ウタカタノ花   作:薬來ままど

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その光景が目に入った瞬間、汐の心臓がかつてない程大きく跳ねあがった。
全身が震えたかと思うと、急に体が冷たくなってきた。

(なんで、しのぶさんが炭治郎と一緒にいるの・・・!?)

汐は気配を殺して風上へと移動した。風下に行けば匂いで炭治郎に気づかれてしまうと思ったからだ。

(何を・・・何を話しているんだろう・・・ここからじゃ聞こえないわ)

汐の位置から二人の会話は聞こえない。けれど心なしか、炭治郎が赤く染まっているように見えた。

それを見た瞬間、汐の胸に鈍い痛みが走った。

(痛っ・・・!)

汐は顔をゆがめて胸を抑えた。しかしそれでも鈍い痛みはずきずきと汐の胸から離れず息も苦しくなる。

(なんでだろ・・・二人が一緒にいるところなんて、見たくない・・・)

とても瞑想などできるような状態ではないと判断した汐は、そのまま背を向け屋敷の中へ戻っていった。

「炭治郎君、頑張ってくださいね。どうか禰豆子さんを守り抜いてね。自分の代わりに君が頑張ってくれると思うと、私は安心する。気持ちが楽になる」
冷たい風がしのぶの髪を揺らし、炭治郎はその姿を黙って見つめた。そんな彼に、しのぶは全集中の呼吸が止まっていると指摘する。

慌てる炭治郎にしのぶは微笑むと、音もなく姿を消した。先ほど吐き出された彼女の本音に少しだけ触れた炭治郎は、改めて頑張ろうと決意する。

(そういえば、汐はどうしたんだろう。一緒に瞑想するって約束したのにな)

炭治郎は汐が来ないことが少し気になったが、待っていればきっと来るだろうと思い瞑想をつづけた。
しかしその夜は、汐が炭治郎の所にに来ることはなかった。




翌朝。

 

「汐、お前昨日の夜はどうしたんだ?ずっと待っていたんだぞ?」

 

訓練場に姿を現した汐に、炭治郎は心配そうに声をかける。すると汐は、少し疲れた顔で炭治郎を見て言った。

 

「急に体調が悪くなっちゃったみたいで。待っていたのにごめんね」

 

ぎこちなく笑う彼女からは嘘の匂いはしなかったが、炭治郎は汐に微かな違和感を感じた。何があったのか聞こうとしたが、アオイが訓練を始めると声を上げたためその時は断念した。

 

だが、その日の汐の動きは機能に比べて明らかに悪かった。それどころか、どこか上の空にも見えた。

 

「どうしたんですか汐さん!昨日より動きが悪くなっているじゃないですか!!」

 

その日はなんとアオイにまで負けてしまい、彼女が思わず声を上げる程だった。

 

「・・・ごめん」

 

汐は反論することもなくアオイに謝罪の言葉を口にする。こんなに静かな汐を見るのが初めてな三人娘は、心配そうに彼女を見つめる。

 

「汐。お前どうしたんだ?今朝から様子がおかしいけど、何かあったのか?」

 

炭治郎がそう言って汐の肩に触れようとした時だった。

 

触んないでよッ!!

 

汐は大声を上げて炭治郎の手を思い切り振り払う。乾いた音が訓練場に響き、カナヲと汐以外の全員が驚いて息をのんだ。

 

「汐・・・!?」

 

炭治郎は驚いた表情で汐を見る。彼女から発せられる苛立ちと敵意の匂いが隠れもせず炭治郎の鼻を刺激し、思わず声が震えた。

 

汐ははっとした表情をすると、そのまま炭治郎を押しのけ訓練場から飛び出してしまった。

 

「汐!!待ってくれ!!」

 

炭治郎は慌ててアオイたちに頭を下げると、汐の後を追って訓練場を後にする。残されたアオイは呆然とし、三人娘はおろおろと二人が去った方向を見つめていた。

 

「汐!待てって!!」

 

炭治郎は走り去る汐を追い、彼女の右腕を掴んで引き留めた。

 

「いったいどうしたんだよ。何があったんだ?」

炭治郎は腕を掴む手に力を込めた。汐は顔をゆがませただけで何も答えない。

 

「それにお前から変な匂いがするんだ。怒っているような悔しがっているような。だから俺、お前が心配で――」

「あんたに心配される筋合いなんてない!放っておいてよ!!」

 

