることにうれしさを感じた。
「た。炭治郎・・・!!」
一方善逸も炭治郎の姿を見た瞬間、炭治郎、ではなく隠に抱き着き頭をうずめた。
「うわぁぁ、炭治郎聞いてくれよーっ!くさい蜘蛛に刺されるし、毒ですごい痛かったんだよぉー!!さっきからあの女の子にガミガミ怒られるし、最悪だよーっ!」
そんな善逸を少女はぎろりとにらみ、彼は身体を震わせる。そんな善逸の姿を見て、炭治郎は違和感を感じた。彼の手が異常に小さく見えたからだ。
「蜘蛛になりかけたからさ、俺今すっごく手足が短いの」
そう言って顔を上げた善逸は、鼻水を隠の服につけたままだった。顔を青ざめて震える隠をしり目に、炭治郎は伊之助と村田の事を尋ねた。
「村田って人は知らんけど、伊之助なら隣にいるよ」
炭治郎が視線を向けると、善逸の隣に伊之助が横たわっていた。あまりにも静かすぎたため気づくことができなかったのだ。
炭治郎はすぐさま伊之助の下に駆け寄り、無事でよかったと伝えた。あの時助けに行くことができず、危険な目に遭わせてしまった後悔と、無事でいた嬉しさが入り交じり、炭治郎の眼から涙があふれ出した。
「ごめんな、助けに行けなくて・・・」
泣きじゃくる炭治郎に、伊之助は間を置いた後「・・・イイヨ、気ニシナイデ・・・」と答えた。
伊之助から発せられた声は、普段の彼とは思えない程弱弱しく彼果てていた。そのあまりの変わりように、炭治郎は本当に伊之助かと疑う始末だ。
「なんか喉潰れているらしいよ。詳しいこと よく分かんないけど、首をこう・・・ガッてやられたらしくて、そんで最後、自分で大声出したのが止めだったみたいで、喉がえらいことに」
「・・・なんで?」
「落ち込んでんのか、すごい丸くなってて、めちゃくちゃ面白いんだよな、ウィッヒヒッ」
善逸はそう言って何とも言えないような笑い声をあげ、そんな彼に炭治郎はなぜそんな気色の悪い笑い方をするのかを尋ねた。
善逸は固まり微妙な表情をするが、ある違和感を感じ声を上げた。
「それより炭治郎、汐ちゃんはどうしたんだよ?さっきから姿が見えないけれど、お前と一緒にいたんじゃないのか?」
善逸が訪ねると、炭治郎の表情が微かに曇る。それをみて善逸の顔が少し青ざめた。
「ああ違う。汐は無事だ。脱水症状がひどいみたいで別室にいるよ。でも、何だか様子がおかしかったんだよな。さっきも嗅いだことのない匂いがしたし・・・」
目を伏せる炭治郎に、善逸は彼の音が少し変化していることに気づいた。けれどそれが何なのか、その時の彼にはわからなかった。
用意されたベッドに横たわりながら、炭治郎は先ほどのことを思い出していた。
柱達の前で、青い髪を揺らしながら歌を奏でる汐。それがあまりにも神々しくて、人を通り越した女神に見えた。
その姿が瞼の裏に焼き付いてしまい、目を閉じても汐の事ばかり考えてしまう。
ワダツミの子。汐がもつ特殊な声。新しい情報ばかりで炭治郎の頭は混乱寸前だった。
自分がこのような状態なのだ。当事者である汐はどうだろう。頭が追いついていっていないのではないか。
(汐、大丈夫かな・・・また悩んでいたりしないかな)
それと同時に炭治郎は思った。普段は強気でも、繊細なところがあることを、炭治郎は知っていたからだ。
(よし!)
炭治郎は痛む体を起こしてそっと病室を出た。が、出たところで一人の看護師の少女に見つかってしまう。
先程善逸のそばにいた看護師の少女とは別人で、髪を三つ編みににしている少女だ。
「あ、駄目ですよ炭治郎さん!戻ってください」
「ご、ごめん。でも、どうしても会いたい人がいるんだ。なんでかはわからないけれど、今会わなくちゃいけない気がするんだ。だから、お願いします!汐の部屋を教えてください!」
炭治郎の真剣な声と眼差しが、少女の小さな瞳に静かに映った。
* * * * *
一方そのころ――
個室を与えられた汐は、処置を受けた後ベッドに横たわりながら先ほどのことを思い出していた。
(あたしが、本物のワダツミの子。人や鬼に影響を与える声を持つもの)
耀哉は汐の声は鬼殺隊にとって大きな力となると言ったが、もしそうならば炭治郎や禰豆子をあんな危険な目に遭わせることはなかったんじゃないか。
いや、それ以前に、鬼舞辻は自分の力を恐れているとも言った。だとすれば、村が襲われ絹が連れ去られて殺された理由に辻褄が合う。
(村が滅んだのは、みんなが殺されたのは、あたしのせい?)
考えたくはないのに、次々と恐ろしい考えが浮かんでは汐の心を侵食していく。
(あたしがいなければ、みんなは死ぬことはなかった。あたしのせいで、あたしがこんな力を持っていたせいで・・・)
仲間もろくに守れず、大勢の人間を殺した。そんな罪悪感が汐の心を締め付け、鈍く痛んだ。
(どうしよう・・・!あたし、どうしたらいいの・・・?炭治郎ッ・・・!!)
頭の中が真っ白になり息も苦しくなり、無意識に心の中で炭治郎の名を呼んだその時だった。
「汐、そこにいるのか?」
汐の耳に、今一番会いたい人の声が優しく届いた。
現在の状況
──炭治郎
顔面及び腕・足に切創。
擦過傷・多数。
全身筋肉痛、重ねて肉離れ。
下顎打撲。
──善逸
最も重傷。
右腕右足、蜘蛛化による縮み・痺れ。
左腕の痙攣。
──伊之助
喉頭及び声帯の圧挫傷。
──汐
善逸に次ぐ重傷。
左手骨折・顔面及び腕・足に切創。
擦過傷・多数。声帯の圧挫傷に加え脱水症状有。
──禰豆子
寝不足!!
珍妙なタンポポが女性を敵に回す発言をしている!どう制裁する?
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ゴールデンボールクラッシュ
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鼻フックデストロイヤー
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ジャーマンスープレックス
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瞬獄殺
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スカイアッパー