ウタカタノ花   作:薬來ままど

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日が落ち夜の帳が降りたころ。目を覚ました禰豆子は、箱から出て兄の帰りを待っていた。
最近はいろいろと忙しいらしく疲れた顔をして帰ってくるのだが、禰豆子が起きていると笑顔で頭をなでてくれるので彼女はいつもそれを楽しみにしていた。
だが、禰豆子が楽しみにしているのはそれだけではない。時々自分に会いに来る姉のように慕う彼女が聞かせてくれる歌も、禰豆子は同じくらいに楽しみにしていた。

しかし、その日に炭治郎が戻って来た時、禰豆子はぎょっとした。彼の雰囲気が尋常じゃない程陰鬱なものになっていたのだ。

禰豆子は困惑した表情で炭治郎の下に駆け寄ると、彼は引きつった笑顔のまま禰豆子の頭をなでた。いつもならうれしいはずのその行動に、禰豆子は違和感を感じた。
炭治郎はベッドに座ると、大きなため息をついて頭を抱えた。禰豆子がそっと膝に手を置くと、炭治郎はぽつりぽつりと語りだした。

「禰豆子・・・。俺、汐と喧嘩しちゃったんだ。汐の様子がなんだか変だと思ったから声を掛けたら、ものすごく怒られて、それで俺もかっとなって言い返したら――。あれから汐も訓練場に来なくなっちゃったんだ」

そこまで言って炭治郎は、もう一度大きなため息をついた。

「なんであんなこと言っちゃったんだろう。冷静に考えてみれば、匂いでわかってもその人の心の全てまでわかるわけじゃない。誰にだって知られたくない心のうちなんてあるに決まってるのに、汐の言う通り俺って無神経だったな」

三度目のため息をつこうとしたとき、禰豆子は炭治郎の腕を掴んで軽く引っ張った。顔を上げると、真剣な表情の彼女と目が合う。

そう言えば昔、下の兄妹たちが喧嘩をしたときよく自分と禰豆子が仲裁に入っていたっけ。と、炭治郎は思い出していた。

――言いたいことはきちんと言わなければいけない。そして、悪いところがあればきちんと謝らなくてはいけない。

「そうだな、そうだよな。まずは汐ときちんと話さないといけないとな。もしかしたらまた喧嘩になるかもしれないけれど、俺の気持ちをきちんと伝えないと」

よし!と、炭治郎は頬を叩いて気合を入れた。その眼は決意に満ち溢れている。

「汐と話をしてみるよ。兄ちゃん、頑張ってみる!」

炭治郎の力強い言葉に、禰豆子は目を細めてうれしそうに微笑むのであった。




「・・・はい?」

 

突然告げられた言葉に汐は言葉を失い、甘露寺をまじまじと見つめた。彼女は花のような満面の笑みを浮かべながら自分を見ている。

 

(え、ちょっと待って?この人今なんて言ったの?ツグコ?ツグコって確か・・・)

 

汐の脳裏に、この屋敷に来たばかりの頃に隠が話していた言葉がよみがえる。確か継子と言うのは柱が育てる弟子の事で相当な才能がなければ選ばれないと聞いた。

 

そんな地位に、目の前の恋柱甘露寺蜜璃は自分を迎えようというのだ。

 

それを理解した瞬間。汐は耳をつんざくような悲鳴を上げた。響き渡る大声に驚いた鳥たちが、一斉に飛び立つ。

 

「継子って、カナヲみたいなやつでしょ!?あたしが!?なんで!?」

 

混乱する汐に、甘露寺は満面の笑みのまま、嬉しそうに答えた。

 

「初めてあなたを見た時、これ以上ない程胸がキュンキュンしたの!大切な人たちを守るためならどんな恐ろしいことにも立ち向かうあなたの姿を見た時、継子にするなら絶対にあなたがいいと思ったから!」

「でもその前に呼吸法とか違うんだけど・・・」

「柱がいいなら呼吸が違ってもいいのよ。現に、しのぶちゃんの継子のカナヲちゃんが使う呼吸は、しのぶちゃんとは違うし」

「え?そうだったの?それは知らなった・・・」

 

じゃなくて!と、声を荒げる汐に、甘露寺は慌てた様子で付け加えた。

 

「もちろん無理強いするつもりはないし、決定権はあなたにあるから。だけど私は本気であなたを継子に迎えたいと思っている。それだけは嘘じゃないから」

 

甘露寺の薄緑色の眼は嘘をついているものではなく、本気で汐を継子に迎えたいと思っているものだった。

汐は迷った。もしも柱である彼女から直々に指導を受ければ、大切な人たちを守り無惨を倒せるかもしれない。

 

けれど、今の状態の自分では貴重な指導も身につくとは思えない。そんな相反する気持ちを吐き出そうと汐が口を開いた時だった。

 

