ウタカタノ花   作:薬來ままど

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周りの様子をうかがいながら、汐は炭治郎のいる病室へ向かっていた。手には書きあげた手紙を握り締めながら。

まだ完全に決心できたわけではないが、自分の精一杯の気持ちは手紙に全て綴った。後は炭治郎に伝えるだけだ。

期待と不安を手紙と一緒に抱えながら、汐は病室を覗き込んだ。そこから見えたのは、空になっていた炭治郎のベッド。

安心したようながっかりしたような不思議な感覚を感じながら、汐はもう一度あたりを見回した。もしかしたらすぐに戻ってくるかもしれないと思ったからだ。

これじゃあまるで盗みに入ったコソ泥みたいだなあと自嘲的な笑みを浮かべつつ警戒していると

「炭治郎なら当分戻ってこないよ」

三つのベッドのうちの一つから声がして視線を向けると、善逸が起き上がってこっちを見ていた。耳のいい彼の事だろう。汐がここに来た理由も音で察していたのだ。

「かなり朝早くから訓練に行ったみたい。ここの所尋常じゃないくらい落ち込んでいたみたいだけど、訓練だけは毎日欠かさず行っているんだ。相変わらず真面目な奴だよね」

そうって茶化すように笑う善逸だが、眼には確かな罪悪感が宿っていた。おそらく彼自身も、このままではいけないということを感じてはいるのだろう。

「炭治郎と顔を合わせづらいなら、手紙を枕の下にでも置いておけばいいよ。もし気づかなくても俺が読むように促すから。最も、炭治郎なら匂いでわかりそうなものだけどね」

そう言って笑う善逸を見つめながら、汐はゆっくりと口を開いた。

童貞(ぜんいつ)・・・ありがとう」
「汐ちゃん。お礼を言われるのはいいけど、俺いつまでその呼ばれ方するの?どんだけ君に恨まれているの俺」

謝礼の言葉を口にしつつもあの時の恨みが抜けきっていない汐に、善逸の笑顔が思い切り引き攣る。そんな彼をしり目に、汐は炭治郎のベッドの枕の下にそっと手紙を置くと、部屋から立ち去った。

しばらくして訓練から戻ってきた炭治郎は、敗北した証拠として薬湯の臭いを漂わせながら戻って来た。だが、悪臭に交じって違う匂いが彼の鼻腔をかすめる。

(あれ?この匂いは・・・)

微かだが汐の匂いがすることに気づいた炭治郎の胸が音を立てた。あれからずっと彼女と顔を合わせていないせいか、酷く懐かしいように感じる。

「善逸。汐がここに来てたのか?」

炭治郎が横になっている善逸の背中にそう尋ねると、善逸は背中を向けたまま頷いた。

「お前に見てほしいものがあるってよ。枕の近く探してみろよ」

それっきり善逸は黙り込み、炭治郎は言われた通り枕の周辺を調べてみた。すると枕の下に一通の手紙を見つける。
その手紙からはっきりと汐の匂いを感じた炭治郎は、すぐさま封を開けて中を見る。そしてその手紙を眼にした瞬間、大きく目を見開くとすぐさま部屋を飛び出していった。

(ええええ!?速ッ!!)

その驚くべき行動の速さに善逸は驚愕し、手紙を見た瞬間に変わった炭治郎の音に腹を立てつつも口元に笑みを浮かべた。


十三章:兆し


「・・・」

 

汐は落ち着かない様子で部家の中を何度も何度も往復していた。手紙を置いてきてからだいぶ時間がたっている。そろそろ炭治郎が手紙を見つけて読んでいるころだ。

 

(大丈夫。大丈夫)

汐は早鐘のように打ち鳴らされる己の心臓に手を当てながら、ゆっくりと息を吐いた。

 

(やるべきことは全部やった。あたしの気持ちは全部手紙に書いたし、しのぶさんにもお墨付きをもらったから、絶対にだいじょ・・・)

 

しかし汐の決意は突然開いた扉の音に全てかき消された。あろうことか炭治郎が扉を開け、部屋に入ってきたのだ。

 

「汐!ちょっといいか?この手紙なんだけど・・・」

 

ぎゃあああああ!!!!急に入ってくんな!!

