「炭治郎!?」
今しがた無意識に名を呼んだ相手が扉の向こうにいる。汐は慌てて扉に駆け寄りすぐに開けた。
そこには汐と同じく入院着に着替えた炭治郎が、少し不安を宿した眼でこちらを見ていた。
「なんであんたが・・・っていうか、どうしてここが分かったの?」
「このお屋敷で働いている、えっと、確かなほちゃん・・・だったかな。その人に聞いたんだ。汐がここにいるって・・・っ!!」
そこまで言った炭治郎の顔が突如苦痛に歪む。汐は慌てて炭治郎を引っ張り、ベッドに座らせた。
「ちょっと大丈夫!?あんただって軽くない怪我してるんだから無理してるんじゃないわよ」
「ごめん、ありがとう。でもどうしてもお前に会っておきたかったんだ」
炭治郎はそう言って隣に座った汐の眼を見つめた。澄み切った瞳が汐を静かに映す。
「うん、やっぱり悩んでいる匂いがする。汐、お前自分のせいで絹さんや村の人たちが殺されたって思っていないか?」
心の中を見透かされた言葉に、汐の肩が大きく跳ねる。そんな汐を見て炭治郎は「やっぱりな」と言いたげな顔をした。
「・・・村が襲われたのはあたしがワダツミの子で、その力を恐れた鬼舞辻があたしを消すために村を襲った。そして、絹はあたしと間違われて殺された。そう考えてしまえば全部つじつまが合う。考えちゃいけないっていうのはわかっているはずなのに、どうしてもそう思っちゃうの」
汐はぎゅっと拳を握り体を震わせた。炭治郎はそんな彼女を黙って見つめる。
「それに、あたしがもう少し早く力のことを知っていれば、あんたも禰豆子も傷つけずに済んだかもしれない。お館様にはああも言ったけれど、もしもあたしのせいでまた誰かが死んだり傷ついたりするのがものすごく怖いの!」
最後の言葉は殆ど叫ぶような痛々しい声だった。今まで何度か弱音を吐く汐は見てきたが、これほど弱弱しい汐を見るのはあの時、禰豆子を手にかけようとして踏みとどまったあの日以来だった。
炭治郎は黙って汐の話を聞いていたが、不意にそっと彼女の手を取った。
「汐。少しきついことを言うかもしれないけれど、過ぎた時間はもう戻らない。下を見てしまえばきりがない。失っても、失っても生きていくしかないんだ」
そう言って汐を見つめる彼の声は、とても優しくとても悲しいものだった。炭治郎も家族を失い、妹である禰豆子も鬼にされ、絶望の中をさまよった。
だからこそ、彼は同じくたくさんのものを失った汐を放っておけなかった。
「だけど、俺はちゃんとわかってる。汐が強いこと。そして、自分の力をきちんと正しく使えることを俺は信じてる。だから、あんまり思いつめないでくれ。何かあったら、俺を頼ってくれ。俺だけじゃない。禰豆子も善逸も伊之助もいるんだ。お前は一人じゃない。それだけは忘れないでほしい」
って、ありがちなことばでごめんな、と困ったように笑う炭治郎に、汐は首を横に振った。
「ううん、そんなことないわ。あたしにとってあんたの言葉がどれだけありがたいか。さっきも、わけがわからなくなりそうだった時、頭に浮かんだのはあんたの顔だった。あんたがいなかったら、あたしはもうとっくにおかしくなってた。あんたがいてくれから、あたしはあたしでいることができたの。だから、本当にありがとう。あたし、あんたがいてくれて本当に良かった」
汐は心の中の声をすべて出しながら炭治郎を見つめた。夕暮れの海のような眼が微かに揺れる。頬が微かに赤みが掛かっているのは、日の光が当たっているせいだろう。
汐の表情を見て、炭治郎は安心したように笑った。思いつめた匂いもなりを潜め、彼女の本来の匂いが戻ってくる。