出てきたのは言葉ではなく、空気を震わせるほどの大きなくしゃみだった。

 

「大変!そういえばあなたびしょぬれだったわね。すぐにお屋敷に戻りましょう」

 

甘露寺はそう言って汐を促すが、汐は表情を渋らせたまま動かない。甘露寺は一瞬怪訝な顔をしたが、彼女の意図を察知し小さな声で「こっそり戻りましょうね」とだけ言った。

 

その後二人は人目を避けながらこっそり蝶屋敷に戻り、汐は濡れた服を着替えた。

 

「はい。あったかいお茶よ。しのぶちゃんに淹れてもらったの」

 

甘露寺は着替えを済ませた汐にそっと湯飲みを差し出した。汐はそれを手に取り口をつけながら、甘露寺に礼を言った。

 

「それで、いったい何があったの?私でよければ話を聞くわ」

 

甘露寺の薄緑色の眼が、心配そうに揺れる。あまり面識のない相手に話すことに汐は一瞬ためらったが、おずおずと口を開いた。

 

何度やってもカナヲに勝てないこと。全集中・常中がうまくいかないこと。些細なことで炭治郎と喧嘩をしてしまったことを、汐はどもりながらも語った。

 

「本当はあたしが全部悪いこともわかってる。勝手に苛立って炭治郎に八つ当たりしてただけ。自分がどうしようもない奴だってことはわかっていたはずなのに、ここまで酷いなんて思わなくて・・・」

「うん、うん」

「あんなこと本当は言っちゃいけなかった。炭治郎は何にも悪くないのに、酷いことたくさん言っちゃった・・・!一番傷つけたくない人を、傷つけちゃった・・・!炭治郎に嫌われた・・・!」

 

俯いた汐の膝に雫がおち、黒い染みを次々と作っていく。震えだす背中を甘露寺は優しくさすった。その瞬間、汐は大声を上げて泣き出した。

 

う゛わ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!!ぜっ゛だい゛に゛ぎら゛わ゛れ゛だあ゛あ゛あ!!!

 

泣きじゃくる汐を甘露寺は優しく抱きしめ、泣き止むまで背中をさすり続けた。

 

やがて汐が落ち着いてきた頃、甘露寺はなんとか汐が炭治郎と仲直りができないか考えた。継子の事をなしにしても、このままでは絶対にいけないと思ったからだ。

 

「それで、汐ちゃんは炭治郎君に謝りたい。それは間違いないわね」

「うん。でも、顔を見たらまた言うつもりのないことを言っちゃいそうで、正直怖くて」

 

震える声でそう告げると、甘露寺はパッと表情を明るくさせていった。

 

「だったら顔を合わせないで気持ちを伝えてみましょう」

「え!?そんな方法があるの!?」

「あるわ!面と向かって言えない気持ち、それを伝える方法はね――」

 

 

 

*   *   *   *   *

 

「あの、汐さん。今日の朝食ですが・・・おいておきますね」

 

なほはそう小さく言って朝食の入った膳を汐の部屋の扉の横に置いた。汐が訓練場に姿を現さなくなってからも、三人娘たちは交代で汐に食事を運んでいた。

しかしあれ以来全く手を付けておらず、冷めきった食事を下げる日々が続いたため、なほは悲しい顔でその場を立ち去ろうとしたその時だった。

 

「ごめん、ちょっといい!?」

「きゃあっ!!」

 

いきなり開いた扉になほは大声を上げて尻餅をついてしまい、汐は慌てて駆け寄った。

 

「やだごめん。大丈夫!?」

 

汐はなほの体を起こし、怪我がないか確認する。それから脅かしてしまったことを丁寧に詫びると、あることを尋ねた。

 

「なほ。何か書くものって用意できない?」

「え?書くもの、ですか?」

 

なほがオウム返しに尋ねると、汐は少しばつの悪そうな顔をしていった。

 

「手紙を書きたいの。その、炭治郎に。顔を見たらまた、あることないこと言っちゃいそうだから・・・」

 

甘露寺の提案したのは、言葉では言えない気持ちを手紙に書いて伝えるというもの。

「名付けて、『お手紙大作戦』」という身もふたもない作戦名に汐は面食らったが、手紙で自分の気持ちを伝えるのはいい方法だと思いその案をもらったのだ。

 

汐がそう言うと、なほの顔が一瞬にして明るくなり、「わかりました!!」と力強く言い疾風の如く去って行った。

 

「なるほど、手紙ですか」

 

背後から声がして、汐は思わず飛びのく。そこには満面の笑みで汐を見つめるしのぶの姿があった。

 

「どうやら甘露寺さんとの話はうまくいったようですね」

「え?まさかあの人を呼んだのはしのぶさんだったの?」

 

汐の問いに、しのぶは黙って首を横に振った。

 