汐は、炭治郎の手を無理やり振り払った。心の中の鈍い痛みが、怒りと苛立ちに変わっていく。

 

「大体匂い匂いっていうけれど、人の匂いを勝手に嗅ぐのってどれだけ失礼かわかってんの?誰にだって知られたくない感情の一つや二つあるのに、あんたってそういうところ無神経よね。今まで黙ってたけど、あんたにそういうところ本当に嫌。匂いで分かるからって、人の心の全てまで分かってると思い込むなんて、ちゃんちゃら可笑しいわよ!」

 

今までにない程の汐の敵意に満ちた言葉に、流石の炭治郎もカチンときたのか顔をしかめて言い返した。

 

「なんだよその言い方は。大体お前こそ人の話も聞かないで一方的に怒鳴りつけて何なんだ!」

 

炭治郎にしては珍しく棘のある言葉が汐に刺さり、彼女は目を剥いたもののすぐに怒りに顔をゆがませた。

 

「はあ!?あたしがいつ一方的に怒鳴りつけたのよ!?自分の憶測だけで適当なことを言わないでよドサンピン!」

「適当なことを言っているのはお前だろ!?前から思っていたけれど、その悪い言葉遣いをいい加減に何とかしろ!聞いていて恥ずかしいんだ!!」

「あー、はいはい!あたしはどうせ恥ずかしい女よ!だから珠世さんやしのぶさんみないな綺麗な女の人にデレデレしてたのね!」

「なんでそこで珠世さんやしのぶさんの名前が出てくるんだよ!?お前本当に意味が分からない!!」

 

二人の言い争う声は屋敷中に響き渡り、様子を見に来た三人娘や何事かとこっそり様子を見に来た善逸は顔を青くさせながらそれを見ていた。

 

「もういい!あんたの顔なんか見たくない!」

「俺もだ!お前がここまでわがままな奴だとは思わなかったよ!」

 

「「フンッ!!!」」

 

二人は互いにそっぽを向くと、炭治郎は訓練場へ、汐は自室へとそれぞれ戻っていく。隠れて様子を見ていた三人娘たちは、青ざめた顔で二人を見つめていた。

 

そして翌日。とうとう汐までが訓練場に来なくなってしまい、アオイは激怒していた。しかも、そのせいか定かではないが炭治郎の動きも機能に比べて明らかに悪くなっていた。

 

そして汐が訓練場に来なくなってから、五日目の朝。

 

「・・・何やってんだ、あたし」

 

誰もいない自室で寝ころびながら、汐はぽつりとつぶやいた。訓練場に行かなくなり、炭治郎と顔を合わせなくなっても、胸の鈍い痛みは消えなかった。

 

「なんでこんなことになっちゃったのよ・・・」

 

胸の内を吐き出してみても、痛みは和らぐことはない。それどころか、自分に対しての強い嫌悪感が募るだけだった。

あれほど激しい喧嘩を、炭治郎とするのは初めてだった汐。謝りたいとは心の中で思うものの、どうしていいかわからず悶々とした日々を送っていた。

 

(そういえば、この屋敷の裏には山があるって聞いたことがあったわね)

 

汐はそのままゆっくり起き上がると、音を立てないようにして窓からそっと外に出た。空は腹立たしい程青く澄み切っており、沈んだ汐の気持ちとはまるで正反対だった。

 

そのまま山へ行くと、いろいろな草花が生い茂り水の音も聞こえる。時々獣の足跡のようなものも見かけ、そこそこ豊かな場所だとうかがえる。

汐が少し歩いていくと、滝があるのが見えた。狭霧山で汐が割った滝よりは小さいが、それでもそこそこの大きさはあるようだ。

 

汐は大きく息を吸うと、滝つぼに向かって思い切り叫んだ。

 

炭治郎の馬鹿ァァァァ!!!ついでにあたしの馬鹿ァァァァ!!!!