 

汐は悲鳴を上げ、炭治郎に向かって枕を投げつけた。枕は綺麗に炭治郎の顔面に当たり、小さくうめき声をあげる。

 

「いきなり何すんのよあんた!!びっくりするじゃない!!合図くらいしなさいよ!!」

「ご、ごめん。けど、どうしてもお前に聞きたいことがあって・・・」

「何よ!あたしの言いたいことなら全部手紙に書いたわよ!」

「その手紙なんだけど、文字が滲んでいて殆ど読めないからなんて書いてあるのか聞きたくて来たんだ」

 

炭治郎のこの言葉に、沸騰していた汐の頭が一気に冷める。今、とてつもなく信じられないような言葉が聞こえたような気がしたからだ。

 

「・・・は?」

 

汐は固まったまま炭治郎の顔を凝視し、炭治郎は困ったような様子で手紙を見せる。汐は手紙をひったくると、便せんを見て顔が真っ青になった。

 

それは確かに彼の言う通り、文字が滲んでしまって殆ど手紙の意味をなしていない紙きれだった。

 

ア゛ァアアーーー!(汚すぎる高音)!!!!

 

汐はとてつもなく汚い高音で叫ぶと、炭治郎をすぐさま部屋から追い出し扉を閉めた。そして震える手で手紙だったものを凝視する。

どうやら墨がまだ完全に乾いていないうちに入れただけでなく、無意識に握りしめていたせいで文字が滲んでしまったようだった。

 

(そんなぁ・・・。あたしの今までの苦労は何だったのよ・・・。せっかくしのぶさんに手ほどきを受けたのに・・・これじゃあ何の意味もないじゃない!)

 

汐は紙を握りしめて唇をかみしめた。悔しさと情けなさがあふれて目頭が熱くなってくる。

そんな彼女の背中から、扉越しに炭治郎の声が聞こえた。

 

「なあ、汐」

「何よ!笑いたければ笑いなさいよ。あんたに謝りたくて手紙を書いたけれど、結局肝心なところで失敗するあたしを思い切り笑いなさいよ」

 

汐の口から出てくるのは、棘のある言葉。しかしその中には確かに彼女の本当の気持ちがあった。それに炭治郎はわかっていた。手紙からした汐の匂いには、刺々しい感情など微塵もなかったことを。

 

「笑わないよ。笑うわけがない。俺だってそうだ。俺も汐にずっと謝りたかったのに、いざとなるときちんと話すことができるのか不安だったんだ。だから、汐が来てたってわかった時、嬉しかったんだ」

 

炭治郎は少し自嘲気味に笑ってから言葉を切ると、意を決して告げる。

 

「ごめん、汐。お前の言う通り、俺は無神経だった。匂いでわかっていても人の心の全てをわかるわけじゃない。誰にだって知られたくないことはあるのに、人の心の奥に土足で踏み込むような真似をしてしまった。本当にごめん!」

 

扉越しに聞こえる炭治郎の声に、汐の瞳が大きく揺れる。そして彼女も扉に額を付けながら口を開いた。

 

「あたしの方こそごめん。あんたの話も聞かないで一方的に怒鳴るし、言葉遣いも悪いし。全部あんたの言う通りだった。あたしのせいであんたがどれだけ恥ずかしい思いをしているのか考えることができなくて、本当にごめん!」

 

汐の声が扉越しに炭治郎の耳に届くと、彼は慌てて返事をした。

 

「いや、悪いのは俺だ」

「ううん、あたしよ」

「いいや、俺だ」

「あたしだってば!」

 

扉越しに交わされる不思議な謝罪合戦が少し続いた後、汐と炭治郎は同時に吹き出す。そしてどちらかともなく笑い出した。

何だか本当にくだらないことで悩んでいたような気がして、おかしくてたまらなかったのだ。

 

「汐」

 

やがて落ち着いたころ、炭治郎はそっと扉の向こう側にいる汐に声をかけた。

 

「中に入れてくれないか?きちんと顔を見て話がしたい」

 

炭治郎の声は真剣そのもので、からかう意思など微塵も感じられなかった。汐は一瞬だけ迷ったが、小さくうなずいて扉に手をかけそっと開けた。

 

ほぼ一週間振りに見る彼の顔は、少し疲れているように見えた。そのまま二人はぎこちなくほほ笑むと、並んでベッドに座った。

 

緊張のあまり二人の間に沈黙が流れる。汐も言いたいことはたくさんあったのに、いざこうなると何を話していいかわからなくなり口を閉ざす。

が、意を決して口を開いた時だった。

 

「「あの!」」

 

二つの声が重なり、はっとした表情でそっぽを向く。それから互いに先に話すように促すが、再び堂々巡りになり沈黙が生まれる。

このままじゃ埒が明かずどうしようかと汐が考えていた時だった。

 

「一つ、聞いていいか?」

 

炭治郎が汐に顔を向けたままそう言った。汐も同じく炭治郎に顔を向けて返事をする。

 

「俺、どうしてもわからないことがあったんだ。汐と喧嘩したあの日。あの時汐からすごくその、言いづらい匂いがしたんだ。怒っているような悔しいような。汐の事だからまた何か悩んでいるんじゃないかって思って。それがずっと気になっていたんだ」