と、思ったのだが、炭治郎の鼻は汐から今までにない匂いを感じた。
微かに甘く、若い果実のような不思議な匂い。
だが、その匂いが何かを問おうとしたとき、汐が口を押えた。よく見ると彼女の顔色は悪く、汗もかいている。
炭治郎は慌てて汐をベッドに寝かせると、汗を拭き布団をかけた。
「ごめんな、お前も酷いけがをしていたのに無理させて」
「それはお互い様でしょ?あんたもこんなところにいないでさっさと病室に戻りなさいよ」
「そうだな。疲れていると悪いことばかり考えてしまうから。今はゆっくり休む。俺達がするべきことはそれで、そのあとのことはゆっくり考える」
炭治郎の言葉に汐は目を見開いた。
「覚えてるか?最終選別の帰りに、お前が俺に言ってくれたことだよ」
「そんな昔のこと、よく覚えてるわね」
「当り前だろ?その言葉で俺は本当に救われたんだ。大切な言葉を忘れるわけがないだろう」
大切な言葉、と言われて汐の目頭が熱くなる。だが、涙を見せるとまた炭治郎が心配するとふんだ汐は、布団にくるまり彼に背を向けた。
「ほら。あんたもさっさと戻りなさいよ。早くしないと、あの女の子にどやされるわよ?」
「そうだな。そうするよ。お休み、汐」
炭治郎は汐の頭を優しくなでると、ベッドからそっと立ち上がる。が、不意に背中に熱を感じて炭治郎は動きを止めた。
「汐?」
汐は炭治郎の背中にしがみつく様にして額を押し当てながら、そっと口を開いた。
「生きててくれて、よかった」
そう告げる彼女の手が微かに震えていることに気づいた炭治郎は、そのままの姿勢で同じく口を開いた。
「俺の方こそ、汐が生きていてくれてよかった」
そう言って炭治郎はもう一度彼女を寝かせると今度こそ部屋を出ていった。汐は激しく脈打つ胸を抑えながら、熱がこもる頬を枕に押し付けていた。
一方、部屋から出た炭治郎も、早鐘のように打ち鳴らされる自分の心臓に戸惑っていた。
彼女が少しだけでも元気になれたのはよかったが、今度は自分の方が参りそうで困ったのだ。
その気持ちがなんであるのか、炭治郎には全く分からなかったが、とりあえず今は病室に戻ろう。
そう思って一歩踏み出した彼が、あの少女に見つかってどやされるのはもう少し後・・・
* * * * *
一方その頃。
日が落ちた産屋敷邸では、彼と柱による柱合会議が行われていた。
行燈の光が揺らめく中、耀哉が口を開く。
「皆の報告にあるように、鬼の被害はこれまで以上に増えている。人々の暮らしがかつてなく脅かされつつあるということだね。鬼殺隊員も増やさなければならないが・・・。皆の意見を」
その言葉に最初に口を開いたのは、全身に無数の傷跡を付けた風柱、不死川実弥だった。
「今回の那田蜘蛛山ではっきりした。隊士の質が信じられない程落ちている。ほとんど使えない。まず育手の目が節穴だ。使える奴か使えない奴かわかりそうなもんだろう」
そんな不死川を見て、派手ないでたちの音柱、宇髄天元は思い出したように言った。
「昼間のガキどもはなかなか使えそうだがな。特にあの騒音娘!女の身でありながら不死川に一撃入れるとは、大した度胸だ」
宇髄がからかうように言うと、不死川は小さく舌打ちをしながら目をそらした。自分よりも下の、しかも女に殴られたという事実が彼の心に微かな傷をつけてしまっていた。
そんな雰囲気を変えるがごとく、蟲柱胡蝶しのぶが口をはさむ。
「人が増えれば増える程、制御統一は難しくなっていくものです。今は随分、時代も様変わりしていますし」
「愛する者を惨殺され入隊した者、代々鬼狩りをしている優れた血統の者以外に、それらの者たちと並ぶ、もしくはそれ以上の覚悟と気迫で結果を出すことを求めるのは残酷だ」
