ウタカタノ花   作:薬來ままど

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それから五日間。汐達はカナヲに負け続ける日が続いた。
この中で一番反射神経に優れている善逸でさえもカナヲの髪の毛一本すら触れなかった。
負けることに慣れていない伊之助はもちろん、善逸も早々に心が折れたのかあきらめる体制に入り、ついには訓練場に来なくなってしまった。

「あなたたちだけなの!?信じられない、あの人たち!!」

善逸と伊之助が来ないと知るや、アオイは声を荒げて二人に詰め寄った。そんな彼女に炭治郎は申し訳なさそうに謝り、明日は必ず連れてくるという。

しかしアオイは首を横に振ると、呆れた様子で言った。

「いいえ!あの二人にはもう構う必要ありません。あなたたちも、来たくないなら来なくていいですからね」

アオイの言葉に炭治郎は俯くが、汐は目を剥いてアオイに詰め寄った。

「ちょっと。あの馬鹿二人はともかく、今ここに来ているあたしたちに向かってその言い草はないんじゃないの?」
「止めろ汐。ことを荒げるな」

アオイにつかみかかろうとする汐を、炭治郎が制止する。汐自身も我慢の限界が来ていることを、炭治郎は悟っていた。

そして彼は決心する。二人の分まで頑張って、勝ち方を教えてあげよう。汐と一緒ならきっと大丈夫さ。

そう決心してからさらに十日。結局カナヲには一度も勝てなかった。

汐は悔しさと屈辱に身を潰されそうになったが、それ以上にカナヲに負けたくないという気持ちが勝り彼女を訓練場へ足を運ばせる原動力になっていた。

(うっぎぃいい!!!なんで勝てないのよぉー!)

薬湯の悪臭を漂わせながら自室へ戻った汐は、悔しさのあまり地団太を踏んだ。あれからもう何日たつのか分からない。
いい加減、汐の精神力は限界に近づいていた。

(もうこうなったらいっそのこと、ウタカタを使って動きを止めて・・・)

そこまで考えた汐は慌てて首を横に振った。

(何を考えてるのよ。それじゃイカサマじゃない。命の危機とクズを潰す時以外はイカサマを使うなっておやっさん言ってたじゃないの!)

汐は両手で頬を打ち鳴らし、冷静に考えてみることにした。考えることは苦手だが、このまま黙って負け続けていいはずがない。
そして一つのある考えが浮かんだ。

(あたし、カナヲって子の事何も知らないんだわ。相手に勝つにはまず相手を知らなければいけない。おやっさんよく言ってたっけ)

それから汐は打倒カナヲを目指し、彼女を徹底的に調べることにした。だが、尾行してもあっという間に撒かれてしまうためそれは早々にあきらめた。

そしてたどり着いた方法は、真正面から堂々と聞いてみることだった。




「カナヲ。ちょっと面貸してほしいんだけど」

 

縁側にたたずむカナヲに、汐は声をかけた。カナヲは相変わらず張り付けたような笑みを浮かべて汐を見て首を傾げた。

 

その仕草から汐の言っている言葉の意味が分からなかったのかと思い、汐は言葉を変えてもう一度言ってみることにした。

 

「え、えっと。あんたに聞きたいことがあるから付き合ってほしいんだけど」

 

汐がそういうと、カナヲは徐に隊服のポケットから何かを取り出した。それは、漢字で表と裏と書かれた一枚の銅貨。

カナヲはそれを親指で弾いて放り投げると、手の甲に受け止めた。

 

怪訝そうな顔をする汐の前で、カナヲは手を開いて銅貨を見る。そしてそのまま一言も発することなくその場を立ち去ってしまった。

 

「・・・へ?」

 

一人残された汐は、呆然とカナヲの去った方角を見つめていたが、自分が無視をされたと知ったとたん怒りが込み上がってきた。

 

な、な、な、ぬわんじゃありゃああああああ!!!!何なのよあの態度!これはあれか!?『私の髪の毛にすら触れないような弱者に話すことはない!』ってことか!?くそう、絶対に一泡吹かせてやる!