「いいえ。汐さんを継子にしたいというのは彼女の意思で、私はただ汐さんが悩んでいるから話してあげるように伝えただけですよ」

 

そう言って笑うしのぶの眼は嘘をついているものではなく、本気で汐のことを気にかけているように見えた。そして心なしか、初めて彼女を見たときのような色んな感情が混ざり合った不気味な眼が、少しだけ和らいでいるように見えた。

 

(やっぱりあたしって馬鹿だなあ・・・。こんな心も綺麗な人に敵うわけないじゃないの。炭治郎がデレデレするのも当然なのに)

 

少し視線を落とす汐に、しのぶは目を見開くと少し困ったような表情を浮かべた。そして、

 

「なほが戻ってきたら、私が手紙の書き方を教えましょうか?」

「え!?しのぶさんが!?」

 

驚く汐に、しのぶは頷き小さな声で「私にも少しばかり責任はありますしね」と呟いた。

その声は汐には聞こえなかったが、しのぶが自分の為に時間を割いてくれることに汐は心から感謝した。

 

そしてその日から、汐は手紙の書き方をしのぶにみっちりと指導を受け、思ったよりも難しかった手紙の書き方に悪戦苦闘する。

しかしそれでも、炭治郎に自分の気持ちを伝えたい。その思いだけが汐の筆を動かした。

 

そしてその日から二日後。

 

「で、出来た!!」

 

手を墨で真っ黒にしながら、汐は書きあげた手紙を高々と上げた。部屋中には墨の匂いが充満し、あちこちには書き損じた手紙が散らばり、何度も推敲したことがうかがえる。

しのぶは書きあげた手紙を読むと、満足そうにうなずいた。

 

「これならば汐さんの伝えたいことが伝わると思いますよ」

 

その言葉が合格を意味することを悟った汐の顔に、満面の笑みが浮かぶ。それを見た時、しのぶは甘露寺が継子に誘った理由が分かった気がした。

 

「さて、あとはこの手紙をどうやって炭治郎君に読ませることですが――」

「それはあたしがちゃんと考える。元はと言えばあたしのせいでああなっちゃったんだから、それぐらいはあたしがするわ」

 

汐が力強くそう言うと、しのぶは「そうですか」と安心したよう返す。すると汐はそんな彼女をじっと見つめ口を開いた。

 

「しのぶさん、ごめんなさい」

「・・・え?」

 

いきなり告げられた謝罪の言葉に、流石のしのぶも面食らう。そんな彼女に、汐はつづけた。

 

「あたし、柱を、しのぶさんを誤解してたみたい。初めて出会ったとき正直なところ、すごく怖い人だって思ってた。色んな感情がごちゃ混ぜになってて、正直鬼よりも怖いって思ってた。でもそうじゃなかった。本当は誰かのことを気遣えるすごく優しい人だってやっと気づけた。そうでなかったらあたしにここまで時間を割いて付き合ってなんかもらえないもの。本当にありがとう。そして本当にごめんなさい!」

 

そう言って深々と頭を下げる汐に、しのぶは目を見開いたまま固まった。あの日敵意と殺意だけを宿した眼で自分を睨みつけてきた彼女とは、まるで別人のようだったからだ。

 

「・・・顔を上げてください。私は、あなたが思っているほど優しくなんかない。私は、姉を鬼に殺されてからずっとその鬼だけではなく全ての鬼を憎み、恨んでいたことに気づいたのです。それをただただ隠していただけに過ぎない」

 

「そんなことない。だってあなたは禰豆子を受け入れてくれた。炭治郎とあたしの事を受け入れて助けてくれた。それにあたしだって似たようなもん。炭治郎と禰豆子に出会うまで、あたしもおやっさんや村の連中を奪った鬼が許せなくて殺したくてたまらなかったから。そんなあたしをこうして受け入れてくれたもの好きなんだもの。だからそんな風に言わないで」

 

汐の声がしのぶの耳を通り、心に響いていく。それがワダツミの子の特性なのか、彼女の本当の人柄なのか。いや、きっと両方だろうとしのぶは思った。

だからこそ汐の周りには自然と人が集まっていくのだろうと理解した。

 

「ありがとう、汐さん。どうかその気持ちを決して忘れないで。誰かを心から思う気持ちは、きっとあなたを大きく成長させると思うから」

 

しのぶはそう言うと、静かに部屋を出て行った。一人になった汐は、炭治郎に手紙を読ませる方法を考え始めた。

 

そして、汐の部屋から出たしのぶは、胸に手を当てて目を閉じた。炭治郎に然り汐に然り、最近の若者は勘が鋭くて困る。

 

けれど、あのような子たちならば、自分の、自分の姉の願いをかなえてくれるのではないか。

そんな微かな望みが、しのぶの胸の中に確かに生まれていたのであった。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)
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