岩柱悲鳴嶼行冥は、涙をこぼしながら呟くように言った。
「それにしてもあの少年たちは、入隊後まもなく十二鬼月と遭遇しているとは!引く力が強いように感じる!なかなか相まみえる機会がない我らからしても、うらやましいことだ!」
炎柱煉獄杏寿郎は、右手で拳を作りながら心なしか嬉しそうに言った。
「そうだね。しかし、これだけ下弦の伍が大きく動いたということは、那田蜘蛛山近辺に無惨はいないのだろうね。浅草もそうだが、隠したいものがあると無惨は騒ぎを起こして巧妙に私達の目を逸らすから。なんとも、もどかしいね」
耀哉は顔を伏せていったん言葉を切ると、再び柱達を見回しながら言った。
「しかし、鬼共は今ものうのうと人を食い、力をつけ生き永らえている。死んでいった者たちのためにも、我々がやることは一つ。今、ここにいる柱は戦国の時代、【始まりの呼吸の剣士】以来の精鋭達がそろっていると私は思っている。そしてなにより、この時代にワダツミの子が現れた」
耀哉の口から出た言葉に、全員の方が微かに跳ねた。
「ワダツミの子。大海原汐さんの事ですね。彼女の不思議な力は私も一度体験しましたが、確かにあれは人知を超えたものでした。これが鬼と戦う大きな力になることは確実ですが・・・まずは人としての最低限の教育も必要かと思います」
「だが!あの少女の歌は見事なものだった!!まるで魂を揺さぶられるようだった!ぜひともまた聴いてみたい!!」
「でも、私疑問に思っていたんですけれど、私やしのぶちゃん、宇髄さんや悲鳴嶼さんはあの子が女の子だってわかったのに、どうして不死川さんたちは男の子だって思っていたんですか?」
甘露寺の何気ない質問に、汐を男だと思っていた者たちは怪訝そうな顔をした。
「うむ!何故かはわからん!だが、女だと分かった後は何故か女にしか見えなくなった!」
「どこからどう見ても男にしか見えなかった。それだけだ」
「・・・・」
皆何故汐が男に見えたのかはっきりとは答えられず、なんとも微妙な空気が辺りに流れる。そんな空気を打ち破るように、耀哉の静かな声が響いた。
「彼女の存在が我々にとって大きな力になることは確実。しかし、ワダツミの子は始まりの剣士たちのこと以上に謎が多い。青い髪の女性であり、かつて彼らと共に鬼と相まみえ無惨さえ恐れさせたということ以外は、ほとんどわかっていないことが多いんだ。現に、今のワダツミの子である汐自身も、自分の力を理解していなかったからね」
そのことは彼らも知らなかったらしく、表情がわずかに変わる。鬼舞辻無惨を追い詰めた始まりの剣士たちと共にあり、恐れさせたその時代のワダツミの子。
そのような戦力があれば、無惨を倒せることも夢ではなくなるかもしれない。
「天元」
不意に耀哉が宇髄の名を呼び顔を向けた。
「君に頼みがある。ワダツミの子と、【大海原家】について調べてきてほしいんだ。別の任務の最中で申し訳ないけれど、引き受けてくれるかな?」
「御意」
宇髄はそう言って頭を下げ、そんな彼を見て耀哉は安心した表情を浮かべた。
「私の
その言葉を最後に、柱合会議は幕を閉じた。
柱達とお付きの子供たちを下がらせ、耀哉は明かりの消えた部屋で一人月を仰ぎ見ていた。
青みが掛かった光が、彼の病に侵された顔を静かに照らす。
「鬼舞辻無惨。なんとしてもお前を倒す。お前は必ず私達が――」
その小さな声には、確かな憎しみと殺意がこもっていることに、誰も気づく由はなかった。
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