 

話してくれないかと言いたげな炭治郎の眼に、汐は根負けして口を開いた。

 

あの夜に汐も炭治郎と瞑想をしようとしてたこと。その時に炭治郎がしのぶと二人で話しているのを見て胸に痛みを感じたこと。

それと似たような感覚を珠世といた時にも感じたこと。

 

汐の話を聞いていて炭治郎はぽかんとした表情で汐を見つめていた。匂いから察するに嘘ではないだろうが、まさかあの時のことを汐が見ていたとは思わなかったのだ。

 

「汐・・・お前・・・」

「馬鹿みたいって思うでしょ?だけどあたしもよくわかんないのよ。ただ、あんたがその、ああいう綺麗な人がいいのかなって思って・・・」

 

俯きながらもそう口にする汐に、炭治郎はある言葉を口にした。

 

「ひょっとして汐もしのぶさんや珠世さんみたいになりたいって思ってたのか?」

「・・・ちょっと違うけど、まあそんなところかも」

 

自嘲的な笑みをこぼす汐に、炭治郎は首を横に振った。

 

「そんなの無理に決まってるじゃないか」

「はあ!?それどういう意味よ!?」

「落ち着け、悪い意味じゃない。だって汐はしのぶさんや珠世さんじゃないから、二人にはなれないし、汐は汐だ。それに・・・」

 

「それに?」

 

炭治郎の言葉に汐は首をかしげながら見つめると、彼は少しだけ頬を染めながら語りだした。

 

「柱合裁判の時、汐がお館様や柱の人たちの前で歌を歌っただろう?あの時の汐を見た時、目が離せなかったんだ。その、あまりにも綺麗すぎて・・・」

 

流石に神様みたいだったとは言えずに口ごもる炭治郎を見て、汐の顔に一気に熱が籠った。

 

「あの二人は確かに綺麗だけれど、汐だって負けないくらい綺麗だったんだ。だからそんな風に考えなくても―――」

「ばっばっ、ばばばばば・・・・!馬鹿あっ!!」

 

炭治郎の言葉を強制的に遮って、汐は左手を思い切り振り上げる。だが、振り下ろしたときに体勢を崩し、体がぐらりと傾いた。

 

「わっ、わわっ!!」

「危ない!!」

 

炭治郎は咄嗟に汐の腕を掴むと思い切り引っ張った。だが、強く引きすぎたせいかそのまま勢いあまって二人は同時にベッドに倒れこんだ。

 

「・・・!!」

 

目を開けると互いの顔が目と鼻の先にあった。吐息がかかりそうなほどの距離に、二人の心臓が跳ね上がる。

汐の青い目には炭治郎が。炭治郎の赤みが掛かった目には汐がそれぞれ映り、聞こえてくるのは己の心臓の音だけ。

 

目を逸らすことができずしばらく見つめあう二人だったが、不意に風が吹いて窓枠が音を立てた。

 

「「はっ!?」」

 

その音に二人は我に返ると、慌てて起き上がり距離をとる。早鐘のように打ち鳴らされる心臓を何度か落ち着かせようと、二人は自分の胸に手を当てた。

 

「そ、そろそろ戻るよ。善逸や伊之助も戻ってくると思うし」

「そ、そうね。それがいいわね、うん」

 

二人は目を合わせないまま立ち上がると、炭治郎はそのまま部屋を出て行こうとした。そんな彼の背中に、汐は声をかける。

 

「あ、あたし、明日から訓練に参加するから」

 

「えっ!?本当に!?」

 

「アオイに怒られるのは正直いやだけど、このまま負けっぱなしなのはもっと嫌だから」

 

汐がそう言うと、炭治郎の表情がみるみるうちに明るくなる。そんな彼に汐はまた明日と声をかけて別れた。

 

「・・・・」

 

炭治郎が去った後、汐は目を閉じて先ほどの事を思い出していた。炭治郎の顔は何度も見てきたはずだったのに、あの時の彼の顔はとても凛々しく男らしく見えた。

 

(炭治郎ってあんな顔してたっけ?あんなに・・・あんなに・・・)

 

それ以上の言葉をつづけることができず、汐の顔は再び真っ赤に染まるのだった。

 

一方炭治郎も先ほどの出来事を思い出し、顔に熱が籠っていた。彼も汐の顔は見慣れていたはずなのに、吐息がかかりそうなほど近くで見た彼女の顔はとても艶やかに見えた。

 

(汐ってあんなに・・・あんなに・・・)

 

汐同様それ以上の言葉をつづけることができず、炭治郎も収まらない鼓動に戸惑いながら自室を目指すのだった。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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