 

汐の空気を震わせる大声は、水の落ちる音に溶けて消えていく。一通り叫んで荒くなった呼吸を整えながら、汐は滝つぼをじっと見つめた。

 

そしてそのまま、何のためらいもなく飛び込む。大きなものが水に落ちる音が辺りに響いた。

 

水に潜って上を見上げれば、波紋で歪んだ空が見える。その少し歪な風景を眺めながら、汐はそっと目を閉じた。

 

(わかってる。わかってるのよ。炭治郎は少しも悪くない。あたしが勝手に騒いで、勝手に苛立ってるだけ。あんなことを言うつもりなんてなかった。でも、もう今更どうしようもないわよね)

 

汐の脳裏に、怒りと悲しみを孕んだ眼を自分に向ける炭治郎の姿がよみがえる。自分が悪いことはわかっているのに、どうしても素直になれない自分が嫌で嫌で仕方がなかった。

 

そんな気持ちを冷やしたくて水に潜ってみたものの、やはり炭治郎の顔がちらついて仕方がない。いっそのことこのまま彼を忘れてしまえばいいなと思い始めたその時。

 

不意に、汐の視界に何かが割り込んできた。それは桃色と緑色の不可思議な色で、人のようにも見えた。

その人は汐の姿を見つけるなり、思い切り顔を引き攣らせた後、思わず二度見をしてしまうような程顔を崩して何かを叫び出した。

そしてそのまま、腕を突っ込み汐の手を掴むと思い切り引き上げる。

 

水圧と急激に肺に入ってきた空気に汐がむせていると、背中に衝撃が走った。

 

「大丈夫!?しっかりして!!死んじゃだめよ!!」

 

その人は汐の背中を叩いて水を吐き出させようとしているのだろうが、その力が尋常ではなくこのままではそのせいで肺がつぶれてしまいそうに感じた。

汐はせき込みながらも「大丈夫だから・・・!」と声を上げる。すると声の主は焦ったように飛びのいたので、汐は振り返ってその姿をまじまじと見た。

 

(あれ?この人って・・・)

 

そこにいたのは、桃色と緑の髪を三つ編みに結び、胸の大きく開いた扇情的な隊服を身に纏った一人の女性だった。

汐はこの女性隊士に見覚えがあった。そう、あの時柱合裁判で見かけた柱の一人。

 

――恋柱・甘露寺蜜璃がそこに立っていた。

 

「た、確かあんたは・・・乳柱さん?だっけ?」

 

汐がそういうと、甘露寺は思い切り前方にずっこけた。丈の短い隊服から覗いた、長い靴下をはいた足が無様に曝け出される。

 

「違うわよ!私は甘露寺蜜璃。乳柱じゃなくて恋柱です。ちゃんと覚えてね。って、そうじゃなかった!」

 

甘露寺は慌てたようにそういうと、どこからか手ぬぐい(この時は知らなかったが、西洋の手ぬぐいタオルだった)を出して汐の体を拭き始める。あまりの早業と女性とは思えない力強さに、汐はなすすべもなくされるがままにされていた。

 

「よかった。私あなたに用があって来たのに、しのぶちゃんに聞いて部屋に行ってみたら誰もいないんだもの。それに、あなたがすごく落ち込んでるって聞いていてもたってもいられなくなって捜しに来たら・・・。お願い、せっかく助かった命を粗末にするのはやめて!」

 

甘露寺はそう言って涙目で汐を見つめる。それを見て汐は、甘露寺が自分が入水をしているのだと勘違いしているということに気が付いた。

 

「え!?ち、違うわよ!あたしは何も死にたくてここに来たわけじゃない。あたしはああやって嫌なことがあると水に潜りたくなる癖があるの」

 

汐がそのことを滾々と説明すると、甘露寺の顔がみるみるうちに赤くなっていく。そして自分の勘違いだと気づくと、まるで子供のように大声をあげて泣いた。

 

「よかったああ!!せっかく見つけた私の運命の子なのに、死んじゃったらどうしようって怖くて!でも、でも、本当に良かったああ!!」

 

そう言って泣きじゃくる甘露寺に、今度は汐が手ぬぐいを渡す。甘露寺はそれを受け取ると、謝りながら涙を拭いた。

 

(ん?ちょっと待って?この人今さっき何て言った?)

 

甘露寺を眺めながら、汐は先程彼女が言っていた言葉を思い出していた。確か、運命の子がどうのこうの言っていたような・・・

 

「あ、あの。甘露寺さん、だったっけ?あたしに用があるって言ってたけど、いったい何の用なの?」

 

汐がそう尋ねると、甘露寺は思い出したように顔を上げると、少し頬を染めながら汐に向き合った。

 

「そう。私があなたに会いに来た理由はね。あなたにお誘いをしに来たの」

 

言葉の意味が分からず怪訝な顔をする汐に、甘露寺はにっこりと笑ってそっと口を開いた。

 

――私の継子にならない?大海原汐ちゃん。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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