 

そう意気込んで再び勝負を挑んだものの、やはり完膚なきまでに叩きのめされてしまい、汐は一人縁側に座っていた。

 

(う~ん、一体あの子とあたしたちの何が違うのかしら。年もそんなに変わらない、ましてや同じ最終選別で生き残った同期なのに、なんでこんなに差があるんだろう)

 

汐は目を閉じ、もう一度考えてみる。自分と対戦した時と、炭治郎と対戦した時の様子を思い出してみた。

 

まず、反射速度が汐達とは比べ物にならない程速い。おそらく、汐達が万全でも勝つことは難しいだろう。

 

「・・・おい」

 

次にカナヲの眼から感じる気配が柱に近しい。相当な場数を踏んだ歴戦の剣士のような眼をしていた。

 

「おい。聞いてんのか」

 

そして最後に、汐が初めてカナヲと対戦した時に気になっていたこと。それがやっとわかった。カナヲは目がとんでもなくいいのだ。おそらく、汐達の動きなどゆっくりに見えているだろう。

 

「おいこら、いい加減に気づけ」

 

(だとしたらあたしは・・・)

 

「いい加減に返事くらいしろ!騒音娘」

「だあーっうるさいわね!いったい何なのよっ・・・」

 

耳元で何度も呼ばれた汐は、腹立たしさもあり思わず声を荒げた。だが、目の前に立つ六尺を超えた大男に目が点になる。

 

そこにいたのは柱合裁判時に見た、派手目の化粧をし派手な装飾品を身に着けた柱の一人。宇髄天元がそこに立っていた。

 

汐はしばらく呆然と彼を見ていたが、突然金切り声を上げて叫んだ。

 

不審者ァァァアア!!誰かァァ!来てェェ!!

「うるせえよ。騒音をまき散らすんじゃねえ」

 

宇髄はすぐさま汐の口を塞ぐと、音もなくその場を後にする。そして人気のないところへ連れていくと、彼は汐を解放した。

 

「おい騒音娘。時間がもったいねえから単刀直入に済ませてもらう」

 

宇髄は面倒くさそうにそういうと、突然汐に向かって何かを投げ渡した。慌てて受け取ると、それはつまみのような不可思議な細工がされた首輪のようなものだった。

肌に触れる部分は、伸縮性のある布のようなものでできていた。

 

「何これ?」

「見りゃわかるだろ?首輪だ。こいつを付けると声帯の震えを感知し、ある程度の波になると伸縮して声を強制的に抑える代物だ。お前の力をむやみに垂れ流さないための制御装置のようなもんだ」

「何よそれ。まるで犬じゃないの」

「当り前だ。お前は鬼殺隊の犬なんだよ。あの時の不死川みたいなことを堅気の人間に起こしてみろ。お前は責任をとれるのか?」

 

彼の言葉に汐は息を詰まらせた。炭治郎の声がなければあのまま人一人の命を奪っていたであろうあのことに、表情が引きつった。

 

「まあ、お前がそれを付けるかつけないかは俺は知らん。あくまでも一つの選択肢ってわけだ。それからもう一つ。俺が分かったワダツミの子についての事だ」

 

宇髄はそういうと、真剣な面持ちで汐を見た。その眼に汐は思わず体を震わせる。

 

「お前、よく男に間違われるだろ?お前が不精なのも理由の一つだろうが、ワダツミの子について調べていてわかったことだ。耳をかっぽじってよく聞け」

 

そう言って彼が語りだした内容に、汐は思わず震えた。

 

ワダツミの子。青い髪を持つ女性で、人や鬼に影響を与える声を持つもの。汐以外にもかつてワダツミの子は何人か存在した。

ある時は神として崇められ、ある時は異端として迫害され、またある時は女であるため欲望のはけ口にされ、その力を悪用する者達もいたという。

そのためワダツミの子の本能として人の目から自分の存在を逸らすという特性が備わり、汐が男に間違われるのは、その名残であると語った。

 

「だが、あくまでもそのように見えるだけであって、一部の奴らにはお前が女だってわかる奴らはいる。まあだからと言って今となっては大した意味もないだろうからな。じゃ、あとは勝手にしろよ」

 

それだけを言って宇髄は煙のように消えてしまった。まるで嵐のような彼に頭痛を覚えながらも、有力な情報は得られた。

 

「あたしが男に間違われるのは、ワダツミの子の特性の名残・・・そうまでしなければならないなんて、ワダツミの子っていったい何なのよ・・・」

 

汐は先ほど宇髄にもらった首輪を見つめた。見た目は思ったより質素で、派手好きそうな彼が作ったとは思えない。

けれどこれを付ければあのようなことを起こせずに済む・・・

 

汐は首輪の留め具を外して自分の首に巻き、留め具を付けたその瞬間だった。

 

「っ!?」

 

突然首を強く締め付けられるような圧迫感を感じた。喉が締め付けられ、呼吸ができない。

慌てて外そうにも、布は汐の首に食い込んでしまい指が入らない。

 

(く、苦しいっ!!)

 

汐は苦しみながらもなんとか留め具を外す。首が解放され空気が流れ込み、思い切り咳き込んだ。

 

(な、何よこれ!こんなの付けたらあたし死ぬじゃない!!あいつあたしを殺す気でこんなの渡したの!?)

 

頭にきて首輪を投げ捨てようとしたとき、首輪の裏側に何か紙のようなものが挟まっているのが見えた。

それを取り出してみると、そこにはこんなことが書いてあった。

 

“これを付ける前に全集中・常中を覚えろ。でないと死ぬぞ”

 

それを読んだ瞬間、汐は紙をびりびりに破いて投げ捨て、心の中で思い切り悪態をついた。

 

(そういうことは先に言え!!)

 

悪態をついた汐は深呼吸をして、捨てようとした首輪をしまうと物陰から外へ飛び出した。

 

*   *   *   *   *

 

「あれ?」

 

屋敷に戻った汐は、炭治郎が三人娘たちと何かを話しているのが見えた。何をしているのか声をかけようとしたとき、炭治郎が先に汐に気づいた。

 

「あ、汐。お前どこに行ってたんだ?姿が見えないから心配したぞ?それに、違う人の匂いがするけど誰かいたのか?」

「え、ああ、うん。なんでもない。ちょっとね。それより何を話していたの?」

 

汐がごまかしたことに炭治郎は少し違和感を覚えたが、それより先に口を開いたのはきよだった。

 

「あ、あの。今炭治郎さんにもお話していたんですけれど、汐さんは全集中の呼吸を四六時中やっていますか?」

「全集中を、四六時中?」

「はい。朝も昼も夜も、寝ている間もずっと全集中の呼吸をしていますか?」

「・・・やってないしやったことない。それなんて拷問?」

 

全集中の呼吸は少し使うだけでもかなりきつい。それは二人もいやというほどわかっている。それを四六時中続けるなんて考えもしなかった。

 

「そんなことできるの?」

「はい。それを全集中・常中というのですが、それができるのとできないとでは、天地ほどの差が出るそうです」

 

全集中・常中という言葉に汐は聞き覚えがあった。それは先ほど、首輪についていた紙に書かれていた言葉と同じだった。

 

「それができる方はすでにいらっしゃいます。柱の皆さんやカナヲさんです。お二人とも頑張ってください!」

 

三人はそういうと、頭を下げて走り去っていった。

 

炭治郎と別れて部屋に戻るまで、汐は先ほど教えてもらったことを繰り返し呟いた。

 

「全集中の呼吸を四六時中・・・そんなことができるなんて・・・」

 

――やっぱ柱って変態だわ・・・

 

「誰が変態なんですか?」

 

突如背後から声が聞こえ、汐は悲鳴を上げて飛び上がる。そこにはニコニコと笑みを浮かべるしのぶの姿があった。

 

「あ、し、しのぶさん・・・」

「汐さん。誰が聞いているかわかりませんから、人を貶すような言葉を軽々しく口にしてはいけません。思ったことをすぐ口に出すなとは言いませんが、少しは考えてものを言いましょうね」

 

それだけを言うと、しのぶはその場を去っていった。その得体のしれない雰囲気に、汐は恐怖を感じ、しのぶの前で滅多なことを言うのはやめようと心に誓うのであった。

 

 

*   *   *   *   *

 

翌日。

 

汐と炭治郎は全集中・常中を習得すべく修行に励んだ。今のままではカナヲに勝つことは絶対に不可能だと分かったからだ。

 

だが、

 

「ぜんっぜんできない!!」

「ヴォエエッ」

「おわっ!大丈夫か汐!吐きそうになるまではするなよ」

 

それは思っていたよりもはるかに苛酷で、二人は同時に地面にへたり込んだ。

 

「なんなのよこれ!こんなアホみたいにつらいこと本当にできんの!?人間やめなきゃダメなんじゃないの!?」

「落ち着け汐!気持ちは痛いほどわかる!だけどとにかく落ち着け!」

 

そういう炭治郎も涙目になっており、全く説得力がない。そんな彼を見て汐は自分の不甲斐なさに頭を抱えた。

 

「っていうか、そもそもあたしたち、今まで全集中を長く続けようなんて思ったことないから体が適応していないのかも。海に潜るときも、体が適応するまでいきなり深く潜ったりはしないように」

「それだ!きっと俺達は肺が貧弱だから呼吸がうまくできないんだ。鍛えなおそう汐!そうすればきっとできるようになる!!」

 

炭治郎は澄み切った眼で汐を見つめた。その眼に見つめられると、不思議とやる気がわいてきた。

 

「そうね。このまま負けっぱなしでいたくないもの。その提案、乗ったわ!」

 

汐はそう言って炭治郎と拳を合わせる。そんな二人を三人娘は、優しげな瞳で見つめた。

 

それから炭治郎と汐は、訓練に参加しつつ己を鍛えなおし始めた。

走り込み、息止め、そして二人での組手。やっていることは、かつて二人が修行を積んだあの時以来だ。

 

もちろんすぐに成果が出るわけでもなかったが、二人はあきらめなかった。頑張るしかできない炭治郎と、負けることが大嫌いな汐。

そんな二人をみて、三人娘は微笑みながら顔を見合わせた。

 

「炭治郎さんと汐さん、毎日頑張ってるね」

「うん。二人はとっても仲良しだもんね」

「おにぎり持って行ってあげようよ。あと瓢箪も」

 

三人は顔を見合わせると、必要なものを取りに屋敷へと戻っていくのであった。

 

「炭治郎さん、汐さん!」

 

二人が組手を終えて一息ついていると、三人娘がおにぎりをもってやってくるのが見えた。

 

「お二人ともお疲れ様です」

「そろそろ休憩してはどうでしょうか?」

 

なほとすみがそういうと、二人は顔を見合わせうなずいた。その瞬間二人の腹の虫が同時に鳴き、思わず笑ってしまった。

 

「瓢箪を吹く?」

 

おにぎりを食しながら二人は三人娘の話を黙って聞いていた。二人の前には小さな瓢箪が置いてあり、彼女たちはその説明をしているのだ。

 

「そうです。カナヲさんに稽古をつける時、しのぶ様はよく瓢箪を吹かせていました」

「へえ面白い稽古ね。音が鳴ったりするの?」

 

汐が訪ねると、きよは首を横に振って言った。

 

「いいえ。吹いて瓢箪を破裂させていました」

「へぇーっ・・・」

 

二人は笑いながらおにぎりにかぶりついていたが、その手を思わず止めた。

 

(え?ちょっと待って?この子今なんて言った?破裂、とか言ってた?)

 

思わず白目をむく二人に、きよはうなずく。汐は瓢箪を手に取って軽くたたいてみた。

こんこんという音がし、しかもかなり硬いようだ。

 

「これを?この硬いのを?」

「はい、しかもこの瓢箪は特殊ですから、通常の瓢箪よりも硬いです」

 

驚きのあまり二人の表情が石のように固まった。自分より小さく華奢な少女がそのような芸当ができるとは到底信じられない。

しかし彼女たちの眼は嘘をついているものではなかったため、真実なのだろう。

 

「そして、だんだんと瓢箪を大きくしていくみたいです。今、カナヲさんが破裂させている瓢箪は、この瓢箪です」

 

そう言って彼女たちが持ってきたのは、人間一人とそう変わらない程の巨大な瓢箪。

 

(でかっ!!でかすぎない!?人間一人分くらいあるわよ!?)

 

(頑張ろう!!)

 

まだまだ先は長そうな道のりに、二人は顔を引き攣らせたままうなずきあうのだった。

 

*   *   *   *   *

 

 

「ふぅ、少し遅くなっちゃった」

 

その夜、風呂から上がった汐は炭治郎と共に瞑想を行う約束をしていた。

あの日から十五日後。かなり体力と感覚は戻って来た。後は瞑想して集中力を上げる。全集中の呼吸を長くづつける為に必要なことだ。

それは汐が狭霧山で修行をしたとき、師である鱗滝が言っていた言葉だった。

 

(そういえば、あたしたち刀折っちゃったから鋼鐵塚さんと鉄火場さん、怒ってるんだろうな)

 

汐の脳裏に包丁を持ち殺気を放つ鋼鐵塚と、恐ろしい程の陰気を放っていた鉄火場の姿がよみがえる。

 

(もうあんな思いはしたくないし、負けっぱなしもいや。さて、早く炭治郎の所へ行こう)

 

汐は屋敷の外へでて炭治郎を捜した。確か屋根の上で瞑想をしているって言ってたっけ・・・

 

そう思って上を見上げた汐の目には炭治郎と――

 

彼に寄り添うようにして座る、胡蝶しのぶの姿が映った。




な「炭治郎さんと汐さん、頑張ってるね」
き「うん。二人はとっても仲良しだよね。見ているこっちが幸せになりそう」
す「二人は同じところで修行した兄妹弟子だってきいたよ。一緒にいた時間が長いから、とっても仲良しなんだろうね」
な「うんうん!ねえ、二人がもっと仲良くなれるように応援しようよ」
す「そうだね!二人がずっと仲良しでずっと一緒にいられますようにって」
き「きっと大丈夫だよ!二人の絆はとっても深そうだもの。何があっても、二人ならきっと乗り越えられるよ」

三人「炭治郎さんと汐さんの二人が、ずっと末永く一緒にいられますように・・・」

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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